西田宗千佳のRandomTracking

第473回

メガネの人も快適視聴! QDレーザに聞く「網膜投影ディスプレイ」の可能性

QDレーザの網膜投影ディスプレイ「RETISSA」シリーズの最新モデル「RETISSA Display II」

ARやVRなどの登場もあり、「四角い板の形をしていないディスプレイ」の出番も増えてきた。今回取材したQDレーザが作っている「RETISSA」シリーズもそのひとつだ。

RETISSAは、網膜上にレーザーを当てて像を作る、いわゆる「網膜投影ディスプレイ」。最大の特徴は、目が映像を感じる網膜の上に直接像を結ぶため、視力調節能力低下の影響を受けにくいことだ。要は、近視や遠視、乱視、老眼など「メガネやコンタクトを必要とする視力」であっても、メガネを使うことなく、すっきりとフォーカスのあった映像が見れる、ということだ。

今回は同社にお邪魔し、開発中の機材を含めた最新の状況を聞いた。お話を伺ったのは、QDレーザ 視覚情報デバイス事業部の手嶋伸貴氏、宮内洋宜氏、佐藤広明氏だ。

今回お話を伺った、QDレーザの手嶋伸貴氏(中央)、宮内洋宜氏(右)、佐藤広明氏(左)

レーザー光源を使って「目の網膜」に映像を投影

まず、QDレーザのRETISSAがどういう仕組みかを解説しておこう。冒頭でも述べたように、RETISSAは眼球の中にある網膜に映像を投影するディスプレイだ。RGB三色のカラーレーザーを発振し、それをMEMS(Micro Electro Mechanical Systems:半導体製造技術で作った微細な機械部品)で作られたミラーによって反射させたのち、さらに目に導くよう反射し、網膜へと導く。液晶やOLEDのように平面で構成されたディスプレイではなく、CRTと同じく光線を「走査」して照射し、網膜では面として感じさせる。同社はこれを「ビジリウムテクノロジー」と呼んでいる。

RETISSAで使われている、網膜へと映像を投影する技術の模式図
QDレーザが公開しているビジリウムテクノロジーに関する解説動画

実機はどうかというと、ディスプレイが搭載された部分は意外とコンパクトだ。現状は片目のみデバイスが搭載されているが、重量は約40g。一般的なHMDよりはもちろん軽く、初期的なモデルが出始めているスマートグラス関連機器の中でも軽い方に入る。

とはいえ、処理とレーザー発振のすべてをグラス側に入れるのは無理がある。そのため、スマートフォンと同じような大きさの「コントローラ部」があり、こちらを接続しておく必要がある。

ディスプレイが内蔵された「プロジェクタ部」は、大きめのサングラスくらいのイメージ。ディスプレイ部は右側にのみある。重量は約40g
プロジェクタ部だけでは表示はできず、処理系・電源などが組み込まれた「コントローラ部」もある。こちらは大柄なスマホ、といった印象。重量は約260g

写真の製品は「RETISSA Display II」で、同社の網膜投影ディスプレイ製品としては第二世代で、今年の2月より発売している。価格は29万8,000円。「高い!」と思われただろうが、その辺には今回、工夫もうまれる。その内容は最後に触れることとしよう。

近視でも老眼でも怖くない! 視力に影響されない「スッキリ表示」が特徴

では、RETISSAがどういう特性を持つディスプレイなのか、実際に試した感覚から文章化してみよう。

RETISSA Display IIは、スペック的に言えば「投影画像のアスペクト比は16:9、画角26度で、有効表示画素数は720p相当。色再現性は256階調」のディスプレイだ。VRやAR用に出ている他のディスプレイに比べるとスペックが高いわけではない。

だが、実際に見るとスペックとはまったく違う価値があるのがわかる。冒頭でも述べたが、網膜に直接投影するので、視力にほとんど左右されないのだ。

筆者は日常的にメガネを使っている。本質的には乱視だが、最近は近視の度も入ってきて、さらに老眼もある。一般的な視力で言えば0.3くらいだろうか。遠くを見る時にはメガネがないと怖い。

そういう筆者が見ても、映像には全くぼやけなどがない。むしろ、他の方式よりもずっとスッキリしていて「直接ドットを見ている」かのようだ。視力に依存しない、というのはこういうことか、と感じる。

一般的なVR用HMDの場合、レンズでディスプレイの映像を歪ませて視野の広さを実現する関係から、視野の中心から離れるほど映像は歪みやすい。一般的にARグラスに使われているディスプレイはLCOSやDLPの映像をさらに光学的な機構によって目に導く。小型化はされているが、RETISSAのようにクリスプで鮮明な映像ではない。RETISSAはARのようなシースルーではなく、VRと同じように「暗い中に映像を表示する」デバイスなので、その点も異なる。

視野の課題については解決策もある。それはこちらのデバイスだ。

「RETISSA OptHead」。別売のレーザープロジェクターと組み合わせて、のぞきこむ形のディスプレイを実現するためのものだ。

今年の3月から、同社は「RETISSA OptHead」という製品を、ケイエスワイが運営するRaspberry Pi Shopを通じて展開している。これはメガネ型ではなく、覗き込んで使うタイプのディスプレイ。別途販売されているレーザーを使ったピコプロジェクタのキットと組み合わせることで、HDMI入力の映像を視聴できる。

視野が「60度」と大きく、映画の視聴などにも向く。ピコプロジェクタの性能として実効解像度が720pであることに変わりはなく、若干ドットとドットの間に隙間が生まれてしまうのだが、そこが「ボケて滲まない」のも、RETISSAらしさと言える。スッキリとした映像と「視力に依存しない」体験は面白い。「のぞく」という形である以上、映画を長時間これで見るのは難しいが。

筆者がのぞいてみたところ。こんな感じに。コンパクトだがこれでも網膜投影体験はできる。なお、写真のようにプロジェクターを収めるケースは非売品で付属しない。

なにより、これは安価なのがいい。「RETISSA OptHead 60」が1万8,700円、専用の「HD ピコ レーザー プロジェクター 自作キット for Pi」が1万8,150円(どちらも税込)なので、3万6,850円で網膜投影体験ができることになる。

キットの形で、ケイエスワイが運営するRaspberry Pi Shopで販売されている

もちろん課題はある。

最大のポイントは、「いかにうまく視野に合わせるか」だ。瞳孔の中心というスイートスポットを通す必要があるため、ちゃんと見える位置に持ってきて、それを維持する必要がある。

また、レーザーが遮られるのにも弱い。例えば、まつげが長い場合、光路に重なることで光が遮られ、像の一部が欠ける。実は筆者がそうだ。まつげが長めで先端が視野の中央に被さることがある。非常に細いので他の技術では気にならないが、RETISSAでは課題となる。

ただこの「まつげ」問題も、RETISSA Display IIに使われている第二世代のデバイスでは、ビーム品質のチューニングによって干渉が大幅に減り、かなり見やすくなっている。

カメラとの組み合わせで「人の視覚の拡張」も

現状のRETISSAのビジネス状況はどうなっているのだろうか? 手嶋氏は次のように説明する。

手嶋氏(以下敬称略):B2Bビジネスからスタートしているのですが、出だしは悪くない状況です。現状、周知と価格と需要のバランスをどう取るかが問題ですね。B2B案件では「現在進行形の課題をどう解決するのか」という観点から導入を検討する方々が多いため、現状は文字の見やすさ、軽いことやピント合わせが不要なことなどを評価しいていただいている状況です。作業支援などの目的での検討が中心で、ようやく用途が広がりつつあるところです。

そもそも、RETISSAは主要な用途として「視力の補助」を置いていた。すでに述べたように、RETISSAは視力にほとんど依存しない。だから、視力が衰えた人の補助には役立つ。

次の写真のデバイスは、RETISSAの初代モデルを使い、視力補助を目的に作られたものである。ゴーグルの中央にカメラが内蔵されており、これで周囲を見る。カメラにはオートフォーカス機能も内蔵され、さらに、視野の中をデジタル処理で2倍縮小・2倍拡大ができるようになっている。その仕組み上、一般的な拡大鏡のように「近くを見やすくする」用途にチューニングしてはいないが、ちょっと拡大するくらいなら可能だ。医療関連分野を担当していた宮内氏は次のように現状を語る。

視力の補助を目的に開発されたモデル。ゴーグルの中央にカメラがあり、そこを通して映像が見える
QDレーザ提供による、見え方のシミュレーション。視力が弱い人も周囲を鮮明に見たり、一部を拡大して見たりできる

宮内:もともとこの製品は、視覚支援を目的とした用途からスタートしています。しかしメディカル領域は許認可やビジネス化までに時間がかかることから、先にディスプレイとして展開した経緯があります。メディカル領域への展開も、遠くない時期に進められる目処はついてきました。

本来民生用にはカメラはオプションだったのですが、いろいろなことに使えることがわかってきています。民生とメディカルがオーバラップするところ、しないところもありますが、事業の可能性が広がると考えています。

カメラを使った「視力の拡張」という領域の追求として、試作されたのが以下のモデルだ。こちらはRETISSA Display IIをベースに、シンプルにイメージセンサーを取り付け、別途処理系をケーブルでつけている。

最新の試作機の1つ。カメラの軸とディスプレイが目に光を入れる軸の位置を合わせて、「映像を見ながら作業するとき」の視野を実際の目のものと同じにして、違和感を減らしている

メディカル分野向けのものとなにが違うのかといえば、「カメラの軸と目の軸が合っている」ことだ。これはさらに一体感がある。カメラの軸とディスプレイの軸を合わせた上で、位置補正してカメラから得られた画像を切り出し、表示して見せる機構を持っている。

ゴーグルの中央にカメラがあるものは、デザイン的には優れている。一方で、ディスプレイの位置=目の軸とカメラの軸はどうしてもずれているので、見えている場所が「少し違う」感じがする。かなり遠くなら問題ないのだが、手が届く範囲だとずれが気になる。

慣れればどうということはない、という言い方もできるが、ちゃんとずれがない試作機と比較してみると差は大きい。現在の試作機にはオートフォーカスやズームの機能がないが、それらを追加すれば、「視力が弱った人間が、肉眼でも厳しいような作業を拡大表示しながら手元で行なう」ということが可能になる。これはまさに「身体拡張」と言える。

開発を担当した佐藤氏は、開発の経緯を次のように説明する。

佐藤:軸を合わせればもっと良くなる、という発想は、以前からありました。そこで開発したのがこの試作機です。LCOSなどを使う場合、多少ずれていても「見えてしまう」が故に、使っていると違和感が出ますが、RETISSAの場合、ちゃんと目とディスプレイの位置を合わせるため、より自然な位置関係になります。

実際には、カメラのセンサーの位置と網膜の位置で、目玉2つ分くらい「前後」にずれがあります。ですから本当に目の前に何かを持ってくるとずれを感じると思うのですが、普通の使い方ならば、特に問題にはなりませんでした。

処理系はRaspberry PIで動いていて、そんなに重いものではありません。なにより、処理系を外に出したということは、ソフトウエアでいろいろなことができるようになる、という点が大きいでしょう。

初代モデルのディスカウント販売と「低価格体験サービス」で可能性の開拓を目指す

佐藤氏の試作機が示すように、RETISSAにはまだまだ色々な可能性がある。ディスプレイとして「完成品」を求める人にはまだ難点があるが、これを使って色々なことをしよう……と考える、いわゆる「Makers系」の人には魅力的なのではないだろうか。

今回取材をすることになったのも、そこと関係がある。

RETISSA Display IIは高価で、「ハックするために買う」「体験して確かめるために買う」にはなかなか厳しい。低価格ソリューションとして「RETISSA OptHead」があるものの、本道はやはりメガネ型デバイスでもある。

同社では、初代RETISSA DisplayとRETISSA Display IIの体験を目的に、低価格でのレンタルサービスを7月3日より開始する。

初代モデルは同社経由で一週間500円(税込・送料込み。返送時送料は自己負担)。RETISSA Display IIは家電レンタルサービス「Rentio」を通じて、3泊4日9,980円~(税込)、という形で提供される。

また、初代モデルについては、7月23日より、「モニター販売」として9万9000円(税込)で販売する。もともとRETISSA Displayは65万7800円で販売されていたので、大幅な値引きだ。

こうした計画を経て体験者を増やし、網膜投影ディスプレイの可能性を模索していきたい……というのが同社の狙いだ。興味があれば検討してみてはいかがだろうか。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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