西田宗千佳のRandomTracking
腕時計が4,000万曲の音楽プレーヤーに。Apple Watch Series 3の魅力
2017年10月26日 20:00
9月末に発売された「Apple Watch Series 3」は、なかなかに野心的な製品だ。セルラー(携帯電話回線)を内蔵し、単独で使えるシーンが増えたからだ。ただし、コアな機能として挙げられていた「ストリーミング・ミュージック対応」は、出荷時には対応せず、OSのアップデート待ちとなっていた。
そのアップデートが10月中にも公開される。一足先に、音楽機能に対応したApple Watch Series 3を使うことができた。そこで、「音楽」にこだわったApple Watchのレビューをお届けする。腕時計で聴く音楽は、どのような形に進化したのだろうか。
携帯電話回線を使って「iPhoneとの距離感」の自由度をアップ
音楽機能の話をする前に、Apple Watchについておさらいしておきたい。Apple Watchの初代モデルが発売されたのは2015年の春。スマートウォッチの本命として騒がれ、業界の期待は盛り上がり、同業他社からも多数の製品が出たが、「ポストスマホ」的な盛り上がりではなかったように思う。
そういう意味では期待はずれ、という言い方もできるのだが、そこはアップルの販売力なのかブランド力なのか、気がついてみると、「時計メーカーでトップセールス」がアップルになるくらいに認知された製品にはなっている。スマホが不要になる製品ではないが、フィットネスの時に情報を取得したり、スマホを出さずにメールやメッセージの着信をチェックしたりと、「ちょっとした時にも、スマホの能力を腕から使う」ための機器としては、やっぱり便利であったのだ。そのため、スマホのような爆発力はなくとも、便利だと感じる人が着実に使っていく製品へと成長してきている。
そんなApple Watchなのだが、今秋モデルである「Series 3」では、これまでにない大きな進化を遂げている。デザインが大きく変わったわけではないので目立ちづらいが、中身のハードウェアは「完全一新」といっていいレベルだ。
まず、パフォーマンスがおおむね倍に速くなった。なにをするにもキビキビしているので、使っていて快適だ。そしてなにより大きいのは、LTE網に直接接続が可能な「セルラーモデル」が用意されたことである。今回採り上げるのは、基本的にこのセルラーモデルになる。
すでに述べたように、Series 3でもデザインに大きな変更はない。セルラーモデルであることがわかるのは、竜頭(マジッククラウン)が赤くなっていることだ。ちょっと目立つので、デザイン的に好みが分かれるところではあるが、ボディが極端に分厚くなったりするよりはずっといい。
これまで、Apple Watchを含むスマートウォッチのほとんどは、スマホとBluetoothで接続し、コンパニオンとして使うものだった。Apple Watch Series 3も、基本路線としてスマホのコンパニオンデバイスである点に変化はない。しかし、セルラー内蔵になることで、「iPhoneの近くにないと使えない機能が多い」という問題が解決されたのが大きい。
セルラー内蔵により、Apple Watchには専用の電話番号が割り振られる。しかし、この番号は普段意識することはなく、同じ持ち主のiPhoneの契約に「携帯電話事業者側」で紐付けられる構造になっている。だから、iPhoneの番号に電話をかけるとApple Watchにも着信があるし、iPhoneにも着信する。iPhoneを自宅に忘れるなどして、iPhoneとApple Watchが遠く離れた場所にあっても、問題はない。
Apple WatchだけでGPSを使った「ひとナビ」もできるし、Suicaで買い物をして残高をチャージすることもできる。iPhoneへの「通知」も、iPhoneの電源が入って通信可能でさえあれば、遠く離れた自分の腕まで「通知」が転送されてくるようになっている。Apple Watchだけでできることも増えたが、それ以上に、iPhoneが離れた場所にあっても、Bluetoothでつながっている時と同じように使える……というのがありがたい。ちょっと自宅を出る時や、あえてiPhoneの画面を見たくない時、運動をするために身軽でいたい時などに、とても便利な存在に変わっている。
制限もある。
まず、セルラー機能は、自分が持っているiPhoneの番号と紐づける関係から、同じ携帯電話事業者で契約する必要がある。Apple Watch向けのプランを備えているのは、NTTドコモ・KDDI・ソフトバンクの大手3社のみ。MVNOなどでの利用はできない。月額350円(KDDI・ソフトバンク)もしくは500円(NTTドコモ)の利用料金がかかるが、こちらは契約開始から半年は無料、というキャンペーンが展開されている。Apple Watch分のパケット通信料金はiPhoneの契約分とシェアされる。
こうした仕組みであるため、特別な料金プランになるのも、いまはしょうがない。ちなみに、Apple Watchの通信契約はiPhoneアプリ内で行なわれるため、数分で終わる。携帯電話ショップに行く必要はない。
セルラー機能があるといっても、どんな機能も「iPhone抜き」で使えるわけではない。 セルラーに対応していないアプリは使えない。また、iPhone上のアプリの「通知」転送は、iPhone側の電源が入っていて、さらに、iPhone側が通信可能な場所にあることが必須だ。自宅やオフィスにおいてきたなら問題ないが、電源が切れているとNGだし、Apple WatchとiPhoneの間の着信転送は、国をまたいだローミングには対応していない。
どちらにしろ、「セルラー対応アプリをいかに増やすか」がApple Watchの課題であるわけだ。
WatchOS 4.1+iOS11で実現、使い勝手はiPhoneそのまま
といったところで、記事の本題である「音楽機能」に入っていこう。
Apple Watchは初期から音楽再生に対応してきた。BluetoothでApple Watchとヘッドフォンをペアリングすれば、Apple Watchからヘッドフォンへと直接音楽再生される。一般的なBluetoothヘッドフォンであれば問題なく使える。ただし、AirPodsなどのアップル製品やBeats製品の場合、音楽の再生を始める時には、どのBluetoothヘッドフォンで聞くのかをたずねてくるため、アップル製品の方が楽に使えるのは事実だ。
ちなみに、Apple Watchにヘッドフォン出力やLightning端子はないので、Apple Watchから音楽を聴くためには、Bluetoothイヤフォン/ヘッドフォンが必要だ。
これはこれで良かったのだが、これまでは「Apple Watch本体に転送した音楽しか聞けない」という欠点があった。Apple Watchの内蔵ストレージに2GB分の音楽を蓄積可能だった。Apple Watch Series 3・セルラーモデルでは音楽を10GB(トータルのストレージ容量は16GB)も蓄積できるので、お気に入りの曲を選んで転送するなら、まあ、問題ない。
しかし、現在の音楽消費のトレンドを考えると、「転送してあるものだけが聞ける」という点が、すでに窮屈に感じる。クラウドの膨大なカタログから聞き放題になる「ストリーミング・ミュージック」があるからだ。アップル自身、自社サービスの「Apple Music」を主軸に据えている。こうしたサービスに慣れると、「中にある曲を選んで聞く」のは窮屈に感じる。ここも「セルラー機能が存在していないがゆえの問題」だったのだ。
そこでアップルは、Apple Watch Series 3・セルラーモデルをアピールする機能として、「Apple Musicへの対応」を挙げていた。セルラーモデルであれば、iPhoneを自宅に置いたまま、Apple Watchからいつもと同じように、膨大な楽曲にアクセスできるようになる。
だが、9月末に製品がリリースされた段階では、Apple Musicへの対応は行なわれず、10月中にアップデート予定となっている。「WatchOS 4.1」に更新することで、Apple Watch内蔵の音楽アプリが大幅に機能強化され、Apple Musicに対応する。この際、iPhone側のOSも「iOS11.1」へのアップデートが必要になる。
なお、今回のアップデートはあくまで「Apple WatchのApple Musicへの対応」であり、他のストリーミング・ミュージックには対応していない。現状では、Apple Watchからのストリーミングについては、サードパーティには解放されていないようである。
アップデートされたApple Watchでは、音楽アプリの姿が大きく変わっていることに気づく。アルバムアートが出るのは当然だが、Apple Musicで毎週更新される「Favorites Mix」や「New Music Mix」もある。自分がライブラリに保存したプレイリストやアルバムのすべてにアクセスできる。もちろん、自分がリッピングし、アップルのクラウド側に預けておいて複数のデバイスで聞く「iCloud Musicライブラリ」にも対応している。プレイリストをApple Watchの中から作ることはできないようだが、「聞く」ための環境はすべて揃っている。
Apple Musicには、楽曲をジャンルでまとめ、連続してかける「ラジオステーション」機能がある。iOS用アプリやiTunesでは「Radio」タブになっているのがそれだ。Apple Watchでは「Radio」という独立したアプリになっており、ここからジャンルを選んで聞ける。いわゆる「ラジオ放送」ではないので、勘違いしないように。
ある意味、もっともストリーミング・ミュージックらしいのはこの機能だろう。なにしろ、聞き放題でないと成立しない。お気に入りの楽曲をライブラリに追加するボタンはあるので、流れてきた曲を後から聞くことも可能だ。
Apple Musicが使えるということは、Siriで楽曲を呼び出せる、ということでもある。Apple WatchからSiriを呼び出して「盛り上がる曲をかけて」「ドリカムをかけて」といった風にいえば、Apple Musicから適切なプレイリストを選んで再生する。もちろん、Siriがすべての問いかけに答えてくれるわけではないし、Apple Musicにはない楽曲は再生できないわけだが、操作がしづらいスマートウォッチでは、より声による操作が重要になってくる。
ビットレートはiPhoneの設定に依存、実は「過去のApple Watch」でも使える
このように、使い勝手はなかなかいい。特に、同じアルバムを繰り返し聞くのではなく、新しい曲をプレイリスト任せで聞くような、典型的なストリーミング・ミュージックの楽しみ方をしている人には快適な機能だと感じる。
となると気になるのが、データ容量と音質の関係である。実はここは、なかなかに興味深い作りになっている。
Apple Watchには、Apple Musicのストリーミング音質を設定する項目がない。音質の設定は、iPhoneの「設定」→「ミュージック」→「モバイルデータ通信」の中にある。ここで「高品質ストリーミング」をオンにすればビットレートが高くなるし、オフにしておけば低いビットレートで再生する。要は、iPhoneの設定に依存するのである。
これはどういうことかというと、Apple Watchでのストリーミングのビットレートは、基本的にiPhoneにおけるビットレートと同じ、ということなのだ。ちなみに、Apple Watchでのストリーミングでのデータ消費を実測してみたが、標準設定では1時間で約70MB、高品質ストリーミング設定で140MB程度となった。これも、おおむねiPhoneでの値と同様である。だから音質も「iPhoneで聞く時と同じ」という感想になる。Apple Watchでのデータ転送量はiPhone側のアプリから確認できるようになっているので、気になる方はチェックしてみていただきたい。
この辺にはひとつ秘密がある。
ここまで、Apple WatchでのApple Music対応を「セルラー版のみ」の機能のように紹介してきたが、これは正しくない。実は、セルラー機能のない過去のApple Watchでも、Watch OSを「4.1」にアップデートするとApple Musicが使えるようになる。この時は当然、iPhoneからBluetoothで音楽をApple Watchへ転送し、さらにApple Watchからヘッドフォンへ転送して聞いていることになる。途中で音質変換などはしないので、「iPhoneで受信したストリーミングがそのままApple Watchを介して流れてくる」ことになる。だからビットレート設定なども同じ……ということである。セルラーモデルであっても、Apple WatchがBluetoothでiPhoneにつながっている時は、音楽は携帯電話回線からではなく、Bluetoothを通じて転送される。
Apple Watchはセルラーモデルといえど、接続はBluetooth→Wi-Fi→携帯電話網の順で優先されるようになっている。携帯電話網はやはり消費電力が大きく、長時間使うのが難しいためだ。Bluetooth接続なら1時間に数%しかバッテリーを消費しないが、携帯電話網では1時間に10%を軽く超える。音楽を聞いていた場合、15%を超えることもあった。現在のセルラー接続は、あくまで「日に数時間までの特別なもの」、という位置付けなのだ。
だが、利用している側は、どの回線を使っているのか、あまり意識する必要がない。盤面に電波強度表示があるか否か、くらいでしか気づかないのではないか。アップルとしては、そういう「シームレスさ」を優先しており、音楽機能もそのように配慮して設計されていると思われる。
携帯電話網以外でのApple Musicへのアクセスについては、iPhoneで直接アクセスするのと大差ない。だから、そこまでしてApple Watchを使う意味はない……と思う人もいそうだ。だが、Bluetoothとはいえ、数m以内ならば問題なく通信ができるので、ジムでのエクササイズの時などは、この仕様の方が便利といえるのではないだろうか。
Apple Watch内へ「よく聞く曲」が自動更新、転送量削減にも効果を発揮
なお、「シームレスさ」という点では、音楽をiPhoneからApple Watch内に転送する機能についても改善が加えられている点を指摘しておきたい。従来は自分でプレイリストを選び、それを転送する形になっていたのだが、iOS11.1から変化する。
Apple Musicがお勧めする「Favorite Mix」や「Chill Mix」、「New Music Mix」が自動的に転送の対象になるほか、iPhoneで最近聞いているアルバムとプレイリストも、自動的に転送されるようになっている。もちろん自分で選んで転送してもいいが、新しい仕様の方が簡単である。転送は、iPhoneとApple Watchが充電器につながれていて、Bluetoothでお互いに通信可能になっている際、そっと行なわれる。だから、Apple Watchの中に入っている曲も、常に同じではなく、自動的に入れ替わっていく。
実はテストを始めた時、このことに気づいていなかった。ストリーミングであるプレイリストをヘビロテしたはずなのに、どうにも通信量が増えていない。なぜか……と確認してみたら、実はこの仕組みになっていたからだった。しかも、Apple Watch Series 3のセルラーモデルは、Apple Watch内で音楽の蓄積に使えるストレージの量が増えている。2GBどころか8GB以上転送されていたので、なかなか「Apple Watch内に入っていない曲に気づかなかった」という次第だ。
本体内にある曲とクラウド上にある曲は、曲リスト上に「雲」マークがあるか否かでわかる。が、見やすくはないので「あまり気にするな」ということかもしれない。
どちらにしろ、Apple Watchでのストリーミング・ミュージック対応はなかなか良くできている。よく聞くプレイリストを聞くような使い方ならデータ量もそう大きくはならないだろうし、設定などで戸惑うこともない。Apple Musicを普段から使っている人には、かなり満足できる実装なのではないだろうか。
できれば今後、同じようなものを他のストリーミング・ミュージック事業者も作れるよう、機能を解放して欲しいとは思う。だが、アップルの方針が「ハードとソフト、サービスの密な結合」にある以上、その辺は望み薄かもしれない。