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UHD BDの真の実力! 最新作にみえる情報量が迫る「イノセンス」

AV Watchの読者ならば、Ultra HD Blu-ray(UHD BD)が順調にタイトル数を増しているのはご存じだろう。洋画の新作ならば話題作はほとんどがUHD BDでも発売されるようになっているし、特に今年はアニメの歴史的名作の数々が登場している。そして今年の春から夏にかけて、「劇場版SPACE ADVENTURE コブラ」、「劇場版 あしたのジョー2」、そして、「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」、「機動戦士ガンダム F91」、「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」、「イノセンス」が発売されたが、いずれも非常に優れた出来だ。UHD BDが採用した4K解像度、HDRの高輝度表示、BT.2020の広色域表示といった最新の技術の素晴らしさをよく実感できるものとなっている。

イノセンス 4K Ultra HD Blu-ray
(C)2004 士郎正宗/講談社・IG,ITNDDTD

現代の新作アニメというと、制作解像度はフルHD前後となっており、4K制作のアニメは、実験的な短編作品が精一杯というのが実情だろう。HDRの力強い輝きの再現や、豊かな色を階調感たっぷりに描く映像だけでも十分に見応えがあるのだが、フルHD制作の4Kアップコンバート表示という点で、UHD BDの良さが半減してしまうのではないか、と懸念している人もいるだろう。

では、旧作はどうかというと、こちらはフィルム。手描きのセル画や背景画を重ね、さらに特殊効果を加えてフィルム撮影をして完成した映像だ。このオリジナルのフィルムを4K解像度でデジタル化すれば、正真正銘の4K映像になる。もちろん、4K化するだけでなく、マスタリング工程でHDR化もするし、色域はBT.2020となるので、フィルムの持つ情報量はより豊かに再現できる。これは映画の旧作品のUHD BD化と同じ理屈だ。

フィルムの情報量は思った以上に膨大で、(フルHDではない)ハイビジョン解像度の薄型テレビの普及機から35mmフィルムはハイビジョン以上の情報量があるとは言われていた。

35mmフィルムとは、多くの映画で使われているフィルムサイズで、フィルムを使用するカメラで幅広く使用されたもの。対角35mmの小さなフィルムにそこまでの情報量が詰まっていたとは、にわかには信じがたい。もちろん、当時のレンズ付きフィルム(使い捨てカメラ)や安価なカメラではレンズ性能もあってそこまでの情報量を記録することは難しいだろう。映画撮影に使うような本格的なレンズを使って撮影されたものに限った話だとしても、そこまでの情報量があるとは想像しにくい。

実際、自分もその一人だった。今回の本題である押井守監督の「イノセンス」にしても、BD版で劇場公開当時に映画館の大きなスクリーンで見た映像となんら遜色のない映像を見ることができた。だから、35mmフィルムの実質的な情報量はフルHD程度と言い切るつもりはない。実写作品で4Kスキャンされた旧作には驚くほど鮮度の高い映像になって蘇ったものが数多くあるからだ。とはいえ、アニメに限って言えば、スキャンの解像度を高くしても、もともとは手描きの映像である。掘り起こすことのできる情報量には限界があるだろうと思っていたわけだ。

そんな思い込みを爽快にぶち壊してくれたのが「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」だ。一部にデジタル処理も加わっているが、アナログ制作時代の最後期の作品。UHD BD化された映像を見て、圧倒された。今までに見た劇場公開、LD(レーザーディスク)、DVD、BDでは見たことのない緻密な映像だった。決して現代の作品のような高解像の映像ではないが、背景画に重ねられたセル画の立体感、緻密になった背景が感じさせる映像の奥行きが見事で、今まで見てきたものとは別物だと感じたほどだ。

UHD BD版の「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊 4Kリマスターセット」
(c)1995 士郎正宗/講談社・バンダイビジュアル・MANGA ENTERTAINMENT

なにより驚いたのが、暗部に隠れていた陰影だ。これまでは見えなかった暗い影の奥にまだまだ情報が埋もれていたことに気付いた。それが映像に奥行きを与え、写実的な映像と相まって、来るべき未来の現実を見ているような気分にさえなった。押井守監督は撮影監督らが技巧を凝らして撮影したテクニック、さまざまな特殊効果がよくわかって、当時を思い出したほどと述べているが、ファンの立場で言えば、そんなフィルムに焼き付けられるその瞬間の映像を見られるというのは至福を超えたものがある。

情報量の豊富さが、作品の魅力をさらに深めてくれる「イノセンス」

自分がさんざん見てきた映画ということもあり、UHD BDの表現力を改めて実感したのが「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」。

そして「イノセンス」を見て、さらに驚かされた。オープニングで製造されたガイノイドの瞳の奥に草薙素子が見えているというのは、劇場公開当時から言われていたことだが、その瞳の周囲に文字が刻まれていて、カメラのレンズ規格を示すような文字列がきちんと描かれていたことに驚く。今までは文字っぽいものがあるのはわかっていたが、きちんと読める文字であるとは認識できなかった。4K化によって、ようやく読めるようになったわけだが、当時からそこまできちんと情報を盛り込んでいたことに驚く。「イノセンス」はIMAX上映もされたので、当然そこまでの情報量を制作時に盛り込んでいたわけだ。

(C)2004 士郎正宗/講談社・IG,ITNDDTD

かなり積極的にデジタル映像を採り入れた作品だから、CGで描かれた映像そのものは決して高解像度ではない。だが、おそらくは撮影の段階でアナログ的な加工やデジタルによるエフェクト処理が施され、ジャギー感が発生することはない。高解像度ではないが実になめらかで、ある意味で造作がやや粗い実物模型を見ているような感覚になる。そのため、作品が提示する仮想と現実が入り交じった奇妙なリアリティを濃厚に感じられるようになる。

劇場公開当時を超えるインパクトに驚いたのは「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」の方で、「イノセンス」は制作年代も新しく、そのぶん質的な向上にそこまで驚くほどではなかったのだが、こうして発売から数カ月たった現在、製品の試聴取材なども含めて、よく見ることが多いのは「イノセンス」。見るごとに魅力が深まっていくのを感じるし、最新の製品で試聴すると自宅の機材では気付かなかった発見もあり、最新製品の進歩に嫉妬を覚えることも多い……

さて、インプレッションばかりでなく、作品の解説もしよう。本作は草薙素子失踪後の公安9課の活躍を描くもので、ガイノイド(女性型アンドロイド)の暴走事件を追うものだ。押井守の作品には、あらすじにすると実にあっさりとした内容になってしまうものが多いが、本作はその典型だ。だが、事件を追うバトーたちが交わす会話が実に衒学的で、意味深な会話や文芸その他の引用が極めて多い。ストーリーの流れに沿っているだけにすべてを理解しないと、作品の理解もできないのではないかと思うくらいだ(実際はそんなことはない)。

些末な、あるいは無意味な事柄も含めて情報量は極めて多く、映像だけでなく会話にも膨大なディテールが詰め込まれている。これが、この作品を熱狂的に支持する人が多い理由のひとつだろう。また、ほとんどの人が電脳を通じて常時ネットワークにつながっている作品世界では、データーベースに接続して文献を引用することなどは容易に行なえるわけで、そうした引用の多い会話について作品内でも揶揄しているが、こういう知的な会話を繰り広げることで、高度にネットワーク化された未来社会像を描いているのかもしれない。

印象的なのは、室町時代の僧侶である月菴宗光の月庵和尚法語にある「生死の去来するは/朋頭の傀儡たり/一線絶ゆる時/落落磊磊(原文は四言絶句)」。これは、わりといろいろな場所で登場するが、一番わかりやすいのは、ラストシーンで突入したガイノイド製造プラント船の外部とのネットワーク接続を遮断し、完全なスタンドアローン状態とした時。言葉の意味はそれぞれに考えてほしいが、「一線絶ゆる時」とネットワーク切断を重ねた意図が実に意味深長だ。

緻密に構成された世界の中で、繰り返す物語

と、まあ、こういう作品なので、物語を紹介していてもいつの間にかディテールの話になってしまうので、潔く諦めて、見どころや聴きどころを紹介していくことにしよう。

まずは、AVファンの間ではある意味有名な、食料品店の場面。何故かというと、BD登場期にDTSがデモディスクにこの場面を収録しており、世界中のホームシアターのデモで使われたため。この場面では、バトーが何者かの電脳ハッキングを受け、店内の客や店主に命を狙われたと思わされ、拳銃を乱射して暴走することになる。

本作のオリジナル音声は6.1chで、UHD BDではDTS:X 7.1.4ch構成となっている。リマスターされたわけではなく、フォーマットがDTS:Xに変わっただけなのだが、高さ方向の再現性がより豊かになっている。店内に足を踏み入れると頭上の蛍光灯がパチパチとノイズを発しているが、これが6.1chでもけっこうな高さ感のある表現となっていたのを覚えている人は多いだろう。これがDTS:Xになると、より高さ感が明瞭になり、しかも歩く速度に合わせて音源も移動する。そして、ある会話をきっかけに音響も変化し、耳を塞いだときのような不思議な感覚の音響に変わる。そこに残響の長い銃撃音が響き渡っていく。電脳ハッキングから解放されたときの音響の変化、外で聞こえる雨音が聞こえてくる様子が鮮やかに再現される。

続いては、バトーに電脳ハッキングを仕掛けたと思しき、キムという男が住む洋館を訪れる場面だ。重々しい音を立てて扉を開けると、吹き抜けのホールには大きなオルゴールがあり、残響たっぷりのメロディが響いている。幻想的とも言える音楽が響いているが、高さ感のある豊かな響きを楽しみたい。映像的にもオルゴールの金属板が虹色に輝き、広いホールをCGで緻密に描いていて、実に美しい。

洋館内の部屋も、トリックアートで空が描かれた食堂、さまざまな色のタイルを敷き詰めた回廊と、いずれも美しい造形で再現されている。そして、ついにキムの居る部屋にバトーとトグサが足を踏み入れる。

この洋館もキムの仕掛けた罠で、館内の捜索シーンが何度も繰り返される。美しい映像と音が繰り返されるうちに、彷徨うといよりも酩酊を感じてしまう場面だ。ストーリーと関わるようで、そうとも言い切れない眩惑的なシーンを積み重ねることで、物語を深読みするすき間を作り、ますます作品世界に深く没入していく感覚がある。

(C)2004 士郎正宗/講談社・IG,ITNDDTD

正直なところ、筆者は本作を難解なテーマについて深く思索するのではなく、散歩でもする感じで、ぼんやりと作品が提示するものについて考えるだけでよい作品だと感じている。見た時の知識や経験によって感じ方が少しずつ変わってくる。そういう違いを見いだすのも面白い。下手にここから何らかの作り手のメッセージを探ろうとすれば、「鏡は悟りの具ならず、迷いの具なり」(斎藤緑雨)ということになる。

最後は、ガイノイド製造プラント船に潜入したバトーが守護天使とともに繰り広げるクライマックスのバトルだ。ドンパチの迫力も楽しいし、バトーが使う銃器の生々しい音も連射、単発の響きの違いを感じるのも面白い。ここでは、守護天使がしかける制御コンピューターへのハッキング場面をピックアップしたい。

外部からではなく、船内から直接に制御コンピューターに侵入する様子は、電脳戦を視覚化したイメージとなるが、ここでは攻性防壁の展開、ウィルスの混入などのイメージが、CGの映像と音で表現されていく。CGのイメージは現代から見るとやや簡素に感じるかもしれないが、防壁の展開などは映像とともに音も立体的なイメージで展開し、自由自在に動き回る。この場面もDTS:Xの立体的な音響になることで、より仮想現実世界に侵入した感覚が得られる。家族(主に奥様)に嫌がられながら、なんとか苦労して設置したサラウンドスピーカーやサラウンドバックスピーカーの素晴らしさを実感できる場面だ。仮想現実の場面だからこそ、ここでの音響は仮想(ヴァーチャル)サラウンドで聴いてしまうとリアリティが不足してしまう。

優れた映像と音で楽しむことにこそ価値のある作品

イメージビデオとまで言ってしまうと語弊があるが、本作は優れた映像と音が得られる環境で、あまり真剣に考え込まずに鑑賞するのが楽しい映画だ。もちろん、人間と人形についての関係性など、じっくりと考察をめぐらしてみるのも楽しいが、ほどほどにしておかないと、迷宮に迷い込む。あなたがまだ若く、そして時間がたっぷりとあるならば、一度とことんまで彷徨ってみるのもおすすめ。

ともあれ、UHD BD化された「イノセンス」は、これまでの鑑賞で得た知見とはまた異なる、新しい感覚を得ることができた。このオリジナルを超えたオリジナルとでも言うべきUHD BD版は、まさに決定版と言うべきものと断言できる。

ちなみに、監督は4K/HDR化やドルビーアトモス、DTS:Xといった映像・音声のリマスターに意欲的であり、4K/HDR化したい作品として「天使のたまご」、Dolby Atmos、DTS:X化したい作品として「スカイ・クロラ」を挙げていた。ファンとしてはぜひとも楽しみにしたいところ。そのためには、「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」や「イノセンス」がしっかり売れる必要がある。そうでないと、商業的な意味で実現が難しいのだ。

押井守作品だけでなく、過去のアニメの名作には、「AKIRA」をはじめとして、ぜひとも4K/HDRやイマーシブ・サウンドで見たい作品がたくさんある。それらの作品のUHD BD化に期待するなら、ぜひとも「イノセンス」だけでなく、現在発売中のUHD BDのアニメソフトをどんどん買ってほしい。

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鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。