鳥居一豊の「良作×良品」

第91回

サウンドバーで驚きのサラウンド感! ソニー「HT-G700」×フォードVSフェラーリ

ソニーのサウンドバー「HT-G700」

今回取り上げるのは、ソニーのサウンドバー「HT-G700」(オープンプライス/実売6万6,000円)。別体式のワイヤレスサブウーファーとセットになったモデルだ。今や、サウンドバーは本格的なサラウンド再生というよりも、テレビの音声やスマホの音楽再生など、リビングオーディオとして身近に楽しめるものが人気だ。だから、サイズもあまり大きすぎないし、一体型のコンパクトなモデルが多い。

そんな中でも、ソニーは従来から大画面の薄型テレビにマッチするサウンドバーをラインアップしてきた。同社の薄型テレビと組み合わせるためだ。Bluetooth対応やワイヤレスサブウーファーといったサウンドバーに求められる機能や使い勝手を盛り込みながら、臨場感のあるサラウンド再生を主眼に置いている。サラウンド再生で部屋の中にたくさんのスピーカーを設置するのは多くの人にとってハードルが高いのも事実なので、サラウンド再生をしっかり楽しめるサウンドバーの存在は重要だ。しかも、HT-G700は大画面化が進む薄型テレビに合わせて、音場の広がりをさらに拡大したという。テレビの足元に置くサウンドバーでも、画面から音が出ているような一体感を実現するため、高さ方向の再現も拡張したという。

ここ最近はメーカーの発表会や内覧会も自粛となっていて、HT-G700もビデオ通話システムを利用した説明会の開催だった。だから、実機に触れることも音を確認することもできなかった。そんなこともあり、個人的にもサウンドバーによるバーチャルサラウンドで、どこまでサラウンド音場の拡大ができているのかを確かめてみたいと思い、さっそく借用して自宅の試聴室で使ってみることにした。

Dolby Atmos、DTS:Xに対応。サウンドバーにはセンタースピーカーも内蔵

まずはHT-G700の概要から紹介しよう。サラウンド機能としては、Dolby Atmos、DTS:X音声など、最新のサラウンド方式に対応する。後で詳しく解説するが、前方スピーカーだけで高さも含めた前後左右の音を再現するため、ソニー独自のサラウンド技術「S-Force Front Surround」、「Vertical Surround Engine」を搭載。さらに、ドルビーの開発した「Dolby Atmos Height Virtualiser」、DTSの開発した「DTS Virtual:X」も備えている。

サブウーファーがセットになっている「HT-G700」

サウンドバー部は横幅980mm×高さ64mm×奥行き108mm。薄型テレビの前に置いても邪魔になりにくい薄型フォルムだが、およそ1mという長さは大画面テレビ向きだとわかる。同じ位の横幅のある薄型テレビというと、55型や60型くらいになるだろう。外観は前面にパンチングメタルのカバーを備えたシンプルなもので、角を丸めたラウンドフォルムとしている。ソニーの薄型テレビとデザイントーンを合わせているが、ソニーに限らず多くの薄型テレビと組み合わせてもマッチするデザインだ。

サウンドバー部だけを撮影。前面のディスプレイは有機EL。ロゴや操作部分の表示も目立ちにくい色調になっていて、インテリアなどと調和しやすいデザインになっている
天面部分にある操作部分の拡大。電源や入力切り替え、Bluetooth、音量をアイコン化して表示。ボタン自体はタッチセンサーだ

サウンドバー部分には、スピーカーが3個内蔵されている。フロントとセンターの3ch構成だ。これは、映画はもちろんテレビの音声でも重要な声をしっかり再現するため。ユニットはすべて共通で、口径は45×100mmの楕円形振動板を採用。振動板素材は紙形素材だ。大画面テレビとの組み合わせを意識したモデルということもあり、ユニットのサイズは大きめだ。

背面には、電源端子や入出力端子がある。HDMIは入力出力とも各1系統で、4K信号のパススルー対応に加えて、eARC機能にも対応し、薄型テレビからのAtmosやDTS:X音声、MPEG4 AAC音声などの入力が可能。つまり、動画配信サービスのドルビーアトモス音声のコンテンツや4K放送のMPEG4 AAC音声もそのままデジタルで受け取れるということだ。このほかに、光デジタル音声入力も備える。

サウンドバー部分の背面。写真の左側に入出力端子、右側に電源端子があるが、左右のへこんだ部分に斜めに接続するようになっている。このほか、壁掛け設置のための取り付け穴もある
サウンドバー部の入出力端子部。斜めに接続するような形状とし、壁掛け時でも接続したコネクターが邪魔になりにくいように工夫されている
サウンドバー部の底面部分。入出力端子や電源端子の取り付け部分が斜めになっていることがわかる

ワイヤレス接続型のサブウーファーは新設計で、従来モデルに比べて容積を16%拡大し、より豊かな重低音再生が可能になっている。上級機のHT-Z9Fのサブウーファーと比べると、横幅や高さはほんの数ミリ大きくなった程度だが、奥行きは2cm大きくなっている。設置性を意識しつつも容積を大きくしているのだろう。デザインはほぼ同様で、下部にあるフレア状の放出口がグロス仕上げとなっているのも共通だ。ウーファーの口径は16cmと大きめで、振動板素材は紙系を使用している。ワイヤレス接続のため、電源端子があるほかは、手動でペアリングを行なうためのボタンもあるがふだんは使う必要がない。出荷段階でペアリング済みであり、それぞれの電源を接続し、サウンドバー部にある電源をオンにすれば自動的にサブウーファも電源が入り、自動で接続される。

ワイヤレス接続型サブウーファーの内部
サブウーファーの全体写真。ウーファユニットは前面の上側に配置されており、パンチングメタル越しにユニットがあるのがわかる。下部はバスレフポートでポート出口はフレア状の形状になっている
サブウーファーを正面から見たところ。スリムな形状の横幅目一杯に16cmウーファが内蔵されているのがわかる。ポートの内径も比較的大きめ
サブウーファーの側面。バッフル板が厚さも十分で高い強度を持っているのがわかる
サブウーファーの背面。電源端子のほか、手動でペアリングを行うためのボタンもある。上下にある開口部は内蔵するアンプの放熱口。エンクロージャーの板厚に注目

4K放送などを視聴、「IAE」の威力は絶大

今回の視聴では、HDMI入力にBDプレーヤー(パナソニック DP-UB9000)のHDMI出力を接続しているが、薄型テレビと組み合わせて使うときは、薄型テレビのHDMI入力と、HT-G700のHDMI出力を接続するだけでいい。eARC機能があるので、テレビ放送の音声もARC経由で入力される。もちろん、eARCなのでAtmosやDTS:X音声、4K放送のMPEG4 AACなどの伝送も可能だ。

まずは、DP-UB9000で4K放送を録画したBDを再生してみた。まずはステレオ音声のドキュメント番組をサウンドモードは「スタンダード」で聴いてみたが、なかなか広がり感のある音場だ。かといって音がぼやけて広がるのではなく、アナウンスなどの声はきちんと中央に定位するし、森に現れた動物の足音や鳴き声も実体感のある再現だ。音楽ライブ(ステレオ音声)を聴いても、ボーカルや各楽器の音像がしっかりと立ち、厚みのある聴き応えのある音になる。サウンドモードをミュージックにすると、中域の厚みが増してライブ感のある再現になる。

感心したのはサブウーファーの鳴り方で、かなり低い音域までよく伸びる。ベースの音階もわかる芯の通った鳴り方で、なかなか出来が良い。ステレオ再生で音楽を聴くような使い方でも、派手すぎる音になることもなく、元の楽曲の良さがよくわかるストレートな表現だ。

今後は5.1ch音声のUHD BDの「AKIRA」を見てみた。サウンドモードは「シネマ」。5.1chソースとなると当然ながらサラウンド感はさらに豊かになる。本作の音楽は前方だけでなく、楽器やコーラスが横方向にまで配置され、音楽に取り囲まれたような鳴り方をするが、そうした包まれるような音場をしっかりと描いた。セリフも力のある音になっているし、バイクのエンジン音や爆発音のような激しい音も力強く鳴る。

バーチャルサラウンドによる再生としては十分に優秀で、無理矢理にサラウンド感を強調しないので、聴こえ方も自然。細かな音が残響音でぼやけるようなこともなく、しっかり聴き取れる。ここまではソースの音をそのまま再現している状態だ。

立体的な音響を楽しむには、「IAE(Immersive Audio Enhancement)」をオンにする。これは、ステレオ音声や5.1ch音声などを、Atmosなどと同じ高さ感のあるサラウンド音響で再現する技術。これを加えると、サラウンド感がガラリと変わる。まず、画面の下にあるサウンドバーから出ている音ではなく、その上にある画面(スクリーン)から出ているような感じになる。声の定位は画面の映像とピタリと合う。正確に言うと、視聴で組み合わせているプロジェクター(JVC DLA-V9R)と120型スクリーンだと、クローズアップされたキャラクターの唇の位置よりも少し下から声が出ているような感じになる。これは、サウンドバーの設置位置に対して画面が大きすぎて高さが届かないため。55型や60型くらいの画面ならば映像と音がぴったりと合う感じになるはず。スクリーンでの特大画面での再生の場合も、サウンドバーの設置位置をスクリーンのギリギリ真下にして高さを合わせれば不満は解消できるだろう。

声をはじめ、画面に現れている人や物の出している音が画面から聴こえてくるし、音楽はさらにそれよりも上のあたりに響く。高さ方向の再現がよく出来ているわけで、左右に広がる音も漠然と右や左から聴こえるのではなく、楽器やコーラスが斜め前方に居て、そこで演奏しているような定位感になる。

音場の広さが一回り大きくなったとか、天井で音が鳴り響くというようなサラウンド感ではないが、違和感を感じさせずにシームレスな音場の再現ができていることに驚く。決して派手なサラウンド感ではないのだが、音場のリアリティというか、臨場感が明らかに変わる。自宅の6.2.4ch再生と比べるのは野暮だが、音が出る方向や移動感、包まれるような音場のつながりの良さはかなり近いものがある。バーチャルサラウンドもここまで自然な感触の再現ができるようになったのだと素直に驚く。

「IAE」はサラウンドソースだけでなく、ステレオソースでも楽しめる。さきほどのドキュメント番組や音楽ライブ番組を「IAE:オン」で聴いてみると、サラウンド音声ほどではないが、画面から音が出ていて、しかも高さ方向も含めた自然な音の響きが再現された印象になる。特に音楽ライブではコンサートホールの天井の高さまで感じられるので、臨場感という点ではかなり優秀だと思う。

もちろん、厳密に聴き比べれば、「IAE:オフ」の方がわずかな残響がなくなるので、音楽そのものをHi-Fiで楽しむならばオフの方が良好だ。だが、「IAE:オン」の画面との一体感と自然な音場感もなかなか捨てがたい。音楽ソースは好みが分かれるかもしれないが、ドラマ等ならば、「IAE:オン」の方が楽しいという人は多いと思う。

なお、サウンドモードは多少のサラウンド感の付加もあるが、基本的には音質による違いが大きい。「スタンダード」はもっとも演出の少ないストレートな音調。「ミュージック」は中低音の厚みが増すが、ドンシャリになるような演出ではなく、低音の膨らむようなこともなく、ボーカルもクリアだ。

「シネマ」はややメリハリを付ける傾向で、アクション映画向きの味付けだと感じた。低域の力感や量感も増すし、高音もよりきらびやかな鳴り方になる。こうした音質傾向に、「IAE」のサラウンド効果を好みで加えるのが、うまい使いこなしだと思う。こうしたサウンドモードの切り替えや「IAE」のオン/オフはリモコンで手軽に切り替えできる。

HDMI入力を選んだときの前面のディスプレイの表示。パンチングメタル越しではあるが、視認性は良好
Bluetoothを選択したときの表示。ペアリング時は横にある青のLEDが点滅する
「IAE(Immersive Audio Enhancement)」をオンにしたときの表示。リモコンのボタンを押すごとに、オンとオフが切り替わる
設定メニューの「スピーカー」では、手動でワイヤレスサブウーファのペアリング設定などを行なう
付属のリモコン。十字キーの上部にあるボタンで、「IAE」の切り替えやサウンドモードの選択ができる

「IAE」のサラウンド効果は、派手さよりも自然な音響を再現するもので、サウンドバーらしくないとさえ思う。位相がひっくりかえったような(頭の中に直接音が響くような感じ)不自然さをよく抑えながら、高さ感の再現や後方の音の周り込みまでかなり上手に再現している。派手さはないが正統派のサラウンド音場で、サラウンド効果という意味では、良く出来た最新の薄型テレビの内蔵スピーカーと比べても明らかに上質な再現だ。実際、ソニーの薄型テレビの音もよく研究しているだろうし、ドルビーやDTSともバーチャルサラウンドについて綿密なやりとりを行なっているのだろうと思う。普段から6.2.4chでサラウンド再生をしている筆者が、違和感なく使えると感じたバーチャルサラウンドは初めてかもしれない。

いよいよ本題、「フォードVSフェラーリ」をAtmosで聴く

「フォードVSフェラーリ」は、1960年代半ばのフォードによるル・マン24時間レース参戦を題材とした作品。ル・マンを連覇していたフェラーリに対し、フォードが挑戦する物語であり、かつてのル・マン優勝者であるキャロル・シェルビーと、レーサーのケン・マイルズの対立と友情を描く物語でもある。レース好きな人ならば大好きな作品で、UHD BD版は4Kの高精細な映像でフォードやフェラーリらのレースカーが迫力あるレースを展開。音声はドルビーアトモスで、V8エンジンの爆音をはじめとして、迫力ある音で臨場感たっぷりに描いている。

フォードvsフェラーリ 4K UHD
(C)2020 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

Atmos音声のソフトの場合、立体音響を再現する「IAE」は使用できない。もともとのソースが立体音響なので当然だ。設定メニューの「AUDIO」→「EFFECT」から、「SOUND MODE:ON」を選んでおけば、ソニー推奨の立体音響サラウンドとなる。また、「SOUND MODE:ON」のほかに、ドルビー系音声用の「Dolby Atmos Height Virtualiser」、DTS系音声用の「DTS Virtual:X」を選ぶこともできる。

設定メニューの「AUDIO」では、バランス調整などのほか、「EFFECT」などがある
「AUDIO」の中にある「EFFECT」の項目。「Dolby Atmos Height Virtualiser」や「DTS Virtual:X」の切り替えができる
「EFFECT」で、ソニー推奨モードである「SOUND MODE:ON」を選んだ状態

まずは、初期値でもある「SOUND MODE:ON」で、「フォードVSフェラーリ」を見ていこう。とある草レースで、ケン・マイルズとキャロル・シェルビーの出会いを描く場面だ。40代でレーサーとしては若くないケン・マイルズだが、腕は良いが荒っぽい性格と口の悪さが災いし、有力チームからは敬遠されていた。レースの場面では、その見事な腕前で優勝する様子が描かれる。

レースカーの野太いエンジン音の迫力はなかなか。絶対的な低音域の伸びは決して大型のサブウーファには及ばないが、かなり力のある低音で、しかも野太い排気音を力強く再現した。サウンドバー用のサブウーファーとしてはなかなか出来の良い低音だ。量感だけでなく排気音や吸気音もきちんと描き分ける。レース直前のピットエリアの喧騒は、かなり広々とした空間感でそこかしこからレースカーのエンジン音が聴こえる。そんなガヤガヤとして雰囲気の中、ケンとキャロルの荒っぽい会話のやりとりも明瞭だ。

レースでは、コース外から車を追う映像だけでなく、車内で運転するレーサーの姿も間近で映しているが、そのときの車内の音も臨場感豊かだ。エンジン音だけでなく、ギアチェンジをするときの重々しい感触の音もしっかりと出て、レースカーの無骨な感触がよくわかる。

セリフやさまざまな効果音をはじめとして、明瞭な音に仕上がっていて、サブウーファーの低音ももたつかずにキビキビと鳴るので、迫力ばかりで細かな音が埋もれてしまうようなこともないし、なにより低音だけでなく個々の音が力強く、実体感のある音になっている。しかも、音の方向感や移動感もバーチャルサラウンドとは思えないほど明瞭なので、かなり自然で臨場感のあるサラウンドを楽しめた。感心したのは、バーチャルサラウンドでは苦手な真後ろの音もなかなかそれらしく再現できていること。ここは従来のサウンドバータイプのシステムでは得られなかったものだ。

バーチャルサラウンドで、ここまでのサラウンド空間の再現が出来てしまうと、実際に6.2.4chのサラウンドシステムを使っている筆者としては複雑な心境になる。もちろん、音の定位はもっとシャープになるし、特に上方向や斜め後ろから聴こえる音は曖昧になるなど、当然その差はある。しかし、映画を見始めてしまうと、あまりそれらが気にならない。全体的な空間のつながりが自然で、決して重要な音があるわけではない後方や上の方の音が少々曖昧でも物足りないと感じないのだ。

バーチャルサラウンドでここまでのサラウンド感が再現できるなら、筆者のようなよほどのマニアでもない限り十分満足できるだろう。リビングで最小限のスピーカーで実現する本格的なサラウンドとしては、HT-G700はかなり完成度が高い。

草レースで優勝したケン・マイルズを見て、キャロル・シェルビーはその確かな腕前を確信し、彼をフォードのレースカーGT40でのレースチームへと誘う。レーサーとしても行き詰まり、整備工場の経営もうまく行っていなかったケン・マイルズは、試作されたGT40に可能性を感じ、レース参加を引き受ける。実はこのあたり、そうそうスムーズに引き受けないあたりが、ケンの意固地というか、扱いづらい面が出ていて、キャロルとのやりとりだけでなく、妻とのちょっとした諍いもあって楽しい。見どころや聴きどころというとレースシーンばかりになるが、ケンとキャロル、彼らを取り巻く人々とのドラマも実に面白い。

ドルビー純正「Dolby Atmos Height Virtualiser」は、HiFi調のひと味違う再現

ケン・マイルズとキャロル・シェルビーは熱心にGT40の開発に取り組む。メカニックにも精通したケンは、最新の技術者たちが導入したコンピューターによる測定ではなく、ドライバーとして経験でGT40の問題点を指摘、解決していく。象徴的なのが空力デザインの欠陥を指摘する部分。狭い車内に持ち込まれた測定器をすべて外し、車体の各所に短いひもを取り付けて風の動きを実際にチェックするのだ。邪魔な機械のなくなった車内で車と会話するように走らせるケンの様子と、走っている車を望遠鏡で確認して、ケンの言う通り車体が浮いてパワーが逃げていることをスタッフが気付く場面は、手作りのレースカーが開発されていく様子がリアルに描かれていて見ていて楽しい。

徐々に仕上がってきたGT40は、1965年ついにル・マン24時間レースに参戦する。しかし、40歳と若くはなく、しかもインタビューで辛辣な発言をしかねないケン・マイルズは、経営陣に嫌われてレースには参戦できなくなってしまった。開発工場に残ったケンは、ラジオでル・マン24時間レースの様子を聴いている。

このあたりで、「EFFECT」の設定で、「Dolby Atmos Height Virtualiser」を試してみた。これは、ドルビーが独自に開発したAtmos音声をバーチャルサラウンドで再生する技術。機能としては同様で、Atmos音声を前方の2または3チャンネル(とサブウーファー)だけで仮想的に立体音響として再現するもの。前後と高さの空間再現を行なうものだ。開発元のドルビーの技術だけに、ある意味で正解と言えるものだろう。ステレオ音声や5.1ch音声なども5.1.2chなどの立体音響で再現する機能もある。同様にDTS社はDTS:Xなどの音声を立体音響で再現する「DTS Virtual:X」を開発しており、HT-G700は両方とも備えている。

「EFFECT」で、ドルビー系音声で使える「Dolby Atmos Height Virtualiser」を選んだ状態
同じく「EFFECT」で、DTS系音声用の「DTS Virtual:X」を選んだ状態

「Dolby Atmos Height Virtualiser」に切り替えて、風洞試験の走行シーンや、深夜の工場内でラジオを聴くケン・マイルズの様子を見てみた。すぐに気付くのは、音の定位はより明瞭になること。特に画面にあるものが発している音はその位置がはっきりとわかる。ただし、空間自体の広さはひとまわり狭くなる。だから、屋外のプライベートコースを走る場面は広々とした感じが物足りないし、風洞試験なので風の吹いているのだが、音は明瞭でも風の中を走っている雰囲気もやや不足する。工場内に響くラジオの音は、ラジオが置いてある場所は明瞭だが、距離が近く、広い工場内という感じがない。途中でケンの妻が電話をかけてくるが、ケンの声が響く感じもエコー感があるだけで工場内に響く感じとはちょっと違う。この場面は、ふだんは工場にいる仲間達はみんなフランスに行っていて、そこにいるのはケンひとり。その寂しさが伝わりにくいのはやや不満だ。

「SOUND MODE:ON」に戻してみると、空間が広がって臨場感が増す。音の定位は不満になるほどではないが、「Dolby Atmos Height Virtualiser」に比べると、やや曖昧になっていると感じる。どちらが優れているというわけではなく、映画に合うもの、好みに合うものを選べばいい。試聴では120インチのスクリーンで見ているので、「SOUND MODE:ON」の方が映像と音が一致した感じが高まり、臨場感もあると感じた。大画面テレビの普及を意識して、より広いサラウンド空間の再現を意識したソニーの狙いがよくわかる。

「Dolby Atmos Height Virtualiser」はフォーカスがピタリと合って、凝縮感のある空間だ。これはすなわち、HiFi的な忠実度の高いサラウンド再生と考えていい。映画を楽しむならば、「SOUND MODE:ON」の方がスケールが大きく、楽しい音になっているが、リアルな音楽ライブやドキュメンタリー作品などならば、「Dolby Atmos Height Virtualiser」がマッチするとも思う。

そして1966年。果たしてフォードとフェラーリの対決の行方は……

ケン・マイルズを欠いた1965年の結果は、フェラーリの五連覇達成、フォードの全車リタイアで終わる。皮肉にもケン・マイルズが注意しろと言っていたギア・ボックスの故障だ。ケン・マイルズはやる気を失ってしまい、キャロル・シェルビーと殴り合いのケンカまでしてしまうが、キャロルはケンに必ずル・マンを走らせると約束し、結束を固める。

ここからがドラマとしてなかなか面白く、フォードの社長であるヘンリー二世をGT40に載せてレースカーを体験させ、ドライバー選択はレースを知っている自分に一任して欲しいと説得する。その場面は傑作で、威厳たっぷりの男が子供のように泣きわめき、おそらく失禁している。このシーンも、セリフを明瞭かつ力強く再現するHT-G700の基礎体力の高さもあって、実に楽しくリアルなレース体験映像として楽しめる。

その後、勝てばル・マン24時間レースを走れるとの条件で参戦したデイトナ24時間レースで見事優勝。ケン・マイルズとキャロル・シェルビーは満を持して1966年のル・マン24時間レースへと臨む。その結果に触れてしまうのは野暮なので控えるが、フォードとフェラーリがお互いのプライドをかけてサイド・バイ・サイドで競い合う場面は手に汗を握る。2種類のエンジン音が重なって響いていく様子も大満足の音だ。

この作品は、3つの「VS」がある。タイトル通りのフォード対フェラーリ、そしてケン・マイルズ対キャロル・シェルビー、最後がケンとキャロルたち対フォードの経営陣。この3つの対決が交錯し、1966年のル・マンで決着する構成が素晴らしい。レースの歴史では伝説的エピソードのひとつと言えるほどのものだが、映画として実にうまく組み立てられていて、何度でも楽しめる。ケンとその妻、息子の家族愛を描くほか、キャロル・シェルビーがレースで勝つために手段を選ばないこと、フォード二世やエンツォ・フェラーリの再現度の高さなど、さまざまな人物が多数登場し、その人間模様が実に興味深い。レース好きでなくても実に面白いので、ぜひ見てほしい。

HT-G700は、気軽に使えるサウンドバーとして、AtmosやDTS:Xまで対応するサラウンド再生を本格的に楽しめるシステムとして、かなり実力の高い製品だ。いきなり5.1chや7.1.2chといった本格的ホームシアターはハードルが高く、かといってコンパクトなサウンドバーでは音質はともかくサラウンド再生の実力には決して十分ではない。バーチャルサラウンド技術はかなり進化しているが、音質を含めたトータルの実力を考えると、サラウンド再生を目的としておすすめできる製品は思ったよりも少ない。そこにHT-G700が登場した意義は大きい。大画面テレビの買い換えに合わせて、ホームシアターを検討している人にはぜひとも注目してほしい。

鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。