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とにかくラジオリスナーを拡げたい。radikoに聞く「タイムフリー」導入の狙い

radikoのスマホアプリ。エリアフリー機能は有料だが、タイムフリー・シェア機能は無料

 10月11日から、radiko.jpに、放送後に番組を聴取できる、実質的なタイムシフト機能である「radikoタイムフリー」が追加された。番組放送後1週間に限り、いつでも後から番組の聴取が可能になる。現状はあくまで「実証実験」と位置づけられているが、誰もが無料で聴ける。登録も不要だ。

 radiko.jp(ラジコ)は、ラジオをネット配信で同時に聴取できるサービスとして、2010年3月15日にスタートし、すでに6年が経過したサービスだ。このタイムフリー機能は、どのような経緯でスタートしたのだろうか? これまでの流れと新機能導入の背景について、株式会社radiko・業務推進室長の青木貴博氏に話を聞いた。

株式会社radiko・業務推進室長の青木貴博氏

「スマホ全盛」になって状況は変わった

 冒頭で述べたように、radikoはスタートしてから6年以上が経過している。準備はさらに前、2009年のうちにスタートしており、7年近い時間が経っている。青木氏は「あの当時とはまるで世の中の状況が違う」と語る。

青木氏(以下敬称略):2009年当時は、iPhoneを持っている人がまだ非常に少ない状況でした。その年に私も初めてiPhoneを買いました。2010年にiPhone・Androidのアプリを出しましたが、ダウンロード数もそれほど多くはなかった。

 しかし今のスマートフォンの普及は目を見張るものがあります。ある調査では、高校生の99%がスマートフォンを持っている、とされています。その頃とはまるで違いますね。

 2010年、放送局や権利ホルダーの方々にとってハードルと感じられていた部分と、当時は気にならなかったが昨今は気にしている、という部分が、かなり変化してきています。それぞれ環境に対するご意見はおありでしょうから、すべてがradikoのペースで進められたわけではありません。radikoはインフラの会社なので、放送局はもちろん、権利ホルダーの方々の意向に向き合いながら成長して行きたい……ということは、当初よりも強い思いでやっています。そこは、当初から全く変わっておりません。

 では、その「違い」とはなんだろう? そして、その違いはどこから生まれてきたのだろうか? もちろん、背景にあるのは「スマートフォンの普及」である。

青木:私としては、「スマートフォンがマス」とまで言い切るつもりはないです。しかし、みなさんが「そうなりつつある」ことを肌で感じていらっしゃる。そこにradikoというアプリが存在することで、ラジオの存在意義を提供できていることは大切だ、と思っています。

 実際のところ、まだ「ラジオ」という機器でラジオ放送を聞いていらっしゃる方の方がずっと多い。しかし若年層の中で、スマートフォンの中でのradikoの存在意義は大きいはずです。

 では、radikoの利用者の比率はどうなっているのか? 青木氏は、「2010年から利用者の層が劇的に変わっているわけではない」という。青木氏のいう層とは、ネットとの親和性が特に高い層だ。というと若い層……と思われがちだが、実際にはそうではない。昔からネットを最初に使う親和性の高い層とは、30代から40代の男性だ。現在までのradikoも、その層には相当に浸透している、しかし、特に若年層の間では、「ラジオという機器」の普及率が低くなっている。そこに対応していくためには、「ラジオでもradikoでも聞ける」ようにすることが重要、という認識もある。

 青木氏は「仮に、これだけ普及したスマートフォンでradikoが聞けなかったら……と考えるとゾッとする」と語る。それが、6年間の間で「若年層にスマートフォンが圧倒的普及した」ということの意味なのだ。

「友達からの勧め」を重視する若い世代のために「シェア」を導入

 では、その中でのタイムフリーの意味とはなんなのだろうか? 青木氏は「若者層に入り込むためのきっかけづくり」だという。

 タイムフリーは、放送後にラジオ放送の内容を聴ける、という機能を持っているだけではない。放送の任意の位置を「シェア」する機能も持っている。例えば、放送の中の「何分何秒に、この話題を話している時」が面白かった、とする。すると、その「時間」からシェアできるのだ。要は番組単位ではなく、「面白かった場所」をシェアできる、ということになる。

 放送由来のコンテンツをネットに再配信する、という手法は珍しいものではなくなっているが、このシェア機能は「放送由来」としてはかなり先進的だ。

シェア機能。放送された番組を「何分から」と指定して、LINEやSNSにシェアできる

 青木氏は「若者に浸透するための道具」として、タイムフリーとシェア機能に期待している。

青木:正直に言えば、2010年当時は、若年層にradikoを受け入れてもらうのは難しかったと思います。当時の彼らの肌感で言えば、身近なものは、まだ「フィーチャーフォンの着メロ」くらいのものだったでしょう。

 しかし「高校生の99%がスマートフォンを持っている」今は、受け入れ態勢が整っています。タイムフリーという機能を作ったことは、大きな意味があると思っています。

 今の若い人達にラジオ放送をさらに聞いてもらおうと思うと、最低限「アプリがある」ことが必要です。いくらメディアやおじさんたちが「ラジオをきけ」と言っても、それだけで聞くことはありえないだろう……と思うわけです。

 若い人にとってのあたりまえは「友人に勧められたから」。例えば「なんでそのラーメンを食べているのか」と聞けば、「友達に勧められたから」という答えが多いわけです。一番説得力を持つのは「友達」です。

 今の若い人々の間でも、ラジオ放送を聞いている人はゼロではありません。そういう方々にシェア機能を持っていただき、「ちょっとこれ聞いてみてよ」という形で広げていただき、「こんなことやっているんだ、面白い」という「発見」をしてもらって入っていくのが重要ではないか、ということです。

シェアの構想は6年前から存在

 青木氏は、この発想が「2010年の発足当時からあったもの」と明かす。だが、優先順位として、実現は「2016年」になった。

青木:タイムフリーやシェア機能の発想は、2010年の発足当時の議論からありました。

 しかし、radikoは「難聴取対策」としてスタートしたものです。まずは聞いてもらえる環境を作らなければいけない。ラジオ放送のリスナーを増やすことがゴールです。

 その先として、「動画や画像も見せられなくはないね」「放送エリアを超えて聞いていただくこともできるね」「放送後に聞いていただくこともできるね」ということを考えていました。それを順にやっていく優先順位があった、ということです。

 まずradikoが取り組んだこと、そして今も取り組んでいるのが「安定的に聞けること」だ。ネット配信は当たり前になって忘れがちだが、ネットは放送と違いベストエフォートの世界だ。その中で安定的な配信を行うには、コストと技術の戦いになる。

青木:まずはちゃんと聞けること、それが第一ステージでした。技術スタッフと頭を悩ませました。今でこそradikoで大きな障害が起きることは減りましたが、スタート当時はいっぱいありましたので……。メールサポートも開設しましたが、それに対応する人材も豊富だったわけではありません。radikoは本当にハンドメイドなところがあって、ここまで安定してきたのはまさに協力企業の皆さんのおかげです。

 そこである一定のクオリティが達成できた、という自主判断の元、「ではエリアを超えての聴取に対応しましょう」「タイムフリーに対応しましょう」という形で広げてきたのです。

 この辺は、事業体として大きいものではなく、ビジネスの可能性を模索しながら広げてきた、という実感がこもったコメントである。

 なお、タイムフリーの聴取期限は、放送後1週間に限定される。青木氏は「番組をアーカイブしておくにもコストが必要なので、期間は限定される。聞き返せる“安心感”や多くの人のニーズに応えられるバランスを目指している」とする。テレビの「見逃し配信」(キャッチアップ)もほとんど放送後1週間なので、radikoのタイムフリーも、アーカイブではなくキャッチアップサービスと言えるだろう。

広げるために「面白く」使ってくれればOK!

 このインタビューは10月末に行なわれたが、その段階では、タイムフリーのスタートから2週間程度しか経っておらず、「使われかたについて、確信的な分析はまだできていない」と青木氏はいう。しかし、次のような感触を持っている。

青木:想定と大きなズレはないです。

 わかりやすいのは、古舘伊知郎さんの「古舘伊知郎のオールナイトニッポンGOLD」(10月21日22時から24時にニッポン放送系列で放送)が多くシェアされたことです。誰もが人に伝えたい、シェアしたいと思ったものが多くシェアされます。みんなが後から聞きたい、シェアしたいと思うものがシェアされ、特定の芸人さん・タレントさんのファンがその方の部分だけをシェアする、という形ではない、と思います。

 とはいえ、今は出演者の方々も、いろんなソーシャルメディアのアカウントをお持ちです。そこで放送が終わったあとに「こういうものに出ました」と拡散していただくだけでも、相当な効果があるはずです。とにかく、「面白く使ってほしい」です。

 タイムフリーでは、いわゆる事前の番宣だけでなく、「聞いた人のコメント」もついて共有されることが多くなっています。これは番組に説得力を増すもので、事前番宣による告知とは違った趣があります。

 テレビをどれだけ録画で見ているか、という感覚と近いのではないか、という想定だったのですが、そこからのズレはあまりないですね。

 ただ、そうでない、予想もしない使い方がされることも期待したいです。

 すでに、面白い使い方をしている人は出始めている。ニッポン放送のアナウンサーであり、サブカル方面での活躍でも知られる吉田尚記氏は、独自に毎週金曜、「週刊ラジオ放送センター」というツイキャスを行なっている。これは、リスナーから聞いた、日本中の「面白いラジオ番組」を紹介するもの。ニッポン放送のアナウンサーだが、紹介するのはニッポン放送の番組に限らない。吉田アナはとにかくラジオが好きで、ラジオの力を信じている。だから、「こんなに面白いラジオ番組がある」ことを、いろんな人に知って欲しくてしょうがないのだ。

 筆者はたまたま、タイムフリーがスタートする前に吉田アナと取材で会っており、「週刊ラジオ放送センター」の話を聞いていた。そこで彼は、こんなことを言っていた。

週刊ラジオ放送センターの吉田アナコメント

吉田アナ:「昼間のラジオ」っていうと、どんなものだと思います? 普通の番組だと思うじゃないですか。これがですね、昼間なのに、攻め攻めのトークをやっていたりするんです。面白くてしょうがないんです。

 本当は、ラジオは圧倒的に「付けっ放し」にしておいてほしい。ラジオは人の時間を奪わないので。耳が勝手に判断して、好きなものを追っかけるようになるんです。

 けど、それを「聞いてください」って若い子に言っても難しいじゃないですか。だから、radikoのシェア機能でどんどん紹介しようと思っているんです。ラジオの面白いところばっかりが紹介されている、って、これも面白くないですか?

ニッポン放送の吉田尚記アナウンサーが、毎週金曜に「業務外で」やっている「週刊ラジオ放送センター」。リスナーから「その週に面白かったラジオ番組」の情報を募集し、radikoのシェア機能を使って共有している。シェアされた番組は、吉田アナのTwitterアカウントを介して共有される

 吉田アナがやっているような行為を、青木氏も「面白い」と語る。どのような聞き方をするかはリスナー次第ではあるが、その中での目的は「ラジオ放送のリスナーを増やす」ことに絞られている。

青木:radikoには事前のユーザー登録もいりません。そもそも無料です。これは、ラジオ業界としての強い意思なんです。「登録」はハードルになりますから、それは選べない。自分たちでラジオを広げていこう、とにかくハードルを下げなくてはいけない、という狙いに基づくものです。

 一方で、現状のタイムフリー機能は「実証実験」という扱いで、本サービスではない。では、いつ「本サービス」になり、その定義はどこにあるのだろうか?

青木:実験の定義や、本サービスへのタイムスケジュールをもっているわけではないです。これ自身がチャレンジなので、とりあえずやってみて課題を見つける、ということです。

 もちろん課題はあります。大きな課題は一個ではない。コスト面も大きな課題ではあります。長く、多く聞いていただくということは、それだけサーバーのコストがかかる、ということでもありますので。どのくらいがいいのか、期間も含め、見定めていかなければいけません。もちろん、放送局のご意見も聞きたい。あくまで我々はウイン・ウインの関係を築くものですから。

 年内には改めて、タイムフリーに関するアンケート調査も実施する予定です。その結果は、一つの指針になると思っています。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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