第427回:実売1万円以下でPCMレコーダが身近に

~ZOOMの24bit/96kHz対応スリムレコーダ「H1」 ~


 ZOOMから、実売価格が1万円を切ると思われる低価格なリニアPCMレコーダ、H1が8月下旬より発売される(標準価格は11,340円)。これまでも低価格で多機能なリニアPCMレコーダを多数出してきたZOOMだが、1万円を切る程度の価格には大きなインパクトがある。

 しかも24bit/96kHzに対応するとともに、お得意のX-Y型マイクを搭載するという機能も強力なモデルだ。今回はその使い勝手や音質などをチェックした。


H1X-Y型マイクを搭載


■ 24bit/96kHz対応ながら低価格。重さは60g

 ZOOMではこれまで、H4、H2そしてH4nと、24bit/96kHz対応のリニアPCMレコーダを発売してきた。この連載でも取り上げてきたが、新機種が出るごとに音質は向上し、機能も豊富になった。他社製品と違い、単なるレコーダに留まらず、オーディオインターフェイスとしても使え、H4/H4nでは強力なエフェクト機能を装備。H2ではサラウンドでのレコーディングができるなど、斬新な機能を搭載してきた。方向性の違いから記事では取り上げなかったものの、昨年発売されたQ3では、ビデオカメラ機能も持つリニアPCMレコーダとして、各方面で話題になった。

 リニアPCMレコーダ分野にはRoland、SONY、TASCAM、YAMAHA、OLYMPUS、SANYOと、日本の大手メーカーが次々と参入。ひとつの大きなジャンルとして確立されてきたが、その中でZOOMは少し異色な存在だったようにも思う。同じ日本のメーカーではありながら、ベンチャーとして特徴ある製品を出すとともに、価格も抑えた設定になっていた。その結果、各社の価格も引き下げられ、誰もが気軽に買えるようになった“立役者”といっても過言ではないだろう。

 今回のH1は、その価格レンジをさらに大きく引き下げた。現在リニアPCMレコーダの標準ともいえる24bit/96kHzのスペックを保ちながら、実売では1万円を切る価格設定になっている。ここまで下がれば、あまりリニアPCMレコーダに興味が無いという人にも、気になる存在になってくるだろう。また、メーカーのWebサイトで紹介されているように、動画撮影対応のデジタル一眼レフに取り付けて使うといった、新しい用途にも大きな威力を発揮しそうだ。

 H1を実際に手にすると、まず凄く軽い事に驚く。電池を含まない重量は60gしかない。だが、世界一軽いのかというと、そうでもない。以前紹介したYAMAHAの「POCKETRAK C24」は電池込みで57gだった。サイズは似たようなものだが、並べてみるとH1がマイク部分だけ出っ張っている。厚さも倍程度ある。とはいえ、サイズ的には44×136×31mm(幅×奥行き×高さ)とコンパクトな事に違いはない。製品写真を見て「栓抜きみたい」と言っていた人もいたが、実物は結構厚みがあるので、そんな風には感じなかった。

ヤマハのPOCKETRAK C24と比較
iPhone 3GSと比較
MP3で約10時間、WAVで約9.5時間の録音が可能

 単3電池一本で駆動し、メーカーの資料によるとアルカリ電池の場合、MP3で約10時間、WAVで約9.5時間の録音ができるという。記録メディアはmicroSD/SDHCで、2GBのmicroSDとSDカード変換アダプタも同梱している。

 価格を抑えているためか、同梱物は非常に少なく、それ以外は単3電池しか付属しない。そこで、別売で、ウィンドスクリーンやミニ三脚などをセットにした「H1 Accessory Pack」が用意されている。内容物はACアダプタ、USBケーブル、ケース、三脚穴に取り付けて持ち手とするマイク・クリップ・アダプタの計6点。ACアダプタに関してはUSBケーブル経由で使う。このセットは別売とは言え、2,310円と安価なので、一緒に購入しておくとよさそうだ。

記憶メディアはmicroSD/SDHCに対応ウィンドスクリーンやミニ三脚などがセットのH1 Accessory PackH1 Accessory Packに含まれるマイク・クリップ・アダプタ


■ メニューボタンの無いシンプルな操作系

 電源を入れてみたところ、あまりにもシンプルな操作体系で驚いた。リニアPCMレコーダに限らず、最近の小型のデジタル機材というと、MENUボタンがあり、カーソルキーと決定ボタンを使って各種設定を行なうのが一般的だが、H1にはMENUボタンがなく、カーソルキーもない。本体の左右およびリアにある各種ボタンですべて直接操作/設定するというプリミティブな構造になっている。

操作ボタン部

 逆に言えば、メニュー階層の深さもなければ、設定の複雑さも何もなく、とにかく単純で、とてもわかりやすい。

 まず、電源を入れたとたんに録音待機モードに入っており、液晶左側のレベルメーターが動いている。右サイドのINPUT LEVELを使って入力音量を調整する。左サイドのヘッドフォン端子にヘッドフォンを接続すれば、マイクからの音がそのままモニターできるようにもなっている。録音スタートは液晶下にあるRECボタンを押すだけだ。

 録音フォーマットの設定は、リアにあるREC FORMATというボタンを使って行なう。左がWAV、右がMP3。まずはWAVを選択した。サンプリングレートや量子化ビット数の設定は、録音待機状態において早送り、巻戻しボタンを押すことで選択できるようになっている。具体的には96/24、96/16、48/24、48/16、44/24、44/16の各モードだ。ちなみにMP3に設定した場合はビットレートの設定となり、320、256、224、192、160、128、112、96、80、64、56、48kbpsとかなり細かく選択できる。

液晶の左側にレベルメーターを備える録音モードの選択画面
モニター用スピーカーも備える

 そのほかの設定は、LOW CUTのオン/オフと、オートレベルのオン/オフのみ。マイク感度の設定は無く、バックライトのオン/オフや点灯時間、またアルカリ電池かニッケル水素電池かといった設定も無い。“あとは録音するだけ”という潔い機材だ。

 これだけ単純化はしているものの、モニター用のスピーカーはしっかり搭載されている。したがってヘッドフォンがなくても再生ボタンを押せば、音を確認することも可能だ。



■ PCMレコーディングのエントリー機として期待

ウィンドスクリーン装着時

 さっそく、外に持ち出したところ、マイクがX-Y型で外にむき出しになっていることもあって、風切り音をかなり拾ってしまう。したがって、微風でもあればウィンドスクリーンは必須になりそうだ。室内で使うときは問題ないのだが、やはり「H1 Accesory Pack」は買っておくべき製品と言えるだろう。

 外でモニターしながら鳥の鳴き声を追っていたが、X-Y形だけあって、ステレオ感は抜群。24bit/96kHzでレコーディングした音を聴いていただければわかるとおり、非常に立体的な感覚を楽しむことができる。マイクを外付けしたい場合には、MIC IN/LINE IN端子も備えている。

 音楽のレコーディングはどうだろうか?  いつものようにTINGARAのJupiterをモニタースピーカーで再生したものを24bit/96kHzでレコーディングし、Sound Forgeを用いて簡単な処理をしてみたので、まずはその音を聴いてみてほしい。

録音サンプル:野外生録
bird.wav(15.2MB)
編集部注:録音ファイルは、24bit/96kHzに設定して録音したWAVEファイルです。編集部では再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。

録音サンプル:楽曲(Jupiter)
music_1644.wav(6.92MB)
楽曲データ提供:TINGARA
編集部注:録音ファイルは24bit/96kHzで録音した音声を編集し16bit/44.1kHzフォーマットで保存したWAVEファイルです。編集部では再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。

録音データの波形
 予想していたのよりも、しっかりした音が録音できている。1万円程度の製品で、確かにリニアPCMレコーダとしての音の捉え方をしている。波形表示でも、これまで見てきた多くの機種と比べて、とくに目立った違いは見つけられない。

 ただ、個人的な感想としては、まず無音部分(ここでは冒頭のフェードインしてくる部分)に、ややホワイトノイズを感じる。音の傾向としてはH2にちょっと似ており、H4nのようなクリアで、抜けの良い音とは方向性が少し異なる。他社のリニアPCMレコーダと比較し、特に音質的に優れているとは言えないが、それでも、24bit/96kHzでレコーディングしたクオリティは持っており、これで十分満足できる人も多いはずだ。

 リニアPCMレコーディングのエントリーマシンとして、多くの人が興味を持つキッカケになりそうなモデルで、マーケットの広がりにも寄与してくれそうだ。H2のような大ヒットモデルになることを期待したい。


(2010年 8月 9日)

= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto

[Text by藤本健]