藤本健のDigital Audio Laboratory

第985回

イヤフォン型バイノーラルマイクに新星現る! ラディウス「RM-ATZ19」を試す

ラディウスのイヤフォン型マイク「RM-ATZ19」

ASMRが広まったこともあってか、ダミーヘッド型のバイノーラルマイクの存在も広く一般にも知られるようになってきた。とくに、ダミーヘッド型のバイノーラルマイクで有名なNEUMANNの「KU100」は、長い歴史を持つ製品で、かつその見た目の異様さから、記憶に残っている方も多いだろう。ただ、KU100は現在110万円以上する超高級マイクで、気軽に手をだせる代物ではない。

そんな中、日本の音響機器メーカーであるラディウスが「RM-ATZ19」というイヤフォン型のバイノーラルマイクを発売した。メーカー直販価格は25,500円と、KU100の1/40以下だ。実際どんな製品なのか試してみた。

バイノーラルマイクって何?

人間の耳は左右2つしかないのに、なぜ前や後ろ、上や下の音を認識することができるのか? それは、耳たぶでの細かな反射や顔や頭を通じての反射、伝道などを脳が知覚することで、その音が前なのか上なのか、といった位置を認識しているという。

だから、単にステレオのマイクで録音しただけの音だと、立体的に音を認識することができないが、顔の形をして耳たぶのある模型の耳の鼓膜部分にマイクを仕掛けて録音すれば、立体的に聴こえるはず。このような発想で生まれたのが、前述のKU100のようなダミーヘッド型のバイノーラルマイクなのだ。

ダミーヘッド型のバイノーラルマイクで有名なNEUMANN「KU100」

もちろん単に顔の形をしていればいい、というわけではない。

鼓膜部分にセットされたマイクの性能が重要なのは当然として、顔を構成する部分の素材や耳たぶの素材や形、そして頭の形状などによって音は大きく変わるため、トータルでしっかりできていることが重要。だからこそ、KU100は高価な機材となっているのだ。

では、KU100を使えば誰にとっても立体的な音に聴こえるのか? というと、実はそうでもない。確かにKU100は音質的には結構いいものだと思うし、耳元でこそこそと話す声などは、非常にリアルに感じる。

が、前の音や後ろの音、上の音を立体的に捉えられるかというと、あまりリアルではない、というのが筆者の感想だ。

おそらく、それは人によって感じ方が大きく変わるため、すごく立体的に感じるという人と、そうでもないという人がいるのではないかと思う。しかし、多くの日本人の場合、立体的に感じないのではないか? というのが筆者の持論だ。なぜなら、KU100の顔の形が“日本人離れ”……というか、欧米人に近い形状のため、欧米人にはもっと立体的に聴こえているのでは? と考えているためだ。

もし、もっと日本人の顔に近いダミーヘッドがあれば、もう少し立体的に聴こえるはず、とも思うところだが、同じ日本人であっても、人によって顔の形や耳の形はかなり違うから、日本人全員に最適化するということ自体が無理な話。

最も良いのは、自分の頭、顔、耳と同じ形のダミーヘッドを用意することだが、それをダミーヘッド以外の方法で実現してしまおう、というのが今回紹介するラディウスのRM-ATZ19のようなイヤフォン型のバイノーラルマイクというわけだ。

イヤフォンの外側にマイクを搭載する「RM-ATZ19」

このRM-ATZ19、見た目は普通のイヤフォンのようだが、イヤフォンの外側にマイクが仕込んである。その構造を示したのが下図だ。

KU100をはじめとするダミーヘッドの場合、耳の穴の中にマイクが仕掛けられているのに対し、RM-ATZ19の場合、イヤフォンの外側にマイクがある。

イヤフォンの外側にマイクを搭載する

が、その位置以外においては、頭も顔も耳たぶもすべて自分そのものなので、このマイクで捉えた音は自分にとって、非常にリアルに立体的に聴こえるし、顔の骨格が近い人であれば、それなりに再現性があるはず。またマイクで捉えた音をレコーダーを通じてモニターさせると、イヤフォンからそのまま聴こえるというのも便利なところ。

もっとも、イヤフォン型のバイノーラルマイクというのは、RM-ATZ19が初めてというわけではない。ローランドも「CS-10EM」という製品を出しているし、アドフォックスという日本メーカーからも「BME-200」という製品が発売されている。いずれも10年以上前からある製品で、2010年に本連載でも紹介したことがあった。

どちらも数万円のマイクなので、ダミーヘッド型と比較して非常に安いわけだが、イヤフォン型には一つ欠点があるのも事実。

それは人間=自分がダミーヘッド役となるため、小さな音をレコーディングする場合などは、お喋りやくしゃみはもちろんのこと、ツバを飲み込む音さえも入ってしまうため、文字通り“息を殺して録る”必要がある。もっとも、普通に外の音を録るような場合は、そこまで気にしなくてもいいが…。

というわけで、以前と同じ音を録れるわけではないが、多少でも比較できるようにする意味からも、2010年に使ったリニアPCMレコーダー、ローランド「R-05」を使って野鳥の鳴き声や、電車の音、CDの再生音などを録音してみた。

リニアPCMレコーダー、ローランド「R-05」を使用した

イヤーピースは2種類。ウインドスクリーンも付属

パッケージを開けると、普通にイヤフォンのようなものが出てくる。ただし、普通のイヤフォンとは異なり、接続端子が2つある。黒が普通のイヤフォン用で、赤がマイク用。

黒のみ使っていれば、普通のイヤフォンとして利用可能。イヤピースは、ディープマウントイヤーピースとモニター用イヤーピースの2種類を付属する。それぞれL、M、S、XSが用意されており、標準はディープマウントイヤーピースのMとなっている。

ディープマウントイヤーピース
モニター用イヤーピース

マニュアルを見るとディープマウントイヤーピースは、先太りの形状で装着感と低音再生に優れ、音楽的な聴取に適している、とある。一方、モニター用イヤーピースの方は、先細りの形状で、人の声や環境音の再生に優れ、分析的な聴取に適している、とのこと。

しっかりフィットさえすれば、バイノーラルマイクの音に影響があるわけではなさそうなので、標準のディープマウントイヤーピースのMを使うことにした。

一方、このイヤーピースとは別に黒いスポンジ状のものも入っている。

ウインドスクリーンも付属する

これはウィンドスクリーン。とくに屋外で利用する場合は風に吹かれやすいため、大きな意味を持つが、本体から外れにくいようにウィンドウスクリーンがピッタリフィットする構造になっているのは嬉しいところ。前述のローランドやアドフォックスのバイノーラルマイクの場合、こうしたウィンドスクリーンはないので、大きなアドバンテージといえる。

ぴったりフィットする

赤い録音用の端子は、レコーダーのマイク入力に接続するのだが、プラグインパワーが必須。

プラグインパワーが必須

いわゆる本格的なフィールドレコーダーの場合、+48Vのファンタム電源に対応しているものは多いが、ステレオミニ接続で、プラグインパワー対応しているものは少ないので、そこは確認が必要だろう。小型のリニアPCMレコーダーであれば多くが対応しているが、仕様書を見るとプラグインパワーの電圧は2.0~5.5Vをサポートしているとのこと。

鳥の鳴き声、電車、CD再生音を録音してみた

というわけで、R-05にRM-ATZ19を接続し、前述のウィンドスクリーンを取り付けて外に出かけてみた。

晴れた日の朝8時ごろだったので、そこら中で鳥が鳴いているのでは、と思ったのだが、期待外れ。近所の公園などいくつも回ってみたものの、なかなか鳥に出会えず1時間あまり歩いていたのだが、ふと頭上の電線の上にスズメが2羽止まったので、少し上を向きながら録音してみたのが以下の音声データだ。

録音サンプル1 ~ 鳥の鳴き声

RM-ATZ19_bird2496.wav(18.79MB) 19,701,846Byte
※編集部注:編集部ではファイル再生の保証はいたしかねます。
また、再生環境についての個別の質問についても、お答えいたしかねますのでご了承下さい。

聴いてみると分かるとおり、ちょうどそのとき目の前を自転車が通り過ぎた。筆者には、まさにその場が再現されるようにリアルに聴こえるのだが、どうだろうか? おそらくは自分が一番リアルに感じられるのだが、きっと多くの人にもその雰囲気を感じられるのではないだろうか。

スズメを捉えたところは線路沿いの道。反対側を向いて電車が通り過ぎるのを録音したのが以下の音声データ。

録音サンプル2 ~ 電車の音

RM-ATZ19_train2496.wav(24.30MB) 25,479,288Byte
※編集部注:編集部ではファイル再生の保証はいたしかねます。
また、再生環境についての個別の質問についても、お答えいたしかねますのでご了承下さい。

こちらもやはり自分で聴くと通常のリニアPCMレコーダー搭載のマイクで捉えた音よりも、はるかに臨場感があるように感じられるが、皆さんはどうだろう。

最後は部屋に戻って、いつものようにCDをモニタースピーカーで再生した音を録音してみた。

録音サンプル3 ~ CDの再生音

RM-ATZ19_music1644.wav(11.35MB) 11,902,578Byte
※編集部注:編集部ではファイル再生の保証はいたしかねます。
また、再生環境についての個別の質問についても、お答えいたしかねますのでご了承下さい。

サウンド自体は、とても自然な感じで聴こえる。ただ、周波数分析にかけてみると21kHz以上で急降下しているのは、ほかのマイクの特性とはだいぶ違う印象だ。

これまで同じ実験を行なった別のレコーダーの結果と聴き比べると、高い音がキンキンせずに聴きやすく感じるし、やはりスピーカーの目の前で聴いている雰囲気が感じられたのだが、原音忠実という点からすると、少し違っているのかもしれない。

以上、ラディウスのイヤフォン型のバイノーラルマイク「RM-ATZ19」について見てきたがいかがだっただろうか。この手頃な価格で、これだけリアリティのあるサウンドが録れるのだから、持っておいてもよさそうと感じた。

藤本健

リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto