鳥居一豊の「良作×良品」

第73回

有機ELでしか見えない色と階調。ソニー「KJ-65A8F」で見る「シェイプ・オブ・ウォーター」

 今回の良作は、ソニーの有機ELテレビ「KJ-65A8F」(ソニーストア価格 549,880円)。今春発売のモデルで、'17年発売のA1シリーズからパネルの仕様が新しくなっており、また画面から音が出る特徴的なスピーカーや背面のサブウーファの設計が最適化されているなど、画質・音質面においては熟成が進んだモデルだ。

KJ-65A8F

 2018年仕様の有機ELパネルは出荷時期によって一部仕様が異なるが、こうしたパネルの細かな違いによる画質の差は基本的にないと考えていいようだ。2018年仕様のパネルになって、暗部の再現や明るい場面での輝度の向上などが実現されてはいるが、ピーク輝度は昨年のパネルとは大きく変わらないし、有機ELの弱点である黒に近いわずかな発光が不安定になるというものが完全に回復されたわけではない。

 こうしたパネルの特性に合わせて、各社が独自に映像信号処理などでさらなる弱点の解消や画質の向上をはかっているため、各社の最新モデルを見ていくとその映像にはけっこうな違いがある。現在のところ、パネル生産を行なっているのは世界で1社(LGディスプレイ)だけであり、パネルは共通だ。これらをどう使いこなしていくかがメーカーの腕の見せどころとなるわけで、注目すべきはトータルの画作りだろう。

シンプルだが上質なスタンド

 KJ-65A8Fの外観を見ていこう。スタンドが一体型だったBRAVIA A1シリーズと異なり、A8Fシリーズでは一般的なスタンドを採用している。前面に飛び出す部分は極薄の一枚板で、画面部分と設置台の隙間は極少だ。画面以外のものを目出せないミニマルなデザインはそのまま踏襲。テレビを斜め横から見ないとA1とA8Fの違いに気付きにくい。

 また、このスタンドを採用したことで、本体全体の奥行きが約255mmまで短くなっており、一般的なスタンドやテレビ用ラックへの設置性が高まっている。画質・音質を別とすれば、こうした設置性が大きな違いであり、一般的な薄型テレビからの置き換えもしやすいはずだ。

KJ-65A8Fの外観。中央付近にスタンドが見えているが、薄くフラットな形状でほとんど目立たない
画面の左下にあるソニーのロゴ。ロゴマークさえも目立たないように配慮したデザインとなっている
スタンド部分をクローズアップ。ヘアライン仕上げのため、画面の光の反射もよく抑えられている
真横から

 OSはAndroid TVで、Android 8 Oreoのバージョンアップも予定している。入力端子などの装備は、HDMI入力4系統、汎用USB×2、録画用USB×1などを備える。地デジ/BS/110度CSチューナは2系統を備えているが、新BS/CS4K放送チューナは内蔵せず、将来発売予定の外付けチューナを利用することになる。

側面部の入力端子部。上部にB-CASカードスロットがあり、ビデオ入力(ミニプラグ)、ヘッドフォン出力、汎用USB×2、HDMI入力
本体部下側にある入力端子部。右から録画用USB端子、HDMI入力3系統、光デジタル音声出力、LAN端子、アンテナ端子となる。端子部にはカバーが用意され、端子類を目立たせることなく収納できる

 ディスプレイと一体化されたこともあり、ユニットの数や配置も変更されているのが、スピーカーシステムだ。「アコースティックサーフェス」と呼ばれる画面そのものを振動させるスピーカーは、背面に配置されるアクチュエーターの位置を最適化。背面の中央に配置されるサブウーファは1ユニットから2ユニットになっている。サブウーファは口径が小さくなったために2ユニット化されたようだが、低音の再生能力なども最適化されており、より迫力のある音を再現できるようになったという。このあたりは、視聴でじっくりと確認したい。

背面の中央にあるサブウーファ部。壁面の反射を利用して低音を広がり豊かに再現する仕組みだ

2018年有機ELの実力をさまざまなコンテンツで確認

 まずは、テレビ放送などを見て、最新の有機ELテレビの実力をチェックしてみよう。今回は65型をお借りし、編集部の会議室でチェックしている。このため、テレビ放送などはあらかじめ自宅のBDレコーダでDR録画したものをBDプレーヤー(パナソニック DMP-UB90)で再生して確認している。厳密に言うと内蔵チューナでのオンエア画質にはならないのだが、地デジなどの映像がどのように再現されるかの目安にはなるだろう。

 スタンダード画質で、FIFAワールドカップのロシア大会の試合を見てみた。4K撮影のせいか、フィールドの広いエリアを映した映像が多く、地デジ放送では細かなディテールの再現が少々厳しい映像だ。しかも映像の動きも早いので、ノイズも目立ちやすい。そんな映像を、ディテール感こそやや穏やかだが、ノイズのチラつきの少ない安定感のある映像で再現した。動きの早い部分で少し映像の細部が潰れた感じになる程度で、映像が見づらくなってしまうようなことはなかった。

 同じくスタンダード画質で、ニュース番組を見てみると、動きの少ないスタジオ内の映像では、ディテール感もしっかりと出し、くっきりと見やすい画質で楽しめた。映像処理回路は、4K高画質プロセッサーの「X1 Extreme」で、デュアルデーターベース分析による映像に合わせてディテールの再現を行なっている。サッカーの試合とニュース番組のスタジオ撮影で、ディテール再現の度合いがかなり変わっているのは、映像に合わせた適応処理がうまくいっているのだろう。

 このほか、ドキュメント番組やアニメなども見たが、総じて地デジの放送由来のノイズ感を抑えつつ、コンテンツに合わせてバランスよくディテールを描くことがわかった。他社と比べて飛び抜けて高解像度というわけではないが、映像が破綻して見づらくなることは少ない。コントラスト感のあるくっきりとした映像をさまざまなコンテンツに対応してバランスよく見せる。特にアニメでは輪郭の描線もスムーズだし、カラーバンディングが出やすいグラデーションの再現なども滑らか。暗部を含めて階調表現はなかなか優秀だ。

 音については、画面のガラスを振動させて音を出す仕組みの「アコースティックサーフェス」も、いかにもガラスが鳴っているようなクセっぽさは少なく、明瞭で聴きやすい音になっている。A1シリーズに比べて自然な鳴り方に近づいた印象で、しっかりとチューニングされていることがわかる。また、音質モードの「スタンダード」はやや穏やかだが自然な鳴り方で、どんな番組にも合う。サッカーを見たときの「スポーツ」はサラウンド効果が加味され、スタジアムの観衆のざわめきが豊かに広がるようになる。サラウンドとしての包囲感や広がりはやや漠然とした感じだが、元がステレオ音声なので広がり感としては十分だろう。アナウンスの声は中央にしっかりと定位し、クリアーな再現だ。

 サブウーファによる低音だが、ことさらに低音の伸びや力感が増強されたという感じではないが、画面から出る音とのつながりが良好になったのか、声の厚みや力強さがよく感じられた。背面に配置されたサブウーファの低音は、壁との距離によって鳴り方も変化しやすいが、視聴時の壁から2~30cm程度の距離だと、低音が膨らみ過ぎることもなく、しっかりと力強い音まで描いていた。

 音質については、A1シリーズに比べてA8Fシリーズの方が高音~中音、そして低音のつながりがスムーズになり、一体感のある鳴り方になっている。結果として声の厚みや微妙なニュアンスもしっかりと再現できる。ややメリハリを付けた感じの音ではあるが、そのぶん明瞭で聴きやすい。バランスのよい鳴り方をするため、迫力たっぷりの重低音が鳴るというわけではないが、力感やスケール感も含めてリッチな音のするサウンドに仕上がっている。

 有機ELテレビはパネルの薄さを活かしたデザインを採用する傾向があるため、スピーカーにとってはますます厳しい環境ではあるが、A8Fシリーズは前モデルからの改善を加えて、内蔵スピーカーとしては十分なレベルになっている。

音質・音声設定の画面。スピーカー出力の切り替えやオーディオシステムとの連携設定、映像と音を同期させる「AVシンク」、スタンド設置/壁掛け時でのスピーカー特性の切替など
音質の調整メニュー。基本的には「ClearAudio+」を「オン」にすることで、自動で最適な音質設定の組み合わせになる。
音質モードは、標準的に使える「スタンダード」のほか、声を聴き取りやすくする「くっきり音声」や「シネマ」、「ミュージック」や「スポーツ」など
音質モードと連動しているサラウンド効果は、モード別に効果を調整可能。イコライザーによる調整機能もある。

 UHD BDでは、アニメ作品の「イノセンス」を見たが、6Kスキャン/4Kリマスターの高品質な映像を見事な表現力で描いた。冒頭のオープニング場面でのガイノイド(女性型アンドロイド)の製造工程を描く場面では、組み立てが進むボディの周囲に浮かぶ塵のようなものを鮮やかに再現。最暗部は黒の締まりをキープしながらも、黒に近い微妙な階調をかなりしっかりと描いている。暴走したガイノイドが潜む路地裏も薄暗い部分とライトで照らされた壁面や看板がコントラスト感たっぷりに描かれ、暗色の再現も良好なためか実に色鮮やかに感じる。

 少し気になったのは、フィルムのグレインを残した映像のせいか、グレインのざわつきが少々目立ったことくらい。元々の情報量の多い映像では、ディテール再現を積極的に行なう傾向があり、フィルムのグレインなどを必要以上に目立たせてしまうようだ。アニメに限らずフィルム撮影の古い作品などでは、「リアリティー・クリエーション」の効果を抑えると、より見やすい映像になる。

 HDRらしい高輝度の再現では、鋭い光の強さというよりも白に近い光の階調感をスムーズに表現できていた。街中の明るいシーンでは、これまでの有機ELテレビとはひと味違う、力強い明るさ感が出ていた。結果的にコントラスト感も高くなったと感じるし、光が差す部分と影の部分の見え方の違いがしっかりと出て、より見応えのある映像になっている。

 DTS:X音声のサラウンド再現は、さすがに後方への音の回り込みはほどほどで、前方主体の音場感になる。サラウンド再現は決して十分ではないが、ダイアローグがしっかりと画面に定位し、声に厚みのある再現となるし、BGMの音楽も豊かに鳴らしてくれる。ただし、サラウンドを本格的に楽しむならば、別途サラウンドシステムを組み合わせた方がいいだろう。

「シェイプ・オブ・ウォーター」の深く沈んだ豊かな色を存分に味わう

 いよいよ、良作の出番だ。今回選んだのはギレルモ・デル・トロ監督の「シェイプ・オブ・ウォーター」。アカデミー賞で作品賞、監督賞、作曲賞、美術賞の四冠に輝いた作品で、その映像の美しさは見事なもの。彼の監督作はいずれも暗い映像のものが多いが、本作はただ暗いだけではなく、暗い中に豊かな色を描いていることが特徴。液晶テレビでも暗色の美しさはしっかりと出るが、黒浮きが生じるために暗さ感が不足してしまいがち。有機ELテレビの豊かな映像表現力を思う存分に味わえる作品だ。

シェイプ・オブ・ウォーター オリジナル無修正版 4K ULTRA HD+2Dブルーレイ
(C)2018 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

 まず最初の準備として、本体前面の下部にある「イルミネーションLED」を消す作業をした。イルミネーションの発光で操作に対する反応がわかるので、便利な機能ではあるが、暗いシーンの多い映画を見るときは常時点灯だとややわずらわしい。潔く「切」を選んでもいいが、「操作応答時のみ点灯」を選べば利便性を損なわずに使えるだろう。暗室に近い環境で映画を見ることが多いと、案外映像以外の光が目に付きがちだ。有機ELテレビは暗室で見るべきとまでは言わないが、こうした暗いシーンの多い作品ではなるべく部屋を暗くした方が、より良さを味わえる。

 まずは「シェイプ・オブ・ウォーター」の冒頭の場面を見て、画質設定を一通りチェックしていこう。冒頭の場面は、主人公であるイライザの住む部屋が水没したかのような幻想的な場面。海中のように青みがかった色彩に支配された室内で、ランプや小物が舞い、やがて部屋のベッドに沈んでいくイライザの姿が映し出される。暗闇のシーンではないが、室内はそれなりに暗く、暗部の再現性が十分でないと見づらい印象になるし、暗色が色を失ってモノクロ映画のようになってしまう。もしもこうなってしまうと、その先の場面での“恋人”の美しさが台無しになる。

 画質モードは、映画を忠実に再現する「シネマプロ」を選んだ。本機に限らず、ソニーは液晶テレビ、有機ELテレビともに暗部をしっかりと描き出し、そのぶん、全体的には明るめの再現をする傾向がある。これもあらゆるコンテンツを見やすく、しかもディテールまでしっかりと描くための王道的な画作りだ。しかし「シネマプロ」はしっかりと黒が沈み、それでいて最暗部の階調性も豊かに描く、映画的な画作りになっている。映画らしい再現という意味でもよく出来た画質モードだ。

画質モードその1。自由に調整ができる「カスタム」、「シネマプロ」のほか、明るい環境で映画を見ることに適した「シネマホーム」がある。
画質モードその2。「アニメ」や「スポーツ」のほか、静止画表示のための「フォト」モードもある

 画質モードが決まったら、「オート画質モード」や「明るさセンサー」を「オフ」にして、意図せず画質モードが変わってしまわないようにする。このあたりは使いやすさに応じて使い分けよう。明るさやコントラストについては、まったく調整の必要がなかった。水没した室内を薄暗さを感じさせながらも、見通しよく描き、ゆらゆらと差し込む光のニュアンスなど、階調感も優秀だ。実はA1シリーズだと、黒がやや浮いた感じになるので、黒レベルを少し下げていたのだが、本機の場合は黒の締まりもしっかりと確保できていた。有機ELテレビとしての進化を感じる部分だ。

 色の濃さや色合いなども初期値のまま。階調表現が実にスムーズで、しかもある階調だけ緑や赤に片寄ることもないので、色彩は忠実感のある描写だ。それでいて、モニターのように正確さ最優先ではなく、ほんのわずか肌の赤みなどを足しているので、魅力的な映像になる。このあたりの巧みさはさすがはソニーの画作りだ。

 解像感を調整する「リアリティー・クリエーション」については、暗部のノイズ感が増えたように感じることがあるので、適度に抑えている。好みにもよるが、デジタル撮影のノイズレスな映像ならば、初期値のままでよいが、フィルム撮影またはフィルムに近いトーンの作品では、ややディテールが強調されすぎる傾向を感じた。

 「モーションフロー」は、液晶テレビでは残像感を低減する効果もあるが、有機ELは残像感は少ないので、ムリに使う必要はない。24コマ撮影の映画をややパラパラとした独特の動きも含めて忠実に楽しむならば「オフ」、一般的な動画コンテンツのように滑らかな動きの方が見やすいならば「オン」と使い分けよう。

 結果的には解像感を少しいじったが、初期値のままで十分に楽しめる映像だ。映像表現力が極めて優秀な有機ELテレビならば、これは当然のこと。現在マスターモニター標準機となっているBVM-X300を作っているソニーが、その正確な映像を基にしつつ、テレビとして見映えのする映像になるように絶妙な味付けを加えているわけだが、そのバランス感覚が見事だ。強いて言うならば、細部でのノイズ感がやや気になった程度だ。

画質設定のトップ画面。画質モードのほか、コンテンツに合わせて自動で画質を切り替える機能や明るさセンサーなどがある。「明るさ」と「色の濃さ」は基本的には初期値のままでいい。
画質の詳細設定の画面。「明るさ」の項目で、明るさやコントラスト、黒レベルを調整できる。有機ELテレビならば自動コントラスト補正は「切」でいい。
「色」の項目は、色の濃さ、色合い、色温度などを調整できる。色域の広いUHD BDなどでは「ライブカラー」は基本的には「切」でいい
「くっきりすっきり」は、解像感とノイズリダクションの設定。「リアリティー・クリエーション」は、ディテール感に影響するので、好みに応じて調整する。
好みにもよるが、映画では動画補間技術である「モーションフロー」は「切」。テレビ放送などでは積極的に活用して、スムーズな動きで楽しむといいだろう

 冒頭のファンタジックな場面で、ファンならばすっかり魅了されてしまうが、本作は物語もデル・トロ流の独特なものとなっている。舞台となるのは1962年のアメリカにある政府の極秘研究所。イライザはそこで清掃員として働いている。その仕事の様子を見るとすぐにわかるが、彼女はしゃべることができない。会話は聞き取れるので、返事は手話でするといった具合だ。そんな彼女が出会うのが、施設にやってきた謎の生物。ずばり言ってしまえば半魚人だ。“彼”も人間の言葉を話すことはできず、イライザは最初は興味から“彼”に近づき、やがて“彼”に恋してしまう。

 そのまんまというわけではないし、男女の立ち位置も違っているが、「人魚姫」の物語を連想する人は少なくないはず。ファンタジーの舞台にはふさわしくないほんの50年ほど昔の現代を舞台とするあたり、なかなかのひねくれっぷりだ。

 “彼”の姿はまさにホラー映画の半魚人そのもので、魚のような眼やエラとおぼしき裂け目が不気味に動くなど、とてもロマンティックな物語の“恋人”には見えない。だが、見ているうちにそれが不思議と可愛らしいとさえ感じてしまう。これが本作の面白さだろう。

 “彼”の姿は黒一色と言ってもいい色合いなのだが、クローズアップの場面などではそれが暗い緑や青い色であり、魚の模様のように黄色やオレンジのラインも描かれている。そして、時折“彼”の感情を表すように身体のあちこちにある斑点が鮮やかなブルーで発光する。ホラー映画の化け物のようにうめき声のような鳴き声しか発さず、まぶたのような膜が開閉するくらいしか表情は変わらないのだが、見ていると思った以上に表情豊かだ。こうした彼の姿を鮮やかに描くのがとても難しい。黒に近い暗色がしっかりと色彩感豊かに再現される必要があるし、なめらかな階調感も重要だ。このあたりは、本機はかなり優秀だ。階調の推移が滑らかなので、体表の感じやディテールもよくわかる。そして、ヒロインであるイライザの肌のきめのこまかさや肌の質感もリアルそのもの。

(C)2018 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

 肌の階調の美しさは、他のメーカーの有機ELテレビと比べてもトップクラスの表現力を持っており、イライザだけでなく、清掃員の同僚である黒人女性の黒い肌の再現も実になめらかでしかもリアルだ。“彼”の姿が異様だし、物語も冷戦時代を反映して東側のスパイなどが暗躍するなど、かなりダーク・ファンタジー的な色合いが強いが、その本質は正真正銘のロマンティックなラブ・ストーリーである。登場人物の表情が豊かに描けなければ、愛の物語を見るには物足りない。

 物語は、イライザによる“彼”の救出、わずかな期間のアパートでの逢瀬、“彼”を奪還しようとする政府側の人間との対決と、ロマンティックなだけでなく、ハラハラとさせる展開もたっぷりだ。ホラーが苦手な人など、映像的に敬遠してしまう人もいそうな作品だが、実に楽しく、そして切なく愛おしい物語でもある。アカデミー賞受賞はダテじゃない。

 最後にもっとも美しい場面を紹介しよう。それはイライザのアパートでの“彼”との逢瀬の場面。バスルームの浴槽に水を張って“彼”の住処としているのだが、その浴室に水を満たし、水の中で2人は愛し合う。もちろん、部屋からは水が漏れて、階下にある映画館にまで水漏れが発生してしまうのだが、そんなことはどうでもいい。水で満たされた浴室で2人が抱き合う場面がとても印象的だ。タイトルにある通り、水の中のゆらゆらとした光の動きがとても美しく、文字通りの濡れ場を実に美しく描いている。こうした水中のデリケートな光の描写、陰影の美しさは、階調表現では随一の本機の真骨頂とも言える。

(C)2018 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

 また、恋するイライザは、夢の中で美しい歌声を披露するのだが、彼女がたどたどしく言葉を発し始めると、場面から色が失われ、モノトーンの世界へ切り替わる。色を失っていく様子の推移もスムーズで、実に幻想的だ。だから、彼女が夢から覚めてハッっと色を取り戻した世界で眼を見開く場面が、こちらも目が覚めるような鮮烈な印象になる。

 本作はKJ-65A8Fだけでなく、ここ最近の薄型テレビでは必ずチェックに使っているが、なめらかの色の変化、陰影の豊かな再現など、階調性に優れていることが、この映画にとってはもっとも重要だと感じる。KJ-65A8Fは、そんな本作の美味しいところを十分に味わわせてくれた。

有機ELは、映画好きな人こそ真価を発揮する

 有機ELテレビは、それなりに買いやすい価格になってきてはいるものの、液晶テレビに比べれば高価だ。しかもあらゆる面で液晶テレビを凌駕しているわけではなく、外光が入るような明るい部屋では、出来の良い液晶テレビの方が有利な場面もある。プラズマテレビのように明るい部屋で使いにくいわけではないが、部屋を暗くした方がその良さを十全に発揮できる。これが有機ELの特徴で、少々おおげさだが、映画のための高画質と言いたいくらいだ。

 暗いシーンが多く、液晶テレビでは視聴が厳しいと感じる作品はここ数年でかなり増えてきているが、有機ELパネルを使ったマスターモニターや薄型テレビが登場したことが理由のひとつかもしれない。スクリーン上映では厳しいくらい黒にこだわった作品がかなり増えてきている。その傾向は、テレビドラマや動画配信のオリジナルコンテンツでも同様だと思う。

 KJ-65A8Fで観ると、映画の高画質にこだわるならば、有機ELテレビは大きな魅力があると改めて思う。今後も引き続き、最新の有機ELテレビを取り上げて、その実力をより深く紹介していくのでぜひ楽しみにしてほしい。

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鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。