第425回:ヤマハによる“歌が主体”のオンラインDAW「ハモラボ」

~「ネット上でハモる」新サービスで目指すものとは? ~


「音楽会議5 sponsored by YAMAHA」会場の様子

 7月1日に「音楽会議5 sponsored by YAMAHA」というユーザーイベントが開催された。ここでオンライン上のDAWといってもいい、ユニークなサービス「ハモラボ」が発表され、翌週からこのイベントに参加した人を対象にアルファテストがスタートした。

 ハモラボはブラウザ上で使える6トラックのレコーダーとなっており、オーディオのレコーディング、再生はもちろん、MIDIも扱えるというこれまでにない斬新なシステム。実際、どんなシステムで、何を目指しているのか、ヤマハの開発チームに取材した。



■ ソーシャルメディアユーザーに提案されたDAW

 「音楽会議5 sponsored by YAMAHA」というのは、海外のドットコムサイトを紹介する日本のサイト、百式が企画しているイベントで、今回が5年目(5回目)になる。私自身、その存在自体まったく知らなかったのだが、たまたまTwitterのやりとりでその開催を知った。この春以降、何度となく取り上げてきたヤマハのY2 PROJECTが、ここで何やら新しいサービスを発表するとのことだったので、参加してみた。

ハモラボのサイト

 100名弱の人たちが集まっていたが、VOCALOID2ファンの集いでもDTMユーザーの集まりでもない。どうやら百式の主催する「ケータイ会議」、「セキュリティ会議」、「脳内会議」など「**会議」というイベントによく参加している常連が中心となっていたようで、発表内容も完全に一般ユーザー向けのものだった。ハモラボとは「うまくハモれるヤツはもてる! 」をコンセプトに作ったソーシャルメディアであるようで、YouTubeやニコニコ動画は完成した最終的な曲を発表する場になっているが、ハモラボはその途中過程も公開することができるため、ネット上のみんなで作品を作り上げていくことができるという。具体的には自分で歌った歌をネット上にアップすることができ、それに別の人がハモって新バージョンにした上で公開する、さらに別の人が別のパートを追加して……というサービスとのこと。

 それって、まさにDAWではないか。この発表の場においてヤマハ側からはDAWという言葉は1回も登場しなかったし、MTRとかシーケンサといった言葉もなかったように思う。とはいえスクリーンに映し出された画面を見ると、ブラウザ上にトラックが生成され、直接マイクからレコーディングすることが可能になっており、レコーディングしたボーカルを元にしてピアノロールエディタ上にMIDIでのメロディーラインを生成することもできる。さらに、MIDIをエディットするとボーカルのピッチを変更できるから、一人で1回録音したデータを元にハモりパートを作成することも可能となっている。画面の見せ方やプレゼンテーションの仕方こそ、オブラートに包んだようになっているが、かなりの性能を持ったDAWであることは間違いなさそうだ。


アカペラのアーティスト「姉と僕」に、ヤマハ社員が加わったステージ

 ステージでは「姉と僕」という4人姉弟のアカペラのアーティストが登場し、歌を披露してくれた。ただ、実はそのうちの1名が欠席し、その代理をヤマハ社員の女性が務めた。すでにできあがっていたアルファ版のハモラボに「姉と僕」の曲が1人1パートに分かれる形で収録されていたため、それを利用して特訓したというのだ。目的のパートだけを再生することもできるし、マイナスワン演奏で、練習することもできるというわけだ。まさにDAWの使い方の一つではあるが、人の作ったデータが公開されていて、自分でいじることができるというコンセプトはかなり画期的に思う。確かにこれまでもDAWのデータを共有するオンラインサービスはいくつかあったが、敷居が非常に高くポピュラーになっているものは存在しない。ソーシャルメディアとして大きな可能性を感じるサービスでもある。


左から小池氏、須田氏、田村氏

 筆者自身もすぐにアルファテストに参加させてもらい、いろいろと試してみているのだが、ヤマハのY2 PROJECTはどんな経緯でこのハモラボを開発し、どのように発展させていくつもりなのか、実際に開発者にインタビューした。

 今回話を伺ったのは、音楽会議5でもプレゼンテーションを行なっていたハモラボのプロジェクトリーダーであるヤマハ株式会社 研究開発センター ネットビジネスグループ主任(企画・営業)の須田英之氏、同グループマネジャーの田邑元一氏、同主任(技術開発)の小池祐二氏の3人。田邑氏と小池氏はクラウド型VSTのときにもインタビューした方々だ(以下敬称略)。



■ ネットカラオケのプレーヤーが発展


須田英之氏

藤本:先日のハモラボの発表、個人的にはなかなかの衝撃でした。どうして突然、こうしたサービスを発表されたのですか?

須田:われわれとしては、これまでに開発し、運営してきたサービスの発展形としてハモラボを作り出しました。具体的な原点になっているのが2001年にサービススタートさせた「パソカラホーダイ」です。私自身が愛しすぎたといってもいいサービスなのですが、月額630円で全曲歌い放題というネットカラオケのサービスです。エコー機能や採点機能も搭載しているということで、現在でも多くの方に使っていただいています。このパソカラホーダイを利用するための専用プレイヤーである「ミッドラジオプレーヤ」は、ここにいる小池が作ったものですね。


2001年にスタートしたネットカラオケ「パソカラホーダイ」パソカラホーダイ用の「ミッドラジオプレーヤ」


ネットで歌本

小池::ミッドラジオプレーヤはMIDIファイルをストリームで流したものをソフトシンセで鳴らすというものです。少し特殊なのは、このストリームデータにはMIDIデータだけでなくコード情報や歌詞が入っているということですね。

須田:そのコード情報を利用したパソカラホーダイの兄弟サービスとなっているのが、「ネットで歌本」。これはMIDIの伴奏に合わせて流れるギターコード譜と歌詞を見て、ギターの弾き語りカラオケが楽しめるというもので、個人的にも非常にいいサービスだと思っています。このネットで歌本はパソカラホーダイの会員になると、同時に利用できるんです。

藤本:なるほど、原点はかなり古いのですね。

須田:世の中が大きく変わりはじめたのは、YouTubeが広まりはじめた2006年ごろだったと思います。オンラインで動画のマッシュアップが流行っていた時代ですね。ただ当時はネットからダウンロードしてローカルで編集作業をしていました。これがGmailなどの登場で、オンラインにストレージしておく文化、つまりクラウドの世界が音楽においても確実に来るという実感は持つようになりました。

田邑元一氏

田邑:そうした中で、われわれのアプローチのひとつが先日もお話したクラウド型VSTなのです。まあ、クラウド型VSTとして一般に対して発表したのは、この春ではありますが、以前から研究・開発を続けていたのです。果たしてクラウド型VSTが世の中に受け入れてもらえるのかということで最初に実証実験をしたのが「Auto Vocoder Box」です。これはMIDIによってメロディーを指定し、歌声などのオーディオを指定すると、MIDIのメロディーに補正された形でオーディオが生成されるというものです。この際、ピッチフィックスだけでなく、コンプ、EQ、リバーブといったエフェクトも掛けることが可能で、掛ける順番も自在に選べるようになっていました。


クラウド型VSTの最初の実証実験「Auto Vocoder Box」

須田:ちょうど私がレコード会社に出向していた際、関わっていたアーティストがボーカルラインへのピッチ補正を表現として使用するアーティストだったので、相談にのって貰いAutoVocoderBoxを作りました。単一の音で歌ったボーカルに対し、MIDIエディタでピッチをずらすことができ、これによって和声ができるわけです。オンラインで処理するんだから、エフェクトもできるよね……と機能を増やしていきました。エフェクトのパラメータを表に出すとインターフェイスが複雑になってしまうので、パラメーターは全部私が決めて作りこんでいったのです。かなり面白いアプリケーションになりましたね。これが2年前のことです。でも、こうしたオンラインでの音楽制作において、人とコラボできればもっともっと面白くなるはずだと思っていました。

藤本:すると、もうそのころからハモラボの開発がはじまっていたわけですね。

須田:構想はいろいろと練っていたのですが、実際にドライブがかかったのは「姉と僕」との出会いですね。たまたまテレビで見かけ、ネット検索をかけると「姉と僕」のブログが見つかったので、メールをしてみたらすぐに連絡があって、自宅まで押しかけたんですよ。ぜひ、4人の声をそろぞれパラで録らせてください、ってね。そうしたら、OKがもらえたんです、それがこの3月のことです。まさにプロが手の内を明かしてくれるわけですから、これは面白いですよ。

藤本:なるほど、ハモラボは直接的にはシステムから開発したというより、コンテンツからスタートしていたんですね。実際、私もアルファテスターとして参加させてもらい、「姉と僕」の曲を聴いてみました。普通は最終的にミックス、マスタリングされた音源しか聴けませんが、各トラックごとに分かれているから自分の聴きたいパートだけを再生できるし、必要に応じて自分でミックスバランスの調整もできるというのは、すごく楽しくていいですね。

須田:このハモラボの面白さは単に聴くだけに留まりません。公開されている楽曲をユーザーがいろいろといじれてしまうんです。「姉と僕」の例でいえば、弟が歌っているパートを自分の歌に差し替えてしまうとか、新たなコーラスパートを追加するとか……。そのようにして二次的に作り出した作品を公開していくことができる、まさにソーシャルなサービスになっているのです。



■ 「歌が主体」のDAW。iPad/iPhoneへの対応も検討

藤本:使ってみて面白かったのは、ボーカルからメロディーラインを割り出してピアノロール化する機能。ピッチ補正などを目的にして、最近のDAWにこうした機能が搭載されていますが、それがオンラインサービスとして使えてしまうのはすごいです。しかも、使い方があまりにも簡単で、パラメータ設定なども何もいらない。


自分の聴きたいパートだけ再生できるほか、ミックスバランスも調整可能ボーカルからメロディーラインを割り出してピアノロール化

田邑:とくにハードルを下げるために、簡単にするとともに、精度を上げました。このハモラボでは多くのユーザーがソーシャルに音楽を作っていくための実験でもあるため、分かりやすさ、使いやすさを優先させています。

藤本:ボーカルから割り出したMIDIのピアノロール、なかなか正確で、簡単にピッチ変更ができるのはいいのですが、時間軸方向での移動はできないですよね。この辺も分かりやすさということなのですか?

小池:そうですね。自由度を広げていくこと自体は難しいことではありません。ただ自由度が増えパラメータが増えると、どんどん使い方が難しいサービスになってしまうため、できるだけ簡単で、しかもその面白さを存分に味わえるように、いろいろと工夫しています。

藤本:DAW的に使う観点から見て便利だったのはマイクからレコーディングするだけでく、オーディオやMIDIをトラックにアップロードできることです。転送スピードなどの問題なんだとは思いますが、アップロードできるオーディオはMP3に限定されていますよね。アップロードした後は、どのように処理されているのですか?

ボーカルから割り出したMIDIのピアノロールオーディオやMIDIをトラックにアップロード可能


小池祐二氏

小池:まずアップロードできるMP3のビットレートに制限はないので、ビットレートを上げると音質も向上します。そしてサーバー上ではMP3からWAVに展開されて、各種処理がされています。最後に再生する場合は、MP3の128kbpsに固定された上でのストリーミング再生となります。

藤本:そういえば、音楽会議においてハモラボにはエフェクト機能も装備しているという話をされていましたよね。ただ、使ってみてそれを見つけられなかったのですが……。


エフェクトが自動でかかるようになっている

須田:これも前面には出さずに、自動でかかるようにしています。具体的にはオーディオに対してMIDIデータでピッチ補正をかけてハーモニーパートを生成すると、同時にコンプレッサとリバーブがかけられるようになっているんです。

藤本:ところで、このハモラボはFLASHで動作させていますよね。WindowsもMacも使えましたが、やはりiPadでは動きませんでした。

小池:プログラム的にFLASH 10.1に補ってもらっている部分が大きいことは確かです。ただし、FLASHありきで考えているシステムでは決してないので、いつとはいえませんが、iPadやiPhoneでも使えるものにしていきたいと思っています。

藤本:ハモラボという名称であり、歌を重ねていくサービスというイメージの打ち出しではありますが、これってDAWそのものですよね?

須田:確かに、使い方次第で楽器をレコーディングしていくことも可能です。ただ、楽器を前面に出すとどうしてもニッチなサービスになってしまう。そこで、より親しみやすいサービスとして見せていくために歌を主体にしているんです。カラオケの文化もありますから、広げやすいと思うのです。


普通のDAWでの操作に比べても違和感がなかった

藤本:なるほど、そういうことだったのですね。先日、予め作っておいたオーディオをハモラボの1つのトラックに流し込み、それを再生しながらドラムを叩いてみたのですが、普通のDAWで行なうのと比較してまったく違和感はなかったです。ただ、クリックを鳴らすことができなかったので、クリックトラックを別途作って流す必要があったことくらいでしょうか。

田邑:そうした使い方をされる方も出てくるかもしれません。その辺はユーザーに開放して、いろいろな面白い利用法を考えてもらえればと思っています。そして、どんな使い方が可能なのかひとつずつ検証していきたいと考えています。



■ ソーシャル機能やオーディオエディット機能の追加も

藤本:まだアルファ版なので、機能的にこなれていない部分などもいくつかありますが、ソーシャルなサービスだけにやはり気になるのは、これが今後多くの人が使えるサービスになるのか、ということです。クラウド型VSTやNETDUETTOなど、これまでのY2 PROJECTのインタビューでは、サードパーティーと組むことができれば、サービスを提供するということで、ヤマハ自身でサービスをすることは現時点考えていないという話でした。これはハモラボにおいても同様なのですか?

田邑:このハモラボというサービスはヤマハとしてぜひ進めていきたいと考えています。BtoBの場合、われわれと波長が合うかによって決まるし、われわれの考えていることをよく理解してもらえないと先がありません。いずれBtoBによるサービスをスタートさせるにしても、まずは価値観を提案しないといけないと考えています。現在はまだアルファーテストの段階ですが、9月にはクローズドのまま機能的なバージョンアップを図り、11月にはオープンなベータサービスへと移行する予定です。

藤本:実質的な本格サービスのスタートということですね?

田邑:はい、パートナー経由で訴求するには限界もあるので、次のフェーズにつなげたい。そのためヤマハ自身が一般に対する無料のサービスとしてローンチさせます。もちろん、反響次第で修正などはしていきますが、ひとつのサービスとして価値観を提供していきます。まずは純粋に会員数を増やしていきたいですね。

藤本:現在のアルファ版でもかなりの機能を持っていますが、ベータサービスへのバージョンアップでは、どう進化させるのですか?

須田:まずは、今2分までの曲という制限を伸ばして、もっと長い曲まで扱えるようにします。またピンポン機能というかバウンス機能も搭載しようと思っています。さらにソーシャル機能、オーディオエディット機能、エフェクト機能なども追加していきたいですね。

藤本:ソーシャル機能というのは、どんなことを意味するんですか?

須田:依頼をかけられるようなコミュニケーション機能を搭載していきます。たとえば自分でレコーディングしたボーカルをもっとかっこよく仕上げてほしいという依頼をしたら、それに応えてトラックを作ってくれる人がいるとか……。お互いコミュニケーションをしながら、音楽を作っていける環境を用意したいですね。

藤本:オーディオエディット機能やエフェクト機能というのは?

小池:いわゆる波形編集を搭載するというのではなく、簡単なカットやコピーといった操作ができることを想定しています。ノーマライズやフェードといった程度の機能も搭載すると便利かもしれませんね。

須田:エフェクト機能は、Auto Vocoder Boxで搭載したような機能を想定しています。細かくパラメータがいじれるというのではなく、いくつかのエフェクトを順番を変えて並べられるようにするのです。これであれば、あまり難しくなく、エフェクトの面白さを楽しめますから。

藤本:それは楽しみですね。でもベータテストのスタートが11月となると、まだまだ先で待ち遠しく思う人も多いと思います。

須田:そうですね。では、Digital Audio Laboratoryの読者限定ということで、TwitterのY2 PROJECTをフォローしていただけましたら、こちらから必ずフォロー返しいたしますので、DMか@mentionでアルファテストに参加したい旨連絡いただけたら、アカウントを発行しましょうか。あまり多いと先着になるかもしれませんが、アルファテスターももう少し増やしたいので、興味のある方はぜひご参加ください。

藤本:ありがとうございました。


(2010年 7月 26日)

= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto

[Text by藤本健]