鳥居一豊の「良作×良品」
「有機EL出た、鳥居買った」。REGZA「55X910」の画質進化と映像だけではない魔力
2017年5月25日 08:15
前々回の続きというわけではないのだが、今回の良作は東芝「55X910」。前回執筆時点で半ば心は決まっていたのだが、やはり実際に購入してしまった。というわけで、今回はユーザーとして、より踏み込んだ内容とし、いろいろなコンテンツを見た印象を紹介していく。
東芝の55X910(実売価格65万円)は、自発光型の表示デバイスである有機ELパネルを採用したREGZA(レグザ)シリーズの最上位モデル。サイズは55型のほか、65型(実売価格86万円)もラインアップされている。有機ELパネルに、最新鋭の高画質エンジン「OLEDレグザエンジンBeauty PRO」を搭載。数々の超解像技術をはじめとする最新鋭の高画質技術に加え、対応するUSB HDDを追加して地デジ6chの番組を全録できる「タイムシフトマシン」に対応。さらに、スカパー! プレミアムサービス用チューナーも内蔵し、「スカパー! 4K」の視聴ができるほか、ひかりTV 4K、アクトビラ4K、Netflix、YouTubeなど、4K映像配信サービスにも対応している。
製品設置は前回取材時とほぼ同じで、前方のスピーカー、サブウーファーの手前にAVラックを置いた形だ。この状態でスクリーン投影するときはキャスター付きのラックごと移動するようにしている。事前に取材で使用したこともあり、シミュレーションは万全。
取材時から微調整を加えた部分としては、テレビ本体をラックの前側ギリギリまで出したこと。これでテレビから視聴位置までの距離は1.5mほどとなり、かなり近い印象だ。しかし、55X910の画面の高さは68cmなので、4Kテレビの最適視聴距離が1.5H(画面高さの1.5倍)ほどだとすると、1.36mよりはわずかだが長い。最適視聴距離については議論の余地もあるが、これくらいの近距離であれば、4Kテレビならではの細かなディテールまでよく見える。
近接視聴になると画面の端を見るときの視点を動かす必要が出て、目が疲れると思われがちだが、画面は視野のかなりの部分を占めるが、目を動かさずに画面全体をすべて見渡せる範囲に収まっている。個人的には、ちょうどいいバランスだ。
「テレビは部屋を明るくして、遠くから見ましょう」という注意は、特に子供向けには今も有効だ。だが、部屋を全暗にし、近接視聴しても、適切な画面の明るさに調整すれば目の負担にはなりにくい(一定の時間ごとに休憩をいれる必要はある)。明るい部屋で見るべき高輝度モード(いわゆる「店頭モード」)のままで、部屋を暗くしたり、画面に触れるような近い距離で見たりすることが目の負担になるのだ。
テレビをラックの前側ギリギリまで寄せたのは、ラックの天面の反射が思った以上に視聴の妨げになったため。ラックの手前に黒い布を敷いてみたが、やはり反射する。有機ELの完全な非表示の黒は、部屋を全暗にして室内のものが目に入らないようにすること、特にテレビ周囲に光を反射する物をなにも置かないように徹底することで、期待以上の没入感が得られる。スタンドが手前側に突出していないデザインは、見慣れないこともあるし不安定に感じるかもしれないが、画質を最優先にすると、個人的にはこれ以外にはありえないとさえ思う。
その画質は、まずは完全な黒の再現や鮮やかな色の豊かさにほれぼれとさせられたが、ちょっと見慣れてくると、いくつか気になることも出てきた。見慣れたBDソフトを見ていて気がついたのは、暗部の再現で黒に近い部分の階調が潰れ気味になること。美しい黒が堪能できるのはありがたいところだが、暗部が沈み気味になるので、もう少し暗部の階調性を高めたいと感じるようになってきた。
画質調整で、黒レベルやガンマ調整することで改善できるが、黒レベルを上げれば画面全体が明るくなるので、完全な非表示の黒のはずが若干黒浮きが感じられるようになるし、ガンマカーブの調整は黒側だけでなく中間調や白側の階調にも影響を及ぼす。だから、あまり大胆な調整をするのは、ためらわれる。
自分でいろいろと試しつつ、東芝の開発者におすすめの画質調整を教えてもらおうと連絡してみた。すると、返ってきた返事が意外なものだった。
X910の画質アップデートを先行体験!
東芝からの返事は画質調整についてのテクニック指南ではなく、「X910の画質アップデートを先行して体験してみませんか?」というものだった。もちろん、是非とも体験したい。ということで5月の連休明けに先行でのアップデートを行なってもらったのだ。
このアップデートは、X910と液晶フラッグシップのZ810Xを対象としたもので、5月下旬の提供開始を予定している。内容としては、4月末発売のBZ710Xシリーズに搭載した「地デジBeauty PRO」を、X910/Z810Xにも追加する機能アップデートとなり、そして、X910シリーズについては、主に暗部階調の再現を向上する画質アップデートも含まれる。
ちなみに、筆者宅の先行アップデートは、X910シリーズ用の画質アップデート部分だけの試用版。そして、このアップデートによる画質の向上が素晴らしかった。
東芝の開発陣は、X910の開発が一段落した時期に自宅での試用を行ない、画質・音質について気になるところをチェックしてきたという。そこで、黒の締まりを強めすぎていたことに気付き、画質アップデートに着手していたそうだ。
こうした画質アップデートは、今後予定される機能アップデートに合わせて随時行なっていくようだ。実はZ20Xシリーズも、アップデートに合わせて画質の微調整も行なっていたとか。デジタル家電のアップデートというと、不具合の改善や機能アップデートが中心となるが、REGZAの上位モデルは、発売後も画質改善が行なわれているのだ。
東芝の開発陣によれば、今回のX910の画質アップデートは単なる暗部階調の改善だけでなく、「すべてのパラメータをイチから見直した」という大規模なものになっている。映画プロモードの暗部再現性を向上というものではなく、自動画質調整の「おまかせ」や高輝度モードの「あざやか」、「ゲーム」や「モニター/PC」にいたるまで、暗部階調の改善を中心に画質を見直しているという。特に有機ELに関しては、東芝としても第1号製品なので、まだまだ手を加える余地があるという。Ultra HD Blu-rayも普及途上にあり、今後発売される作品で見て気付く点もあるだろう。そういったところにもしっかりと対応していく予定だそうだ。
まだ未知数の部分が多い有機ELテレビをいち早く手に入れたユーザーの一人として、こうした発売後のサポートが続くというのは実にうれしい。
4K放送もNetflix 4Kも。アップデートされた画質の印象は?
では、いよいよアップデートされた55X910の画質についてレポートしよう。この連載では基本的に取り上げるコンテンツは1つに絞っているが、今回は例外としてさまざまなコンテンツを見た印象について紹介していきたい。
まずは「スカパー! 4K」だ。専用アンテナの設置は必要になるが、スカパー! プレミアムサービスの契約者ならばチャンネル契約料は基本的に無料で視聴できるコンテンツで、「スカパー! 4K 映画」では、PPD(ペイ・パー・デイ 1回の視聴料で1日複数放送される映画を何度でも視聴できる)で最新作を含む映画を放送(録画不可)。「スカパー! 4K 総合」では、ドキュメントや音楽ライブ、スポーツなどのさまざまなコンテンツを放送中。今春からはHDRコンテンツも登場してきている。「スカパー! 4K 体験」はプロモーション的なチャンネルで、注目コンテンツのダイジェストのほか、HDR放送もひんぱんにリピートしている。「スカパー! 4K」でのHDRはHLG(ハイブリッド・ログガンマ)という方式で、HDR非対応の4KテレビではSDR表示となる互換性のある方式。X910シリーズは対応済みだし、今春発売の最新4Kテレビの多くが対応する。
「HDR都市紀行」という、アメリカや日本の各地(長崎、沖縄など)の風景をHDR映像で収録したドキュメンタリー番組を見てみた。HDR非対応の4Kプロジェクターで見ても、通常の4K放送として視聴できるのだが、55X910のHDR表示で見ると、光の輝きはもちろん、夜景の美しさ、各地の街並みの陰影がよりリアルに再現され、SDR表示で見直してみると(映像としては問題ないはずなのに)、コントラストの足りない感じや暗部の見づらさを感じてしまうほどだ。
これが画質アップデート後の55X910で見てみると、思った以上に印象が変わっていることがわかる。一番わかりやすいのは夜景の場面で、HDRコンテンツということもあり、もともと夜空を真っ黒に沈めて街の灯りをきらびやかに映すのではなく、夜空に浮かぶ雲や街の灯りを受けて空が暗いグレーになっている様子を捕らえている。いわゆる映像ソフトの夜景ではなく、実際に見ている夜景に近い映像だ。
そこで、ややグレーになった空や雲の様子がより豊かに再現されている。黒いシルエットになったビルや建物もそのディテールがより鮮明になり、ずいぶんと見通しがいい。なにより驚くのは、電灯の青白い感じや白熱灯の赤みを帯びた光、ネオンの鮮やかな光がより際立っていること。光そのもの色味が豊かになっているし、その光を受けて建物や路面が赤みを帯びた光を反射している様子までわかる。つまり、暗部の見通しが良くなった以上に、暗色の再現をはじめとする色の豊かさがさらに向上しているのだ。
もちろん、色を乗せすぎてクドい印象になったりはしない。濃厚になったとは感じるが、派手というよりは実際に見ているときの発色の感じがよく出ている。だから、ニューヨークの街並みでは、巨大なディスプレーの宣伝やネオンのライトが眩しさを感じさせつつ、その場の喧騒を伝えるような生々しさがあるし、長崎の坂道をゆっくりと歩くような場面では、まさに自分が観光しているようなその場の空気感を感じる見え方になる。薄暗い影の部分は薄暗いまま、日光の日差しは眩しいほどに輝き建物や人を生き生きとした色と艶で照らしている。単なる暗部階調の改善では済まないレベルで、映像全体の品位がよりリアル志向になった印象だ。
また、「スカパー! 4K 総合」では、サッカーの中継もHDRで放送している。これは特に日中の試合で、陰になった部分のフィールドが見づらいといった声に対応するものだとか。実際、日陰のフィールドもHDRでは見づらさはない。薄暗いのだがきちんと見えるという、まさにスタジアムで観ているときと変わらない見え方だ。日向の部分のフィールドの明るさの対比もあり、より生で見ているようなライブ感がある。
続いては、Netflix。筆者を始め、すでに加入済みというユーザーも多いだろうが、X910シリーズ購入者は全員が6カ月分のメンバーシップクーポンが利用できるキャンペーンを2017年7月31日まで行なっている。
Netflixの4K+HDRコンテンツも、宅内の有線LAN接続などならば回線事情によって画質(転送レート)が低下することもなく、4Kらしい精細感とHDRの高輝度表示を存分に楽しめる。ドラマのお気に入りは「野武士のグルメ」。定年退職した男が野武士のように自由なグルメ探訪を行なうドラマだが、ドラマというよりも紀行ドキュメントのような映像で、料理を作る様子はもちろん、年季の入った食堂の内部など、ありのままの飾らない姿を見せてくれるのが楽しい。グルメ探訪ではあるが、散歩の一場面のようでもあり、不思議なリアリティを感じる。
海外のドラマのようなお金のかかった作りではないが、その飾らない映像がHDRでさらに自然さを感じられるのが面白い。料理自体も珍しい高級食材を使った派手な料理ではなく、誰でも普通に目にする定食メニュー。だが、それだけに料理の映像のリアルさがよく伝わる。派手さではなく、リアルな生活感が再現できる。HDRとしての映像表現の可能性の高さがよくわかる。
そして、見逃せないのはHDR化されたアニメ作品の「シドニアの騎士」。1stシーズンと2ndシーズンの両方がHDRで公開されている。HDR化されたメリットは、作戦司令室や衛人(もりと)と呼ばれるロボットのコクピット内、そして宇宙空間などの暗い場面の見通しの良さが向上しているところ。暗いのによく見えるのでキャラクターの表情がよく伝わる。そして、ビーム砲の輝きやロボットの推進装置の光の鮮やかさも見事だ。
画質アップデートによって、特に暗色の再現が大きく向上しており、不気味な姿をした敵キャラクターの造形がより迫力を増している。機体やパイロットスーツのキズのようなディテールもより鮮明になったと感じる。
HDRコンテンツだけでなく、ごく普通のアニメ作品も実に魅力的な映像になっている。画質アップデートで感じたのは、くすんだ色の再現性だ。暗いシーンに合わせて配色された彩度の低い色の感じがよく出て、場面の暗さや演出意図による重々しい雰囲気がよく伝わる。もちろん、深く沈んだ黒も完全な非表示がキープされているから、黒の絵の具で塗りつぶした闇の深さまではっきりと出ている。
実は画質調整で暗部の再現性を高めていたときは、黒であるべき部分が浮いてしまったり、暗部は出たものの色の抜けたモノクロ的な印象になることも少なくなく、有機ELと言えども万能ではないなあ、などとも感じていたが、画質アップデートでは、しっかりと黒の階調を出しながら、色もよりリアルな暗色が再現できるようになるなど、総合的な画質として大きく向上している。こうした画作りの仕上げ方はさすがはテレビのプロの仕事だ。
ゲームもHDRで
さて、今度はゲームだ。有機ELは自発光のデバイスなので、焼き付きという問題を抱えている。また、有機ELはその名の通り有機素材を使うので寿命という問題もある。寿命については1日8時間使用しても10年程度は使用できるようで、一般的な薄型テレビの買い換えタイミングを考えてもあまり心配はしないでいいだろう。有機ELの発光自体もすべて白なので、例えばRGBのうちBだけ寿命が短く使ううちに映像が黄色くなるというようなカラーバランスのズレの心配も基本的にない。
そして、ゲーム好きの人は気になる焼き付きの問題も、有機ELパネルはパネルの駆動回路部分で焼き付きを防止する機能を備えているという。焼き付きの原因になるような高輝度の発光が同じ画素で続くと、輝度を抑えて焼き付きを緩和するといったような保護機能だ。このほかに、パネルメンテナンスという機能もある。
筆者はプラズマユーザーでもあるので、焼き付きにはかなり敏感なのだが、ついうっかり夢中になって「ファイナルファンタジーXV」(以下FF15)を連続して10時間ほどプレイしてしまった。しかし、プラズマテレビ時代のように数時間のプレイで点数表示の跡がうっすらと残るような「焼き付き」の兆候は生じていなかった(あわててプレイを中断し、テストディスクの白画面や赤/青/緑の全画面表示で入念にチェック)。
とはいえ、固定した画面の表示を長時間続けることがあまり良くないのは間違いなく、PCやゲームの映像を表示する場合は、少し気配りをする必要はある。実は、55X910は映像調整などのための設定メニューもそのまま表示を続けていると自動的に表示が消えてしまう。画質調整をしていると(メニューを表示しなおすのが)面倒に感じるときもあるのだが、焼き付きを防ぐための配慮と考えれば仕方はない。
さて、ゲームの映像を見てみよう。「FF15」はオープンワールドとなった広大なフィールドを舞台に壮大な冒険を楽しむRPGだが、グラフィックの美しさは素晴らしく、ファンタジーの世界を自由に歩き回る感覚がさらに高まっている。しかも、HDRに対応しており、55X910のような対応した薄型テレビならばHDR表示が可能だ。これはちょっと勘違いされがちだが、通常版のPS4でも解像度は2KのままだがHDR表示はできる。PS4 Proは4K出力+HDRが可能というのが映像面における違いだ。
55X910では、隠しダンジョンなどのやり込み要素を中心にプレイしているが、HDR表示で昼間の日差しの強さがよくわかるし、夜間や暗いダンジョン内も暗いのに見通しがよくなり、プレイしやすくしかも美しい映像がよりよく伝わった。画質アップデート後にプレイしてみると、驚くことに昼間の雨や曇りといった天候の違いによる画面(というかゲーム世界の)明るさの違いがよりはっきりと描き分けられるようになった。単に日差しの強さ、まぶしい明るさが際立つだけでなく、さまざまな明暗の違いが非常に豊かに感じられたのは、プレイの没入度を大きく高めてくれる。
そして、薄暗いダンジョン内では、淡く発光する鍾乳洞の壁や点在するランプの照明による光のニュアンスが大幅に豊になり、非常にカラフルになったこと。画質モードの「ゲーム」だけは、色の濃さが過剰に感じたので、「+50」から「+10」まで減らすという調整を加えている。これは色が濃いというよりもぼってりとした印象になったので、好ましいレベルまで色を抑えたのだ。色のぼってりとした感じは画質アップデートで改善されており、見た感じの印象としてはより色鮮やかなのにぼってりとした感じは減っている。これも色階調の調整による効果だろう。さすがに色を落とし過ぎたので、現在は「+30」で落ち着いた。美しい色合いをより鮮やかに楽しめるようになっている。
HDR表示に対応したタイトルは、実は意外と多い。怖さで評判の「バイオハザード7」もHDR対応だ。HDRのオン/オフは、PS4の本体側でもディスプレイ設定を行なう必要があり、ここをオンにしておくと「バイオハザード7」は起動時にHDR表示が選ばれる仕組みだ。
SDR表示でプレイしていたころの「バイオハザード7」は、とにかく暗い印象で、画面の明るさを推奨値よりも明るめに調整していた。そうでないと、暗闇から出現する敵の発見が遅れるし、アイテム探索もしづらい、何より恐いから。ただし、画面を明るくしすぎると怖さも薄れるので、塩梅が難しいところ。
これがHDR表示になると、画面は暗いのに暗部が見やすいので、怖さと暗さが両立できるようになる。これは見事なハマり方だった。画質アップデートの後では、暗部がさらに見通しがよくなってしまい、怖さが薄れてしまったと感じるほどだった。画面全体が暗いこともあり、暗部階調の調整も効果量が大きくなっているわけで、つまり、映像全体の明るさを分析しながら適応的に暗部階調を調整していることがわかる。実に手の込んだ階調表現になっていることがよく確認できた。なお、見通しが良くなって怖さ感が薄れた分は、ゲーム側の最大輝度調整(HDR)などで好みの暗さに調整することで、見通しの良さと怖さのバランスを合わせることができる。
「バイオハザード7」はPlayStation VRにも対応しており、こちらの没入度(と怖さ)もハンパないレベルなのだが、画質至上主義者である筆者の好みだと、55X910でのプレイの方が没入度は高い。表示画素数が4Kと精細で、しかも黒が途方もなく深く、それでいてしっかりと見通しの利く再現だからだ。また、暗室でプレイしていると画面以外のすべてのものは消失するので、VR的な没入感も十分にある(さすがに頭を振っても画面は動かないが)。
だが不満もある。それは55X910の精細感が高すぎることだ。PS4(通常版)の2K出力ではオブジェクトの描画の単純化がはっきりと視認できてしまうのだ。「バイオハザード7」は狭い屋内の探索が中心なのであまり遠くのオブジェクトは表示されない(闇に溶け込んで見えない)が、「FF15」では遙か遠くの山や森まで描かれるので、ある一定の距離より遠くのオブジェクトは描画品質を落としていることが明らかにわかってしまう。つまり、4K出力ができるPS4 Proが欲しくなるということ。
UHD BDでは、極上の暗部再現と眩い光を堪能できた
最後はUHD BDだ。アップデート前でも十分に美しい黒と眩い光を楽しめたのだが、冒頭で触れた通り暗部の階調が沈み気味になるため、ガンマ調整で暗部を少し持ち上げて見ていた。これをすると、作品によっては全暗の画面で薄いグレーの画面が目の前に現れてしまうことがあった。一般的な薄型テレビよりは、黒は締まっているが、完全な黒が完全でなくなるというのはさみしい。
当然ながら画質アップデートでこれは解消された。ガンマ調整や黒レベルといった調整もすべて初期値に戻し、現在のところはこの状態でまったく不満なしだ。しっかりと黒が締まるが、黒に近い暗部の階調が向上したことで映像全体の精細感や密度感が高まったように感じる。
そんな有機ELで見ることを前提にしたのではないかと勘ぐりたくなる作品が「ファンタジック・ビーストと魔法使いの旅」。ハリー・ポッターシリーズの新作として全5部作で映画化されるその第1弾だ。ハリー・ポッターと世界観は共有するものの、人間世界がアメリカを舞台としており、魔法社会もイギリスとは違った文化を持っているなど、例によって設定が緻密だ。
なによりもAVファン泣かせなのが、映像が暗いということ。物語のキーとなる謎のモンスターは主に夜や暗闇で出没するのだが、その姿は黒い霧状のもの。主人公らは比較的カラフルな服装(それでも彩度は低め)だが、アメリカの魔法議会の面々、特に闇祓いと呼ばれる連中は「葬式帰りか?」と因縁をつけたくなるくらいのダークスーツで統一。そんな面々が夜の街や暗闇でアクションを繰り広げるとどうなるか? 見えないのだ。
これはさすがに、アップデート前は黒浮きを諦めて画面を明るくしないと見づらいレベルだった。液晶テレビも暗部階調自体は優れているので見づらいというわけではないが、黒の再現を楽しみたい人にとっては、雨に濡れた石畳の艶、暗闇の深さ、街灯に照らされた明かりの感じなどなど、高コントラストでないと表現しにくい難しい映像が山のように出てきて、とかくディスプレイ泣かせのソースと言える。
これが画質アップデートで解消された。黒はしっかりと沈むが、黒の階調がしっかりと出る。この作品は劇場では未見で、いきなりUHD BDで見たせいもあるが、魔法議会の黒ずくめ集団の一部、議長の側近と思しき面々だけは濃い茶色の革コートを着用していることに初めて気がついた(他はすべてダークスーツと黒の革コート)。
しかも、ダークスーツとはいえ制服というわけではなく、それぞれに微妙に黒の色合いが異なっている。仕立てはいずれも上等そうだが、生地の質感も微妙に違う。当然ネクタイはそれぞれ異なっている。パッっと見、黒一色に見える人々の微妙な違いまで鮮やかに描いたのは圧巻だった。だから、真っ黒い霧のような化け物も夜空や闇に溶け込まず、しっかりと浮かび上がる。これは見事な再現だ。
しかも、映像信号の詳細表示を確認してみると、ピーク輝度3,173nit、最大輝度4,000nitということがわかる。HDRは規格上最大輝度1万nitまで設定されているが、現在のソフトの多くは最大輝度1,000nitの作品が多い。これは制作現場で使われるモニターのほとんどが1,000nitまでしか対応しておらず、それ以上の高輝度はチェックできないという事情もある。とはいえ、一部のモニターには4,000nitの高輝度表示が可能なものもあり、まだまだ数は少ないがこうした最大輝度4,000nitまでの情報を含んだタイトルも登場している(UHD BDで発売されたハリー・ポッターシリーズも該当する)。
民生用の4Kテレビも、上位クラスはピーク輝度で1000nit前後の実力を持つが、55X910はピークで最大約800nitだ。このスペックで最大3,173nitの高輝度を表現しきれるものだろうか?
結論から言えば心配は無用。当然ながらどのメーカーも規格で定められている以上は仮に1万nitの信号が入力されたとしても破綻させずに表示できるように作っている。もちろん、55X910もそのように設計されている。だから、クライマックスの魔法バトルで繰り広げられる稲妻のような光(マジック・ミサイル)の応酬でも、ただの真っ白い光とはならずに青みを帯びた光として描かれる。また、建物の屋上にある看板では真っ白に発光した白熱灯の光の感じが、ガラス球の奥のフィラメントまで見えるように描かれる。目を灼くようなまぶしい光を出しながら決して白飛びが生じている様子はない。
リアルにピーク輝度4,000nitが表示できるモニターと同じ表現とは思わないが、逆に暗室で4,000nitもの光が出ると、サングラスが欲しくなるレベルではないかと思う。明るい室内ではそうした強い光が求められるので、4,000nitの高輝度の実現を否定はしないが、映画鑑賞として考えると、現状の800~1,000nit前後で輝度は十分だと感じてしまう。やはり肝心なのは、数値的に輝度を実現するだけでなく、階調を含めてトータルに表示する能力だ。
実際のところ、HDRで感心するのは一見華やかな目を灼く光の強度ではなく、暗部の見通しの良さだ。黒が底知れなく深いからこそ、強い光も映える。現状においては、黒方向のコントラストと階調表現を重視した方が満足度の高いHDR映像になると思う。今後はこうした4,000nit級の高輝度信号が入ったタイトルが増えるかもしれないが、そうなったとしても、55X910は十分に対応できるはずだ。
55X910は魔性のテレビか? 音も周囲も気になりだし……
55X910を手に入れた筆者のことを、多くの人は羨ましいと感じているかもしれない。毎日のように映画を見て、その美しい映像を味わいつくしているだろう、と。確かにその通り。実際、毎日のように映画やアニメを見ている。だが、実のところ映像“以外”が気になり始めてしまったのだ……。
設置した当初は120インチスクリーンに合わせたオーディオシステムと十分に釣り合うなどと思っていたが、使い始めてすぐ「音が映像のパワーに負けている」と感じ、オーディオ側のグレードアップを再開している最中だ。当然ながら資金はすでに枯渇しているので、スピーカー設置位置の見直しやアクセサリーによるチューニング、部屋の残響を調整するルームアコースティックの改善などが中心だが、思った以上にチューニングの効果が出て、手応えは十分。アンプやプレーヤーをグレードアップするにしても、どのような音質傾向のモデルを選ぶべきかがなんとなくわかってきた。
それを教えてくれたのが55X910の映像だ。
例えば映像に没入して視聴時の集中力が増したために、今まで気付かなかった不満や難点に気付く、映像の情報量が増えたからこそ釣り合いをとるべき音に足りないもの、情報量や定位、空間感の不足などが具体的に把握できるようになったわけだ。映像と音は車の両輪とはよく言ったものだ。どちらが不足していても車はまっすぐ走らない。
55X910は優れた映像にこだわる人が選ぶべき優れた4Kテレビだが、音のグレードアップのための手がかりが得られるかもしれない。筆者は、近い将来55X910をもう一台買えるぐらいのコストをアンプに投入する覚悟を決めた。そして、前述のようにゲームでは、PS4に飽き足らず、4K出力対応のPS4 Proが欲しくなっており……。筆者にとっては「魔性のテレビ」だ。