小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第814回
プロ向けビデオ編集ソフトが無料だと!?「Avid Media Composer | First」を試す
2017年7月26日 09:33
Avidが仕掛ける
今年6月より、Avidからノンリニア編集ツールである「Media Composer」の無料版がダウンロードできるようになった。無料版「Avid Media Composer | First」は、フルバージョンのMedia Composerと比べるとある程度の制限はあるものの、ちょっとしたコンテンツを作るには十分な機能を搭載しているようだ。
Avidがこうした無料ツールを提供するわけは、多くのユーザーにトライしてもらい、すそ野を広げて有料のAvid製品を購入して欲しいという営業戦略的な側面は当然あるだろう。それというのも、過去Avid製品は長い間、プロ向け代理店からシステムとして購入するものであった。すなわち、ポストプロダクションで導入するというのが一般的だったわけだ。
もちろん個人でMedia Composerを使っている人もいるだろうが、そもそもはポスプロ勤務時代に使い方を覚え、フリーランスになったといったルートで使い方を習得しているケースは、かなり多いだろうとみている。そうでもない限り、使うチャンスのない編集ツールなのである。
だが昨今のビデオ編集ツールは、今年のNABレポートなどでもお伝えしているように、クラウド化の方向に向かっている。Appleはもはやプロツールの開発に興味を失ったように見えるので、残るAvid、Adobe、GrassValleyの3社でまた新たなパイの取り合いが起こるわけだ。その足がかりとして、各社とも着々と歩を進めているというわけである。
Media Composerのフルバージョンは、単体購入だと166,000円(税込)、3年縛りのサブスクリプションでも月額4,472円(税込)という、高額アプリである。Firstは無料だということで多くの人がトライしているようだが、ネットでの評判を調べると、「全然使い方が分からない」という意見を多く見かける。
それはそうだろう。編集ツールにおけるUIのスタンダードを作ったのはPremiereであり、多くのツールはその影響を受けているということで異論はないと思うが、Avid Media Composerは全くの独自路線、独自設計のままでここまで来ている。Media ComposerのUIは初心者にはとっつきにくいだろうが、これでも昔に比べたら、ずいぶんスタンダードに近づいたほうなのである。2003年に価格の下がった「Avid XpressDV」を取り上げたことがあるが、この時代のUIはもっと難易度が高かった。
今回は、Media Composer | Firstの基礎から、最低限の編集までできる程度までを説明しよう。
素材取り込みまでの仕組み
Media Composer | First(以下MCF)をダウンロードするためには、先にAvidのアカウントを作る事になる。無料版とはいえ、ライセンスツールを起動していないとMCFも起動しない。このあたりは、有償版Media Composerの仕掛けそのままを使っているということだろう。今回はMac版を使用しているが、Windows版も機能的には変わらないはずである。
アカウント登録が完了すると、サイトからインストールパッケージがダウンロードできるようになる。
加えてサービスコンテンツとして、「Pro Sound Effects | First Library Bandle」というオーディオライブラリもダウンロードできるはずだ。これはZipファイルで2.6GBもある、WAVのSE集である。必要な人はダウンロードするといいが、必須というわけではない。
インストールが完了すると、アプリケーションマネージャが常駐するようになる。ここでAvid製品のライセンスを一括管理している。MCFの起動もここからできるが、最初に起動してしまえばあとは普通にアプリのアイコンからも起動できる。
なお、英語以外の日本語などのWindows版ではインストールが上手くいかないという人もいるようだ。サポートページを見ると、「autorun.exe」を使ってインストせず、「MCFirst> Installers> MCFirst」フォルダ内の「setup.exe」を使うとインストールできるという解決策も掲載されているので参考にして欲しい。
まず最初に行なうのは、プロジェクトの作成だ。プロジェクトにはタイムラインがあり、素材を読み込むBinがある。このあたりの構造は、多くのノンリニア編集ツールと一緒である。
最初に起動すると、いろんなウィンドウがかなりバラバラな状態で現われる。まずはちゃんと画面内にツールが収まるよう、整理である。デスクトップマシンで使う場合はモニター画面もそこそこ広いので、2モニター画面でも支障ないはずだ。だがノートPCではおそらく面積が足りないと思うので、シングルビュー画面がおすすめだ。
メニューの[ウィンドウ]-[ワークスペース] から[シングルビュー編集]を選ぶと、シングル画面用のUIになる。あとは散らばっているツール類を綺麗に隙間なく並べたら、[ウィンドウ]-[ワークスペース] の[使用中のツールセットを保存する]を選択。そうすると今の配置が[シングルビュー編集]に記憶されるので、以降はこれを選ぶだけで自動的に今の配置になる。以降の説明は、シングルビューでの操作ということで、ご承知おきいただきたい。
編集素材をプロジェクトに読み込むには、[ソースブラウザ]を使う。最初に起動した時からソースブラウザは開いていると思うが、ない場合はメニューの[ファイル] - [入力]からファイルブラウザを選択する。
このウィンドウは便利なので、画面レイアウトと関係なく真ん中に広く出しておくといいだろう。取り込みたい素材のサムネイルを選択状態にしてマウスを左右に動かすと、サムネイルのままで簡易再生できる。
基本的にはここで取り込みたいファイルを選んで、ビンウィンドウに取り込むわけだが、取り込み方に2種類ある。「リンク」は、素材フォーマットのままで取り込む方法で、ビンウィンドウに並ぶクリップは、元素材への「リンク」という扱いだ。
もう一つは「インポート」で、Avidが提供する編集コーデックDNxHD MXFに変換したものを取り込む。当然コピーが作られるため、それなりのストレージ容量が必要になってくるが、編集時のパフォーマンスは高い。マシンが非力な時や、素材が少ない時等は、こちらのほうがストレスがないだろう。
今回の素材は、以前Canon EOS 5D Mark IVで撮影した4K素材を事前にProRes422でHDサイズに変換したものだ。MCFはフル版と違い、HD解像度までしか対応しない。またネイティブで読み込めるフォーマットはJFIF、DV、XDCAM、AVC-I、IMX、DNxHD、XAVC-L、AVC-LongG、J2Kとなっており、ProResはMac版のみの対応となっている。民生用のデジカメやビデオカメラで撮ったMP4などは、そのままでは読み込めないので注意が必要だ。
カラースペースはITU-R601か709のみとなっており、Log収録したものには対応できない。4K/HDRコンテンツを作るならフル版買ってね、という事である。
ソースブラウザは、素材を取り込む時にしか使わないので、取り込み終わったら閉じるか、裏側に回しておけばいい。
独特のルールがある編集方法
編集は、ビンに取り込んだ素材をタイムラインに並べていくわけだが、このタイムラインは「シーケンス」という単位で別に管理する。プロジェクトの中に、ビンとシーケンスが含まれてそれぞれを別々に管理するわけだ。同じ素材で2つのバージョン違いを作るとか、1つの長尺タイムラインだが素材を複数のビンから持ってくるとか、そういう使い方になる。なおFirst版は1つのプロジェクトで扱えるビン数が5つまでに制限されているが、まあちょこっとした作品であればそれほどビンを大量に使うこともないだろう。
ビン内のクリップをダブルクリックすると、その素材がコンポーザーウィンドウ(モニター画面)に表示される。再生してIN点OUT点を設定し、そのコンポーザーウィンドウの絵をドラッグ&ドロップでタイムラインに落とし込むと、タイムライン上にクリップが配置される。タイムラインのスケールは、下部にあるスケールバーで調整できる。
このときコンポーザーウィンドウは、タイムラインの絵を表示する「レコード」モードになる。続けて素材ビンからサムネイルをダブルクリックすると、今度は素材再生用として別ウィンドウが開くはずだ。
Media Composerは基本的にはソースとレコードの2モニター画面で使うように設計されているので、シングルビューの場合は逐一このようにソース画面が別に立ちあがってくる。シングルビューだけで作業したい場合は、コンポーザーウィンドウの左上にある[ソース/レコード切り換え]をクリックして、モニターを手動で切り換える事になる。
タイムラインにクリップを配置する際に、すでに繋がっているクリップの間に新しく入れたいという時もあるだろう。MCFのデフォルトは、タイムラインは上書きモードになっているので、クリップを間に入れようとすると、尺はそのままで上書きになるはずだ。後ろにリップルして間にクリップを挿入するには、タイムライン左側の列にあるモードスイッチで、[リフト/オーバーライト]をグレー表示に切り換える必要がある。
細かいところだが、Media Composerはタイムライン全体の「尺」が変わるのを、極端に嫌がるツールだと覚えておくといいだろう。これは放送などのコンテンツを作る人にしかないセンスなのだが、例えばCMであれば絶対に15秒、30秒だし、番組も決まった尺内で作らなければならない。しかもオーディオは別にMA処理(音の加工)しているはずなので、いったんきちんとした尺になったら、ちょっとした修正ぐらいで全体を後ろに押してもらっては困るわけである。もちろん、こうした設計思想を便利だと思う人も居れば、不便だと思う人も居るだろう。
続いてタイムライン上での編集方法を押さえていこう。例えばクリップ間のつなぎ目を調整したい場合は、クリップの間をクリックする。すると自動的に「トリムモード」になる。大昔のMedia Composerは、タイムラインをいじる場合はいちいちボタンをクリックして「トリムモード」への移行を宣言しないとタイムラインが動かせなかったが、昨今はタイムラインをクリックしただけでモードが変わるようになったようだ。いつの時代の話をしてるんだと現ユーザーには笑われるかもしれないが、今もその名残なのか、タイムライン左側のモードボタンには、トリムモードの切り換えスイッチが未だに生き残っている。
トリムは、クリップの丁度真ん中をクリックすると、いわゆる「ロール編集」となる。一方で多くの人が混乱するのが、片側のクリップだけを縮める場合だろう。実はここは2つのトリムモードがある。勝手に名前を付けると、「赤トリム」と「黄トリム」である。
タイムライン上のクリップのうち、ビデオトラックの高さ方向に注目していただきたい。この高さの半分から上にポインタを持って来てクリックすると、「赤トリム」となる。これは正式には「上書きトリム」といい、このモードでいじると、短くすれば隙間が開くし、長くすれば次のクリップを上書きする。いわゆる、「全体尺が変わらないトリム」である。ここにも「尺が変わらないポリシー」が生きている。
一方ビデオトラックの高さの半分から下をクリックすると、黄トリムとなる。これは「リップルトリム」で、短くすれば間が空かないように全体尺が短くなるし、長くすれば後ろに押すので全体尺が長くなる。いわゆる「全体尺が変わるトリム」だ。
クリックする位置によってモードが変わるので、それに気づかないユーザーは操作が混乱するだろう。一応左側にもツール切り換えボタンがあるので、そっちで切り換えることも可能だ。
クリップの位置変更も同じ考え方だ。ビデオトラックの上の方を掴んで移動すると「赤移動」すなわち「オーバーライト」(上書き)移動となる。下の方を掴むと「黄移動」で「リフト」移動となる。こちらは上書きせず順番が入れ替わって、抜けたところは前に詰めるという、影響がリップルする移動だ。ただこのような掴み位置でモードを変えるには、前出の「リフト/オーバーライト」ボタンをONにしておく必要がある。
映像加工
ここまで把握すれば、普通のカット編集には不自由ないだろう。クリップ間のトランジションは、プロジェクトウィンドウのトランジションタブから入れたいエフェクトをクリップの間にドラッグ&ドロップするだけなので、他のソフトと同じだ。ただし音声まで連動して自動でクロスフェードしてくれるわけではなく、音はまた別にクロスフェードなどのトランジションが必要だ。
カラーコレクションは、タイムライン左の「カラーコレクションモード」をクリックすると、ツールが現われる。前後のカットの色を確認しながらいじれるというのは、昔からの特徴だ。
一番わからないのが、文字タイトルの入れ方だろう。タイムライン左上の「タイトルツールアプリケーション」をクリックすると、タイトル専用ツールが起動する。このツール自体はそれほど特殊な作りではないので、使い方は試行錯誤していけば掴めるだろう。
このツールで作ったタイトルは、いったんビンのシーケンスとして保存する。このタイトルをタイムライン上で、ビデオの上のレイヤーとして配置する。
ここまでの手順はある意味普通だが、多くの人が混乱するのは、こうやっても何も起こらない事である。つまり、テロップがオーバーレイされないという問題だ。これは、タイムライン上のレイヤーを表示するリミッターが、現時点ではV1止まりになっているからである。
V1トラックの右側に小さい□のボタンがあると思うが、V2の該当ボタンをクリックすると、この□がV2へ移動する。そうするとV2までがレイヤーとして表示される。
テロップのフェードイン・アウトは、トランジションエフェクトを使うが、これはタイムラインの上部に並んだツールのうち、「クイックトランジション」を使うといいだろう。
上のタイムライン図は、これでフェードイン・アウトが設定されている状況だ。多くの編集ツールでは、トランジション区間を示す斜め線は、レイヤーのオパシティ(透明度)を表わすので、フェードイン・アウトを設定すると、カーブがハの字になる。だがCMFの場合はフェードアウトでも、トランジションの始点から終点を表わすラインは、右上がりでしかない。
この辺も見た目的に違和感があるところだが、Media Composerでは「それが常識」なので、馴染んでいくしかない。
総論
簡単な編集方法しかご紹介してないのだが、それでもこれだけの文字数を費やして説明しないとわからないのが、Media Composerである。スタンダードな編集ツールに馴染んでいる人ほど、なんでそうなってるのかわけがわからないだろう。
その一方で、最初からこれで編集を覚えた人は、もう「こっちの方法がスタンダード」になってしまうのである。その点では、無料配付して大量の信者を作るという戦略は、理にかなっている。
特に、きちんとライセンス管理した状況で無料、というあり方は、専門学校などでのトレーニングツールとして有用だろう。卒業生が全員「Media Composer使い」であれば、受け入れるポスプロや放送局側なども、試しに数台入れていこうか、という話にもなる。
アマチュアの方も、プロ向けのツールを買うほどでもないが、かといってムービーメーカーやiMovieじゃちょっと違うんだよな、と思っているなら、無料のMCFは覚えて損はないだろう。フル版に比べれば制限はあるが、5分10分のHDコンテンツを作る程度なら、特に不自由はないはずだ。
ただ、ベースは本当にプロ向けツールなので、“何かを選ぶだけで自動的にかっこよく”みたいな機能は皆無である。かっこよくするのは、自分の力量なのだ。コンシューマ向けの簡単ツールに慣れているとそういう不満もあるだろうが、細かいところまで融通が利くところが強みである。
この夏、時間がある時にじっくり取り組んでみてはいかがだろうか。