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SCE開発陣に聞く、PS3のBlu-ray 3D対応の実際
~3D対応への2年の道のり。「あらゆる部分を最適化」~
左から ソフトウエアソリューション開発担当SVP ソフトウエアソリューション開発部部長 豊禎治氏、ソフトウエアプラットフォーム開発部 2課 1グループ三上寛氏、小川茂穂氏、ソフトウエアソリューション開発部 次長 縣秀征氏 |
PlayStation 3のブルーレイ再生機能が、ついに3Dに対応した。元々は年内、そして10月末まで、と言われていたものが、東京ゲームショウで開かれたプレスカンファレンスにて急遽「9月21日」と発表された。そして予告通り、21日午後にはアップデートが開始されている。現在、多くの人が利用しているPS3は、すでに「世界で最大のシェアを持つBlu-ray 3D対応BDプレーヤー」になっているのだ。
以前から本連載で触れているように、その開発は難航を極めたという。
今回は、SCEで3D対応BDプレーヤーを開発したエンジニアのインタビューをお届けする。ご登場いただくのは、ソフトウエアソリューション開発担当SVP 兼 ソフトウエアソリューション開発部 部長の豊禎治氏、ソフトウエアソリューション開発部 次長の縣秀征氏、同 2課1グループの小川茂穂氏、三上寛氏である。(以下、敬称略)
■ トリックプレイでも「3D」で再生、操作性や外観は2Dの時代と変化なし
まず、Blu-ray 3D対応のシステムソフトウエアにあたる「3.50」の概要をチェックしていこう。
最大の改良点は、もちろん「Blu-ray 3Dへの対応」。その他、PSN利用者間での迷惑メッセージに関する対応の拡充や、Facebook連携機能の強化などが、アップデートとして公表されているが、やはり大きいのはBlu-ray 3D対応だ。
ソフトウエアプラットフォーム開発部 2課 1グループ 小川茂穂氏 |
小川:まず一番大きいのは、コーデックが「MVC」になった、ということ。MVCはAVCのマルチビュー・コーデックですが、規格としては、3D専用のものというわけではなく、2Dのレガシーなプレーヤーでもかかるようになっています。AVC互換のベースストリームに加え、プラスα、別のストリームを加えて成り立たせています。
すでにアップデートを終えた方ならおわかりかと思うが、実のところ、Blu-ray 3D再生に対応したからといって、設定や操作の面において、画面上大きな違いは現れていない。特に2Dのテレビにつないで利用している場合には、差をまったく感じることはないだろう。SCE側も、「2Dの再生ならば、品質・機能面での差はない」と話す。
ソフトウエアプラットフォーム開発部 2課 1グループ 三上寛氏 |
三上:既存のタイトルに関しては、3Dになったからといって変わるところはありません。3Dの機能については、3D対応のテレビとPS3を組み合わせた時にのみ有効になります。本編を再生する時、トップメニューなどに「3Dで再生」といった項目が追加され、そこから3Dでの再生が行なえるようになります。
2DのテレビにPS3をつなぎ、3Dのタイトルを再生した時にも、ほとんどのタイトルは再生できます。仮に「3Dで再生」というボタンを選んだ際にも、「3Dでは再生できません」と表示されます。
小川:デコードのクオリティの面でも、変化はありません。3Dタイトルは、エンコードの点で2Dと違いがあるとは思いますが……。3Dだから再生画質が落ちる、ということはありません。
デコーダとストリーム供給処理をチューニングして、変速再生系でも3Dが維持できるようにしました。速度変更はもちろん、リバース再生でも、です。PS Moveで操作しても、動くと思いますよ(笑)。
3D再生が始まると、テレビ側に3Dへの切り換え命令が送られ、表示が切り替わる | 逆方向・120倍速再生中の表示。ぶれいているのは「3D表示」であるため。映像のさらに手前、最前面に表示されるような格好になる |
ソフトウエアソリューション開発部 豊禎治 部長 |
豊:そういう意味では、SPUのチューニングを非常にがんばりました。我々はソフトウエアでやっていますので、かなりのポテンシャルを引き出せたと思っています。
三上:もちろん、「可変速時の3D再生は、難しいからチャレンジしよう」という意味ではなく、映像をスキャンしながら見ているような時でも、3Dとしての体験を失わないように、という発想です。
小川:唯一現在できていないのは、右スティックの回転によるリニアな再生速度変更です。これだけは負荷がとにかく大きいので……。
ビットレート表示も、ベースとディペン電とのストリームの両方を表示するようになる |
三上:操作画面としては、ベースとディペンデントのストリームのビットレートが別々に表示されるようになっているのが大きな変更です。
-ステータス表示は、飛び出すような感じになっているんですね。
小川:一枚の板をたてて、その向こうに映像があるような感じに仕上げています。
三上:ただし、(△ボタンを押して)コントロールパネルを出した時には、コンテンツ(映像)部分は2Dにするようにしています。
フトウエアソリューション開発部 縣秀征次長 |
縣:コンテンツによってはそこの部分に、映像が飛び出してきてしまい、重なってしまうものが出ます。そうなると非常に見づらく、操作もしづらくなるので、あえてそうしています。オペレーションする対象のコントロールパネルだけを3Dで飛び出させるようにしているのです。
小川:裏ではずっと3Dでデコードしつづけていて、表示を2Dにしているだけなのですが。
説明にもあるように、2Dと3Dの間で、外見上の差違はほとんどない。いうまでもなく、3D対応テレビとPS3を組み合わせた時だけである。
多くの3D対応BDプレーヤーでは、早送りやスロー再生の時、映像が2Dになってしまう。だがPS3では3Dのまま再生される。このあたりは、トリックプレイのなめらかさで定評のあるPS3の面目躍如、というところだろう。
■ 3D対応のために「あらゆる部分」を最適化
他方、本連載にて、4月に同社に取材した際、「Blu-ray 3D対応は、大変だ」との話を伺っていた。ゲームなどに向けた3D対応は4月末に行なわれたものの、Blu-ray 3D対応については、結局そこから5カ月の時間を必要とした。当初の予定よりは公表が早くなったとはいうものの、その道のりが大変なものであったのは間違いないようだ。
小川:MVCのデコードの対応はもちろんなのですが、2つのストリーム(筆者注:右目用と左目用の映像)を1つのものとして一緒に扱う、ということで、プレーヤーの仕組みが少し異なるんです。
3D対応で完全にすべてを書き換えた、というわけではありません。2Dの再生の部分にも影響がある部分を修正している、ということになります。デコーダーをはじめとした下回りのレイヤーから、ナビゲーションやユーザーインターフェースといった上の方のレイヤーまで、「すべての部分に変更が入っている」といった方が正しいです。
そういう意味では、2Dに関する部分の再テストも必要ですし、3Dに関して開発した部分の変更ボリュームも大きなものになりました。
-削った部分をもう少し詳しくお伺いします。従来の2D再生に比べ、3D再生をするために稼ぐ必要があったのは、メモリなのかCPU性能なのか帯域なのか……。
小川:一番はメモリです。本当に基礎の部分から見直しています。例えば、3Dの場合には、規格上ピクチャー・イン・ピクチャーがないので、2つめのデコーダーにかかるリソースがありません。そういう風に、おおまかにメモリマップ的な考え方で見ると、2Dのプレーヤーとは大幅に異なっているんです。
各社さん、昔のプレーヤーを3Dに対応させるというのは、やっておられないと思うのです。3Dの規格で、スペックがかなりアップしましたから。
縣:実際、(PS3のBlu-ray 3D対応に)2年かかっていますからね。
小川:企画の段階から考えるとそうですね。
縣:まだまだですけどね。この辺のチューニングというのは、我々プレーヤーの担当だけでなく、カーネルであるとかコーデックであるとか、全部の担当が関係しています。
三上:今回は特に、コーデック部分の改善が大きいですね。ものすごくリソースを削減してくれたので、可能になったといってもいいでしょう。
気になる動作音だが、少なくとも、筆者が日常的に利用しているスリム型(CECH-2000A)では、3Dタイトルを再生しても顕著に大きくなっているようには感じなかった。SCE側の見解も同様だ。
小川:動作音については、現行のモデルならばほとんど問題ないと思います。トリックプレイなどで負荷を高めていくと、絶対に耳障りにならないとはいえませんが……。
豊:初代モデルだと、ある程度激しく(ファンが)回るかと思います。
縣:トリックプレイの時、特に逆スロー再生の時は負荷が高いです。
小川:実際のところ、ストリームの転送レートが3Dになってかなり高まったので、そちらの方が限界に近いですね。デコード自体でCPU負荷率が100%になることは、まだそんなにないと思います。トリックプレイでも、デコード負荷よりそちらですかね。もちろん、どのようなディスクを再生したかによるのですが。まだ規格の上限を攻めていったようなディスクはありませんから。
三上:ただビットレートをとにかく上げたタイトルの場合、収録時間がその分減ります。ですから、CPU負荷が高まりっぱなし、ということはないと思います。
■ ロスレス音声、BD-J再生に制限はあるが「再生できないタイトル」は生まれない
とはいうものの、PS3でのBlu-ray 3Dの再生は、現状、家電のプレーヤーとは異なる部分も存在する。一つ目の「制約」はロスレスオーディオの対応だ。ドルビーTrueHDやDTS-HD収録のタイトルの場合、3D再生時にはコアストリームのみが再生されることになる。
これは、音声をすべてビットストリームとして出力する設定でも、リニアPCMで出力する設定でも同じである。一見、本体内でデコードする必要がないため、ビットストリームならば可能なのでは……と思えそうなところだが、実際には、そうはいかない事情があるようだ。
小川:AACSの中で、オーディオのウォーターマークの検出に関する決まりがあります。そのため、仮にHDMIでビットストリーム出力している時でも、内部ではすべてをデコードしてウォーターマーク検出をする必要がある、という事情があります。実は、そういう縛りもあるんです。
縣:PS3の開発当時は、そういうものはなかったもので、このような対応になっているんです。
小川:それに「ビットストリームの時は使えるけれどリニアPCMはダメ」といった形だと、わりとコアなお客様には理解していただけると思うのですが、そうでない方には理解しづらい。ゲーム機ですので、わかりやすさを重視しました。突き詰めていけば、「この仕様の時はできる、この仕様の時はできない」といった制限を課すこともできたと思うのですが、それよりは、一律に制限をかけてわかりやすくした方がいいだろう、と考えたのです。
-対応できる可能性というのは?
小川:それは検討中です。がんばっています(笑)
豊:完全にチューニングの世界ですね。
そして、もう一つの制約が「BD-J」の併用だ。
三上:ほとんどのタイトルでは、現在、トップメニューにBD-Jを使っています。ここは2Dですから、問題なく再生できます。3Dで再生する場合には、PS3でも再生できるシンプルなポップアップメニューになります。
小川:仮に映像がMVCで、ポップアップメニューが3DのBD-Jだけでオーサリングされていた場合には、メニューも2Dになり、映像はMVCのベースストリーム(筆者注:2Dとして見るためのメインのストリーム)だげが再生されます。
三上:現状、BD-Jによる2Dのメニューが組みこまれている場合は、2Dで再生可能です。3Dのメニューの場合には、3Dでの再生はできないが、2Dで再生される、ということになります。いずれにしても、1画面分ももっていないBD-Jも、1画面分も持っていないMVCもありえませんから、映像の再生は行なえます。表示されない、ということにはなりません。
メニューがHDMVで構成されている場合には、もちろん映像は3Dで再生できます。HDMVにも3Dでメニューを構成する能力はありますので、これを使っているタイトルの場合には、メニューと映像の両方を3Dにすることができます。「PS3では、メニュー関係は一切3Dで再生できない」と情報が伝わっているとすれば、それは間違いです。
縣:いずれにしても、我々のところで「3Dでは再生できない」というタイトルは存在しない、という形にしています。そこは注意して伝えないといけないところなのですが……。安心して使っていただけます。
豊:現在最大の3D対応のプレーヤーはPS3。21日、まさにそうなったわけですから、そこにコンテンツベンダーさんがどう対応いただけるか、というお話だと思います。「再生対応したい」というモチベーションは非常に大きいので、コンテンツベンダーさんにご配慮いただいている、というところです。
小川:先まで考えると、スタジオの方も満足しないだろうと思うので、改善については、少し長いスパンで考えていきたいと思っています。
このあたりは少々複雑なので、少々解説を加えておきたい。
PS3におけるBlu-ray 3Dタイトル再生では、映像(すなわち主たるコンテンツの部分)は、もちろん問題なく再生できる。
メニューなどの作成に利用されているBD-Jについては、BD-Jで「3Dのメニューを作っているタイトル」については、PS3で「3Dでの表示」ができない。映像やメニューが表示されないわけではなく、「2D」になる。とはいえ、このような制限があるのは、あくまで「BD-Jで3D」を表現しているタイトルのみだ。多くの作品のように「2DのBD-J」でメニューを構成している場合には、制限は生まれない。
他方、Blu-rayのメニューの構成には、HDMVも使われている。こちらにも3Dでのオーサリング規格が定められており、「3Dでのメニュー」を作ることが可能だ。HDMVについては、2DのBD-Jと同様、PS3での再生に制限がなく、メニューと映像の両方が3Dになる。
多くの作品では、BD-Jを使った3Dメニューはまだ利用されていない。その場合にも、PS3向けにHDMVのシンプルなメニューを用意しておけば、再生に問題は出ない。コンテンツ製作側での対応、というのはそういう話である。
実のところ、現状のタイトルを見ると、映像とメニューの両方を3D化するのは、ユーザビリティや見やすさの観点で難しいな、と感じるのも事実だ。自然な立体感を実現した映像の上に、さらに3Dのメニューを重ねることになるからだ。2Dのメニューであっても、映像再生との「同居」は困難だ。現実的には、映像の最も手前に来るようにメニューを配置することだけのはずだ。それでも、華美なメニューは見づらいだろう。そのことは、SCEが再生操作用のコントロールパネルで、映像部をあえて2Dにしたことからもわかる。
例えば、「くもりときどきミートボール」のBlu-ray 3D対応版は、2D再生時は派手なポップアップメニューを採用しているが、3D版では、画面右肩にごくシンプルなメニューを出すだけにとどめている。これは少々シンプルにしすぎだとは思うが、2Dの時に比べると、字幕も含め「映像の上になにかをオーバーレイして表示する」手法は、なかなか難しくなっていくのかも知れない。
どちらにしろ利用者側が、BD-Jの関連で大きな制約を感じることは、現実的にはほとんどないと思われる。
とはいうものの、PS3でのBlu-ray 3D対応には、若干の動作制限が生まれたのは間違いない。初期のPS3でロスレスコーデックの対応に制限があったことと同じような関係に見える。今回、動作制限が生まれた理由はなんだろう?
小川:やはり、2006年に発売したモデルから、最近のシャシーのものまで、すべて対応しなければいけない、ということ。これが譲れないところでした。限られたリソース、メモリとSPU、GPUの積み上げの中で、MVCのデコードが占める割合というのはかなり大きいです。
オーディオに関しては、メモリの制約も大きいのですが、SPUの最適化も必要になります。コンピューティングパワー的には、PS3にはまだ余力があり、どちらかといえばメモリの制約が大きいです。BD-Jについても、これらも検討を続けていきます。
■ 高画質化は今後の検討課題、特に「3D」はまだまだ研究レベル
最後に、やはり気になる今後のことを確かめておきたい。今回も、BD再生の「特別な高画質化処理」は導入されなかった。2D、3Dの両面で、高画質化への取り組みを、SCEはどう考えているのだろうか?
小川:3Dですと、そこまで高画質化エンジンを入れて効果があるかは、研究段階だと思っています。2Dに関しては、SBMの導入など、まったく考えていないわけではないです。現状で直接的にコメントできることはないのですが……。一つの構想として、十分にある話だと思っています。
豊:テーマとして追いかけているところではあります。まずは「Day1」としてこのバージョンを出しました。これからもちろん、どんどん改良していく、というのはあり得る話です。
PS3の発売から、そろそろ4年が経過しようとしている。それだけの時間が経ったにもかかわらず、最新の規格に「ソフトの改善」で対応できているということは、やはり感嘆すべきことだと思う。
2Dの時代に「削って生み出した余裕」は、今回の3D対応で、かなりの部分が利用されてしまったかもしれない。携帯電話のiPhone 4ですら512MBのメモリを搭載する昨今、256MBしかないメインメモリで、これだけ大容量のデータを扱う機器を構成し続けるのは大変なことだと思う。
しかしここまで来ると、「次の進歩」を期待してしまいたくなる。
(2010年 9月 24日)