鳥居一豊の「良作×良品」

ウルヴァリンの最後をモノクロ+Atmosで描く「ローガン:ノワール」。ソニーHT-ST5000の骨太な音が胸を打つ

 薄型テレビと組み合わせて、手軽にサラウンド再生を実現できるサウンドバータイプのスピーカー。このジャンルでも、最新サラウンドの「ドルビーアトモス(Dolby Atmos)」や「DTS:X」に対応したモデルが徐々に増えてきた。高さ方向を伴う3次元的なサラウンド音場を再現するため、天井に設置するトップスピーカーや天井の反射を利用するドルビーイネーブルドスピーカーが必要になるため、現時点では中~高級モデルばかりではある。だが、天井へのスピーカーが難しい住宅環境も多いので、多少高価ではあっても、こうしたモデルが増えるのはありがたいと言えるだろう。

フル機能のソニーサウンドバー最高峰

 今回取り上げるソニーの「HT-ST5000」(ソニーストア価格159,880円)は、同社のサウンドバーシステムの最上位モデル。従来の最上位機「HT-ST9」(2015年発売)と同様に前面7基のスピーカーを搭載し、うちフロント2chとセンターchは同軸2ウェイ構成としている。ここに新たにイネーブルドスピーカーも追加された。磁性流体サスペンション構造を採用した点や各スピーカーユニットをすべて独立したアンプで駆動する。その総合出力は800Wに及ぶ。

 配線が不要なワイヤレスタイプのサブウーファは、基本的にはHT-ST9と同じものだが、音質チューニングを加えてさらに低音域の再生能力を高めているという。

 ハイレゾ音源の再生にも対応し、アンプは「S-Master HX」を搭載。CD音源や圧縮音源をアップスケーリングし、ハイレゾに迫る音質で再現する「DSEE HX」も採用。このあたりは、ソニーのオーディオ技術が惜しみなく投入されている。

HT-ST5000の外観。ボディはソリッドな立方体フォルムとなっている。左右の斜めにラインで区切られた部分にイネーブルドスピーカーが内蔵されている
サウンドバーの保護用グリルを取り外した状態。合計7ch分のスピーカーが配置されている
両端にあるフロントスピーカーは、ウーファの前にツィータを配置した同軸2ウェイ構成を採用。ウーファとツィータもそれぞれ独立したアンプで駆動される
5つのアレイスピーカーの中央にあるセンタースピーカーも、同軸2ウェイ構成
操作ボタンは上部の奥側に目立たないように配置されている

 入力端子はHDMI入力が3系統。いずれもHDCP 2.2対応で、4K/60pのパススルーも可能な最新仕様だ。このほかに光デジタル音声入力、アナログ音声入力(ステレオミニ)や、ハイレゾ音源の再生が可能なUSB端子も側面に用意されている。

 別体型のワイヤレスサブウーファは、18cmコーン型ウーファと200×300mmのコーン型パッシブラジエータを組み合わせたもの。ウーファは前面に配置され、パッシブラジエーターは底面に配置されている。

背面の接続端子。HDMI入力3系統とHDMI出力1系統、LAN端子を備えている
別体のワイヤレスサブウーファ。前面にウーファを内蔵し、底面部にパッシブラジエーターを備える
サブウーファの側面。斜めに絞った形状の底板は厚みのある木板となっており、床の材質の影響を受けることなく、低音の放射が可能
サブウーファの背面。ワイヤレス接続のため、メイン電源スイッチのほかの操作ボタンはない

 さっそく自宅の視聴室に配置してみたが、高級モデルということもありサイズは大きめ。イネーブルドスピーカーの搭載もあり、横幅は1.18mとHT-ST9よりもさらに大きくなった。我が家の東芝「55X910」とほぼ同じ横幅で、音のスケール感も含めて50型以上の大画面と合わせるのが適正だ。

 ちょっと困ったのが、サウンドバーの背の高さ。わずかではあるが、55X910の画面と重なってしまった。スタンドの低い薄型テレビの場合は、テレビ側で台座を使って高さをかせぐなど、設置方法の工夫が必要だ。なお、テレビのリモコン信号を後方に向けて放射するIRリピーターを備えているので、テレビのリモコン操作は問題なく行なえる。

視聴室に設置した状態。画面位置よりもちょっと背が高い。視聴位置から見て画面の下が少しばかり重なってしまった。ラックへの設置は一工夫する必要がある

 本初期設定は、GUIの画面を見ながら操作できる。トップメニューは入力切り替え画面を兼ねていて、各種の入力のほか、ホームネットワーク、ミュージックサービスなども選択が可能だ。

 ホームネットワークは、DLNA対応のネットワーク音楽再生機能も備えており、NASやパソコンのHDDに内蔵したハイレゾ音源を含む音楽の再生が可能だ。対応フォーマットは、リニアPCM最大192kHz/24bitで、DSD音源は2.8/5.6MHz対応(リニアPCM変換)となる。画面のメニューに楽曲表示もできるため、ちょっとしたネットワークオーディオプレーヤーのように使える。

 ステレオ再生でハイレゾ音源を聴いてみたが、従来のどちらかというとメリハリを効かせた聴きやすい音質ではなく、フラットなバランスのHiFiオーディオに近い本格的な音のバランスに仕上がっていることがわかる。クラシックのオーケストラを聴いても音の粒立ちがよく、音色も自然な感触だ。音場も案外広く、力強い低音もあってなかなか豊かなスケール感が得られる。

 かなり音楽再生に寄った音質だが、中低音がしっかりとして音像の実体感があるので、映像と一緒に見ても、音がひ弱に感じられることはない。ステレオ再生のままテレビ放送を見ていても、ドラマや映画の声がしっかりと前に出る感じで定位し、厚みのあるしっかりとした音で再現されるので、聴き応えも十分。さすがは最上位モデルだ。

 また、「Chromecast built-in」に対応し、スマホなどの対応アプリの音声を手軽にサウンドバーに出力できる。音楽配信のSpotify対応など、音楽再生の機能はかなり充実している。

ホームネットワークを選択し、自宅のNASのファイルを表示したところ。日本語の表示にも対応している
ミュージックサービスを選択すると、「Chromecast built-in」または「Spotify」を選択できる。ミュージックサービスは今後も随時新しいサービスが増えていくようだ

 続いて設定を見ていこう。基本的にはHT-ST9などの従来モデルと大きくは変わらない。大きく異なるのは、音声設定の「スピーカー設定」だ。ここでは、フロント、ハイトスピーカー、サブウーファの距離やレベルの設定を行なう。自動的な測定機能などはないので、実測で入力しよう。とはいえ、あまり深刻になる必要はなく、レベル調整などは実際にテストトーンを聴きながらだいたい同じ音量に聞こえるように合わせる程度でいい。もともと一体型なので、距離や音量は初期値のままで大きくずれることはない。

設定のトップ画面。各項目ごとに細かな設定が行なえる
映像設定の画面。出力映像解像度設定やHDMI映像出力フォーマットは、使用する薄型テレビに合わせて切り換える。基本的には自動のままでOK
音声設定では、スピーカー設定を行なう。このほか、「DSEE HX」などの高音質機能もあるので、必要に応じて設定する
スピーカー設定では、距離とレベル、天井の高さを設定する。テストトーンはレベル調整を行なうときに「入」にする
距離の設定では、フロント(サウンドバー本体)とサブウーファの距離を入力する。サブウーファを遠くに置く場合はきちんと実測して入力しよう
レベルの設定では、テストトーンを聴きながら、それぞれの音量が同じくらいになるように調整する。音量によって聴こえ方も変わるので、いつもの音量レベルでテストトーンを聴くようにするといい

 ただし、サブウーファを遠くに置く場合はサウンドバーとサブウーファの距離をきちんと測って入力しよう。そしてハイトスピーカーの天井との高さもきちんと測っておくといい。

天井の高さを測定して入力する。ハイトスピーカーの再現性に関わるので、面倒でもきちんと実測して入力しよう

 目新しい機能としては、「音声アップミックス設定」がある。これは、Dolby AtmosやDTS:Xが備える機能で、従来の2ch~7.1ch音声を高さを含めた立体音響として再現するもの。この効果がなかなか優秀なので、積極的に使いたい機能だ。「ドルビーサラウンド」と「(DTS)Neural:X」が選べるが、役割としては同様で音場の再現がやや異なる。興味のある人はそれぞれを切り換えて、好みに合った方を選ぶといいだろう。

 また、深夜の映画鑑賞などでは、Bluetooth送信機能が選べるのもありがたい。一般的なサウンドバースピーカーが備えるBluetooth機能は受信機能で、スマホなどの音楽をサウンドバーで再生できるというものだが、送信機能はテレビやBD再生など、サウンドバーに入力された音声をBluetoothで対応スピーカーやヘッドフォンに送信する。つまり、Bluetoothヘッドフォンなどがあればワイヤレスでヘッドフォン再生ができるというわけだ。また、音声コーデックもAACやLDACに対応しており、個別に使用の切換ができるようになっている。

音声設定の「音声アップミックス設定」では、「ドルビーサラウンド」と「Neural:X」が選べる。前者はドルビー系、後者はDTS系と組み合わせるのが基本だが、好みで使い分けて構わない
Bluetooth設定では、受信と送信を切り換え可能。スマホの音楽をワイヤレス再生するならば「受信」、サウンドバーの音をワイヤレスでヘッドフォン再生するならば「送信」を選ぶ
本体設定では、各種の機能の設定が可能。基本的には初期設定のままでOKだが、使い方に合わせて設定しよう
ネットワーク設定

 また、こうした設定や基本操作は、スマホ用アプリの「Music Center」(Android、iOS用。共に無料)からも行なえる。また、同じ家庭内ネットワーク内にある対応機器に音声を転送するといったワイヤレス連携機能も利用できる。

アプリをインストールしたら、機器を登録する。基本的に画面のガイド通りに操作するだけなので簡単だ
登録が完了すると、リストに機器名が追加される。複数の機器が登録されている場合は連携などの設定が行なえる
HT-ST5000の操作画面。入力の切り替えと音量調整が行なえるシンプルな画面だ
設定の画面。サウンド、システム、Chromecast built-inの各項目での設定が行なえる
サウンドの設定項目。サウンドフィールドの切り換えやナイトモードなど、視聴中によく使う機能が揃っている
Chromecast built-inの設定画面。キャスト方法や対応アプリの紹介など、使い方のガイド的な役割も持っているので、初心者にも使いやすい
Chromecast built-inに対応したアプリを紹介する画面。画面はiOSのものだが、iOS用アプリでもかなり多くのアプリが対応していることがわかる

ウルヴァリンシリーズの第3作となる「ローガン」をモノクロ版で鑑賞

 さて、いよいよ上映だ。選んだのはアメリカのコミックを映像化した「X-MEN」シリーズのスピンオフ作品である「LOGAN/ローガン」。「X-MEN」は「スーパーマン」や「バットマン」といったヒーロー作品だが、徹底的にリアリティを追求しストーリー的にもなかなかハードな内容となっていることで大きな人気となり、長く愛されてきたシリーズだ。特に現在は、マーベル・コミック、DCコミックのそれぞれが人気キャラクターをよりリアルな設定でリメイクすることが増え、さらにはヒーロー大集合的な「~ユニバース」的展開も行なわれているが、数多くの個性豊かなヒーローとヴィランが結集する「X-MEN」はその始祖的な存在と言えるかもしれない。

LOGAN/ローガン 4K ULTRA HD + 2Dブルーレイ/4枚組
(C)2017 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

 「X-MEN」の中でも特に人気の高いウルヴァリンはスピンオフ作品も本作を含めて3作が制作され、キャラクター像がさらに深掘りされている。

 今回視聴したのは、UHD BD版の「ローガン:ノワール」。監督自らがこだわって監修したモノクロ版だ。これは「LOGAN/ローガン<4K ULTRA HD+2Dブルーレイ/4枚組>」という形で販売されている。劇場公開されたカラー版は、UHDブルーレイ、BD版ともに単独でも購入できる。

モノクロバージョン「LOGAN/ローガン:ノワール」
(C)2017 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

 モノクロ版を選んだのは、紹介する機器がオーディオ機器のため、映像について評価する必要が少ないためもある。だが、本当のところは、まさに作品に雰囲気にぴったりで、これこそが、ヒュー・ジャックマン演じるウルヴァリンと、パトリック・スチュワート演じるプロフェッサーXの最後の姿に相応しいとさえ思えるいぶし銀の迫力に痺れたからだ。

UHD BD+BD版の展開図
(C)2017 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

 もちろんカラー版も見ているが、色彩はやや控えめのダークかつ渋いものになっていて、ヒーロー作品である「X-MEN」的な派手さはかなり抑えられていた。興行的にも機材的にもカラー作品で制作することが要求されたであろうが、監督自身モノクロ映像を志向していたことがよくわかる。

 その映像は、UHDブルーレイの恩恵を実感できるのは4Kの高解像度のみ。モノクロなので広い色域のメリットはない。HDRも強い輝きの表現は控えめで、かつてのモノクロ映画を質の高いテレシネで復元したような感触だ。どちらかというと、暗部の粘りつくようなフィルムの階調感を重視した映像で、極めて質は高いが目新しさは少ない。

 だが、それが物語にぴったりと合うのだ。鈍い輝き、優しささえ感じる柔らかい光の感触、そして底なしに深い暗闇の描写が、年老いた彼らの姿をありのままに映し出している。

しっかりと音像が立ち、空間が豊かに広がる。Dolby Atmosの良さがしっかりと伝わる

 さて、いよいよHT-ST5000の音について語っていこう。冒頭のマーベルのロゴで雑誌のページをめくる音がいつになくリアルで重々しい。これだけでも、HT-ST5000がなかなかの実力とわかる。

 サウンドバータイプのスピーカーは、メインとなるスピーカーが小口径となるので、定位感や音場感は出るが、音の厚みや実体感が乏しくなることが少なくない。中低音はサブウーファで支えるわけだが、1本のサブウーファでは(指向性がそれなりにある)中低音を強めると音場感が乏しくなるので、指向性のない低音域だけを強化しがち。それゆえ、音の厚みに影響する中低音の抜けた迫力はあるが痩せた印象になりやすい。

 このあたりは、本格的な大型スピーカーで構成した我が家のサラウンドシステムとの比較なので、サウンドバーに求めるのは欲張り過ぎ。だが、HT-ST5000は、十分な重厚感のある音を聴かせてくれた。サウンドバータイプとしては大口径なスピーカーを7個も搭載していることもあり、サブウーファとの音の繋がりも絶妙なものになっているのだろう。

 時代は2029年の未来となっていて、ウルヴァリンことローガンも年老いた姿で描かれる。冒頭で彼が仮眠をとっていた仕事用のリムジンが盗難されかけるが、それを阻止しようとするローガンの姿にかつてのヒーローの面影はない。かつての麻薬中毒状態を思わせるよれよれの姿で、悪党にボコボコにされながら、不死身の肉体とアダマンチウムの爪のおかげでなんとか追い返すのがやっとだ(それなりの人数は殺傷しているが)。

(C)2017 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

 この場面はなかなかショッキング。もはや彼はヒーローではなく、冴えないタクシードライバーとして日銭を稼ぎ、90歳を超えた老齢となったチャールズ・エグゼビア(プロフェッサーX)を介護する生活を続けていたのだ。しかもチャールズは、おそらくは痴呆の症状が出ており、発作を起こすと強大なパワーを暴走させてしまうという、危険な状態になっている。

 ここ25年の間に新たなミュータントは生まれておらず、彼ら自体も絶滅の危機に瀕していたのだ。どうにも切ない展開だ。

 モノクロの映像は、彼らの顔に刻まれた深い皺を濃厚な陰影で描き、厚みのある音で悲しげな彼らの声をなまなましく伝える。自分も歳をとって、老いが身近に感じられる年齢になったこともあり、かつてのヒーローが老いた姿に感情移入してしまう。

 そんな隠遁生活を続ける彼らの元に、ローラという11歳の少女をエデンと呼ばれる場所に送り届けて欲しいという依頼が届く。ローラは何者かに追われており、ローラを新たな仲間だと思い込んだチャールズの我が儘もあって、ローガンもその逃走劇に巻き込まれることになる。

 一時的にローラを匿ったローガンだが、武装した捜索隊に隠れ家を襲撃されてしまう。そこでローラは、ローガンと同じアダマンチウムの爪を使って捜索隊を殲滅していく。このシーンはR18指定もなっとくの残虐さだ。

(C)2017 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

 激しい銃撃の音が前後左右はもちろん、上からも降り注ぐが、その方向感や音の移動感も見事だ。Dolby Atmosならではの立体的な音場の中で自由自在に音が現れる。そしてひとつひとつの音が重い。ローラの悲鳴のような雄叫び、ローガンの絞り出すような太い声、走り去るリムジンの野太いエンジン音、なにもかもが重厚な迫力だ。

 本機は、サラウンドモードも映画や音楽といったジャンルに合わせて切り換えられるが、Dolby Atmos音声の場合は「3Dオーディオ」を選択することでDolby Atmos再生となる。試しに、「Movie」に切り換えてみたが、前後の音の移動感や定位はなかなかよく出来ているが、シームレスな空間感に乏しく、平面的な音の広がりとなる。Dolby Atmos(3Dオーディオ)に戻した途端に、空間感が豊かになり、音楽の包囲感や音場全体の立体感が高まるのがわかる。

 天井に向けて音を放射するイネーブルドスピーカーでも、十分な空間感が得られる。面白いことに高さ方向の再現が加わることで天井がなくなったような音の広がりを感じるし、逆に5.1chや7.1chでは天井が低くなったような空間の閉塞感がある。音の移動や上から降り注ぐ音もDolby Atmosらしさだが、こうした空間の広がりこそがDolby Atmosの良さだろう。

 ローガンとリチャードらを乗せたリムジンは、金網を破って逃走するが、画面に見えていない金網を支える鉄柵までなぎ倒され、金網ごとリムジンに引きずられている様子が音でよくわかる。

 空間の再現が十分でないと、右側でガシャガシャとした音が鳴っているだけで、それが鉄柵が引きずられる音に気付きにくい。金網と鉄柵をドリフト走行で左右に振り回して、追いすがるバイクを転倒させるのだが、空間表現に乏しいスピーカーだと、そのアクションの流れが伝わりにくいのだ。HT-ST5000の表現力は申し分ない。

 銃撃にさらされるリムジンの車内の閉塞感、リチャードの弱々しい声も、鮮明でしかもなまなましく響く。そして、重いベースが主体の迫力ある劇伴が不意に不似合いとも思えるピアノソロに移行する。その音楽が心に染みる。かなりの大迫力なシーンなのに、見ていて切なくなる哀愁に満ちているのだ。

ソニーが目指したサウンドバーによる音場再現の完成形と思える仕上がり

 物語はその後、ローラの目的地であるエデンを目指すアメリカ縦断の旅となる。もちろん、捜索隊は執拗に彼らを追い、大勢の人の集まる都会で、逃亡する彼らを温かく迎え入れてくれた農家の家屋で、激しいバトルが展開する。ボロボロの肉体を奮い立たせて戦うローガンの姿も見逃せないが、それ以上に心に焼き付くのが、逃亡中の静かな場面だ。

 ホテルでローラが繰り返し見た西部劇「シェーン」のラストの場面は、もちろん名場面だが、生き残るために多くの人を殺してきた彼らには我々とは違う痛みを覚えただろう。ローガンもまた、自分の遺伝子を使って生み出されたローラの姿に、かつての仲間や家族の姿を見ていた。

 リチャードは、悪い言い方をするとローガンを振り回すボケ老人の役割なのだが、家族のないローガンに家族を与えたいと願い、ミュータントたちの平和を誰よりも求めていた姿が描かれ、涙腺が崩壊する。そう、これはミュータントたちがなくしてしまったものを取り戻す物語なのだ。

 そして最後の戦いが始まる。ローガンはもはや正義のヒーローではなく、ミュータントを追う人間たちと家族を守るために戦う。

 モノクロとなることで情報量がそぎ落とされたと思いがちだが、カラー情報が不要となるぶん、映像の転送レートが輝度情報だけで使えるため、階調表現はもちろん、暗部の見通しも向上し、映像作品としての情報量はむしろ増えたとさえ思う。そして、この豊かな映像の情報量に負けない音の情報量をHT-ST5000も再現してくれた。個々の音の再現性やディテールといった表面的な情報量だけでなく、情感や重量感といった感覚的なものまで伝えてくれる音はサウンドバータイプとしては見事なものと言っていい。

 筆者はHT-ST5000の系統の元祖であるHT-ST7でもその音の実体感に驚き、いろいろと取材もさせてもらったが、その頃からサウンドバータイプでのサラウンドにおいて、大事なことは映画の音の三要素であるダイアローグ、音楽、効果音の3つをリアルに再現することを重視していたことを思い出す。

 HT-ST7の頃は、音の実体感には優れるものの、後方の音の再現や空間感は、まだ十分ではなかった。それがハイレゾに対応したHT-ST9となって、サラウンド感もなかなか優秀になった。そして、HT-ST5000となって、基本的な音質のブラッシュアップとDolby AtmosやDTS:X対応があって、当初目指していたものが、ようやく完成に近づいたと感じた。

 それはやはり、豊かな空間の再現と、ダイアローグ、音楽、効果音のリアリティが高い次元で共存できることだと思う。

 試しに、今回の候補でもあったUHD BD版の「マリアンヌ」(DTS HDマスターオーディオ7.1音声)を「3Dオーディオ」(アップミックスはNeural:X)で聴いてみたが、元が7.1ch音声でも「3Dオーディオ」の方が音場のリアリティが高まり、厚みのある音にふさわしい空間になると感じた。我が家でDolby AtmosやDTS:Xに対応した環境を整えたときには、むしろアップミックスの効果に感激し、手持ちのソフトをほとんど見直したほどだったが、それと同じくらいの表現力の変化だった。2ch音声のアップミックスは好みが別れるが(個人的には音楽は2chはそのまま、映画の2ch音声はアップミックスが好ましい)、5.1/7.1chのものは「3Dオーディオ」(アップミックス再生)の方が適していると思う。

 その理由と言えるのが、立体的に音場を拡大しても音像が痩せたり薄まった印象にならないことだ。芯の通った力強い音像がないと、アップミックス再生では空間だけが広がってしまい、音像がぼんやりとした印象になりかねない。あえて言うならば、Dolby AtmosやDTS:X再生の難しさがここにあると思う。せっかくDolby AtmosやDTS:Xに対応したのに、期待したような効果が感じられないという場合は、基本に立ち戻って、各チャンネル間の音の定位や音像の再現を見直してみるといいだろう。

 これまでにも何度も言っていることだが、現実的に天井スピーカーを設置するどころか、リアル5.1ch再生も難しい環境で、しかしサウンドバーでの音の実力に物足りなさを感じている人は、HT-ST5000のようなDolby AtmosやDTS:Xに対応したシステムを試してみてほしい。きっとサラウンド再生の本当の魅力がよくわかるはずだ。

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鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。