西田宗千佳のRandomTracking
第417回
待望のMacとiPad Proリニューアル。「クリエイティビティ」に立ち返るApple
2018年11月1日 00:00
10月30日(現地時間)、ニューヨークでアップルの新製品発表会が開催された。今回の発表会の内容を一言で表すなら「待ちに待ってた」だろう。MacBook Air、Mac Mini、そしてiPad Proが登場した。
待たれているもので出ていないものも、もちろんある(新しいMac ProにiPad mini……。後者はだいぶ望みが薄くなってきた)とはいうものの、多くの人がアップルに「こういうものを出して欲しい」と思っていたものが発表された、という印象は強いのではないだろうか。
ではなぜ、アップルは「数年間出ていなかったシリーズのリニューアル」を行ない、「iPad Proの大幅な改良」を行なったのか。その背景を分析してみたい。
みんなが待ってた「今の時代のMacBook Air」が登場
今回、アップルはニューヨークで発表会を行なった。理由は、ニューヨークの持つクリエイティブな雰囲気を大切にしたかったからだろう。会場となったBrooklyn Academy of Musicも、もちろんクリエイティブな場である。
そして、Macの紹介をしつつ、ティム・クックCEOが示したのも、Macが「クリエイティブ」な場で使われていることだった。ここでいう「クリエイティブ」とは、絵を描くことや音楽を奏でることだけはない。Macを前に話し合ったり、タイプしたりする姿も含む。要は「コンピュータを道具として使う姿はすべてクリエイティブ」という、かなり広い話なのだが、写真で見せられると、確かに説得力はある。
そういう場所で「空気のように」使われてきたのが、薄くて軽いMacBook Airだ。2010年代のノートPCのトレンドを作った機種のひとつであることは間違いない。
一方で、みなさんもご存じの通り、MacBook Airはなかなかリニューアルされなかった。このところ、アップルはAirを「低価格なMac」と位置付け、ディスプレイのRetina化やパフォーマンスアップを行なっておらず、代わりに12インチのMacBookが生まれた。あれはあれでいい製品だと思うが、世界的には、スタンダートなディスプレイサイズである「13.3インチ」が求められており、結果的にそれは「MacBook Airリニューアル待望論」だった、ということなのだろう。
アップルも発表会では、Airがいかに人気であるかを強調した。そこはやはり「待ちに待った感」を演出したかったのだろう。
デザイン面でいえば、新MacBook Airは、12インチMacBookを13.3インチにしたもののようにも感じる。とはいえ、CPUパフォーマンスは上がっていることが期待できる。
そして、Touch IDが搭載したことも大きい。同時にセキュアチップである「T2」も搭載されるので、セキュリティ面での安心感が高まる。Face ID・Touch IDがあることを前提に機器とサービスが作られていくことになるだろうから、メインストリームの機種となるMacBook Airには、Touch IDは必須の存在だ。
今回のリニューアルにより、全設計がリニューアルされたことになるので、MacBook Airの仕様は一気に「今のアップルのMacの標準」に近づいた。キーボードについてもタッチパッドについても最新のMacBook Proのそれにかなり近いし、ベゼルが(相対的にだが)細くなり、サイズやデザイン的にも野暮ったさがなくなった。
10万円を切る低価格モデルとしては旧来からのMacBook Airは残り、スタンダードラインが、134,800円からの新MacBook Air、という構成だ。「1kg以下」にこだわらないなら、MacBookよりも新MacBook Airの方が安く、性能も良いと期待できるのでお得だ。
12インチ以下を求める声は日本などアジア以外では小さい。アップルとしても今回推したかったのは、13インチのMacBook Airの持つ「スタンダード感」だったのではないだろうか。
「プロ色」強まるMac mini、「100%再生アルミ」に秘められた戦略とは
もうひとつ「待ち望まれていた」のが「Mac mini」だ。こちらはCPUのリニューアルすら、4年間なかった。噂もあまり流れなかったので、出ると期待していなかった人もいるのではないだろうか。
Mac miniといえばコンパクトなデスクトップ型なのだが、今回の発表を見ていると、その位置付けが、過去のMac miniとは少し変わっていることに気付く。
それを象徴しているのが「色」だ。過去のMac miniはシルバーだったが、今回のMac miniは「スペースグレイ」だ。デスクトップ型のMacにおいて、黒系の色は「プロ向け」というメッセージを持っている。iMac ProとiMacのカラーの違い、といえばわかりやすいはずだ。
プレゼンテーションでもハンズオン会場でも、Mac miniは単体ではあまりフィーチャーされず、大型ディスプレイや音楽用のキーボードとセットにしたり、Mac mini自体を複数台スタックして同時に使う、といった形でアピールされた。
小さいが、わかっている人々がクリエイティブに使うMac、という扱いに変わってきたのだ。そう考えると、GPUなどのパワーを求めるのではないプロに対し、Mac miniを訴求したい……という狙いも見えて来る。
そうなると、Macに欠けているパーツは「GPUがパワフルなモデル」だ。実は発表会では言及がなかったものの、MacBook Proの15インチモデルに、よりパワフルなGPUを搭載したものとして、「Radeon Pro Vega」を搭載したモデルが追加されている。Radeon Pro VegaはAMDの最新のフラッグシップGPUだが、搭載されているのが「Radeon Pro Vega Mobile」というモバイル向けのものであり、これが初搭載であることが、AMD側より公表されている。アップル側は「最大60%パフォーマンスが高い」としている。
あまり目立たないが、重要な発表もあった。MacBook AirとMac miniの新型では、ボディの素材に使うアルミニウム合金が「100%、再生アルミニウム」になったのだ。アップルは自社でアルミの切削機器を作り、生産に関する外部の協力会社と共に「アルミボディの製品」を作ってきた。そこで、生産技術やプロセスについて慎重な検討を行ない、素材のリサイクルを進め、ついに「100%」になった。これは単に環境のためだけでなく、アップルがより「持続性」を重視しているためだ。長く持続的に製品を大量出荷していくには、資源の手当から行なう必要がある。iPhoneでもリサイクルを進めているが、こうした取り組みのアピールもまた、アップルらしいやり方だ。
Face ID対応で大きく変わった「iPad Pro」
さて、今回の発表の目玉は、やはり「iPad Pro」だ。
アップルはここ3年ほど、「iPadを低価格なPCの代替として売り込む」戦略を採っている。単純なビュワーとしてのタブレットは価格競争に巻き込まれるし、普及も一段落してしまった。差別化できる方向性として、独自性の強い設計により、「PCよりも良いパーソナルコンピュータ」という、iPadが2010年に発表された時の理念を引き継いだモデルを訴求するのが、アップルの戦略には叶っている。
ティム・クックCEOは発表会で、「iPadは一番売れているタブレットというだけではない。すべてのノートパソコンと比較しても、もっとも売れている製品だ」と語った。これも、iPadが新しいパーソナルコンピュータとして優秀であり、人気がある、ということを強調するためのもの、といっていい。
一方で、iPadをより「仕事に使う人が多い」機器にするには、iPadをより魅力的な製品にすることと、iPadでは感じられる制約を改善し、軽くすることが必要だ。iPad Proのリニューアルは、そういう視点で見るとわかりやすい。
ポイントは5つある。そのうち、1つめと2つめは関連性がきわめて高い。
1つめは「Face IDの採用」だ。iPhoneからホームボタンがなくなり、Face IDの認証になっていくのならば、iPadもそれに倣うのが基本、ということなのだろう。そしてその結果としてホームボタンがなくなることで、「全体のデザイン変更」が実現する。今回のデザイン変更は、この合わせ技で実現している。
四辺のベゼルは均一な太さになり、従来より目立ちにくくなった。そして、Face ID(パーツとしてはiPhoneのものと同じだ)を組み込む関係上、ベゼルは「黒」に統一となる。iPadはより軽く・薄い方が喜ばれるので、厚みを5.9mmまで薄くしたが、その結果、3.5mmヘッドホンジャックがなくなった。iPadは紙のアナロジーで作られている部分が大きく、画面の縦横比は「4:3」で固定。となると、画面サイズは同じままでボディサイズを縮小する(12.9インチモデル)か、ボディサイズはあまり変えずに画面サイズを大型化する(11インチ)か……という決断になるのは必然といえる。
デザイン変更に伴い、スピーカーなども強化された。会場では音をチェックするに至らなかった(なにしろかなりうるさい)が、新たにウーファーが強化され、マイクもアレイマイクとなって、Siriなどへの命令を聞き取りやすくなっているという。
Apple Pencilの「不満点」が解消へ
新iPad Proを巡るポイントの3つめは「Apple Pencilのリニューアル」だ。Apple Pencilは、書き味や精度の面で高い評価を受けていたものの、日常的な使い勝手の評価はあまり芳しくなかった。Lightning端子を使って充電とペアリングを行なっていたので、「フタがなくなりやすい」「iPadにApple Pencilが刺さっていると、壊さないか不安に感じる」というのが代表的な意見だろう。
そこで、第2世代Apple Pencilは、Lightning端子での接続を捨てた。マグネットによる本体との接続によって、充電とペアリングを行なう形としたのだ。これはかなり賢い解決方法といえる。
新iPad Proは、iPhone SE以来、アップル製品としては久々に角が「丸くない」デザインを採用した。少し意外だったのだが、第二世代Apple Pencilをこういう構造にするなら、「角の面が平ら」でないといけない。そして、その面でペンと接触することになるため、Apple Pencilに「平ら」な面ができた。これでペンも転がらない。そしてもちろん、充電用のフタがなくなることもない。
本体にマグネットで止める、という仕組みはマイクロソフトがSurfaceで採用している仕組みであり、アップル独自、というわけではない。一方、充電やペアリングまでできる、という点はApple Pencilの方が優位だ。
アップルが今回、相当に力を入れて再開発をしたことは疑いない。
可能性を広げるためにLightningから「USB-C」へ
そして、Apple PencilがLightningを捨てたことは、第4のポイントにつながる。「USB-Cの採用」だ。
アップルユーザーにとっては、というエクスキュースがつくものの、Lightningは長く使われ、定着したインターフェースだ。だが、iPadをPC的に使おうとすると、どうしても限界を感じることが多かった。アダプターを介すことではない。アダプターを介しても「電力が足りない」シーンがけっこうあるのだ。デジカメを直接つなぐ際が顕著だが、Lightningからデジカメに供給される電力では不足するので、画像の転送には、アダプターにあるLightningコネクターに別途電源をつながねばならないことが多い。これがめんどくさい。転送も若干遅い。
アップルはUSB-C(USB Type-C)の採用を「パワフルなプロセッサーには、パワフルな新しいインターフェースが必要」と説明した。それは確かに、電力量の点でも転送速度の点でもそうだろう。
また、Lightningでのディスプレイ接続は本質的に「ミラーリング」だが、PCのように「マルチディスプレイ」として使いたい時もあるはずだ。
こうした問題を解決するには、インターフェースをUSB-Cにして、Macと同じような周辺機器を使えるようにした方がいい……という結論に至ったのだろう。現状、どれだけの周辺機器がiPad Proで使えるのかは、きちんとした情報がない。デジカメがつながっていることや、4Kディスプレイを「マルチディスプレイ的」につないでいることなどは確認できているのだが、こうしたことが、iPad Proの用途を広げることだけは間違いない。
ちなみに発表会でも歓声が起きたが、USB-C−Lightningのケーブルを用意すれば、iPad ProでiPhoneの充電ができる。
この辺は、PCでUSB Type-Cを採用した機器では出来ていたことだ。それが、出自の違うOSを使ったiPad Proにも広がったことは、基本的に喜ばしいことである。
特に、iPad Pro向けには、大規模なグラフィックスや動画を扱うアプリが増えている。それらでファイルを扱う場合、USB-Cのコネクタでやりとりできることは重要なポイントになる。「やっと面倒が減る」というのは、やはり事実だ。
マルチコア性能強化で「よりPCらしい処理」が得意に
そして、大規模なアプリの増加は、もちろん「第5のポイント」に関係してくる。第5のポイントは「プロセッサー」だ。
新iPad Proが採用したプロセッサーは「A12X Bionic」。今秋のiPhoneで採用された「A12 Bionic」のパワーアップ版だ。
A12 Bionicのトランジスタ数は69億個だったのに対し、A12X Bionicは100億個と、かなり規模が大きくなっている。「Bionic」の名を示す、マシンラーニング推論用の「Neural Engine」の処理速度は両者とも同じ「毎秒5兆回」なので、増加したトランジスタは他の部分で活用されている。
それがどこかというと、具体的には「CPUコア数増加」と「GPUのコア数増加」による処理性能の向上だ。
A12 BionicはCPU6コア・GPU4コアだったが、A12X BionicはCPU8コア・GPU7コアに増えた。CPUコアの増加はマルチタスク性能の向上に効くし、GPUコアの増加はグラフィック性能の向上を意味する。アップルはGPUについて、「iPad ProはXbox One Xと同等」とコメントしている。得意な処理が異なるので単純比較は難しいが、経年変化による進化速度を考えると、現世代のコンソールに性能が近づくことは不思議ではない。アップルは言及していないが、おそらくメインメモリーも増えていると予測できる。
この結果、iPad Proは「92%のポータブルPCより高速」とアップルは主張している。比率はともかく、純粋な処理速度だとほとんどのノートPCより早いのは間違いない。
「大規模なアプリ」の本命として、2019年には、アドビが「Photoshop」のフルバージョンをiPad向けに提供する。既存のiPadやiPad Proでも動くようになっているだろうが、より高いマルチタスク性能を求めるようになっていくのは間違いない。そして、ARのように、マシンパフォーマンスがあればあるほど良い用途では、もちろんさらに有利になる。
USB-Cで周辺機器との連携がひろがり、より多くのデータを複数のアプリで使うという、まさに「PC的」な用途を広げるのであれば、iPad Pro向けにこうしたプロセッサーの拡張を行うのは必然。これまで、iPad Proが出るたびに行なわれてきたことだが、今回のモデルでも、同じような方向での拡張があった、と理解できる。
ポートレートモード「自撮り」にも対応、Apple SIMから「eSIM」へ
なお、新iPad Proを詳細に分析すると、新しいiPhoneに合わせた変化も見える。Face IDの搭載によって、インカメラでは「ポートレートモード」での撮影が可能になった。同じパーツを使ったiPhoneでもできているので当然ではある。一方で、アウトカメラはiPhoneほど力が入っていないので、ポートレートモードも利用できない。
セルラーモデルの場合、現在もSIMスロットに入れるnanoSIMに加え、「Apple SIM」という独自のエンベデット型SIMが搭載されていた。だが今回より、Apple SIMではなく「eSIM」になった。これは秋のiPhoneから搭載されているもので、携帯電話関連の業界団体であるGSMAの規格に準拠したものだ。どういう形で使えるようになるか、現地ではまだ詳しい情報がないが、おそらくは、iPhone XSなどで使われるのと同じような事業者で、同じように契約して使われるのだろう。従来のApple SIMは海外旅行時の一時利用などに向いていたが、今回のeSIMも同じような流れになると予想される。