藤本健のDigital Audio Laboratory
第1045回

クラファンで2億円集めたスピーカー「pavé」の進化と未来。32台をスマホ制御も!?
2026年4月13日 11:18
音が飛び出すスピーカーとして、2回ほど記事でも取り上げているBluetoothスピーカー「pavé(パヴェ)」。
日本の技術ベンチャーであるシーイヤーが開発した製品で、小さな手のひらサイズのボディから音を再生すると、目の前からではなく、50cm~1mほど左右に広がったところから音が聴こえるという不思議なスピーカーだ。
2023年に行なわれたクラウドファンディングでは、2億円以上を集める成功を収めた後、一般販売も始まり同社のヒット製品となっている。
しかし、このpavéは、単体で鳴らして終わりというものではないのが面白いところ。pavéはフランス語で石畳を意味する言葉で、もともと複数台を石畳のように組み合わせて使うことを想定して名付けられている。
そして、スマホアプリを使ったファームウェアのアップデートとともに機能・性能を向上させるとともに、さらなる次の展開を目指して同社の研究・開発が進められている。
そうした中、先日「Cear Technology Conference 2026」なる同社としては3回目の技術発表カンファレンスが開催された。
今年のテーマは「音の先」で、成長戦略の発表と新プラットフォーム「Cear Connect」の正式発表が行なわれた。またCear ConnectのエコシステムとしてCear Core、Cear pavé OEMモジュール、Awesound、CearMicrophoneなど、さまざまなシステムが紹介されたので、その概要を紹介していこう。
Cear Connectのエコシステム
まず、シーイヤーの技術軸を整理しておこう。同社の代表取締役・村山好孝氏がプレゼンテーションの中で示したのは、「Cear Field(技術基盤)」「Cear pavé(デバイス)」「Cear Connect(プラットフォーム)」という3段階で形成されるエコシステムだ。
Cear Fieldは同社の中核アルゴリズムで、ステレオ音源を空間立体音響に変換し、スピーカー単体で立体音場を生成する技術。外部DSPや専用ハードウェアに依存しない自社設計で、あらゆるデバイスへのライセンス・実装が可能という特徴を持つ。
このCear Fieldを消費者向け製品として具現化したのが、以前も紹介した小さなBluetoothスピーカーのpavé。9.5cm四方というバッテリー内蔵のスピーカーで、Cear Fieldを搭載しつつ、Bluetooth LEの規格の一つで複数デバイスへの同時ブロードキャストを実現するAuracastにも対応している。
そしてCear Connectは、複数のpavéをワイヤレスで一元制御するためのプラットフォームのこと。単に複数台を同時再生するだけでなく、音場設計そのものをリアルタイムに変更できる点が従来とは異なる。
Cear Connectの技術的な核心――Auracastに制御プロトコルを載せる
Cear Connectの技術的な核心は、Auracastの通信フレームの中に独自の制御プロトコルを実装した点にある。村山氏はこれを「トランスポート非依存の音響制御プロトコル層」と表現する。
通常、Auracastはブロードキャスト音声の配信に特化した規格だが、シーイヤーはその通信フレーム内に音声データと制御パラメータを同時に乗せる仕組みを独自に開発した。
これにより、ひとつの送信機(Cear Core)から複数のスピーカーへ音声と制御命令を同時配信できる。スピーカーは受け取った制御パラメータにしたがって音量・音場・グループ割り当てなどをリアルタイムに変更する。
結果として、「配線工事が必要だった従来構成を廃止」「設定変更に現場作業が不要」「複数スピーカーの煩雑な管理を一元化」という課題が解決される。
現状の実装では2チャンネル配信まで対応しており、各スピーカーにはあらかじめ「どのチャンネルを受信するか」を割り当てておく。
ディスクリートに音源数を増やしたい場合は送信機を複数用意し、互いに同期させる構成になる。Auracastの規格自体は32チャンネルの仕様を持つが、村山氏は「半導体の進化に伴って対応チャンネル数も広がっていくだろう」と述べていた。
Cear Connectシステムの構成
Cear Connectのエコシステムは、送信側の「Cear Core」、受信側の「Cear Connect対応デバイス」、そしてサードパーティ向けの「OEMアンプ基板」で構成される。
Cear Coreは、アナログ・S/PDIF・USB入力に対応した送信機で、BluetoothまたはUSB経由でも制御できる。従来品の送信機と比較して設定変更の自由度が大きく拡張されており、補聴器用途向けに低遅延設定をしたり、音楽イベント向けに高ビットレートに切り替えたりといった運用が可能になる。
OEMアンプ基板は、Cear Connectに対応した増幅回路をモジュール化したもので、スピーカーメーカーが自社製品にCear Connectを組み込む際の開発期間短縮を目的としている。
4月からPP品(先行試作品)の提供が始まり、予定通りに進めば5月には出荷できる状態という。
会場後方の展示コーナーにサンプル品が置かれていた。このOEMアンプ基板を利用することにより、他社製品をpavéと同等の機能にすることができるほか、すでに設置済みのスピーカーをpavéのように使うことが可能になる、というわけだ。
32台をスマホ1台でリアルタイム制御――デモの詳細
プレゼンテーション終了後、ステージ上に32台のCear pavéが並べられ、Cear Connectによるリアルタイム制御デモが実施された。
PCがCear ConnectプロトコルでCear Coreを制御し、Cear CoreからAuracastで各pavéに音声と制御パラメータが同時配信されるという構成だ。
3グループに分割されたスピーカーを切り替えながら音場をリアルタイムに変化させる様子が確認でき、グループ変更の反応は体感上ほぼ遅延なく行なわれていた。
村山氏によれば、この制御は現場に置いたスマートフォン1台からも操作可能であり、「従来は設定変更のたびに1台ずつアプリを開いて操作していたものが、グループ設定さえしておけばまとめて制御できるようになる」という。
Auracastの同期精度が波面合成を可能にする
今回のテクニカルなハイライトの一つが、Cear pavé 3台を使った波面合成(Wave Field Synthesis)のデモだ。1方向にのみ特定の音を出し、逆方向には全く異なる音を放射するという指向性制御の実演で、複数スピーカーの位相を精密に同期させる必要がある。村山氏は「AuracastのLE Audio同期レベルが非常に高いことが実現を支えている」と説明した。
具体的には、使用しているQualcommのQCC51xxシリーズチップ上において、端末間の時間遅延が「48,000分の1秒(約20.8μs)からの乖離が2サンプル以下」という精度で同期しているという。これは音波の干渉計算が成立するための条件を満たすものだ。
村山氏は「当初、Auracastで波面合成ができるとは考えていなかった」と語っていたが、この同期精度の高さを確認したことで、理論上は台数を問わず波面合成が適用できると判断したという。
「Cear pavéまたはCear Connect基板を使えば、スピーカーを無限に並べて音場制御することが理論上可能になる」と述べた。実際のデモは3台構成だが、村山氏は「それでも十分面白いはず」と自信を示した。
聴覚拡張IP「Awesound」――リオン社からのライセンスで展開
今回初めて詳細が明かされた技術の一つが「Awesound」だ。聴覚拡張を目的としたIPで、そのライセンスは補聴器メーカーのリオンが保有しており、シーイヤーが同社から許諾を受けて活用するかたちをとる。
機能的にはWDRC(ワイドダイナミックレンジコンプレッション)、DNNベースのAIノイズキャンセル、突発音保護、ハウリング抑制といった補聴・ヒアラブル向けの処理が一体化されたIPとなっている。
デモはQualcomm S7プラットフォームの評価ボード上で動作しており、「最近よくあるイヤバズベースの増音システムとは一線を画す自然な聴こえ」を目指しているという。
CearMicrophoneと指向性制御技術
pavéの陰に隠れがちだが、シーイヤーのもう一つの事業の柱がマイクロフォン関連技術。
「CearMicrophone」として整理された自社IPは、複数マイクを用いた指向性制御(ビームフォーミング)、ノイズ除去、エコーキャンセラー、ハウリング抑制などを含むものとなっている。
今回の発表では、Cear ConnectエコシステムにリモートマイクロフォンとしてCearMicrophoneを組み込む方向性も示された。Qualcommとの社会貢献プログラム(YSBプログラム)の文脈で、難聴者向けの指向性音声拡聴システムへの展開も視野に入れているという。
会場には、CearMicrophoneとカメラによる人物検出(Vison AI)、ビームフォーミング(Audio AI)を組み合わせたシステムのデモなども行なわれていた。
FemtoAIとの協業――超低消費電力AIをワイヤレスデバイスへ
シリコンバレーの半導体スタートアップ、FemtoAIとの協業も発表された。同社は推論に不要なモデルパラメータを圧縮することで通常のGPU構成より大幅に低消費電力を実現するチップを開発している。
村山氏によれば、FemtoAIとは数年前に学会で出会い、協力関係を続けてきたという。このチップを使うことで、バッテリー駆動のワイヤレスデバイスにAI音声処理を組み込むことが現実的になるとしており、Cear Connectエコシステムの将来的な機能拡充に向けた布石と位置づけられているようだ。
法人向けから始まる普及戦略
Cear Connectは現時点では法人向けサービスとして展開する方針で、APIと評価基盤(開発用ボード)が公開される。コンシューマー向けへの提供は現状では予定していないとのことだ。
村山氏はターゲット市場として「比較的小規模なイベントや、スピーカーを本来入れたかったが入れられなかった現場」を挙げた。大規模なPAシステムとの競合ではなく、これまで音響設備の導入を諦めていた施設・イベントへの訴求を主軸に据える。
対象市場として商業施設・建築音響、XR・展示・イベント、ヒアラブル・補聴、ロボティクス・AIを挙げており、空間音響市場のCAGR(年平均成長率)を10〜30%と見込む。
OEMアンプ基板のパートナー企業への提供を軸に、Cear Connect対応デバイスを業界に広げていくエコシステム戦略だ。
今回のCear Technology Conference 2026を通じて感じたのは、シーイヤーがソフトウェア受託→プロダクト→プラットフォームという段階を、無理なく積み上げてきたという印象だ。
pavéの複数台運用で見えてきた課題から逆算してCear Connectが生まれ、そこにCear Field・CearMicrophone・Awesoundという技術資産が接続される。
Auracastという標準規格の普及タイミングと、独自制御プロトコルの実装という同社の技術力がうまく噛み合ったかたちだ。
波面合成への応用が示すように、Auracastの同期精度は当初の想定以上の可能性を持っていることも明らかになった。OEMモジュールを通じたエコシステムの広がりとともに、今後の展開に注目したい。






















