樋口真嗣の地獄の怪光線
第36回
スピンオフとか別バージョンとか、どれ先に見ればいいかわからない問題
2025年2月7日 08:00
あけましておめでとうございます。
大変ご無沙汰してます。
ほとんど新連載のテイですがよろしくお願いします。今年はちゃんとします。ホントです!
スピンオフとか、特別版とか、劇場公開版とか……
最近、長尺の映画があったとして、それとは別に同じ世界観、同じキャストで、シリーズ仕立ての連作配信とかで時間差でリリースされて、って広げ方をするのがあるんですけど、あれってどれをまず見ればいいかわからなくて困りますよね。
思い返せば映画でどハマりして何度も擦りまくってたら実は……って衝撃のディレクターズカット版がリリース。あんな場面やこんな場面が実は撮影されていた!という流れが昔からよくありました。
プロデューサーやスタジオ経営陣と方向性が一致せず、海外だと演出家よりも製作者のほうが決定権があるので忸怩たる思いと共にカットしたものを上映したのに、それの評判が高まると、どういう打算が働いたのか劇場公開したり、ビデオでリリースする訳です。
そりゃあ何度も見返すぐらい好きな映画であればなんじゃこの場面は!ってのがすぐ判ります。
ジェームズ・キャメロンの「アビス」のラストで深海から現れた先住民族が人類が起こそうとしている愚かな戦争を止めるために自由に海水を制御して大津波を起こそうとして脅しをかける一大スペクタクルとか、「ブレードランナー」で登場する主人公デッカードの見る夢の中を駆け抜ける一角獣とか、敵のリーダーに殺される自らの生みの親タイレルコーポレーションの社長でありレプリカントの設計者の眼窩に深く入り込むレプリカントの親指と泉の如く湧き出る血糊のようにショッキングでいいもの見れた場合はまだいいけど、リュック・ベッソンの「グレート・ブルー」の日本人選手団とか、「ニュー・シネマ・パラダイス」完全版の主人公の少年が成長した後の恋愛話とか。
個人の感想ですが、ない方が良かったのにってモノもあったりするので一概にどっちがいいとは言えないよなあ、と思いながらもディレクターズカットはまだしも、「完全版」って銘打ち方はどうなのかなって思っちゃいますよね。特別はまだしも、完全は劇場公開版を貶めているようにも見えるし。
再放送で火が付いた「宇宙戦艦ヤマト」
で、その逆の形もまたある訳です特に我々の世代は。
1974年にオンエアされたテレビアニメが本放送時は人気を博さなかったけど再放送で火がついて、それから数年後、劇場用映画として公開されます。「宇宙戦艦ヤマト」です。
映画とはいえ、26本分のテレビ放送時の素材を再編集して2時間強の映画にまとめたもので、そのやり方が最低限のコストで作れるテレビアニメーションの成功形態として常態化していきます。
これまでの劇場用アニメといえば春休みや夏休みに組まれた子供向けマンガまつり用のプログラムとして、テレビでオンエアされたワンエピソードをそのまま上映のが通例で、その中心になる新作長編は童話を下敷きにした刺激の少ないものばかりで時々ロボットアニメの映画版がかかるぐらいで、どれも上映時間90分以内の中編ばかりでした。
そんな中にファンの応援によって長編アニメが上映されるのはかなり異例のことで、その流れにいち早く気づいた映画会社は似たようなテレビアニメを探し出し、翌年には「科学忍者隊ガッチャマン」や「海のトリトン」「未来少年コナン」「あしたのジョー」はどれもテレビシリーズを実写映画の監督が指揮をとって再編集し、劇場用映画として公開されています。
まだ家庭用ビデオが普及する前の時代で、もう一度見たい番組はいつやるともわからない再放送を心待ちにするしかなかったので、編集されたとはいえもう一度映画館で観ることができるのは幸せなことだったのです。
もちろんそれだけでなく,前作の大ヒットを受けて製作された「さらば宇宙戦艦ヤマト」「ルパン三世」「銀河鉄道999」や「エースをねらえ!」「ルパン三世 カリオストロの城」はテレビの再編集ではない、完全新作アニメとして公開されています。
“新作”がどのぐらいあるのか? でモチベーション変わるんです
話が長くなったな。その流れの中で本放送時は知る人ぞ知るぐらいで大ヒットには及ばなかったものの、放送終了後に人気に火がつき劇場用製作決定、とヤマトと似た広がり方になったのが1979年製作の「機動戦士ガンダム」でした。
2年後の春に劇場用映画として公開されますが、従来の劇場用アニメとはちょっと違っていました。
監督の富野喜幸(現・由悠季)さんが映画化に於いての条件として、シリーズ全話を一本の映画にまとめるのは無理があるので四部作にしてほしい、という条件を出したのです。
だからこの映画、途中で終わって続く体裁になっています。それに加えて編集する上でどうしても足りないカットが出てくるので、それを作画段階から新作したのです。
テレビで見た時にはないカットがある! それまでの総集編映画でもそういう作業がないわけではなかったのですが、ガンダムに関しては力の入れ方が違いました。
ガンダムが大気圏突入する時の耐熱装備が設定レベルで変更されて新規作画になったり、ラストの敵ジオン公国の総帥ギレンの演説が作画し直されて総帥のヘビっぽさが抑えられた新作になっていたり、カット数は決して多くなかったけど細かい構成替えも含めて新作を見るかのような緊張感と共に映画館で釘付けになったのです。
しかもなぜか新作部分は色がいいのです。劇場版だから使えるセル絵の具が増えたのか、劇場用の撮影台になったからなのか、前後のテレビ版そのままのカットよりもリッチな色味になっていたのです。それを前後と繋がないじゃないかとか糾弾するよりも、ラッキーご褒美だ!と喜ぶ気持ちが先に立ってしまうのです。
この映画の大ヒットを受けて劇場版ガンダムは三部作として映画化が継続、しかも回数を追うごとに新規作画のカットはどんどん増えていき、ざっと見た印象ですけど最終作「機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙」では全体の7割ぐらいが新作になってました。
スポンサーの玩具メーカーに対する目配せで登場した(オモチャっぽい見た目の)支援メカはリアリティのあるデザインに変更され、キャラクターデザイナー/作画監督の安彦良和さんがテレビ版製作時に体調を崩してほとんど参加できなかった事情もあり、その怒涛の新作カットでキレイな絵———やっと正しい形のガンダムになったと快哉を挙げたものです。
制約の中で作られた品質のテレビシリーズに対する現場の忸怩たる想いが隙あらばクオリティアップしようという現場の熱意、情熱は翌年の「伝説巨神イデオン」の劇場版「THE IDEON」に繋がっていきます。
そうやって“劇場版”や“新作カット”に対する幻想は十代の頃から叩き込まれていて、新作がどのぐらいあるのか? でモチベーションが左右されるのです。観るだけなのにね。
その癖そこまで擦って見るような情熱も今ではもう無いのだからユーザー失格なのかもしれません。
でもオススメの順番ぐらいはわかるようにしてほしいのヨ。