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Amazon、Googleの「クラウドミュージック」をテスト
昨今アメリカでは、「クラウドを利用した音楽プレーヤー」のサービスが注目を集めている。6月6にAppleが「iCloud」と「iTunes Match」を発表したが、すでにGoogleと米Amazon.comは、具体的なサービス展開を始めている。どちらもまだ日本ではスタートしていないし、日本からの申し込みもできない。また、「iTunes Match」もアメリカ市場以外での展開は明言されていない。
実際のところ、これらのサービスはどんな使い勝手なのだろうか? 6月前半のアメリカ取材の際に、これらサービスの申し込みとテストを行なった。今回は、その結果から、「クラウド・ミュージック」がどんな世界をもたらすのかを考えてみよう。
なお、このあとのテストは、主にMacと各種Android端末の組み合わせで行なっているが、Windowsであっても、画面や細かな操作方法は変わっても、サービス内容に特に大きな違いはない。他方、iPhoneではアップルのサービスとバッティングする部分が多いため、利用することはできない。
■ Google Music Beta:オンラインストレージに楽曲を貯める「ロッカー型」
クラウドを活用した音楽系サービスというのは数多く存在する。正確な定義がある訳ではないが、その中でも注目されているのは、米アマゾンやグーグルが展開している、俗に「ロッカー型」と呼ばれるものである。これらは、ユーザーが持っている音楽データを、クラウド上にあるオンライン・ストレージ(ファイル保存サービス)内に蓄積し、適宜音楽プレーヤーから取り出して再生するものだ。オンライン・ストレージが音楽を保存する「ロッカー」になるのでロッカー型、というわけで、意外と単純な仕組みである。ちょっとネットサービスに詳しい方なら、オンライン・ストレージや自宅サーバーを使い、似たようなものを作ることは難しくない。
大きな違いがあるとすれば、それは音楽データのアップロードやダウンロードの仕組みが、少々インテリジェントなものになっている、ということくらいだろうか。
まずはグーグルが提供している「Google Music Beta」から見ていこう。
Betaの文字があることでおわかりのように、正式サービスではなく、アメリカ市場を対象に、登録者を順に招待する形となっている。ベータテストへの申し込みは日本国内からはできず、筆者もアメリカで行なった。筆者の場合、申し込みから1週間強で実際のサービスへの招待メールが届いたが、期間については特に定まっていないようだ。利用には、Gmailなどグーグルのサービスで利用する「Googleアカウント」の登録が必要になる。
アメリカが対象のサービスということになってはいるが、サービスへの登録ができれば、あとは海外からでも問題なくサービスが利用できる。それどころか、ウェブサービス・Android用アプリ双方ともに日本語化されており、日本からでもほとんど問題なく利用できる。一部、音楽データ内のメタタグを読み込む際に文字化けが発生する(古いシフトJISベースのタグが入ったデータだと思われる)が、気になったのはそのくらいのものだ。
Google Music Betaの画面。日本語化もある程度行なわれていて、普通に使える | 一部楽曲の名称が文字化けするが、問題点はそれくらいだ |
Music Manager |
サービスの利用を始めるには、まず音楽データをアップロードする必要がある。Google Music Betaの場合には、専用のユーティリティソフト「Music Manager」をダウンロードして利用することになる。
Music Managerは、パソコン内の音楽をグーグルのサーバーへアップロードするためのソフトだが、そこで利用するのが「iTunes」の情報だ。もちろんフォルダを指定し、その中身をアップロードする、という使い方も出来るが、iTunesが管理するフォルダをソフトが解析し、アップロードしてくれる方が便利だ。実はこの手法、米Amazonのサービスでも同様に使われている。逆にいえばそのくらい、iTunesで音楽を管理している人が多く「鉄板」なやり方である、ということなのだろう。
筆者の場合、アップロード対象となったデータ量は約4,000曲。この際、ファイル形式の変換などは行なわれない。アップロードには自宅の光回線を使い、おおむね18時間程度かかった。WWDCにて、スティーブ・ジョブズCEOは「(ロッカー型では)アップロードが終わるまでに数週間かかる」とコメントしていたが、そこまではかからない。平均数Mbpsの回線が主流であるアメリカ市場では、確かに数日以上かかることもあるかな、という印象だ。
楽曲は専用ユーティリティソフト「Music Manager」で転送する。iTunesのライブラリを検索し、転送可能な楽曲を選んで自動転送する。筆者の場合には約4,000曲が、18時間程度でアップロードされた |
アップロードが終われば、あとは利用するだけ。パソコンから使う場合には、特別なソフトは使わない。ウェブブラウザでhttp://music.google.comへアクセスするだけだ。すると、アップロードされたライブラリが表示されるので、あとは選んで聴くだけだ。特別なプラグインなども必要ない。ウェブブラウザがジュークボックスソフトになったような感覚で、普通に使えてしまう。音楽はストリーム配信される形で、それなりのネット回線さえあれば、特に問題なく聴ける。音質も元データから変化しているようには感じない。逆にいえば、回線が切れかけると音が途切れることになる。
他方、Androidを使ったスマートフォン向けのものはちょっと異なる。ウェブブラウザでなく専用アプリを使うのだが、ストリーミングしつつ楽曲を「キャッシュ」していくので、通信速度の低下や回線の切断にはより強い。いったんキャッシュされた曲であれば、回線がつながっていない時でも聴ける。そのため、曲リストの中から「キャッシュされている曲だけ」を抽出して表示する機能も備わっている。
Android版クライアントをセットアップすると、このような画面が。Googleアカウントとのひも付けを行うことで、Google Music Betaが使えるようになる | Android用クライアントのメイン画面。名称はズバリ「音楽」。一見したところ普通に楽曲が並んでいるように見えるが、曲はほとんどがクラウドの向こうにある |
再生画面。縦横両方で使えるのはもちろん、アルバムのアートワークも表示される。再生中楽曲の目印として、曲名の前にピークメーターが表示される | 画面下部のプログレスバーに注目。緑が再生位置、薄いグレーが「どこまでキャッシュされたか」を示している | ライブラリ内から「キャッシュされている曲」だけを選び、完全にオフラインで再生することも可能 |
キャッシングの仕組みは意外と賢く、現在再生中の曲はもちろん、同じアルバムの「このあと再生される曲」も先行でキャッシュされる。そのため、曲送りをした時の反応はスマートフォン版の方が良い印象だ。
アルバム単位で曲を聴くこともできるが、独自にプレイリストを作って曲を聴くこともできる。好きな曲に「サムアップマーク」をつけ、サムアップマークがあるものだけを抽出して聴いたり、今聴いている曲情報を元に「Instant MIX」を作ることもできる。どちらもiTunesなどでおなじみの機能ではあるが、Instant MIXの精度については、さすがにまだアップルに軍配が上がる印象である。
■ Amazon Cloud Player:音楽配信と一体に。自社ストレージを有効活用
話をアマゾンのサービスに移そう。
Amazon Cloud Playerのウェブ版。使い勝手はGoogleのものと大差ない。ネットにさえつながっていれば、ローカルアプリと同様の使い勝手だ |
米Amazon.comが提供しているのは、「Amazon Cloud Player」というものだ。同社はオンライン・ストレージとして「Amazon Cloud Drive」を運営している。これを音楽サービスに応用したのがAmazon Cloud Playerである。どちらも米Amazon.comのサービスであるので、利用には日本のアマゾンでなく、Amazon.comのアカウントが必要になる。Cloud Drive自身は日本からも利用可能だが、Cloud Playerは日本から登録することはできず、いったんアメリカでサービス利用の登録を行なう必要がある。
いったん登録してしまえば、あとの利用は日本からでもOKである。なお、この後のAmazon Cloud Playerのテストは、すべてアメリカ国内で行なった。Android端末としてHTC社がイギリスで販売しているタブレット端末「HTC Flyer」を使っているが、その使用もすべてアメリカ国内で行なっていることをご留意いただきたい。
Google Music Betaは「ベータ版」だが、Amazon Cloud Playerは商用サービスである。Cloud Playerそのものの利用は無料だが、音楽を蓄積するCloud Driveの利用には料金がかかる。最初の5GBは無料で、そこからの追加には料金がかかる。例えば20GBにするには年額20ドル、50GBにするには年額50ドルとなっている。実は、ストレージ容量に課金するという点ではグーグルも同様なのだが、サービスがベータ版であるので利用料はかかっていない。
パソコン上での再生は、Google Music Betaと同様ウェブで行なう。音楽のアップロードには、iTunesのライブラリからピックアップする形の「専用ユーティリティ」を使う点も同様だ。当然この際、容量の制限には気をつける必要がある。Android上で聴く時には、専用アプリを使う点も同じだ。このあたりは「ロッカー型のスタンダード」なのだろう。Google Music Betaと違い、サービスはまだ日本語化されていない。アプリについても、言語設定が「US English」や「UK English」などでないと警告が発せられて停止し、日本語環境では動作しない。
Cloud Driveへ音楽をアップロードするための「MP3 Uploader」。iTunesのライブラリを解析して転送すると言う点では、Googleのものと同様。ユーティリティとしての操作性ではこちらの方が良い印象 | Android版クライアントアプリ「Amazon MP3 Store」を使うには、言語設定が英語・フランス語・ドイツ語である必要がある。ここで利用国を判別していることになる |
Amazon Cloud Playerの特徴としては、米アマゾンの音楽配信「Amazon MP3 Store」と連動している点が挙げられる。このサービスで楽曲を買うと、データはローカルにダウンロードされるのではなく、Cloud Drive内に直接転送される(もちろん、ダウンロードする設定もある)。Cloud Pleyerを使っているなら、この時点でどの端末でも再生ができるようになるわけだ。購入した楽曲の分の容量は、Cloud Driveの利用可能容量から差し引かれるようになっている。このあたりは、まさに「自分のドライブへと転送している」感覚なのだろう。アプリでもまず「Amazon MP3 Sore」の利用を促す画面が出てくるくらいで、Cloud Playerというサービスそのものが、Amazon MP3 Playerの利用促進、という意味合いを持っていると考えられる。
Android版のクライアントソフトも、MP3 Storeのフロントエンドとしての意味合いを持っており、楽曲購入のための導線が張られている |
■ どこでも「自分が持つすべての楽曲」が聞ける快楽。日本での実現の可能性は?!
使ってみると、ロッカー型クラウド・ミュージックは確かに便利だ。モバイルPCやスマートフォンでは、ストレージ容量に制限があるのですべての楽曲を持ち歩くのが難しい。事実、筆者が普段外出先での原稿執筆に使っているMacBook Airは、ストレージ容量が64GBしかないため、あえて音楽は入れていなかった。だがこれらのサービスを使うことで、ネットさえあれば、どこでも好きな楽曲が聴けるようになった。しかも、ストレージの奥底に埋もれているような、普段あまり聴かないような曲までだ。
他方でアップルが指摘したように、ロッカー型サービスの欠点は「アップロード」と「ストレージ容量の管理」にあるのもよくわかる。Google Music Betaから「Beta」がとれたとき、筆者は全楽曲をオンラインに置いておけるのだろうか。出費が大きくなるなら再検討するだろう。iTunes Matchの料金体系は、かなり絶妙なところだ。
日本では、クラウド型で著作物をストレージして「所持者個人に提供する」サービスの提供に際し、法的なリスクがあるのでは、という指摘がなされている。今回紹介したようなサービスが日本でも同時にスタート、という形になっていないのも、そういった背景があると考えられる。だが、問題は「権利者がどう考えるか」だけにあるのではない。こういったサービスを提供したいと考える事業者が「十分に消費者の支持を得られる」と判断した上で、「微妙な法判断を乗り越えるリスクを冒してでも、ビジネスを展開する価値がある」と考えるか否かだ、といってもいい(詳しくは、アサヒ・コムで筆者が福井健策弁護士にインタビューした記事をご参照いただけると幸いだ)。
アメリカの貧弱な回線ですら、クラウド型ミュージックサービスは快適だと感じた。日本のようにしっかりしたインフラの国では、もっと快適になるだろう。そしてそれは、「音楽の消費促進」につながり、業界全体にとってプラスになる、と筆者は信じている。
(2011年 6月 24日)