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火星に最も近い夏。「オデッセイ」から「マーズ」まで、風景描写に注目の"火星SF”
2018年8月9日 07:50
この夏、夜空を見上げると一際赤い輝きを放つ星が火星だ。15年ぶりに大接近中のこの惑星には、水や生命の痕跡の発見など、SFのネタに事欠かない魅力がある。
今回の火星大接近は、円に近い地球の軌道と、楕円を描く火星の軌道の関係で起きている現象。火星と地球は約2年2カ月ごとに最接近を繰り返しており、遠い時は数億キロメートルにもなるが、7月31日には5,759万kmまで近づいた。6,000万kmを下回るのは'03年以来15年ぶりで、マイナス2.8~2.1等とかなりの明るさで輝く。8月も夕方以降に南東の空に現われるのですぐに見つけられる。9月上旬までは比較的観察しやすい。
そんな火星を舞台とするSF映画や小説は、ざっくりいえば「未知の惑星の有人探査時に起こること」を描くものと、「既に人が住める環境になった火星で起こること」を描くものに大きく分かれる。筆者の好みは前者で、現実にあり得そうなトラブルを乗り越えたり、設定が作り込まれたリアル路線のほうが、未知の生命が出てきて人を襲うスリラーものよりも楽しく観られる。
今回は火星オタクな筆者が、赤い大地の風景描写という点で違いがあって面白かった3つのタイトルを紹介する。いずれもさまざまな映像配信サービスで配信されているが、個人的にはAmazonで観られると便利。ただPrime Videoには無かったため、Amazonビデオでレンタルして観た。
「オデッセイ」
火星でロケを敢行してきたのか? と見まがうほど、リアルな地表の映像が印象的だった「オデッセイ」。Ultra HD Blu-ray(UHD BD)で発売され、画質チェックのディスクとしてもよく使われる。
映像配信サービスでは、AmazonビデオやdTV、ビデオマーケット、U-NEXTなどでレンタル/購入が可能。執筆時点では、Amazonビデオでの字幕版のレンタル料金は199円。
火星の砂嵐で事故に見舞われ、アキダリア平原と呼ばれる広大な砂海にたったひとり残されたワトニー。次にNASAが有人機を送り込んでくるのは4年後で、生き延びるのに不可欠な食糧も酸素も水も全然足りない。だが、科学者ならではの知恵を絞って食糧となるジャガイモを育てたり、土の下に埋まっていた無人探査機マーズ・パスファインダーを掘り出して地球との交信を復活させたりと、取り残された悲壮感よりも主人公のタフさが先に立つところに好感が持てる。
劇中では意外な活用方法が為されたマーズ・パスファインダー(1997年着陸)だが、現実の火星探査ではローバーと呼ばれる自走ロボットを地表に降ろして移動しながら大地を調査する機会が増えている。オデッセイや、後述する「マーズ 火星移住計画」では、そうして得られた知見がしっかり反映されている。技術が進化したことで火星を見る人間の視点が上空から地上に移り、映画もよりリアルな描写に変化したことがうかがえる。
砂嵐の襲来で死亡したと思われていたワトニーの生存が分かり、彼を救出しようと新たな計画を立てる地上スタッフの奮闘ぶりも注目。後半は手に汗握る救出作戦のシーンから目が離せない。エンディングを迎えると肩の荷が下りたようなため息を漏らしてしまう。何度観ても面白い。
「マーズ 火星移住計画」
ナショナルジオグラフィックが制作したドキュメンタリードラマ「マーズ 火星移住計画」(全6話)。2033年の近未来を舞台に、火星に向かった6人の宇宙飛行士たちを描くドラマ部分と、現実に火星移住に向けた動きを米民間企業のスペースXやNASA、様々な科学者らに取材したドキュメンタリー部分で構成されている。Amazonビデオでの字幕版のレンタル料金は各話200円(メイキングの7話のみ無料)。執筆時点(8月8日)ではNetflixにも登録されており、全話見放題で視聴できる。
火星特有の砂嵐への対処や閉鎖環境での生活の難しさなど、トラブルに見舞われながらも人が住める拠点を築くドラマ部分の映像は、「オデッセイ」にも似たリアルな火星の大地の映像があって引き込まれる。ドキュメンタリーパートでは、最新の探査機が捉えた本物の地表の映像などもあり、火星の知識のアップデートに役立つ。製作総指揮は、「アポロ13」で知られるロン・ハワードと、映画プロデューサーのブライアン・グレイザー。オデッセイの原著「火星の人」の著者であるアンディ・ウィアーもドキュメンタリーの中で登場し、真面目で堅くなりがちな話題をさらりと分かりやすく伝えてくれる。
例えば、第1話では火星着陸時にトラブルに見舞われるシーンがある。「序盤なのだから、何とか切り抜けるだろう」と頭では分かっていても、やはり観ていてハラハラする展開だ。その途中で、スペースXによる再利用可能ロケットの洋上船着陸実験シーンが挿入され、専門家のナレーションで宇宙船を地表に着陸させることの難しさを教えてくれる。ここが小難しくて長いとダレてしまうが、盛り上がった気分が冷めないうちにドラマパートに戻るので、気分がそがれない。次のエピソードも続けて見たくなる、飽きさせない魅力があってオススメだ。
「ミッション・トゥ・マーズ」
2000年の映画「ミッション・トゥ・マーズ」。18年前の作品だが、過去の火星の風景の描かれ方をあらためて振り返る、という意味ではそれなりに楽しめた。Amazonビデオでの字幕版のレンタル料金は199円。dTVやビデオマーケットなどでもレンタル/購入できる。
ストーリーは、史上初の火星有人探査計画に参加したメンバーが事故で1人だけ生き残り、彼の捜索・救出と事故原因の究明のために向かった新たなメンバーが未知の知的生命体と遭遇する……というもの。後半の展開は、火星の地表で発見された「人面岩」が知的生命体と関係があるのでは、とまことしやかに囁かれていた時代のスリラーっぽさが色濃く、宇宙人も登場するなど完全にフィクションである(その後の観測で人面岩は、撮影時の光と影の関係や、当時のカメラの性能の限界が生み出した産物と結論づけられている)。
ただ、火星の大地の描写については、今ほど観測結果が得られていなかった時代の作品ながら、今でも見応えがある。赤く険しい峡谷の映像が多いのが上記2作との風景描写の違いだ。
ミッション・トゥ・マーズに限らず、十数年前の火星SFでは地表を深く抉るような峡谷の描写が目立つ。現実の火星の赤道付近に刻まれている、巨大なマリネリス渓谷の印象が強かったのだろう。当時は上空から見下ろす探査機が主流で、1970年代のバイキング1号・2号が着陸地点から固定で撮った写真以上のデータは無かったはず。だが限られた資料から再現された火星の大地としては、意外によくできている。
現実の火星有人探査は、NASAが2030年代の実現を目指しているという。その他にも民間企業を含め、さまざま国で計画が進められている。もし人類が本当に火星に降り立つことができたら、火星SF映画の描かれ方はまた新たなターニングポイントを迎えることになるだろうか?