藤本健のDigital Audio Laboratory
第654回:DSD録音を実現したコルグ「DS-DAC-10R」。Clarityの技術が約6万円のUSB DACに
第654回:DSD録音を実現したコルグ「DS-DAC-10R」。Clarityの技術が約6万円のUSB DACに
(2015/10/26 12:41)
ついに、DSDでのレコーディングを可能にしたオーディオインターフェイスがコルグから発表された。11月下旬に発売される「DS-DAC-10R」だ。この名称からも想像できる通り、これは従来から発売されているUSB対応のDACである「DS-DAC-10」に「R」(=録音機能)を追加したもの。
WindowsでもMacでも使うことができ、レコードプレーヤーからのオーディオの取り込みを主な目的とした機材となっている。実売価格は60,000円前後。先日、その記者説明会に参加してきたので、これがどんな機材なのか見てみよう。
ようやく安価な機器でも可能になるDSD録音。Clarity技術が活用
すぐに登場するだろうと思っていたのに、本当になかなか出てこなかったのがDSDレコーディングを実現するためのオーディオインターフェイスだ。最近は注目を集めているDSDではあるが、これに対応した録音をするための手段がほとんどなく、ユーザーは音楽配信サイトからダウンロード購入するしかなかった、というのが実情だ。確かに業務用機器としてコルグのMR-2000SやTASCAMのDA-3000といった機材はあったが、一般ユーザーにはなかなか手が届かない機材だったし、ソニーのPCM-D100も10万円近くする。以前はコルグからMR-2というハンディタイプで手ごろな価格の機材があったが、それも生産終了となってしまった状態だったからこそ、DSD対応のオーディオインターフェイスが求められていた。
歴史的にいえば、PCでのDSDレコーディング手段が皆無だったわけではない。約10年前、ソニー製だったVAIOの多くの機種にはSound Realityというサウンドチップが搭載されており、これがDSDの録音/再生に対応していたために、DSDレコーディングが可能になっていた。そのレコーディングのためのソフトとしてSonic Stage Mastering Studioというものがあって、そのためにASIO 2.1という規格まで生まれたのに、その後、完全に消え去ってしまった。もっとも当時のVAIOも、入力端子はステレオミニジャックでしかなく、周辺のアナログ回路も「パソコンのオンボード」のものでしかなかったので、性能的にはどうということもなかったのだが、その延長線上としてオーディオインターフェイスが出てくるのではと期待していただけに、残念な結果になっていた。
それから10年の時を経て、ようやくDSD-DAC-10Rが誕生。コルグ社内で使う機材として、市販されていない「Clarity」というDSDレコーディングを可能にしたシステムがあることは以前から知られていた。このClarityは、さまざまな展示会でお披露目されたり、コルグが運営するスタジオでシステムオペレーター付きの有料で使うことができるようにはなっていたが、その中枢部分がUSB接続のDS-DAC-10Rとして発売されることになったのだ。
オーディオインターフェイスとしてはコンパクトでシンプルな2IN/2OUTという構成で、PCMの44.1kHz~192kHz、そしてDSDの2.8MHzと5.6MHzのそれぞれのサンプリングレートで入力も、出力もできる。
従来のDS-DACシリーズでは、サンプリングレートを示すインジケータであるLEDが点灯する形となっていたが、DS-DAC-10Rではボリュームノブの付け根に搭載されたLEDの色が変化するという仕組みとなっている。44.1/48kHzは緑、88.2/96kHzは紫、176.4/192kHzは白、DSD 2.8MHzは水色、DSD 5.6MHzは青となっている。
アナログレコードプレーヤーから録音/再生可能に
ここで改めて、KORGのUSB DACであるDS-DACシリーズを振り返ってみると、これまでDS-DAC-10、DS-DAC-100、DS-DAC-100mの3機種が開発され、いずれも現行商品として発売されている。この中で、なぜ今回の製品は一番古い機種であるDS-DAC-10のレコーディング対応版、という位置づけなのか?
「従来機は3機種とも、スペック的には同じで、基本的な回路構成もまったく同じ。違うのは大きさや入出力の端子ですから、特別DS-DAC-10の系列というわけでもないのですが、レコーディングに対応するということで、改めて原点に戻るという気持ちを込めてこのような型番にしました」と語るのは、DS-DAC-10Rのハードウェア部の開発者である於保尚博氏。確かに出力端子はRCAピンのラインアウトとなっており、DS-DAC-10を踏襲した形になっている。また、底面の蓋を開けて基板を見せてもらったが、ここには小さなコンデンサがたくさん搭載されている。
「これはPMLCAPというルビコン製の薄膜高分子積層コンデンサです。今入手可能なオーディオ用コンデンサの中で一番いいと言われているもので、それをふんだんに使っています。ここに見えるのはフォノアンプのプリ段回路ですが、ここに限らずDS-DAC-10Rの中のコンデンサはすべてこれを使っています」(於保氏)。
一方の入力端子もRCAピンのラインインであるが、ここはフォノ入力にも対応しているので、レコードプレーヤーとも直結できるのが大きな特徴となっている。
ただし、従来からあったフォノ入力端子付きオーディオインターフェイスとDS-DAC-10Rがちょっと異なるのは、このハードウェア自体にはフォノイコライザを搭載していないことだ。とはいえ、レコード再生においてフォノイコライザは必須。これはどうするのか?
「フォノイコライザはソフトウェア側で処理する形になっています。DS-DAC-10Rの発売と同時にリリースするWindows/Mac両用のAudioGate 4にはレコーディング機能を備えるとともに、ソフトウェア処理するフォノイコライザを搭載しており、どのフォノイコライザを使うかはユーザーが選択できるようにしてあります。計6種類のタイプを用意していますが、RIAAを選ぶのが一般的でしょう。ただし、RIAA規格が登場したのは1952年のことであり、その後、多くのカッティングマシンにRIAAが採用されましたが、一説には1980年ごろまでRIAA以外のEQカーブでカッティングがされていたといわれているため、実際どのEQカーブが使われていたのかをマニアックに探究するのも面白いところです。AudioGate 4では、そうした楽しみ方もできるように、複数カーブのフォノイコライザを搭載しているのです」と語るのはAudioGateの開発者であるコルグの永木道子氏。
実際のEQカーブとしては、RIAA、RIAA+IEC、NAB、COLUMBIA、FFRR、AESの6種類が用意されているが、もしユーザーからの要望があれば、今後のAudioGateのバージョンアップで設定を増やしていくという。
ちなみに、AudioGate 4はこれまでのAudioGate 3と同様にコルグのサイトでのダウンロード販売となっており、価格は19,980円で11月下旬発売。ただし、DS-DAC-10Rではない従来のDS-DACシリーズやMRシリーズのユーザーの場合、これら機材をPCとUSB接続することで無料で使えるようになっている。見た目はAudioGate 3とほとんど変わらないが、よく見るとトランスポートの一番右に赤い録音ボタンがあるのが大きな違い。これを使うことで、DS-DAC-10Rでのレコーディングが可能になる。録音フォーマットはDSD 2.8MHz、5.6MHzのほかPCMの44.1kHz、48kHz、88.2kHz、96kHz、176.4kHz、192kHzのそれぞれであり、DSDファイルフォーマットであるDSDIFF、DSF、WSDで保存できるほか、WAV、AIFF、FLACなどの形式でも保存可能。録音ボタンを押すと、DS-DAC-10Rのインジケータが赤く光るのもユニークなところだ。
そのDS-DAC-10Rのライン入力端子の向こう側にマイクプリなどを設置すればマイクでの生録もできるし、ダイレクトボックスなどを使うことで、各種楽器を接続してレコーディングすることもできるが、主目的となるのはレコードプレーヤーやカセットテープデッキと接続してのアナログ録音。日に日に劣化していく過去のアナログ資産を、できるだけ早く最高の音でデジタル化する、という意味で大きな意義を発揮するというわけだ。
ライン/フォノ入力の切り替えは、AudioGate 4でコントロール可能。AudioGate 4側で切り替えを設定すると、DS-DAC-10R本体のリレーを動かして入力が切り替わる。その後、レベルメーターをチェックしながら、その左にあるボリュームで入力レベル調整をしていけばいい。この調整は、AudioGateにおけるデジタル調整ではなく、その設定情報が、DS-DAC-10Rの内部と連携しており、アナログボリュームを動かす仕組みになっているとのことだ。
実際、この説明会において指名されたので、レコードプレーヤーの音を録音するという操作を行なった。することは至って単純であり、まず、少しレコードをかけて音量レベルを調整してから、改めて再生すると同時に録音ボタンをオン。あとはどんどんと録音されていが、この際、録音時には波形表示はされず、ストップボタンを押してから波形が描かれる形になっていた。
モニタリングしながらフォノイコライザを切り替えられるのも面白いところ。なお、録音しながらのEQ切り替えはできないため、録音前には録音側のEQを、再生時には再生側のEQを切り替えながらモニタリングできる。
この録音機能以外は従来のAudioGate 3とほとんど変わらず、編集機能もフォノイコライザ機能以外は従来のものを踏襲しているので、分割や結合、フェード処理などができる。
【訂正】記事初出時、「接続先がレコードプレーヤーか、カセットデッキなどかは特に設定する項目はなく」としていましたが、ライン/フォノ切り替えはAudioGate 4で設定する必要があります。また、初出時に「録音しながらフォノイコライザを切り替えできる」としていた点も誤りのため、修正しました(10月27日)
フォノイコライザの種類を後から変更可能。DSD録音の今後の展開は?
このAudioGate 4とDS-DAC-10Rの組み合わせの関係で面白いのは、前述のフォノイコライザの掛け録りと後掛けを選択できるようになっているという点だ。通常であれば、入力してきた音にリアルタイムでフォノイコライザを掛けて録音する形になる。その場合、レベルメーター下にあるInput Monitorをオンにすれば、DS-DAC-10Rのラインアウトからはフォノイコライザがかかった音で聴こえる。しかし、録音設定でフォノイコライザをOffに設定すれば、レコードプレーヤーから出る、シャカシャカしたレコードの生音のまま録音され、モニターからもその音が聴こえてくるのだ。従来のオーディオ機器ではありえない使い方ではあるが、このように生音で録音しても、再生する際にフォノイコライザを設定すれば、それで本来の音で聴くことができる。つまり、一度録音した後に、フォノイコライザの種類を変えるという使い方ができるのである。
でも、その場合はAudioGate 4がないと、再生できないでは? と思うかもしれないが、そこは心配いらない。ファイルを保存する際に、フォノイコライザを掛けることが可能なので、目的のフォノイコライザの種類が決まれば、そこでフィックスさせることができる。2度手間にはなるが、まずはデジタル化を急いだ上で、その後じっくりと音を吟味するという使い方ができるわけだ。
このようにDS-DAC-10RとAudioGate 4は一体化して、連携しながら使うものだが、そこはどのような仕組みで接続されているのだろうか? ここについては、基本的に従来のDS-DACシリーズと同様でWindowsの場合はASIO 2.xで、MacはCoreAudioでの接続で、DSDもPCMも通るようになっている。一部従来のものと違うのはMacで、これまではDS-DACシリーズ専用のドライバをインストールしていたが、今回のDS-DAC-10Rはドライバ不要で、そのまま認識するとのこと。ただし、Macの場合、DoPではなく、独自の形式を使っているとのことだった。
では、DS-DAC-10Rなしに、AudioGate 4でレコーディングはできるのだろうか? 前出の永木氏は「一般のオーディオインターフェイスでも録音は可能です。ただし、その場合、DSDは使えず、PCMになってしまいますが、フォノイコライザ機能を含め、同じように使うことが可能です」と話していた。
最後に質問してみたのは11.2MHzへの対応について。最近、DSDの11.2MHzのファイルもごく一部ではあるが見かけるようになってきたが、現時点においてコルグ製品はどれも11.2MHzに対応していない。再生、録音ともに11.2MHzへ対応する予定はあるのだろうか?
「11.2MHzへの対応というものはもちろん検討しています。現在、DS-DACシリーズ各機種ともDACにはCirrus LogicのCS4398を採用しているために5.6MHzとなっているので、これを11.2MHz対応のものに変更して一部設計し直す必要はあります。とはいえ、すでにチップもあるので、さほど難しいことではありません。また他社でも11.2MHz対応製品は出されているので、コルグとしてはまずA/D機能を持ったDS-DAC-10Rの設計の優先度を上げて開発してきた次第です。DS-DAC-10RのADCにはTIのPCM4202を搭載しているのですが、現在入手できるのは、これが最高スペック。11.2MHz対応のものはまだチップメーカーから出ていないのですが、近いうちに出す計画があるという情報は入手しているので、そのチップの採用も、今後検討してみる予定です」(於保氏)。
とのことで、まだサンプリングレートの面で進展していく可能性もありそうだし、もちろん、2chに限らず、4ch、6chといった横の展開というのもありそうだ。いずれにせよ、発売されたら実際に使って試してみたい。