樋口真嗣の地獄の怪光線

第13回

爆音上映ブームの中、放送や配信の「ラウドネス」について思う

爆音上映ブームの中、ラウドネスについて思う

こないだある音響スタッフと飲んでて、昨今の爆音上映ブームってどうなのよ? って話題になって、こっちは適正音量で最大限の効果が出るように設計してるのに勝手に音上げるってどうなんだっていう疑問らしく。俺は大歓迎なんだけどなあ。勝手にバランスをいじってるわけじゃなくて、どちらかといえばダビングルームほどの音量が出ていない小屋が多い方が問題なんじゃないか? それに比べれば大きいかもしれないけど、小さいよりはいいんじゃないか?

それに自分たちはあくまでも食材を提供する側で最終的な仕上がりは劇場というレストランに任せるしかないし、小さくて質のいい料理を出すけど店の数は少ないのがいいのか、多少の質には目をつぶっても全国チェーンがいいのか? ってことじゃないのかな? って話をしながらウーロンハイ飲んでたらみんなグニャグニャになって結論出ずという有様で情けないぜオトナども。

家庭の事情が許す限り音量は可能な限りあげたい派の私ですが、この2年間劇場公開作品から離れて放送や配信といったデリバリー方法の作品作りをやってきて、必ず行く手を立ちはだかるのが今までも何度となく書いてきましたが「ラウドネス」です。

まだ映画の上映がデジタル化される前、台詞、効果、音楽をミックスして録音したマルチチャンネルテープをマスターにして、上映プリントに焼き付けるために音声を「可視化」してフィルムの端に焼き付ける、光学録音・リレコと呼ばれる作業がありました。

磁気をフィルムに塗布すれば音質は向上するのですが量産に適していないので、音を2値化された白黒の幅の変化にしてフィルムの左側パーフォレーションの右側、画とのわずかな隙間に光学的情報に置換して記録し上映時に再生するのです。

モノラルがステレオになり、ドルビーステレオでセンターとリアチャンネルを2本のトラックの中に埋設し、ギザギザしたカーブの連続の形状で音を記録していたのです。

それまで磁気録音の帯域を潤沢に使って音圧をガンガンあげてサラウンドにグワングワン回しても、最後のリレコという工程でその情報量が大きすぎると正確に光学録音できず、音が割れてしまうのです。

ダビングステージにはレベルメーターがあってその限界を超えたら赤いランプが点灯してもう一度やり直し、ということになります。限界ギリギリまで頑張って攻め込んだのに赤ランプがついたら、次は絶対に大人しめのレベル調整になることが多く、私とミキサーと赤ランプの三すくみの攻防戦がダビングにはつきものでした。

世界中の映画人がそんなことを望んでいるわけもないので、何十年も続いた白黒のギザギザからパーフォレーションの隙間にデジタル化した情報が三次元バーコードが焼き込まれたドルビーデジタルが開発、導入されました。それでもまだエンコードされた情報です。それからわずか10年足らずでデジタルデータによる上映があっという間に普及して上映における音響環境は、ほぼストレスのない段階まで達したのです。

その上映データに限りなく近い形でブルーレイや4K Ultra HD Blu-rayといったパッケージも流通し、かつての暗黒時代から抜け出し夢のような日々でございます。

しかしながら、夢はいつか覚めるものでございます。

そもそもはコマーシャル音量制御用のラウドネスが……

そもそもはコマーシャルの大音量を規制するために始まったラウドネス。

民放連技術規準T032「テレビ放送における音声レベル運用規準」

ってやつです。一つのプログラムの音量音圧を平均化するので、極端に大きな音だけでなく、極端に小さい音も引っ張り上げられてしまい、全体的にメリハリがない音響になり、演出的効果が加味できなくなる可能性があるのです。最大の問題は一つのプログラム、という点です。15秒や30秒のコマーシャルの平均と1時間や2時間の番組でも全体のその平均から算定されるというのです。何回聞いても納得いかないのですが番組全体の音量を、大きな音は小さく、小さな音は大きく。つかみで大きな音を立てればそこで貯金を使い果たすのでクライマックスでの音圧はごっそり削られる、とか。いずれにしてもこちらの意図は捻じ曲げられて平板な当たり障りのないものになっちゃうのです。

まあ、テレビ番組作ってるんだからその制約の中でいいもの作れってことかもしれません。やりたいことは映画でやればいいじゃねえか。ええ。その映画なんですけどね。

地上波はともかく、BS、CSの衛星放送、ネットを介した動画配信でといった有料コンテンツで映画がかかる場合、その音声レベルってどうなってるんだろう?

というのもちょっと前に、BSでオンエアしていた最近の邦画を見ていて、随分とセリフが聞こえないなあ、と思ってたら、映画用に音楽上げてセリフも上げたらラウドネスで押さえ込まれちゃってセリフが聞こえなくなったようなんですな。

その場面でセリフが聞こえないぐらいに音楽が上がっているのはまあ演出の自由だから仕方ないけど、これだけセリフが埋れちゃうのかとちょっと恐ろしくなります。

で、歴史あるAV Watch編集部の総力を結集して国内のおもな放送事業者と映像配信事業者に質問状を送りました。

【質問】

(1)ラウドネス制御を導入しているか、否かをお答えください

以下導入している場合

(2)なぜラウドネス制御をやるのか。その理由をお教えください

(3)参照している規格や御社で策定している基準などがあればお教えください

(4)ラウドネス制御を行なう場合、作業を担当するのはコンテンツ提供者でしょうか? それとも配信側(御社)でしょうか?

(5)どのようなツールを使っているのか

(6)運用について気を付けている点をお教えください

各社から早速回答が返ってまいりました。

放送系

WOWOW

(1)導入している

(2)視聴者にとって、テレビ放送番組の音量・音質を適正でより聞きやすいものにするため

(3)NAB技術規準T032-2011「テレビ放送における音声レベル運用規準」を基準にしています

(4)一部、コンテンツ提供者が調整し納品するケースもあるが、概ね放送局(WOWOW)側で調整

(5)ARIB TR-B32に準拠したラウドネスメーターを使用して測定

(6)番組制作時、プレビュー時、納品時と複数回ラウドネスを測定するようにしている。また、創造的な制作要求等で、意図的に静かな作品にしている場合には、その旨、特記を添えて納品・放送している。

5.1チャンネルの場合、平均ラウドネス値は-22.0LKFSを最大許容値としている。ステレオより2.0LKFS高くなるのは、多くの視聴者が利用する受信機では、5.1チャンネルのダウンミックス視聴時に音量が下がるため。

また、測定方法はARIB TR-B32に準拠しているのでステレオと同じだが、5.1チャンネルでは、LFEチャンネルを除く全てのチャンネルを測定する

スカパー

(1)導入している

(2)視聴時の番組やチャンネルごとの音量バラツキを軽減するため

(3)当社送出ではARIB TR-B32に準拠

(4)当社が扱う番組素材では、コンテンツ提供者がMA作業でラウドネス処理をした完パケ素材が搬入される場合とプレイアウト送出時にラウドネス制御装置で対応する、2つのケースがある。いずれもARIB TR-B32に準拠していることが当社の搬入技術基準の条件

(5)番組制作時点(MA作業)では、ラウドネスメータで規定値を確認しながらオペレータがミキシングして完パケをつくる。ノンリニア編集作業の場合はラウドネスプラグインソフトなどを利用して制作される状況もあるそうです。ラウドネス処理がされていない素材を送出する場合は、自動でラウドネス制御ができる装置を利用している

(6)オリジナル素材の音質と比較して違和感のない音質で規定値通りに送出できるように気を付けている

5.1チャンネルもステレオ音声時と基本的には同様。当社運用で使用しているラウドネスモニタは音声モードとそのチャンネルトラックインプット数を指定して測定。

5.1chの場合は6つのトラックのそれぞれの役割の音声レベルから算出した値となる。

スターチャンネル

(1)導入している。

(2)放送中の番組プログラムの音のバランスをそろえるため

(3)-24LKFS(平均ラウドネス値の単位。ラウドネス・ユニット・フル・スケール)

(4)新規に番組を制作する場合は、コンテンツ提供者。トレーラーや映画本編などTV用に作られていなくて、ラウドネス調整が必要な場合は弊社で行なう

(5)Nugen Audio等

(6)納品される素材は100%ラウドネス基準を満たす

日本映画専門チャンネル

(1)一部、ラウドネスを導入している

(2)放送をお届けする立場として、ラウドネスを採用しています

(3)基本、オートラウドネスコントローラーを利用し映像送出時にリアルタイムで-24LKFSに近付けるべく、音を調整している(すでにラウドネスがかかっている素材は対象外)

よって、1作品の平均を-24LKFSにするのではなく、つねに-24LKFSに近付けるべく音の調整を放送時に行なっている

(4)基本はコンテンツ提供者様にお願いしている。難しい場合は、弊社のオートラウドネスコントローラーを利用し、ラウドネスをかける対応を行なっている

(6)映画作品を扱っていることもあり、レンジ幅が広い作品があります。低いものは持ち上げ、高いものはたたき、それでも視聴者様に違和感なくお聴きいただくようオートラウドネスコントローラーのパラメータをかなり多く試験を行ない、基準値を決めました

映像配信系

ビデオマーケット

コンテンツホルダーから提供されたマスターに極力忠実に配信を行なうため、現在は、ラウドネス制御は行なっていない

ただし、視聴環境を考慮した方が良い場合もあるため、継続的に検討をしている。

Netflix

(1)導入している

(2)どのタイトルでもラウドネスが同じようになっていること、またタイトル間のダイアログが同じようになっていること

(3)社内のシステムでラウドネス制御をしているのではなく、予め以下の仕様で作成していただいた音声ミックスを含む映像ファイルをポストプロダクションから納品していただいています。ラウドネス制御されたコンテンツが納品されているため、Netflix社内でツールを使っている訳ではない

(6)79db splをミキシングの標準リファレンスレベルとする

・プログラム全体で計測したITU-R BS.1770-3を使用して -24 LKFS (+/- 2 LKFS) に合わせる
・M&Eボリュームを下げずに、ピークを制限することで、-20 dbfsのレファレンス上で+18db (-2dbfs) を最大レベル(トゥルーピーク)に維持する

U-NEXT

(1)
- ビデオ・オン・デマンド(SVOD/TVOD)では導入していない
- リニア配信(FOXチャンネル、LDH TV)では導入している

(2)(3)リニア配信は数秒~数時間までの様々な映像を連続して再生して実現している。映像ソースごとに音量のマスタリングは一定ではない

- リニア配信の視聴者はこのような映像ソースを長時間(数十分~数時間)視聴し続けるため、映像の切り替わりで音量が変化してしまうと体験品質を著しく損ねる

- ラウドネス制御を行なうことで、連続してリニア配信を視聴しても快適に過ごせるよう意図している

ビデオ・オン・デマンドで導入していない理由としては、以下の観点です。

- 映像作品制作側のマスタリングを尊重している

- ユーザーが視聴開始を指示して初めて動画が再生されるので、音量を調整する必要性をユーザーが必ず認識している。よってすべての作品音量を一定化する必要性に乏しい(映像が始まると音が流れることを想像できるため、大きい場合、小さい場合に対して心理的に準備している。都度音量調整をしたとしても、体験品質として許容範囲だと考えている。DVD/Blu-rayを作品ごとに入れ替えるのと近い体験であるという判断)

(4)配信側。U-NEXTが処理をして配信しています

(5)
- ARIB TR-B32
- EBU-R128
- Youtubeなど他動画サービスの実行基準を参照
- ffmpeg
- 商用動画編集ツールのラウドネス機能

(6)
- ビデオ・オン・デマンド系、特に映画コンテンツは原則原作のマスタリングを尊重
- 音楽系コンテンツは-24では音量が小さすぎるため、-18以上を使用する
- リニアコンテンツはチャンネル内容属性に合わせて、全コンテンツにおいてラウドネスを均一化する

Amazonビデオ

導入をしているか否かも含め、返答できかねる

dTV

導入していない

Hulu

導入していない

放送と映画の間に

多くの会社から真摯な回答がいただけました。

ありがとうございます。

どちらが良くてどちらが悪いのか? ってことではなくて、放送と映画の間には深くて暗い川が横たわっているんじゃないかと前々からそうなんじゃないかと思っていました。

映画は野心…資金を集めて劇場に人を集め、利益を上げるものです。

でも放送は義務感… 公共に向けて送り放つ責任が伴います。

隣り合わせだけど意識の持ちようが全然違うんじゃないかと。

悪いことでないけど、違うんだな、と。

つまり、限りなく近くなるように努力はしてもらっているけど、それは劇場と同じものを見ているというわけではないのですね。一部を除いて。

そりゃそうですよ。子供の頃のテレビの洋画劇場なんて三十分以上カットされているのなんて当たり前だったし、「七人の侍」を前編後編でノーカット放送するっていうからCMでカットされずに見れるのかと思ったら普通にCMが入ってて、カットの意味をちゃんと理解してなくて早とちりでがっかりしたり、映画館と“全く”同じクオリティが家庭で月額ナンボで享受できることはない、って事ですね。

でもそれで充分だって人がほとんどだったら、そのうち配信だけって映画も出てくるだろうし、そうしたら映画館の音は家庭で再現できなくなる時代がまたやって来るのかもしれません。

だから、じゃないけど、ラウドネスがガッツリ施される前の音を聞きたければブルーレイや4K Ultra HD Blu-rayのパッケージをちゃんと買い続けなきゃいけないんですよ兄様がた!

ハードディスクレコーダーに録り溜めた映画をブルーレイに焼いて喜んでちゃいけないって事ですよ! 俺もだけど。

で、11月から出る「ひそねとまそたん」のブルーレイはラウドネス処理を施す前のダビング時の音量音圧上げまくった、放送とは段違い、ガチのバージョンで出します。

ひそねとまそたん
(C)BONES・樋口真嗣・岡田麿里/「ひそねとまそたん」飛実団

Amazonで購入
ひそねとまそたん
Blu-ray BOX
接触篇2018
ひそねとまそたん
Blu-ray BOX
発動篇2018

樋口真嗣

1965年生まれ、東京都出身。特技監督・映画監督。'84年「ゴジラ」で映画界入り。平成ガメラシリーズでは特技監督を務める。監督作品は「ローレライ」、「日本沈没」、「のぼうの城」、実写版「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」など。2016年公開の「シン・ゴジラ」では監督と特技監督を務め、第40回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。