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新iPad Pro実機レビュー、LiDARでARが激変! 実は「コスパアップ」が魅力

3月18日夜に発表された、新しい「iPad Pro」のレビューをお届けする。

新iPad Pro。評価モデルのスペックは12.9インチ・Wi-Fi+セルラー、1TB。色はスペースグレイ
今回はペンやキーボードの他、新OSの機能をチェックするために「Magic TrackPad 2」も貸し出された
内容物も、ケーブルにACアダプター(18W)と同じ

iPad Proの新機種はおよそ一年半ぶり。小型モデルの「iPad mini」や普及モデルの「iPad」などは出ているので、わりと頻繁にiPadの新製品が出ている気にもなるが、実はそうではない。

今回の新モデルは、カメラ部が大きく変わったのが特徴だ。「ついにスマホに並び、タブレットもカメラ勝負か」と思われそうだが、そうではない。ちょっと独自性の高い方向への進化が、新iPad Proを新しいデバイスへと変えている。

それが「LiDARの搭載」だ。

LiDARの搭載によってなにがどう変わるのか、そして、今のiPad Proがどのような価値を持っているかを考えてみよう。

「超広角」がiPadにも。iPhoneよりは画角が狭め

冒頭で述べたように、新iPad Proの変化は「カメラ部」に集中している。デザインはほとんど変わっていないし、ディスプレイ品質も同じだ。

カメラ部は「二眼」に。隣にある丸い部分が後述する「LiDAR」だ
カメラの周囲が四角く出っ張っているので、箱にも四角い凹みが

ならばやはり、AVファンとしては「カメラ」が気になるところだろう。

今回のiPad Proのカメラは、仕様的には以下の通りだ。

  • 超広角側 35mm換算15mm 10メガピクセル f値2.4
  • 広角側 35mm換算29mm 12メガピクセル f値1.8

結論から言えば、広角側はいままでiPad Proに搭載されていたカメラと変わらず、超広角側が追加された感じ、と考えていい。

iPad Pro(2018)Wide
iPad Pro(2020)Wide
iPad Pro(2020)Ultra Wide
iPhone 11 Pro MaxWide
iPhone 11 Pro Max Ultra Wide
iPad Pro(2018)Wide
iPad Pro(2020)Wide
iPad Pro(2020)Ultra Wide
iPhone 11 Pro MaxWide
iPhone 11 Pro Max Ultra Wide
iPad Pro(2018)Wide
iPad Pro(2020)Wide
iPad Pro(2020)Ultra Wide
iPhone 11 Pro MaxWide
iPhone 11 Pro Max Ultra Wide
HEIFの画像サンプル
HEIFSource.zip(27.49MB)

比較していただければわかるが、画質的には十分だ。「超広角」の画角がiPhone 11シリーズ(13mm)に比べて狭いが、この辺は許容範囲、というところかもしれない。なぜこの画角を選んだのか、という疑問はあるのだが、もしかすると、後述する「AR機能」のためかもしれない。

LiDARが乗ったということで、「カメラのフォーカスにLiDARを使っているのでは」という期待もあったのだが、今のところ、標準のカメラアプリではLiDAR連携はしていないようだ。

だが、今後デベロッパーに開発情報が公開されることで、「LiDARをつかって正確にピントとボケを再現するカメラ」を作ることもできるのではないか、と期待できる。この辺の可能性があるのは面白い。

LiDARで「AR」の機能が激変、高速に立体空間を把握

もうひとつの大きな変化は「LiDAR」搭載だ。

LiDARは「Light Detection And Ranging」の略で、光を使って「距離を測る」ためのセンサーを指す。自動運転車などに使われる先端技術、という印象を持つ人がいそうだが、実は古典的な技術。精度向上もあり、自動運転などで注目が集まったことからLiDARは特に「新しいもの」というイメージを持ちがちだが、そうでもない。

そもそも、LiDARとはいっていないものの、同じように「距離を測って立体構造を把握する」ものはある。一般に「ToF(Time of Flight)センサー」と呼ばれるものだ。というか、LiDARもToFを使ったセンサーの一つ、ということなのだけれど。ToFセンサーを使ったスマホはすでに複数登場しており、もうすぐ発売になるシャープの5Gスマホ「AQUOS R5G」にもToFが搭載されている。

だが、多くのスマホに搭載されているToFセンサーと、iPad ProのLiDARでは、今の時点でできることのインパクトにけっこうな違いがある。

多くのToFセンサーは、スマホカメラで距離をはかって「ボケ」などを実現するために使われている。

だが、すでに述べたように、iPad Proの標準カメラアプリではLiDARを使っていない。なにに使うかかといえばARだ。

とりあえず以下の動画をご覧いただきたい。iPhone 11 Pro Maxと2018年版iPad Pro、そして新iPad ProでのAR機能を比較してみたものだ。使ったのは、アップルのホームページでも使われている「AR Quick Look」。ウェブ上に置かれた3Dオブジェクトを現実の空間に召喚するという、シンプルなものだ。

iPad Pro 2020 LiDARデモ

これまでのアップル製品と新iPad Proでは、ARのリアルさ・精度がかなり異なることがわかるだろう。

新iPad Proがなにをやっているのか? 簡単にいえば、「瞬時に目の前の空間の立体構造を把握している」のである。

いままでのARKitでは、机や床などの「水平面」と壁などの「垂直面」を認識するのが基本だった。「階段」や「家具が置かれた部屋の状況」といった、比較的複雑な立体構造だと、正確に把握することはできなかった。しかも、カメラの画像認識を使っている関係から、「本体を動かしてカメラで周囲を認識させる」という、ある種の儀式のような動きが必要とされた。

しかし、新iPad Proでは、階段などの複雑な立体構造の認識を瞬間的に行なっている。映像の中で、「物体が階段にめり込みそうになると、物体の側がすこし消える」挙動が確認できるだろう。これは、いままでのARKitではできなかった。

同じようなことができた機器がないわけではない。Googleが展開していた「Project Tango」対応のスマホ・タブレットや、マイクロソフトの「HoloLens」だ。前者はコスト高になり、シンプルなスマホで実現できる「ARCore」プロジェクトに吸収されていき、後者だけが残っている。HoloLensはいまだトップクラスのAR体験を提供できるデバイスだが、その特殊性から、コンシューマ向けの製品になるのは先の話である。

今回アップルは、LiDAR搭載のiPad Proでそれらに近づいたことになる。どのくらいの精度なのか、検証用アプリも揃っておらず、短期間の試用ではコメントできない部分が多い。しかし、「スマホ・タブレットできるAR」として、素晴らしい体験であることは間違いない。

ARKitのインテグレーションが重要、「将来のアップル製ARデバイス」への布石か

もうひとつ重要なのは、こうした要素を使う上で、開発者はあまり複雑なことをおぼえなくていい、という点だ。

実は、過去に作られたARアプリもいくつか試してみたが、そのままで新iPad Proの恩恵を受けられるものも見受けられた。アップルのARフレームワークである「ARKit」にちゃんとインテグレーションされているので、すぐに利便性を享受できるのだ。

もちろん、新しく用意されるAPIを含めた開発情報を使えば、より深く、便利にLiDARを活用することもできるだろう。そのために必要な「ARKit 3.5」は、日本時間の3月25日深夜に、新しいiOS/iPadOSである「13.4」と同時に公開される。そうした情報を使えば、筆者が先ほど挙げた「LiDARを使ったカメラアプリ」なども開発可能になるだろう。

今回アップルがARKitのためにここまで新iPad Proに改良を施したのは、将来に存在する「アップルのARデバイスのため」ではないか、と予想できる。

今回iPad Proが採用したLiDARは、センサーの素性の詳細はわからないものの、「直接型」と呼ばれる形式であることが分かっている。

直接型とは、レーザーを直接物体に飛ばし、それが反射して戻ってくるまでの時間を計測するタイプのもの。シンプルで反応が速く、遠くまで計測するのに向いていることから、自動車向けなどはこちらの採用が多い。

しかし直接型LiDARは、あまりに光がすぐに戻ってくる範囲、すなわち近くで精度を出すのが難しい。そこを改善しようとすると、大型化しやすい。

そのため今のスマホ向けでは、「間接型」と呼ばれる仕組みが主流だ。これが先ほど「ToFセンサー」と表記したものだ。間接型は、何度か光を計測し、その位相差から距離を算出するもので、デジカメ用イメージセンサーの技術を応用して作れる。近くを高解像度でスキャンできるのが特徴だが、暗い場所や遠くの認識を狙うと消費電力が上がる、という欠点がある。

アップルはスピードや省電力化のために直接型LiDARを採用したのだろう。だが解像度も上げたい。そこで、いままでARKitで使ってきた画像処理での空間把握を組み合わせたのではないか。一見複雑だが、ARKitでくるんでしまえば扱うのは簡単になる。そうした「センサーフュージョン」的な利用が、新iPad Proの秘密ではないだろうか。

そう考えると、その方法論が、将来の「アップル製ARデバイス」に採用されるのでは……という気にもなってくる。

すなわち、新iPad Proは、「アップルのARデバイスに向けた開発機材」でもあるのだ。

【訂正】初出時、間接型のLiDARについて「計測にかかる時間と、データ処理の負荷が欠点と言われている」としていましたが修正しました(3月25日/編集部)

カメラ以外の進化は「OS」が中心、ストレージを含めた「コスパアップ」が美点

さて、では、カメラ以外はどうだろう?

正直なところ、ハードウエアに大きな変化はない。PCやMacでいえば「CPUを変えたマイナーチェンジモデル」に近い。Wi-Fi 6対応になり、LTEでの通信速度も上がったし、メインメモリーが6GB標準になったらしい(試用機材が1TBモデルであるため、それ以外については確かめていない)ことはあるが、逆にいえばその程度だ。

電源部。スイッチの位置やサイズはいままでと同じ
ボリュームもいままでと変わらず
SIMカードスロットも、nanoSIM用のものがついている。ピンでスロットを開けるお馴染みの形式
電源とインターフェイスはUSB Type-C

Geekbench 5でのテストを行なったが、CPUについてはほとんど変化がなかった。GPUは若干性能アップしているが、大幅なものではない。ちなみに、どちらの値も、同時に発表されたMacBook Airよりも大幅に大きい。もはや「MacBookよりiPad Proの方が性能が高い」のは珍しいことではない。

黒が新iPad Pro(12.9インチ)、白が2018年版iPad Pro(11インチ)のCPUベンチマーク値。ほとんど変わらない
黒が新iPad Pro(12.9インチ)、白が2018年版iPad Pro(11インチ)のGPUベンチマーク値。若干新iPad Proの方が上だ

むしろポイントは、「iPadOS 13.4が最初から入っている」ことかもしれない。

iPadOS 13.4は正式にマウス・タッチパッドへの対応が行なわれており、「PC的に使う」場合の操作性が大幅に改善された。

どんな風に快適になったかは、こちらも動画で見ていただくのが近道だ。

iPadOS TouchPadデモ

特に文字選択などのストレスが劇的に小さくなるので、「PC的にiPadを使う人」にはおすすめだ。今回は出荷前なので貸出が敵わなかったが、同時に発表された「Magic Keyboard」にタッチパッドがついたのも、このOSアップデートありきのことだろう。

ちなみに、これらの機能はマウスでも使えるが、「マルチタッチ対応タッチパッド」がもっとも向いている。なぜなら、指を三本同時にタッチするジェスチャーが使えるからだ。具体的には、「三本でタッチして上にスワイプ」してホームを表示すること、「三本でタッチして左右にスワイプ」することでアプリを切り換えることが便利だと感じた。

この辺は新型のiPad Proでなくても、iPadOS 13.4が動く機器ならどれでも享受できるメリットだ。そういう意味では、買い換えのモチベーションが下がる部分があるかもしれない。

だが、LiDARを使ったARの可能性を試したいと思う人は、ぜひ新しいiPad Proを選んでもらいたいと思う。また個人的には、プレゼンの取材中などにiPad Proで写真を撮ることも多いので、カメラの改善がありがたい。

やはりポイントは、「ストレージが増えて価格が下がった」お買い得さ、ということになるだろうか。最小サイズが128GBになり、1TBのモデルは最大で2万5,000円近く安くなっている。その点を考えると、カメラやARに興味がなくとも、「実質的な値下げ」と捉えて買う、という選択肢はアリなのではないだろうか。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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