西田宗千佳のRandomTracking

第418回

Face IDとUSB-Cで進化した新iPad Pro。最高のiPadとiPadのこれから

11月7日発売の新「iPad Pro」の製品レビューをお届けする。今回借りられたのは12.9インチのものだが、機能・性能は11インチも同じなので、そのつもりでお読みいただきたい。

iPad Pro(12.9インチ、シルバーグレイ)
iPad Proのパッケージ。いつものように内部はシンプル。本体の他には、電源とUSB-Cケーブルくらいしか付属しない。3.5mmヘッドホンジャックアダプターは別売

iPad Proはクリエイター向けのコンピューターと言われる。今回のアップデートもその方向だし、事実、クリエイターにはお勧めの製品だ。一方で、映像や写真の編集機材としても、動画や電子書籍のビュワーとしても、とても素性の良い製品である。筆者も長年、そうした用途にiPadを使ってきた。

今回は、手元に10.5インチ iPad Pro(2017年モデル)、12.9インチ iPad Pro(2015年モデル)があったので、それらと比べながら試用してみた。

なお、今回は試用時間が非常に短かったため、カメラの撮影テストは行なえていない。その点は、ご了承いただきたい。

ホームボタン廃止でコンパクトに

まずは外観からいこう。

今回の新型の特徴は、ホームボタンがなくなって「ボディの縦横比まで4:3になったこと」だ。ベゼルの太さは一定であり、iPhone X系のように「ノッチ」もないので、非常にシンプルなデザインになった。

2015年発売のiPad Pro 12.9インチモデルと、新iPad Pro 12.9インチモデルを比較。ディスプレイサイズは同じだがボディはかなり小さくなった。

過去のiPadは、けっこうベゼルが太かった。特に初代は、今見ると驚くほど太い。理由は、指が画面にかかって誤動作するのを防ぐためだった。今は、新型のようなベゼルになっても動作に問題はない。誤動作を防止する技術が進歩しているためである(この種のことにも機械学習が活用されているそうだ)。

ホームボタンがなくなったおかげで、本体サイズはかなり小さくなっている。12.9インチディスプレイを採用しているので、決して「小さい」わけではない。10.5インチ版(こちらのボディサイズは、新型の11インチ版とほぼ同じだ)と比較すると、やはり大柄だ。とはいえ、後述の「Smart Keyboard Folio」とセットにしてもノートPC程度の大きさ、といえるわけで、「十分許容範囲」という人もいるのではないか。特に、本体が薄くなって持ちやすくなったところはプラスだ。

2017年発売のiPad Pro 10.5インチモデルと、新iPad Pro・12.9インチモデルを比較。サイズはけっこう違う。
新iPad Pro(左)と、2015年発売のiPad Pro・12.9インチモデルのベゼル。新モデルでは細くなっている。
新iPad Pro(左)と、2017年発売のiPad Pro・10.5インチモデルのベゼル。実は10.5インチモデルの方がベゼルは太い

ロックの解除は指紋認証から、顔認証である「Face ID」に変わった。実は、新型iPad Proのもっともよいところは、「Face IDの快適さ」ではないかと思っている。そのくらい、Face IDとiPadの相性は良い。電源ボタンに触れることなく、画面を軽くタップしてからスワイプすればいい。iPhoneは縦画面でしか顔を認識しないが、iPad Proはどの向きでも問題ない。

だが、ひっかかる点がないか、というとそういうわけでもない。

使っていると「カメラが覆われています」「下を向いてロック解除」といった表示が出る時がある。前者は知らず知らずのうちに、手でFace IDのカメラをふさいでしまった時に出るもので、後者はカメラが下部にあって顔を正確に認識できない時に出るものだ。このエラーが若干興を削ぐ。特に「カメラを覆う」トラブルは、持ち方のクセによってはけっこう頻繁に発生するのではないか、と思う。

どちらも現状はどうしようもなく、わかっていれば回避できるし、仮にエラーが出てもすぐに対処できるものだ。そういうもの、と割り切るしかあるまい。

ディスプレイの品質は相変わらず良好だ。発色・色域ともに、現在販売されているタブレットの中では最良のもののひとつだろう。HDRにも対応しており、HDR対応コンテンツの表示品質もなかなかのものだ。この辺は10.5インチiPad Proなど、2017年モデルと共通の要素だとは思うが、12.9インチというサイズもあり、非常に見応えがある。

細かい点だが、今回より、ディスプレイの四隅の処理が「角丸」になった。1990年代全半までのMacを思い出して、多少懐かしい気分になる。スクリーンショットはいつも通り四角いので、角をマスクしているわけだ。なにか機能的な意味があるとは思えないので、デザイン的な意味で選択したのだろう。いまのところ、アプリの操作にもまったく支障は出ておらず(ほんとうに隅なので、そこにUIが来ることは考えづらい)、これはこれでいいのではないか、と思える。

ディスプレイの角を拡大。従来は四角かったが、「角丸」になっている。

そして、大きく変わったのが音質だ。

そもそも12.9インチモデルは、サイズが大きいためか低音の響きがいい。だが今年のモデルは過去のものよりさらに響く。音場の広がりがしっかりしていて、iPad Proの前のパーソナルスペースで聞くのなら、かなり満足できる音質だと感じる。小さいBluetoothスピーカーを横に置くくらいなら、新型iPad Proの内蔵スピーカーでもいいのでは、と思うほどだ。

新Apple PencilとSmart Keyboardの改良は成功

iPad Proには、実質的にセットといえる周辺機器がある。「Apple Pencil」と「Smart Keyboard」がそれだ。今回はどちらも大幅にリニューアルしている。

ご存じの通り、新製品向けに作られた「第二世代Apple Pencil」は、iPad Proの一辺に用意されたマグネット部にくっつき、その状態で充電とペアリングができるようになっている。

上が第一世代の、下が第二世代のApple Pencil。第二世代は長さが変わり、つや消し仕上げになって持ちやすくなっている。
本体上部には、Apple Pencilをつけるマグネットの接点が用意されている。
Apple Pencilをつけると、ペアリングと充電が行われる仕組みになっている。

Apple Pencil自体の長さなども変わっている。持ってみると、新型の方がバランスが良く、より「ふつうの鉛筆」に近い。精度的には大きな変化はないようだが、持ちやすくなった分、描きやすい。一辺が平らになったので転がりづらくなり、その点でも安心だ。

特に、別売のSmart Keyboardは、背面まで覆う機構になったため「Smart Keyboard Folio」と名前を変えた。接続用のスマートコネクターの位置は背面になり、iPad Proのサイズに合わせたカバーが背面を覆う構造に変わっている。結果外れにくくなり、安定度も増し、背面の保護にもなる。トレードオフは厚くなることと、「サイズ違いのSmart Keyboardをつける」裏技が使えなくなったことだ。筆者は10.5インチのiPad Proに12.9インチの用のSmart Keyboardを付けていた。こうするとタイプしやすく、膝の上での安定度も増すからだ。だが、新型でこの裏技は使えなくなっている。

Smart Keyboard FolioをiPad Proにセット。ホームボタンがなくなったので、より「PCっぽい」見かけになった。
Smart Keyboard Folioは本体の裏までをカバーずる。マグネットで本体裏につき、一体化する仕組みだ。
本体裏にあるスマートコネクター。Smart Keyboard Folioはここと接続する。
2015年モデル(左)と2018年モデル(右)を、ともにSmart Keyboardをつけて比較。サイズが一回り小さくなった。
2017年版・10.5インチモデル(左)と、2018年モデル(右)を、ともにSmart Keyboardをつけて比較。10.5インチモデルに12.9インチモデルのSmart Keyboardをつける裏技は、2018年モデルでは使えなくなった

Smart Keyboard Folioは、キーのタイプ感と剛性感の改善が大きい。ストロークの薄い「ペタッ」としたキーボードであることに変わりはないのだが、キーに若干腰が出て、打鍵音も少しだけだが小さくなっている。膝の上での安定度も増した。そして、2段階だけだが、角度の調整も行える。こうしたスタイルのキーボードはかなり好みがわかれると思うが、少なくとも筆者は、原稿を1本実際に書いてみて、「過去のiPad用キーボードよりは良くなっているし、好ましい」と判断した。

なお、Apple PencilにしろSmart Keyboard Folioにしろ、本体との接続に使うマグネットはそれなりに強度があり、振ったくらいでは落ちない。カバンの中でも生き別れにならないか……と言われるとそこまでの強さはないが、少なくとも、小脇に抱えて持ち歩くような時に「ポロッ」と落ちてしまうことはないだろう。

また、Smart Keyboard Folioをつける関係で、ボディには相当数のマグネットが埋め込まれている。だから、磁気ストライプ式のキャッシュカードのなどは、あまり長くiPad Proの近くに重ねておくべきではない。

MacBook Pro並の処理能力を実現

外観に関する部分は高評価。

では、処理速度関係はどうだろうか?

こちらも非常に優秀だ。

ベンチマークソフトのGeekBench 4の値を示しておく。CPU関連の数字は、GeekBenchに登録された各種機器の情報と比較すると、「Core i7搭載にカスタマイズした、MacBook Pro 13インチ・2018年モデル」に近い値だった。また、GPUを含めた処理速度を測る「Compute Benchmark」の値も、iOS機器としてはもちろん最上位だし、2017年あたりのディスクリートGPUを搭載したノートPCとは十分に競合しうる値である。

GeekBench 4でのCPUベンチマーク。シングルコア処理の値が「5054」、マルチコア処理の値が「17100」。かなり高速で、ハイエンドノートPC並だ。
GeekBench 4でのComputeベンチマーク。値は「43091」。最新のGPUを使ったデスクトップPCの半分以下だが、ノート型のディスクリートGPUと比較すると、ハイエンドの少し下くらいだ

ただ、この値はOSの違いや用途をあまり考慮しておらず、この数字に一喜一憂することにはあまり意味がない。「演算能力としてはかなりハイレベルなプロセッサーが使われている」のは間違いないが、実使用上どうか、ということが重要である。

といっても、iOSはかなりパフォーマンス最適化の進んだOSであり、CPU速度やメインメモリー量を増やしたからといって、リニアに体感速度が上がるわけではない。複雑なゲームをする時の処理負荷やフレームレートには影響するだろうが、「高性能だから買いだ」とは言いかねる部分もある。

そんな中、今回のテスト中ではっきり体感できたのは、Adobeの「Lightroom CC」を使い、カメラロールから写真を追加する速度が劇的に上がっていることだ。状況によって違うので一概に「何秒縮まった」とは言いにくいが、2017年モデルのiPad Proでは数分かかった読み込みが、新型ではものの30、40秒で終わる時もあった。これは、Lightroom CCを日常的に使う人にとってはキラーともいえる変化だ。こうした部分は単純なCPU速度だけでなく、ストレージアクセスの高速化なども効いていると思われる。

ARや3D系のアプリを含め、これから多数の「より重いアプリ」が登場することは間違いない。AppStoreの市場特性を考えると「最新のiPad Proでしか動かないアプリ」が多数出るとは考えづらいが、「iPad Proだともっと快適になる、特別な機能が使えるアプリが増える」ことは考えられる。

意外なほど自由度の高いUSB-C、だが可能性は「道半ば」

もうひとつの大きな変化が「インターフェースの変更」だ。Lightningコネクタは姿を消し、USB-C(USB Type-C)になった。本体に付属するACアダプターとケーブルも、USB-Cのものになった。

本体のインターフェースは「USB-C」にっかわった。
本体付属のUSB-C対応充電器(18W)と、USB-Cケーブル。

USB-Cへのインターフェースの変更は、iPadに様々な可能性をもたらす。

例えば外部ディスプレイ連携。単純なミラーリングでなく、PCと同じようなマルチディスプレイでの作業が可能になる。

また、デジカメを直接iPad Proにつなぎ、画像をコピーしてプレビューするようなこともやりやすくなる。

iPhoneをつないで、iPhoneをiPad Proから「充電」することもできる。

ただ、実際にやってみると、思ったより自由度がある一方、やはり制約があることも見えてくる。

少なくとも現状、iPad ProのUSB-Cは「普通のUSB-C」のように見える。アップル純正品以外でもつながった。

MacBookで使っていたアップル純正のアダプター類はもちろん、自宅にあったUSB-C接続のHDMIアダプターやメモリーカードアダプターも使えた。USB-C−micro USBケーブルを使ってデジカメと直結することもできて、画像の転送も問題なく行えた。それどころか、iPad Proからデジカメを充電することもできた。

PC用のUSB-C対応HDMIアダプターを接続。認識したマークが画面にも出ている。

iPad Proには3.5mmヘッドホン端子がなくなったので、有線のヘッドホンをつなぐにはアダプターが必須になった。これも、アップルの純正はもちろんだが、自宅にあったGoogleのPixel 3用アダプターでも代用できた。同様に、USB-C直結のヘッドホンも使えた。

アップル純正の「USB-C - 3.5 mmヘッドフォンジャックアダプタ」(1,000円)。有線ヘッドホンをつなぐにはこれが必要だが、他のものでも代用は可能だ

充電については、愛用しているAnkerのUSB-C対応充電器が普通に使えたし、もちろん、MacBook Pro用のものも使えた。

かなり色々なものが普通につながる一方で、「現状では使えない」ものもあったし、互換性問題があるものもあった。

例えば「USBメモリー」。デジカメをつなぐことはできるし、メモリーカードもつなげる。だが、iOSの機能では「画像」以外扱えない。要は「PCと同じように、USBメモリーからファイルをコピーして編集する」ことはできないわけだ。

3.5mmヘッドホンアダプタも、自宅にあった出所不明なものは使えなかった。おそらくは、このアダプターには「DAC」が入っていないためだ。アップルはLightning用の3.5mmヘッドホンアダプタにもDACを入れているし、今回発売したUSB-C対応のものもDAC内蔵と思われる。すなわち、DACのないヘッドホンアダプターなどは使えないと考えられる。

外部ディスプレイ接続については、「マルチディスプレイ」的に使えるかどうかは、アプリの側に依存する。アプリが対応していればその中ではマルチディスプレイが使えるし、そうでなければミラーリングになる。

USBを経由した「充電」については、Androidスマホを接続した際、「iPadからスマホを充電する」のではなく「スマホからiPadを充電する」という挙動になった。iPad Proの側には、自分が給電側(ホスト)か充電側(ゲスト)かを設定する項目がない。専用のケーブルを使って接続したり、USB-C同士でなくmicro Bなどで接続するのなら「給電」だが、USB-C同士の時には注意が必要である。

iPadは周辺機器の制御について、かなりの部分をアプリが担っている。そこはUSB-Cになっても変わらず、ハードだけが存在している現状では、その価値が生かし切れない。また、「iOS」であるがゆえにファイルの扱いには制限があり、だからこそ、USBメモリーから普通にファイルをコピーすることができない。

USB-Cにはなったが、iPad ProがiOS機器であることに変わりはなく、その性質と制約を引き継いでいる、と考えていいだろう。アプリの充実やOSのアップデートによって状況は変わるだろうが、iPadがMacになったわけでも、PCになったわけでもない。

iPadとしては最高の進化、残るは「iOSの制約」の改善

さて、結論である。

新iPad Proは、「iPadとしては」100点の出来だ。画質も使い勝手も良い。明確に進化しており、今iPadを買うなら間違いなくこれをお勧めする。絵を描く、ビデオを編集する、写真を加工するといったことは相当スムーズにできるし、映像や電子書籍のビュワーとして、これ以上のものはない。

一方、問題は「iPadである」ということだ。iPadはiOSで動いているがゆえに、ファイルの扱いにクセがある。クラウドストレージとサードパーティ製の各種アプリを活用すると、PCで行なえることのほとんどができるのだが、そのやり方はPCとは異なっている。そこはハードウエアが変わっても、まだ変化がない。

アップルはiOSの使い勝手を上げ、MacやPCとの差異を小さくしていくだろう。その過程で、iPad Proのハードウエア、特にUSB-Cはより活用されていくのではないだろうか。アプリが増えることで解決される部分もあるだろう。

「iPadを超える」使い勝手の部分については、かなり未来に余地を残したハードウエアだと感じる。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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