小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第812回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

“未来に生きてる”感。現実を拡張するスマートフォンASUS「Zenfone AR」

ハイエンドスマホの生きる道

 今年に入って当連載でも積極的にスマートフォンを取り上げている。スマートフォンは実に様々なデバイスの組み合わせだが、すべてのものを均等なバランスで組み合わせ、「なんでもそこそこできます」というタイプの製品は、格安スマホジャンル以外ではあまり求められなくなった。

 先週はHUAWEIの「P10 Plus」を取り上げたところだが、ハイエンドモデルでは、何らかの尖った特徴を持ったものが主流となっている。特にAV機器としてみると、専用機に勝るとも劣らない機能を持つものも登場している。

 今回ご紹介するASUSの「Zenfone AR」は、デュアルカメラ搭載機ではあるが、それをARとVRに特化させるという方向で進化させたモデルだ。

 最新技術のかたまりとも言えるZenfone ARの実力を、色々テストしてみよう。

重装備のセンサー

 まずはハードウェアスペックから押さえておこう。Zenfone ARは5.7型ディスプレイを備えたスマートフォンだ。他社ならば、いわゆる「Plus」のポジションだが、これ以外の小型モデルはない。

画面からすれば大型モデルだが、ボディサイズはiPhone 7 Plusとほぼ同じ

 本体カラーはブラックのみだが、ストレージとメモリ容量違いで2モデルある。上位モデル「ZS571KL-BK128S8」がメモリ8GB/ストレージ128GBで、下位モデル「ZS571KL-BK64S6」がメモリ6GB/ストレージ64GBだ。すでに6月末から発売が開始されており、価格は公式ストアでそれぞれ税込で107,784円、89,424円となっている。

ホームボタンは指紋センサーを兼務
底部にはUSB-Cとヘッドフォン端子

 背面のカメラ部はセンサーのかたまりのような見た目だが、実際かなりのセンサーがここに詰め込まれている。まずメインカメラは2,300万画素で、その下にはモーショントラッキング用カメラがある。またメインカメラの横にある2つの四角い部分には、深度計測用カメラがある。

かなり重装備なカメラ部

 デュアルカメラが昨今の流行だが、撮影に使わないセンサーカメラを多数搭載するのは珍しい。ASUSではこの3つのカメラをTriCam(トライカム) Systemと呼んでいる。カメラ左のLEDフラッシュ部分にはRGBセンサーがあり、その下は距離測定用のレーザー照射口がある。

 インカメラは800万画素。ディスプレイ解像度は2,560×1,440ドットで、有機EL「Super AMOLED」となっている。

800万画素のインカメラ

 オーディオとしては192kHz/24bitのハイレゾ音源再生に対応しており、同梱のイヤフォンもハイレゾ対応となっている。ただしBluetoothではLDACのようなハイレゾ相当のコーデックには対応しておらず、あくまでもワイヤードで接続した場合に限られる。

ハイレゾ対応の付属イヤフォン
キャリングケースも付属

 またDTS Headphone:Xにも対応し、オーディオエフェクトとして7.1chバーチャルサラウンドも楽しめる。

 本機のポイントとしては、Googleが提唱するARプラットフォームであるTangoと、VRプラットフォームのDaydreamの両方に対応しているところだ。Tangoは赤外線カメラとセンサーを併用することで奥行き情報を把握し、カメラ映像の中にバーチャルなものをマッピングできる。

 一方Daydreamは、対応スマートフォン、ヘッドセット/コントローラなどのVRデバイス、アプリケーションの組み合わせで実現できるVRシステムとでも呼べばいいだろうか。昨年のGoogle I/Oで最初のバージョンが発表され、今年はさらにVer2.0が発表された。

 ただし、日本国内においては、Daydream専用ヘッドセット「Daydream View」が販売されていないため、体験できる人はかなり少ないだろう。今回も残念ながらヘッドセットが用意できなかったため、Daydreamの実力は検証できない。

ゴーグル「Daydream View」

 ただ、ヘッドセットの代わりとして、スマホの製品箱がVR用の簡易スコープになるという工夫が施されている。いわゆる「箱スコ」である。スコープ用のレンズが2つ同梱されており、これをのぞき穴にはめ込む事で、簡易スコープとなる。

製品箱が簡易スコープとなる
付属のレンズをのぞき穴にはめ込む
簡易スコープのできあがり

ちょっとやりすぎ? のカメラ

 まずはカメラの性能から試してみよう。カメラアプリとしては、動画と静止画のモードの区別はなく、シャッターボタンを押せば写真が撮れるし、動画ボタンを押せば動画が撮れる。

 レンズとしては、静止画では35mm換算で28mm/F2.0。F2.0カメラは標準でHDRがONになっていることもあり、発色はかなりビビッドだ。解像感も高く、ひまわりの茎の産毛の1本1本が確認できるほどだ。遠景はそれなりにボケも出る。ただボケ味としては、それほど綺麗とは言えない。

デフォルトのHDRではかなり強い発色
描画力はあるが、背景のボケは今一つ

 手ぶれ補正は光学式と電子式の併用型で、写真撮影時にはかなり強力な補正力を発揮する。

 動画撮影は、最高で4K/30pの撮影が可能。ただし静止画よりも画角は若干狭くなる。こちらもHDR ONが標準となっており、こちらもかなり発色がビビッドだ。

静止画撮影時の画角
4K撮影時の画角
動画でも発色はかなり強め

 動画の手ぶれ補正は、歩きながらの撮影には全く対応できておらず、ガクガクだ。先週のP10 Plusも同様だったが、まだそこまで意識していないメーカーもそれなりにあるようだ。これが静止画であれば、立ち止まって撮影するのが当たり前と言えるが、動画であれば動きながら撮るのは“普通”である。iPhoneやXperiaでは十分できている事なので、無理難題でもないはずだ。

手ぶれ補正は4KもHDもほとんど変わらない

実用方向へ向けたAR

 本機の大きなポイントの一つであるARを試してみよう。実写空間に正確に3Dオブジェクトを配置するためには、空間の把握が重要になる。カメラ画角はスペックとして決まっているので、開発者側は把握できる。つまりX,Y軸情報に関してはカメラスペックから判断できるわけだが、Z軸に関してはその都度測定しなければならない。

 本機では赤外線とレーザー光による奥行き測定が可能になっており、これまで特殊な機器が必要であったようなことも、アプリによって実現できる。

 一番シンプルな機能としては、距離の測定ができる。ASUS提供の「Laser Ruler」というアプリでは、レーザー光を使ってスマホの位置から対象物までの距離を測ることができる。

身近な距離を簡単に測れる

 空間の寸法を測るのに便利ではあるが、ちゃんと測定できるのは150cm程度までだろう。それ以上離れた場所、あるいは反射がうまく拾えない真っ黒な画面などに対しては、どんな距離でも150cm以上と返してくる。

ちょっと距離があるとどこでも150cm以上と出る

 もう一つ、赤外線とモーショントラッキングカメラを使う「Measure」というアプリは、カメラに写る対象物の寸法を測ることができる。測りたい端のほうをマーキングしてカメラを動かすと、まるで巻き取り式のメジャーをビヨーッと伸ばしたみたいな感じで、リアルタイムに寸法を測ることが可能だ。面の向きを認識するので、縦横や対角線などを連続して測ることができる。

橋の幅は2.9mらしい
面を認識するので、ベンチの寸法も縦横で測れる

 精度としては0.1m単位までしかないので、あまり正確さには期待できないが、家具を買いに行った時に椅子やテーブルの高さをちょこっと測るといった時に便利だろう。ただしこのアプリも、あまり遠いところまでは測れない。川幅などが測れたら面白いかと思ったのだが、遠すぎて測れなかった。

 「iStaging」というアプリも面白い。ショッピングサイトと連動するARアプリで、好みの家具を家庭内に配置してみることができる。例えばこの色は部屋に合うかなとか、そもそもここに置けるのか、といった事を事前に試すことができるわけだ。

ショッピング連動のARアプリ「iStaging」
椅子を置いてみて、寸法も測れる
バーベキューグリルが庭に置けるかテスト

 このような取り組みは日本でも始まっており、パナソニックの食洗機は実際にキッチンに置けるのかを事前にシュミレーションする専用アプリを配布している。

 iStagingで扱っている製品が実際に日本からもオーダーできるのか不明だが、こうした共通プラットフォームさえあれば、家具メーカーなどは積極的に参加するのではないだろうか。

それ以外にもお楽しみ満載

 付属の箱スコを使ったVRは、「Within」というアプリで楽しめる。これはVR作品を表示するプラットフォームとなっており、CGアニメやドキュメンタリーが楽しめる。液晶画面のドットが感じられるのは少し残念ではあるのだが、簡易的に楽しむ環境としては十分だろう。

VRコンテンツのプラットフォーム「Within」

 惜しいのは、箱の構造上、VR鑑賞中にイヤフォンが付けられないところである。箱に穴を空けるなどして対処はできるだろうが、せっかくいいイヤフォンを付属させているのだから、事前に穴を空けとくぐらいの工夫は欲しかった。

 さてそのオーディオだが、ハイレゾ対応のイヤフォンはなかなかの実力だ。特にハイレゾ音源再生用アプリがプリインされているわけではないが、OnkyoのHF Playerなどをインストールすることで、ハイレゾ音源の再生に対応する。

 DTS Headphone:Xは、設定の「音とバイブレーション」内にある「オーディオウィザード」から効果を選択できる。動画、ゲーム、音楽といったプリセットがあり、「スマート」を選択しておくと、音を鳴らしているアプリを検出して自動的に設定が切り替わる。

コンテンツごとに効果のチューニングが違う
音楽再生時のモード選択画面

 音楽再生時には、「前面」「従来」「ワイド」の3つのモードが選択できる。「ピュア」は効果OFFのようだ。また純正イヤフォンのほか、汎用のヘッドフォン、イヤフォンが選択できるようになっている。

 効果としては「前面」「従来」「ワイド」の順に空間が広くなっていくが、音像としてはだんだん中抜けしていくので、純粋な音楽鑑賞としてはもったいない気がする。音楽よりも動画コンテンツで楽しんだ方がいいだろう。

総論

 筆者ぐらいのオジサンからすればASUSはマザーボードの会社なのだが、スマートフォン世代の人たちからは、“スペックで選ぶならASUS”という、絶大な人気があるようだ。確かにこれだけの事ができたら、「未来に生きてる」感はある。

 ただ、ちょっと全体的に荒削りな部分が多い。離れたところから寸法が測れるのは便利だが、あまり正確さが期待できない感じであり、正確じゃない寸法測定に何の使い道があるのかという素朴な疑問もある。

 加えて気になるのは、発熱だ。ARやVRコンテンツを視聴していると本体はかなり熱くなる。エアコンの効いた部屋でもVRコンテンツを見続けていると、高温に関する警告が出る。屋外でのカメラ撮影では、警告などは出なかったが、気温が35度近い炎天下だったため、手で持つのがしんどいぐらいの熱となった。熱暴走することはなかったが、これからの季節、やけどには注意していただきたい。

 ARやVRがどれだけウリになるのか、日本ではまだよくわからないところではあるが、どうせ買うなら最先端を、というユーザーには魅力的な端末だろう。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「金曜ランチビュッフェ」(http://yakan-hiko.com/kodera.html)も好評配信中。