西田宗千佳の
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「BRAVIAのミドルクラス以上は2010年に3D対応」

~ソニー テレビ事業責任者が語る3Dテレビ戦略~


ソニー・ホームエンタテインメント事業本部・第一事業部 吉川孝雄事業部長

 今回から2回に分け、ソニーの3D戦略についてのキーマンインタビューをお届けする。まず初回のテーマはテレビ事業。テレビにおける3Dの位置づけ、そして製品像について、テレビ事業を統括するソニー ホームエンタテインメント事業本部 第一事業部の吉川孝雄事業部長に話を聞いた。

 吉川氏のコメントからは、いままで不明確な部分の多かった「テレビにとって3Dとはなにか」という命題の答えが見えてきた。2010年にも登場すると見られる製品の姿、そしてその時に「普通のテレビがどうなるか」も感じられる、興味深いインタビューとなった。

 


■ 「ミドルクラス」以上のテレビはすべて3D機能搭載へ!

 ソニーがテレビにおいて3Dを推進する理由はシンプルだ。吉川氏は、「HDから次へのインパクトとなるのが“3D”だと思っているから」と話す。

 他方で、「ニーズ」に関しては、特に日本国内に関する限り、まだまだ盛り上がっているとは言い難い。すべての懸念はそこに帰結する。

吉川氏:ただ現実、お客様がどこまで買っていただけるのか? ということについては、テレビの価格やコンテンツの数、そして放送がどれだけ準備できるのか、という点が大きい。ここのとらえ方によって、お客様の数は大きく変わると思っています。

 とはいえ企業の方針としては、明確に3Dを強く推進していきます。

3Dテレビの試作機

 そこで気になるのは、「3D搭載テレビ」はどういう位置づけになるのか、ということだ。これまでAVの世界では、「新しいフォーマットは付加価値型でスタート」するのが基本だった。Blu-ray DiscにしろDVDにしろレーザーディスクにしろ、「好きな人向けの高額商品」からスタートし、価格が下がる過程で一般化していった。3Dも「特殊なテレビ」という位置づけならば、これらと同じ路線をたどることになる。

 だが、吉川氏は「同じではない」と否定した。

吉川氏:DVDにしろ、登場した時は「まったく新しいもの」として市場に入っていきました。それらと違い、3Dはすでに「土俵がある」んです。とはいえ、それは技術開発上の問題であり、お客様にはわからない部分ではありますが。

 Blu-ray Discについては、3DはBDの拡張フォーマットとして実現されます。もしこれが、BDの無かった時代ならば、3Dをやるのもハードルは高かったでしょう。BDがこれだけ広まった後に、拡張としてやるのですから立ち上げやすい。

 テレビにしてもある意味同じです。2008年、弊社は240Hz駆動という技術をテレビに搭載しましたが、元を正すとあれは3Dにつながる技術になります。これらの点を考えると、3Dのテレビとなっても、「いきなり新しいものを作る」ということにはならないんです。

 そこで問題になるのは、「ハイエンドで終わらない」とすれば、どこまで最初から広がりを持ったラインナップを構築するのか、ということだ。最初から求めやすい価格で出てくるのであれば、それだけ普及の可能性も高くなる。

吉川氏:どこまで3D機能を入れていくかということなんですが……。今年のモデルで言いますと、240Hz駆動の入っているモデル、すなわち今のBRAVIAでいうとF5、W5クラス以上には、3Dの機能を入れていきたいと思っています。このクラス以上のモデルは3Dに変わっていく、と思っていただいていいと思います。ただし、プライスまで(現行のF5、W5と)同じ、とはいえません。色々な変化が起きると思われます。

 ただ、いつの時期に投入するのか、といった点については、現時点ではまだ発表できる段階にありません。

 ソニーのテレビにおいて、BRAVIA F5、W5シリーズは「ミドルクラス」である。ただし、今期は高付加価値モデルの新商品が薄いことを考えると、「付加価値はついているが、手が届かないレベルではない」価格帯の機種である。ちなみに、F5シリーズの発売開始当時の実売価格は、40型で27万円前後。3D化により、これにいくらか上乗せされると考えても、「高嶺の花」からスタートするというわけではなさそうだ。

 


■ 解像度と「2D画質」を採ってフレームシーケンシャルへ

 他方、3D化に際し、テレビにはこれまでと違う「機器」も必要になる。それが「メガネ」だ。

 現在、家電メーカーの多くが製品化を検討している3D対応テレビのほとんどは、メガネをかけて映像を見る方式のものである。裸眼で見る方式では、画質・視聴環境の両面で満足いく映像が作れないためだ。映画の世界でもこれは同じであり、当面、「3Dにはメガネが必要」という時代が続くだろう。

 テレビにとって問題なのは、この「メガネ」のコストもバカにならない、ということだ。

 現在ソニーが3Dテレビに採用しようとしているのは、「フレームシーケンシャル」と呼ばれる方式。テレビ側で右目用・左目用の映像を交互に表示し、そのタイミングにあわせ、メガネ側に仕込まれた「液晶シャッター」を片目づつ閉じて、必要な映像だけを片目づつ見せる、という形である。映画館などで使われている偏光板方式のメガネや、古典的なアナグリフ(赤青)メガネに比べると、当然コストがかかる。

フレームシーケンシャル方式では液晶シャッターを使ったメガネが必要となる赤外線発光部。BRAVIAなどで製品化される際にはベゼル部に内蔵すると予想される

吉川氏:メガネをどういった形で提供するのか、ということで、お客様へのバリューは当然変わってきます。現在我々も、そこをどうすべきか検討しているところです。

 当然ですが、最初からメガネを同梱した商品もあるでしょうし、コストを下げるために、まずはテレビをお買いいただき、メガネをオプション提供とすることもあり得ます。どちらにしろ、できるだけ安価にメガネを提供し、お客様に複数使っていただける環境を整えるのが大事である、とは思っています。

 吉川氏がこういった言い方をするのは、今後登場する3D対応テレビが、決して「3D専用テレビ」ではないためだ。

 現在は各社とも、まず通常のテレビとして使える上で、付加機能として3D表示機能を持つ、という形の製品を検討している。そうならば、現在の「ミドルクラス+α」というレベルのテレビからスタートし、必要な人からメガネを買い足して3Dへ移行、というプランもあり得る。特に家族で3D映像を一緒に見る場合、「一緒に見る人の数」だけメガネが必要になる。一般家庭ならば、おそらく家族の人数分メガネを買う、ということになるだろう。ソニーはメガネの予想価格を明かしていないが、現時点でもこの種のメガネの製造コストは数十ドルと言われており、家族分そろえるとなると、出費は大きなものになる可能性がある。

 他方、メガネのコストという点では、ソニーは2009年1月のCESまで、よりコストの低い方式を採用していた。メガネに偏光板を使う「Xpol方式」でデモを行なっていたためだ。

 だが、9月のIFAでフレームシーケンシャル方式でのデモに切り換えて以降、ソニーは「フレームシーケンシャル方式での製品化」を公言している。CEATECでのデモも、フレームシーケンシャルによるものだ。

吉川氏:確かに以前は、Xpol方式による開発を行なっていました。ですが、あの方式では解像度が低くなることに加え、「3D専用モデル」になってしまうんです。専用モデルを買うのではなく、普通のテレビを買ったら、そこに(メガネを)追加すると3Dになる、といった形がいいと考えたのです。当然我々は、様々な方式を並行で検討してきたのですが、フレームシーケンシャル方式がいいだろう、との結論に達しました。

 我々の最終的な方針としては、「Blu-rayのフォーマット」があり、「その解像度を最大限に活用できるディスプレイ」であり、しかも「専用のテレビにはしない」、ということです。

 我々企業としては、3D専用のテレビを作ってもいいのですが、それがどれだけお客様に支持されるだろうか? と思います。我々は一生懸命3Dをアピールしますけれども、どこまで受け入れていただけるかわからない。まずは、「テレビとして」きちんと使っていただける製品でないといけません。

 我々が出荷を検討している製品は、2Dで見た時にも、当然のことながら、現在の製品よりも進化した性能を備えています。

 


■ 大型テレビ中心の投入を検討。低価格商品は「2Dでより安く」

 次に気になるのは、やはり「サイズ」だ。3Dは大型のディスプレイの方が没入感が高い、と言われている。だが他方で、「意外と小さなサイズにもニーズがあるのでは」という関係者も存在する。

 理由は「ゲーム」だ。すでにPlayStation 3が「ファームウエア・アップデートによる全数の3D対応」を打ち出している他、マイクロソフトもXbox 360の3D対応を検討中と言われている。実際展示会などでは、PS3、Xbox 360それぞれを使った3D表示対応ゲームのデモが行なわれている。

 自ら映像ソースを生成する、CGを活用したゲームの場合、3Dへの対応は比較的容易だ。また、プレイヤーが「操作」することとの相性も良く、「3Dの最初の起爆剤はゲームではないか」という声は多い。ゲームファンは個室で小さめのディスプレイを使うことも多いため、こちらから立ち上がるのでは……という予想もできるわけだ。

 吉川氏は、「具体的に、どのサイズをどのように製品化するかは、コメントを差し控えたい」としながらも、次のように語った。

吉川氏:市場としては大型だけでなく、小型のものもあると思います。それこそ、PCでも3D化の話は進んでいますし。

 ですが、我々(テレビ事業)が推進する上では、中心はやはり大型な製品が中心です。また、誤解のないようにしておきたいのですが、例えば現在のBRAVIA F5/W5のラインナップ(32~52型)がすべてのサイズで3Dになる、というわけでもありません。

 吉川氏は3Dの視聴は「3年くらいのスパンで立ち上がってくるのでは」と予想しているという。だがその時期になっても、当然すべての映像ソースが3Dになるわけではない。

吉川氏:現在、小さなサイズの商品は、非常にお買い得な価格帯になっています。そうした小さな製品でまで3Dにしてコストを上げてしまうよりは、手に入りやすい価格の商品があったほうがいいと思います。無理に全部に入れて手が届かない価格になってしまうようでは、意味がない。

 とりあえず、どのモデルにどのサイズを、という詳しいラインナップ展開については、本日の時点ではご勘弁願います。

 また、「ゲームから3Dがスタート」という見方についても、次のように語る。

吉川氏:ゲームが有力なのは間違いありませんが、我々は、放送に関しても2010年内にスタートする、とうかがっています。Blu-rayのタイトルが登場することも考えると、2010年には一斉に立ち上がることになるのではないでしょうか。

 現在日本国内でもすでに、BS11などで3Dの実験放送が行なわれていますが、それらも当然、我々の3D対応テレビで視聴できる予定です。ただし、放送局側もまだ実験段階ですので、お互いに歩調を合わせ、方式を合わせていくことになると思います。

 なお、吉川氏の言う「3Dによる放送」については、次週掲載を予定しているインタビューにて、より詳しく触れる予定だ。

 


■ まずは体験の場を増やす戦略。年末以降に日米でデモを公開

 吉川氏は、ソニーにおける全世界での3Dテレビ事業を統括している。そのため当然ながら、各地域での「3Dに対する熱気」の違いも、肌で感じているという。

吉川氏:3Dが最も速く立ち上がると期待されているのは、やはりアメリカです。それはやはり、劇場での3D上映が始まっているからです。

 3Dは色々と報道されていますが、特に日本のお客様にとってはまだ実感がない。実感がなければ、そのバリューもお客様に伝わらないわけです。

 先日も社内で、「3Dといえば、“キャプテンEO”(東京ディズニーランドに'96年まであったマイケル・ジャクソン主演の立体映画アトラクション)だよね」という話題が出たんです。みなさん、すごい列を作っていましたよね。でもあれはもう、25年も前のことなんですよ。そんなに前から皆さんは3Dに関心があって、触れている。

 でもそれは「イベント会場」の中のこと。今度はそれが、家庭の中で楽しめるようになる。その実感をどう持っていただくのか、ということが、なによりも大きなテーマだと考えています。

 我々は、銀座・ソニービルなどで限定的な3D展示を行なっていますが、年末以降、これを拡大します。

 日本・アメリカを中心に、ソニーのショールームなどに、3Dの商品を並べて、ゲームを含めた色々なコンテンツも用意して、まずは体験していただこう、と考えています。

 発売前に、こういった形で商品を表に出して体験していただくのは、初めてのことになると思います。やはり、体験していただかないとわかりませんからね。

 吉川氏曰く、展示に使われるのはこれまでCEATECでのデモなどに使われた機材よりも「商品に近いもの」になるという。今回、取材中に触れたデモ機材はCEATECなどで使われたものと同じもので、240Hz駆動の液晶パネルにCCFLのバックライトを組み合わせたものだ。おそらくは、これとも違う機材になるのだろう。

 ソニーは、2010年は「LEDに注力する」とのコメントを出しているが、3D対応テレビがすべてLEDになるのか、また、一部はCCFLになるか、といった部分については「ノーコメント」(吉川氏)だ。

 同社が発売を予定している3D対応テレビには、ソニーオリジナルの技術がふんだんに使われているという。液晶では解決が難しい、と言われたクロストーク(左右の画像の混ざり)についても、大幅に軽減することができている。

吉川氏:技術についての詳細は、ノーコメントとさせてください。しかし、240Hzにしてもクロストーク軽減にしても、我々のオリジナル技術でできあがってます。例えば今の240HzのコントロールICは自社製です。これらのノウハウを発展させて3Dに対応しますし、それにマッチングするパネルにもソニーが関わっていますので、他とは違うものです。仮に、他社が240Hz駆動を使って同じような製品を作ったとしても、品質では勝るものになる、と我々は考えています。

 おそらく、3D対応テレビの登場はそう遠い話ではない。2010年発売はソニーが公言しているので、1年以上待たされることはないが、筆者の感覚では半年以内に第1弾が登場してもおかしくない、という状況だ。

 3Dがどのくらいの価値を持つか、は、今後のコンテンツの動向にかかっているが、まずテレビを選ぶ側としては「これまで通り、画質優先で選ぶ」だけでいいだろう。そうすれば来年以降は、いくつかのメーカーでは、3Dがついてくる、ということになりそうだからである。

 さて、では「コンテンツ」はどうなるのか? その点については、次週のインタビューに譲るとしよう。

(2009年 12月 3日)


= 西田宗千佳 = 1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、月刊宝島、週刊朝日、週刊東洋経済、PCfan(毎日コミュニケーションズ)、家電情報サイト「教えて!家電」(ALBELT社)などに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。

[Reported by 西田宗千佳]