西田宗千佳のRandomTracking
第472回
AirPodsが秋に“ソフトだけ”で進化、「空間オーディオ」「自動切り替え」に迫る
2020年6月25日 12:09
今回のWWDCでは、AirPods・AirPods Proの機能拡張についても発表された。その後の取材で、空間オーディオ機能を含めた詳細がわかって来たので、取り急ぎ概要をお伝えしよう。
「同じハードがソフトで進化する」のはPCやスマホ、ゲーム機でおなじみとなった要素だが、ついにヘッドホンについても、そうした部分が重要になりつつあることを、今回の発表は示している。
新機能は秋公開、iOS/iPadOS 14と「新ファームウエア」が必要
今回、AirPodsなどに追加される機能は意外と多い。「空間オーディオ」が注目されているが、実はそれ以外の進化も重要だ。
どの機能追加についても、対象は「iOS 14」と「iPadOS 14」。それに、ファームウエアのアップデートが必要になる。当然ながら、どのアップデートも無償だ。
基本的にはAirPods・AirPods Pro向けの機能だが、アップル傘下のBeatsの「Powerbeats」や「Powerbeats Pro」、「Solo Pro」でも使えるようになる。ただ、同じAirPodsでも、対象になるのは2019年3月に登場した現行製品である「第二世代AirPods」以降。すなわち、アップル独自のワイヤレスチップである「H1」を搭載した製品、と考えていい。
AirPods Proで実現される「空間オーディオ機能」とはなにか
まず、注目度の大きい「空間オーディオ」から行こう。空間オーディオは、基本的にAirPods ProとiPhone・iPadを組み合わせた時に使えるようになる機能で、映像の視聴を前提としたものだ。
現在は、多くのストリーミングサービスで5.1chや7.1chサラウンド、もしくはDolby Atmos対応のコンテンツが配信されてる。それらを視聴する際に「サラウンド」「空間オーディオ」を実現する。別にアップルのコンテンツやアップルのアプリでしか使えないわけではない。
デコード自体はiPhone・iPad本体で行なう。これはもはや珍しいことではなく、Androidでもハイエンドスマホでは「Dolby Atmos対応」が基本的な機能になって来た。
違うのは、「絵と音の位置を一致させる機能がある」ことだ。
AirPods Proには加速度センサーが搭載されている。これとiPhone・iPadの加速度センサーおよびジャイロセンサーを組み合わせて使う。
モバイルデバイスでヘッドフォンを使い空間オーディオを使う時の欠点は、「画面が水平かつ自分の正面にあるとは限らない」ことだ。楽な姿勢を保つためにデバイスを動かしても、通常、音はついてこない。音はヘッドフォンの位置を基準になり続けるので、「絵は自分の左にあるのに音は正面から出る」という形になる。主人公は画面の中にいるのにセリフは自分の目の前の何もない空間から聞こえたり、本来主人公の頭上で爆発するはずの爆弾の音が、主人公の斜め上にずれてしまったりするわけだ。
アップルはそれを避けるために、AirPods Proに内蔵されていたセンサーの情報と、デバイス側のセンサーの情報を組み合わせる。デバイスの動きを検知して、さらに首の動きも検知し、両方の動きから「常に音がディスプレイの方向から来る」ようにするのだ。そうすれば、ディスプレイが正面からちょっとずれた位置にあっても、音はちゃんと「ディスプレイの位置を基準に」鳴る。
実は、コンテンツが「ステレオ音源」であっても、この空間オーディオ機能を生かすことはできる。新しく用意されたAPIを使うと、ステレオでも「空間の位置」を再現できるからだ。その場合には当然、コンテンツの側が「ステレオ音源での空間オーディオ」としての利用を有効にしている必要がある。
どちらにしろ、現状は「絵と音の位置を一致させて臨場感を高める」機能と言ってよく、音だけで立体感を楽しむことは想定されていない。
なお、空間オーディオ機能は、AirPods Proの加速度センサーを生かしたものだ。これまで、AirPods Proの加速度センサーの存在は、公式には大きくアナウンスされてこなかった。しかし、今回は正式に公開され、iOS 14・iPadOS 14では、それをアプリから使うためのAPIも用意されることになった。iPhone・iPadの動きを検出する「Core Motion」フレームワークのAPIが拡張され、そこにAirPods Proの加速度センサーの情報を取得して生かす機能が追加された形だ。
これによって、AirPods Proをつけながらアプリを使った際に付加価値を追加できる。
例えば、フィットネスでの頭・体の動きを取り込んで活用したり、ゲームで頭の動きを操作に活かしたり、といった可能性がある。
さようなら「Bluetooth接続の切り替え」、アップル製品同士での「自動切り替え」を実現
もうひとつの大きな変化が「自動でデバイスを切り替える」機能だ。
複数のデバイスでAirPodsを使う人は多いだろう。AirPodsは「マルチポイント」対応ではないので、使うデバイスごとにBluetoothの接続を切り替える必要があった。
これは別にAirPodsだけの欠点ではない。Bluetooth対応ヘッドフォンは増えたが、複数のデバイスに同時に接続できる「マルチポイント」対応デバイスは意外と少ないものだ。
接続切り替えという点で、AirPodsはそれでも「優秀な操作性である」方だったと評価している。
多くのヘッドフォンでは、例えばスマホで使った後にタブレットで使う場合、まず一度スマホとのBluetooth接続を切った後、改めてタブレット側につなぐ必要がある。操作にはそれぞれのデバイスの「Bluetooth設定」まで入って、手で操作する必要があった。1つしかデバイスを使わないなら問題ないが、複数のデバイスでヘッドホンを使いまわす場合に面倒くさかったのだ。
AirPodsをはじめとした「アップル独自のワイヤレスチップ」を使ったヘッドフォンの場合、この作業は楽だ。新しく使うデバイスの側で「接続」を行なうと、自動的にそれまで使っていたデバイスとの接続が切れるようになっているからだ。同じような仕様は、その後ソニーなど複数のメーカーでも採用され始めているが、まだ少数派だ。
今回、アップルはBluetooth接続切り替えの問題をもっともっと簡単にする。操作を「ゼロ」にするのだ。
iPhoneで音楽を聞いたあとにiPadで映画を見るとしよう。その時に切り替え作業はいらない。AirPodsをつけていたら、iPadで映画の再生を始めるだけでBluetooth接続が自動的に切り替わるのだ。同じようにMacでビデオ会議を始めたとしても、操作を始めるとiPadからMacへ、Bluetooth接続が自動で切り替わる。Apple Watchをつけてジョギングに出かけるとき、Apple Watch単体で音楽再生を始めると、今度はApple Watchに接続が切り替わる。
実はこの機能、初お目見えではない。iPhoneとApple WatchでAirPodsを使った時には、この「シームレスな切り替え」が今でも実現されている。iPhoneで音楽を聴いたあと、Apple Watchで音楽再生をすると、なにもしていないのにAirPodsの方へと接続が切り替わっているのに気づくはずだ。
実は今回のこの機能、iPhoneとApple Watchで実現されていたものを「アップル製品全体」に広げたものなのである。
どのくらいの切り替え精度になるかなどは、実際に試してみないとわからない部分があるが、本当にこれがすべて実現するならすごいことだ。Bluetoothヘッドフォンの常識を変える簡単さ、と言っていい。アップル製品同士だと接続する相手が限定されているし、ユーザーがどの製品同士をペアリングしているか、という情報もわかっているので、他のメーカーよりも実現しやすい土壌にあるのは間違いないのだが。
この自動切り替えはAirPods Proだけでなく、「第二世代AirPods」、「Powerbeats」や「Powerbeats Pro」、「Solo Pro」でも使える。冒頭で述べたように、本機能は「H1チップ搭載のアップル系ワイヤレスヘッドホンで使える」と考えればいいだろう。
細かいことだが、同時にAirPodsのバッテリー残量通知機能も改善される。バッテリー残量が残り少なくなると、iPhoneやiPad側に通知が出るようになったようだ。
聴覚に対するハンディキャップへの対策を強化
最後にもうひとつ機能を紹介したい。こちらは初代AirPodsやiPhone付属のEarPodsでも使える。
聴覚にハンディキャップを持っていたり、加齢によって聞き取りづらくなっていたりする人がヘッドフォンを使う際に、音のチューニングができるようになっているという。どのチューニングも「設定」の「アクセシビリティ」から行なう。
具体的には、音量や音の高さなど、複数の条件を実際にヘッドフォンから流して提示し、「どれが聴きやすかった」というユーザーの選択に合わせて音をカスタマイズする。これによって、高い音が聞き取りづらい人・低い音が聞き取りづらい人・小さな音が聞き取りづらい人など、各人の状況に合わせて音を調整する。
また、AirPods Proの場合には、外音取り込み機能を生かし、周囲の音に対して人の話し声などが聞きやすくなるように設定できるようになるという。