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「止まったら爆発」を現代に描く魅力。一足お先にNetflix版『新幹線大爆破』を視聴
2025年4月14日 00:01
世の中には「ネタバレはしちゃいけねえ」作品というのが多々ある。4月23日からNetflixで配信予定の樋口真嗣監督版『新幹線大爆破』も、そんな作品の一つだ。
一足お先に見させていただいたが、おそらく皆さんが想像する以上に「なにも知らないで見た方がいい」作品に仕上がっている。
とはいうものの、「はいはいパニックものね」という感覚だけで見ていただくのもちょっともったいない。
やっぱり、稀代の名作である1975年版『新幹線大爆破』(佐藤純弥監督)はちゃんと見ておいていただきつつ、Netflix版に備えていただきたいと思うのだ。もちろん、1975年版『新幹線大爆破』も、Netflixで配信されている。古い映画と言わず、ぜひまず見てほしい。筆者の邦画ベスト5に入る傑作だ。
ネタバレに最大限配慮しつつ、1975年版『新幹線大爆破』からのNetflix版、ということで少し話してみたい。
1975年版に通じる「多層性」と「新しさ」
1975年版もNetflix版も、軸にある事件は似ている。
ある日、「走行中の新幹線に爆弾が仕掛けられ、一定の速度以下になると爆発する」という脅迫電話が届く。その中でなにが起こるのか……という点は同じだ。
1975年版公開の19年後に公開されたヤン・デ・ポン監督の『スピード』も似たプロットであり、『新幹線大爆破』以降、ある種の定番となったものと言ってもいい。
では、Netflix版もその流れをシンプルにただなぞっているのか……というとそうではない。それは、どちらの映画も、当時の世相を反映した、多層的な構造を持っているからだ。
1975年版は「高度経済成長期」を背景にしている。
新幹線開業からはまだ10年ほどしか経っておらず、日常の足に近づきつつも「夢の超特急」「特別な乗り物」という印象が残る。社会は急速に発展し好景気の只中だが、急激な変化に伴う負の影響を受けた人々も多く存在する。
乗客・国民を守る側と、変化の歪みにさらされた犯人側の対比が、1975年版に多層的な印象を与える映画にしている。
同様にNetflix版も、現在の生活や社会を反映しつつ、「より日常になった新幹線」を守る人々の姿が描かれる。そのため、どちらも多数のキャストが入り乱れる群像劇であるのも共通だ。
時代や人々の生活の変化がどうストーリーに影響を与えているかは……なにも言えない(笑)。
公開されたスチルや予告編から、その辺を妄想していただくのも楽しみではないかと思う。
JR東日本特別協力が生み出す価値とは
1975年版は国鉄の協力は得られず、独自に制作が行われている。当時としてはリアルな描写だが、それでも「本物が使えない」制限は多々見られた。
それに対してNetflix版はJR東日本の特別協力で作られている。
様々な情報が充実している現在、映画のリアリティを保つのは大変だ。VFXの進化も大切だが、現場で働く人々の動きや言葉遣い、判断原理などについて、実際のものに近いことがリアリティの担保につながる。
このあたりの「現実と地続き感を作るためのディテール表現」へこだわりは、樋口監督作品に共通の要素でもある。
Netflix版の魅力は「新幹線と乗客を守る人々」の姿がより強い手触り感を持っていることにある。筆者は鉄道オタクではないのでそこまで詳しくないが、端々に「本物と実際の人々」をベースにした撮影によるリアリティがある。鉄道ファンならもっと楽しめるはずだ。
単にリアルなだけではなく、JR東日本で運行に携わる人々の姿を取材し、さらに現在の考え方が反映された結果のキャラクター性が、本作の魅力であるのは間違いない。
もちろん、樋口監督作品なので、VFXもリッチだ。これもまたなにも言えない。というか、パニックムービーの華であるVFXシーンについて、見てもらう前に語ってしまうのは野暮もいいところではある。
同時に感じたのは、レンズフレアへのこだわり。これも見ていただく前から考えるのは野暮なのだが、本作品全体で非常に象徴的な使われ方をしている。きっと鉄道がテーマな作品だからだと思うのだが……。
なお、樋口監督が連載で語っているサウンドへのこだわりは、もっともっと濃いお話が出てくるはずなのでそちらをお楽しみに。