本田雅一のAVTrends

第196回

AirPods Proのノイズキャンセル性能は衝撃的。ソニーWF-1000XM3との違いは?

アップルのイヤフォンAirPodsの上位機種として「AirPods Pro」が発売された。iOS 13.2とともに用いることで、外音取り込み機能付きアクティブノイズキャンセル機能が使えるのが大きな特徴だ。Apple Store価格は27,800円。既存のAirPodsやBeatsのアップル製チップ搭載モデルと同様に、着信メッセージの読み上げ機能なども利用できる。

AirPods Pro

価格帯や機能を考慮すると市場でのライバルはソニーの完全ワイヤレス「WFーX1000M3」となるだろう。製品の機能などは、すでに本誌レポートで紹介済みだが、アウトラインに触れるとともにノイズキャンセリング性能や音質、使いやすさなどもふくめ、総合的な実力比較に関しても言及していきたい。

先に評価の結論を書いておくが、beatsのノウハウも導入されているのか、初のノイズキャンセリングイヤフォンとしては極めて能力が高い。厳密な比較はしていないが、一般的なカフェや駅構内といった環境で、ライバルを凌ぐノイズ低減効果を感じた。

しかし、もっとも驚かされたのは“外部音取り込みモード”の素晴らしさだ。同様の機能はソニーも導入しているが、その効き方はまるで違う。まずはAirPods Proを、単なる優れたノイズキャンセリング付きイヤフォン、単なる高音質ワイヤレスイヤフォン以上に特徴付けている、外部音取り込みモードについてから話を進めたい。

この機能が優れているからこそ、それ以外の特徴 ──自然な装着感や片耳を外したときのポーズモードなど── も、より生きてくるからだ。

コントロールセンターから、AirPodsの設定画面で調整

圧倒的に自然な“外部音取り込みモード”に感心

AirPods Proでもっとも感心した、そしてライバルに対して進んでいると感じたのは外部音取り込みモードだ。同様の機能はソニーなども導入しているが、実際に使ってみると思いのほか、不自然な印象を受けたため個人的には活用していない。

ところが、AirPods Proの場合は”装着していない”場合と、かなり似た聞こえ方になるのだ。聞こえてくる周囲の音量や音場感が現実に近く、方向感も損なわない。

充電ケースに収納した状態

AirPods Proは片耳を外すと、これまでのAirPodsと同じように音楽が一時停止するが、同時に装着側は外部音取り込みモードへと自動的に遷移する。そうしないと、装着側だけノイズキャンセリングがかかって不自然になるだけではなく、誰かと会話をしたいときに聴きづらいときもある。ちなみにソニーWF-1000XM3はノイズキャンセリングがかかったままになる。

ソニーのWF-1000XM3

この機能(片耳を外すと反対側が外部音取り込みモードになる機能)は、特にアップルが強く訴求しているわけではないため、気づかずに使う人がほとんどだろう。実際のところ、片方は未装着、片方は外部音取り込みモードであるため、左右アンバランスになってもおかしくないのだが、違和感をほとんど感じない。

一方でソニーの外音取り込みモード(微妙に名称が異なる)は、周囲の音をどこまで取り込むか?あるいは音声帯域のみを聞こえるようノイズキャンセリングの周波数特性を変えるか?といったオプションが存在するが、AirPods Proにそうした機能はない。

しかし、個人的にはそうした周波数特性やノイズキャンセリングのレベルを切り替えるよりも、シンプルに“装着していないときに近い雰囲気”を再現してくれる方が心地よいと感じた。心地よく、ほどよく外部音取り込みモードが動作してくれれば、レベルをアプリで細かく調整するよりも、シンプルにオンとオフを切り替えられる方が使いやすいと思うからだ。

その点、AirPods Proは軸部分の圧力センサーを長押しするだけで外部音取り込みモードとノイズキャンセリングモードが切り替わるため、電車から降りるときなどに手軽に切り替えることができる。

また、この外部音取り込みモードを自然に使いこなせることが重要な理由は、これによってAirPodsなどが開拓してきた“ヒアラブル”と言われる製品ジャンルとして捉えたときの本機の使い方が、より一歩進むと思うからだ。

進化した“ヒアラブル”コンセプト

AirPodsは登場すると間もなくワイヤレスイヤフォンでナンバーワンの売上を記録し、現在はすべてのヘッドフォン商品の中でもトップの製品になった。完全ワイヤレスステレオ(TWS)最大のヒット商品となったのはもちろん、業界内に“ヒアラブルデバイス”というジャンルを生み出した。

ヒアラブルデバイスとは音楽を楽しむだけに止まらず、耳に装着したままスマートフォンの機能を使いこなすための音声デバイスのことをいう。AirPodsはシリコンやウレタンフォームのパッドを使わず、周囲の音を遮断することなく、音と音声でのコミュニケーションをスマートフォンとユーザーの間にもたらし、長時間の使用でも快適といった特徴がある。

ヒアラブルという言葉はアップル自身が訴求しているわけではないが、AirPodsが登場以来、さまざまな製品が投入されてひとつのジャンルを形成している。ソニーのXperia Ear Duoやambieといった、周囲の音とスマートフォンからの音をなじませるタイプのデバイスは、純粋に音楽だけを楽しむデバイスとは異なるが、これらもヒアラブルデバイスの一種と言えるだろう。

だが、“周囲の音とスマートフォンの音を馴染ませる”デバイスは、いわば遮音性をあえて捨て、音に指向性を持たせて音漏れを最小限に抑えながら音楽を楽しむというコンセプトであり、雑音を低減して没入感を得るノイズキャンセリング機能とは相容れない。

ところが、AirPods Proは外部音取り込みモードを徹底して自然な雰囲気に仕上げることで、ひとつのデバイスでノイズキャンセリング機能とヒアラブルデバイスとしての要件を満たしてしまっているのだ。

ノイズキャンセリング能力と装着感の両立

そしてアップルはAirPods Proで、もうひとつ相反する要素に挑戦、克服していた。

それは軽快な装着感と高いノイズキャンセリング能力の両立だ。

ノイズキャンセリングイヤフォン/ヘッドフォンは、装着すること自体の遮音効果と、イヤフォン内外のマイクから拾った音の成分を用いた信号処理でノイズを打ち消すアクティブノイズキャンセルを併用して雑音を低減している。

このため耳栓的な不快感が避けられない。先に挙げたヒアラブルデバイスは、いずれも長時間装着しても不快にならないよう工夫されているが、密閉しなければならないとなると話が変わってくる。

AirPods Proの場合、イヤーピースが浅く柔軟性が高いことに加え、耳道の形状と角度に合わせて楕円形に仕上げてある。“耳からうどん”と揶揄されたデザインだが、この“うどん部分”があることで、耳道に合わせた楕円イヤーピースの角度を探ることなく、サッと装着可能だ。

左がAirPods(第1世代)、右が新しいAirPods Pro

しかもシリコンのイヤーピースは最小限の深さにとどめているにも関わらず、軽さ(5.4g、WF-1000XM3は8.5g)とフィット感の良さ、それにマスの集中(質量がコンパクトに集中していること)が相まって脱落の不安感も一切感じない。AirPodsはランニングで使うと落としてしまうことがあったが、本機ならばその心配はなさそうだ。

その上でノイズキャンセル能力は、業界最高峰のソニーWF−1000XM3を上回っているように感じる。AirPods Proにはイコライザ機能、高域を補完するDDSE EXといった機能はないが、近年のソニー製アクティブノイズキャンセル技術の特徴であろう、高い周波数帯まで伸びたキャンセリング効果はほぼ同等で、さらにキャンセリング効果だけ高めているという印象だ。

本体やイヤーピースのコンパクトさを考えると、この効果の高さは衝撃的ですらあるが、ここでもうひとつ付け加えておきたいのが、外耳道に圧迫感がないことだ。

イヤーピースで遮蔽はしているものの、筐体背面に空気が抜けるポートが配置されており、外耳道の圧迫感がない。

イヤーピースを外した状態

最後にもうひとつの驚き

一方でWF-1000XM3に軍配が上がる部分もある。それは音質。

AirPods Proは実にアップルらしく優等生で“嫌な音”を感じさせない作りだ。高域の刺激も少なく、必要以上に低域を強調することもない。長時間聴き続けても付かれることがなく卒のない音質である。

イヤフォンは装着状態や外耳道の形状などにより、ひとによって聞こえ方が変わるものだが、AirPods Proはノイズキャンセリングにも使っている内部マイクで拾った音と再生音を常に比較し、補正するようフィードバック制御をかけているため、設計値通りの音が出てくる。

しかし、中低域のハリや高域の情報量はWF-1000XM3の方が上回っており、特にエネルギッシュな表現は表現力が高いと感じた。これは、あるいはノイズキャンセリング能力とのバランス取りなのかもしれない。

ドライバユニットの能力をノイズを打ち消す力に割り振ると、どうしても低域のボリューム感は出しにくいからだ(あくまで推測なので、アップデートなどで変化するかも知れない)。

なお、両機種ともノイズキャンセリング時もオフ時も、ほとんど音質が変化しない点は同じでとても優秀だ。

詳細な種明かしはしてもらえないため、どういう仕掛けなのかはわからないが、レイテンシーの小ささにも驚かされた。iPhoneとAirPods Proの間はAACで接続されているのだと思うが、一般にAACでの接続では送り出しから出音までの間のラグが大きい。

iOSにはこれを克服する仕掛けが盛り込まれているため、動画再生時などにリップシンク(口の動きとセリフのタイミング)がズレることはないが、ゲームなどでは如実に遅れを感じるものだ。ところが、AirPods Proでは体感的にレイテンシーを感じることがない。

体感どころか、本機でモニターしながらGarage Bandなどでベースラインを打ち込んだり、タイミング系のゲームを遊んでも遅延を感じないぐらいだ。何らかの仕掛けがiOSとの間にあるのだと想像しているが、もはやレイテンシーと音質を両立させるために、aptXの有無を意識する必要は(少なくともアップルのプラットフォームとデバイスでは)なくなったのかもしれない。

各種設定やモードの切替はiOSと完全に統合されており、ペアリングするまでに必要な画面タップはわずかに1回のみ。圧力センサーやモーションセンサーを用いた本体操作も洗練されており、「Hey Siri」は声だけではなくモーションセンサーによる顎の動き検出までを含めて反応するようになっているという。

ペアリングした状態でのiPhone画面
iOSのBluetooth設定に、AirPods Proの設定画面も統合されている

ここまで完成度が高いとは想像していなかったが、一方で極めてタイトにiOSデバイスと統合されているため、Android端末との組み合わせでは体験の質がやや落ちる。レイテンシー対策はそのひとつだが、問題はファームウェアアップデートがiOSデバイスからしか行なえないことだろう。ただ、ほとんどの操作やモード切り替えはAirPods Proから行えるため機能的な問題はない。

完全ワイヤレス(TWS)市場は実売で5,000円以下、1万5,000円以下、2万5,000円(あるいはそれ以上)と、概ね3つの市場に分かれているが、2万円を超える製品はAirPods Proを市場におけるベンチマークとせざるを得ないだろう。

本田 雅一

PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。  メルマガ「本田雅一の IT・ネット直球リポート」も配信中。