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第511回

新MacBook Proは“バッテリでも全力”。月480円Voiceプランの狙い

アップルのティム・クックCEOは、「今回は音楽とMac」がテーマと説明した

アップルが新しいMacBook Proと、新しいAirPodsを発表した。AirPodsは当然だが、MacBook Proも、AVには縁の深いアップデートとなっている。

そこで、AVメディア的な視点で今回の発表内容を改めて解説してみよう。

プロの要求に応える「高性能M1世代」

MacBook Pro

やはり注目は「MacBook Pro」かと思う。プロ向けにふさわしい性能を備えた「Appleシリコン世代Mac」だ。

新MacBook Pro。14インチと16インチの2サイズがあり、カラーはシルバーとスペースグレイの2種類だ

もっともスペックの高い「M1 Max」搭載のモデルだと、6KディスプレイであるPro Display XDRを3台、さらに4Kディスプレイを1台接続できる。

M1 Max搭載モデルでは、6Kディスプレイを3台、4Kディスプレイを1台搭載可能なリッチさに

不可逆映像圧縮フォーマットである「ProRes」のアクセラレータをSoC内に備え、トランスコードのパフォーマンスは最大10倍になった。ProResはハードウエアエンコーダがあるくらい重く、2019年発売のMac Proでも「Afterburner」というアップル純正のアクセラレータ・カードが用意されていたほどだ。だが、それももはや不要になる。

M1 Pro/Maxには「ProRes」のアクセラレータなどが搭載され、編集作業の高速化が期待できる

特に性能が上がったのはGPU周りだ。2年前のインテル版MacBook Pro(16インチモデル、GPUとしてRADEON Pro 5600Mを搭載)に比べ、M1 Max搭載版ならば「4倍」の性能になるという。

16インチ版での比較。過去のインテル版に比べ、GPU速度は4倍になった

開発者が言うように「人生を変える」ほど性能が高いかは触ってみるまでわからないが、「プロ向けのMac」に期待されるだけの性能を備えていることを期待しても良さそうだ。

狙いは、バッテリーでも全力を出せる「性能と消費電力のバランス」

今回アップルのいう「性能」とはどういうものか? 簡単に言えば、それは「バッテリーでもフルに性能を出せる」もので、さらに「プロらしい能力がある」ということのようだ。

CPUについてはM1に対して性能重視コアの数を増やす対応がなされており、その分性能が上がっている。とはいえ、GPUの性能向上に比べれば小幅といえる。GPUは最大32コアになったため、M1からのジャンプアップが大きい。

CPUコアは10個で、性能重視コアが8つになった。これはM1 ProもM1 Maxも同じ
GPUは特にM1 Maxが強化されており、GPUコア数は「32」と多い。

アップルが発表会の中で強調したのは、「同じ処理をした時の消費電力の小ささ」だ。

CPUでは「同じ処理で70%消費電力が小さい」、GPUでは「100W消費電力が低い」「バッテリーでも性能が下がらない」ことをアピールした。

アップルのプレゼン資料によれば、CPUは8コアのノート向けチップに比べ「70%消費電力が小さい」という
同じくアップルの資料より。M1 MaxとハイエンドのdGPU搭載機を比較した場合、同じ処理では100W、消費電力が低い
PCの場合、バッテリー動作だとGPU性能を落とす場合が多いのだが、M1はPro/Maxともに、バッテリー動作でも性能は変わらない

消費電力の低さは発熱の低さにもつながる。今回の製品は、14インチと16インチでは、ディスプレイやバッテリー動作時間以外の差が小さい。これも、放熱のために大きなボディを用意する必然性が薄いことを示している。

消費電力が低い=発熱が小さいということで、ファンも静かだとアピール

グラフを見る限り、トップパフォーマンスではM1 Proはもちろん、M1 Maxでも、Windows系でトップクラスの性能のものには敵わない可能性がある。だが、消費電力が抑えられ、「バッテリー動作時でも同じように性能を出せる使える」ということは、確かに魅力だ。現行のM1搭載マシンも、そこが特徴ではあるからだ。そのまま高性能になる、と思えばいい。

ダイサイズが大きくなっている以上消費電力は相応に上がっているはずなので、その分はバッテリー搭載量を増やすことでカバーしている、と考えられる。

左から、M1・M1 Pro・M1 Max。GPUコアを増やし性能向上した分、ダイサイズはかなり大きくなった。その分消費電力は上がる

ただし、ここまで性能が上がっても、重要なのは「どんなアプリで使うのか」という点。ビデオを含むクリエイティブ系アプリは揃っているが、ゲーム・3D・VRなどでは、WindowsとMacの差は大きい。現状、そこがすぐに埋まるとは思えず、「比較はわかるが選べない」という人もいるだろう。

自社のクリエイティブツールで、M1 Pro/Maxの性能を活かすことをアピール。ただ重要なのは、ゲームも含めた「今Macには弱い」点の強化だろう

SoCがプロは2種類、エントリーは1種類である理由

やはり予想外だったのは、「プロ向け」で「M1 Pro」と「M1 Max」という、2つのSoCを作ってきたことだ。

M1 ProとM1 Maxという2種類のSoCを用意してくると予測していた人は少ないのでは。

だがこれも、冷静に考えると納得がいく。

プロ向けでは性能が重要だ。しかしプロ向けといっても、人や仕事によって、出せる費用と必要な性能はまちまち。エントリーモデル以上に幅がある。

同じ「MacBook Pro」でも、M1を使う13インチ版(2020年末発売)と14インチ版の「M1 Pro搭載版」、「M1 Max搭載版」ではかなり価格が違う。

M1/13インチ版が14万8,280円からであるのに対し、M1 Pro/14インチ版は23万9,800円から。M1 Max/14インチ版は36万5,800円からで、それぞれ10万円単位の値段差が生まれている。

13インチモデルと新しい14インチ・16インチモデルとでは、インターフェース数やSDカードの搭載などの違いもある。「インターフェースが欲しい」「少しでも性能が欲しい」「でも最高性能でなくていい」というニーズを満たすには、あえてSoCを上下で分ける方がいい。

というよりも、「上」を作るにはM1 ProよりもGPUコアを増やす必要があり、その結果として、ユニファイドメモリーの量やバスの帯域も必要になる。結果として、1バリエーションで無理をするより、価格レンジを分けてでも2バリエーションに……ということになったのだろう。

400Gbpsという高速なバスでユニファイドメモリを使い、570億ものトランジスタ数であり、GPUだけで32コアもある巨大な「M1 Max」は当然高価なものになる

M1はエントリーなので、コストパフォーマンスが重要。そうなると、バリエーションを増やすよりも同じものをできるだけ多く作るアプローチの方がいい。

M1は性能の低いプロセッサーではない。プロ向けのハイエンドモデルであった、インテル版のMacBook Proと同等以上の性能を持っている。

M1 Pro/Maxを使った新MacBook Proが性能的に注目されることで、逆に、グッと安価な「M1版Mac」のコストパフォーマンスの良さが目立つ結果にもなっている。

ディスプレイはiPad Proに続き「ミニLED」、そして悩ましい「ノッチ」

フルリニューアルに伴い、ディスプレイが変わったこともAV的には重要だ。iPad Proに続きミニLEDになったことで、HDRでの画質や黒の締まりは良くなっているはずだ。

フルスクリーンでのピーク輝度や、HDR時の輝度がiPad Pro(12.9インチモデル)と同じである点を考えると、画質傾向も近いと思われる。これはコンテンツを見るにも、ビデオを編集するにもプラスである。

ディスプレイはミニLEDに。スペック的には12.9インチiPad Proのそれに近い。

進化点としては、120Hzまでの可変フレームレートに対応したため、消費電力の最適化が期待できるというところだろうか。

ちょっと気になるのは、ディスプレイの上部に「ノッチ」ができたことだ。まさかMacにもノッチができるとは思わなかった。

Macのディスプレイにもまさかのノッチ

正直歓迎できる要素ではないのだが、これは「狭額縁化」と「カメラの高性能化」のバランスの結果かと思われる。カメラの高画質化は、ビデオ会議が増えた今は重要なことであり、良いことではある。狭額縁化も大切なトレンドだ。……が、慣れるまで気にかかりそうなのは間違いない。

まあ、Macの場合、一番上は「メニューバー」なので、ノッチもその部分に収まる。特にダークモードだと目立ちづらいだろう。それで良しとするか、しないかは判断が分かれそうである。

Macは最上段がメニューバーなので、ノッチも邪魔になりにくい……と言えるのだろうか。ダークモード推奨なのは間違いない

全体的に、今回のMacBook Proは昔に戻ったようだ。MagSafeとHDMI、SDカードスロットが復活し、Touch Barから物理キーボードになった。「良くなるから、それらがなくなったのでは」というツッコミもしたくなるが、求めている人が多かったものを復活させるのは悪いことではない。

インターフェースは「増えた」というより「復活」。アダプターが不要になったのはプラスではある
さようならTouch Bar。物理キーの方がやはり評判は良いようだ

その辺の使い勝手も含め、実機に触れるのが色々な意味で楽しみだ。

空間オーディオのために進化した「第3世代AirPods」

さて、話を音楽に切り替えよう。

今回の話題は、AirPodsがついにフルリニューアルし、「第3世代」になったことだろう。

第3世代AirPods。ノイズキャンセルではないが、デザインはAirPods Proに似てきた

AirPodsは2019年に「AirPods Pro」が出たタイミングで、大きく技術世代が変わっている。無線充電に適応的な音質チューニング、モーションセンサーの搭載など、あの時期として、AirPods Proは非常に野心的な製品だったと思う。

その設計を低価格なモデルに落としていくのは必然であり、第3世代AirPodsは、実質的に「ノイズキャンセルのない、普及版AirPods Pro」と言える。音質がどうなったか、チェックするのが楽しみだ。

第3世代AirPodsが必要だった背景には、Apple Musicが「空間オーディオ」を差別化要因としていることが大きい。従来のAirPodsはモーションセンサーを搭載していないので、ヘッドトラッキングを使った空間オーディオ効果の向上が使えない。ハイエンド2機種だけでなく、最も売れるであろうメインストリームに入れていくのは必然だ。

Apple Music Voiceプランは「廉価版でありAmazon対応」

空間オーディオがアップルの武器だと考えると、ちょっと不可解に思えることもある。

Apple Musicの新しいプランである「Apple Music Voiceプラン」では、空間オーディオやハイレゾが使えないからだ。

Apple Music「Voiceプラン」。日本でもこの秋、月額480円でスタートする。
Apple Musicのプラン一覧。Voiceプランは安いが、空間オーディオや楽曲ダウンロードが使えず、アップル製品以外でも聴けない

なにができてなにができないかをチェックすると、このプランは実質的なロープライスプランであることも見えてくる。なにしろ価格は、通常の半分である「月額480円」だ。

安くするために武器を削って差別化した……というのは1つの事実なのだろう。だが、実際にはもうちょっと別の狙いがある。

それはやはり、「Voiceプラン」という名前からわかる。

このプランに合わせ、アップルは「Siri」からの音楽再生機能を拡充する。

まず、声から呼び出すプレイリストを一気に増やす。「リラックスしたい時」などなら今でもあるが、もっともっとバリエーションを増やすようだ。例えば「帰宅中」とか「スパで聞く」とか「読書中」とか、「現実逃避する時」といった風にだ。それによって、音声で再生をしやすくする。

契約していない人が「声の命令だけで無料体験できるようにする」のも大きい。要は「音楽を再生して」というと、「音楽がありません」ではなく、「7日間の無料体験」になるわけだ。

この機能を搭載している理由は、アップルが「HomePod mini」や「Apple Watch」での利用を広げたい、と考えているからだろう。

HomePod miniは、ハードこそ変わっていないが、カラーバリエーションが増えた

HomePod miniのセットアップにはiPhoneがいる。Apple Musicのセットアップ・契約にもiPhoneを使うのが基本だったわけだが、HomePod miniから「声だけで体験」できるなら、ハードルは大きく下がる。Apple Watchも同様に、声だけで音楽を再生したいデバイスの1つだろう。特に、フィットネス中の利用が増えている今はその方向に向いている。

声で音楽を操作する要素は、「Apple Watchをつけてフィットネスをしている時」にも重要だ

Apple MusicのライバルはAmazonやSpotifyだ。特にAmazonは、スマートスピーカーである「Echo」連携が強く、Amazon Primeの存在もあり、価格が安い。HomePod miniのカラーバリエーションを増やし、音楽の利用を促進するのであれば、「声で使いやすい」要素を整備することが重要であり、低価格プランも同時に必要だ。

そう考えると、今回のVoiceプランの形は、アップルの戦略から見ると「必然」なのである。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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