小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第918回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

買いやすくて音がいい! 完全ワイヤレス注目機を聴く。Ankerの自信作とNoble Audio「FALCON」

乱戦続く完全ワイヤレス

完全ワイヤレスイヤフォンの世界は、乱戦まっただ中にある。永らく一人勝ちを続けてきたApple AirPodsは、今年3月の第2世代でケースがワイヤレス充電に対応したが、それ以外は大きくかわらず、市場には失望感が漂った。そこにソニーが「WF-1000MX3」を投入、「完全ワイヤレス+完全ノイズキャンセリング」で定番の座をひっくり返した。ちょうど昨⽇、29⽇にカナル型になった「AirPods Pro」が27,800円で発表されたが、こちらもノイズキャンセリング装備と、WF-1000MX3に真っ向からぶつかってくる。

今回取り上げる「Soundcore Liberty 2 Pro」(左)と「FALCON」

実売25,000円程度で高い性能を持つWF-1000MX3だが、市場には1万円を切る低価格な完全ワイヤレスも多数登場。ブランド力で売ってる高級モデルは、なかなか戦いづらいだろう。

そんな中、10月から2万円を切る価格で要注目のイヤフォン2種が発売された。1つはスマートフォンアクセサリで人気が高いAnkerの「Soundcore Liberty 2 Pro」、もう一つはハイエンドイヤフォンブランドNoble Audioの「FALCON」だ。価格は前者が14,380円、後者がオープンプライスで店頭予想価格16,800円前後。

1万円を切る低価格商品も登場しているところだが、これぐらいの価格帯が現在の平均値だろう。競争が厳しいところに飛び込んできた、2モデルの実力をテストしてみよう。

安さだけではないAnkerの自信作

Ankerと言えばモバイルバッテリーやUSB充電器など電源系のアクセサリが思い浮かぶが、AV製品も人気が高い。過去モバイルプロジェクタは何度も当コラムで扱ってきたし、モバイルスピーカーも低価格ながら音がいいということで、ファンを増やしている。

加えて完全ワイヤレスも、かねてから「Soundcore」シリーズとして1万円を切るラインナップを充実させてきたが、今回の「Soundcore Liberty 2 Pro」はシリーズ初となる1万円越えの自信作、という事になる。

デザイン的にも綺麗にまとめたSoundcore Liberty 2 Pro

形状としては、楕円形ボディからドライバ部が突き出すという、オーソドックスなスタイル。ボディ部には左右とも上部にボタンが1つだけある。底部には充電用の接点がある。なお着脱センサーは搭載しておらず、耳から外しても音楽は停止しない。

形状はオーソドックスな平形

ドライバは、低域を担うダイナミック型と中高域を担うバランスドアーマチュアを一体化したモジュールとなっており、両者を同軸上に配置したのが特徴。スピーカーではウーファーとツイーターを同軸上に配置する構造は以前からあるが、イヤフォンのドライバでも最近注目され始めている手法である。

ウーファーとツイーターを同軸配置

付属のイヤーピースは、シリコンタイプが5サイズ。加えて高さが高いタイプも2サイズ付属する。脱落防止のフィンはS/M/Lの3サイズ。なおイヤフォン本体はIPX4の防水に対応している。

イヤピースはバリエーションを多くとっている
フィンもサイズ交換可能

コーデックはSBC/AAC/aptX対応。スマートフォンとの接続では、QualcommのTrueWireless Stereo Plusに対応する。両方それぞれがスマホと直接接続される方式で、この方式に対応したスマートフォンが必要だ。それ以外のスマートフォンでは、右側がマスターとなる。

再生時間は最大約8時間で、充電ケースと組み合わせると最大32時間。充電時間は1.5時間だが、15分間の充電で約2時間の再生もできる。

充電ケースは楕円形平形で、上部のフタを奥へスライドさせて開けるタイプ。収納時はイヤフォン部が磁石でくっつくので、位置ずれで充電されてないというミスはなさそうだ。

手に馴染みやすい形状のケース
収納時は磁石で引き込まれる

充電ポートは背面にあり、ちゃんとフタを設けているところには好感が持てる。端子はUSB-Cだ。またケースはQiにも対応しているので、ケースごとワイヤレス充電も可能だ。

充電端子にもカバーがある丁寧な作り

ソフトウェア的にも充実

本機にはスマートフォン向け専用アプリ「Soundcore」が提供されている。注目はHearIDというパーソナライズ機能だ。特定の周波数帯域における音の聞き取りやすさを測定し、ユーザー別の周波数特性を生成するという。

専用アプリに搭載のHearID

使い方は簡単だ。イヤフォンを両耳に装着し、アプリ上でHearIDを選んで、あとは指示通りに画面をタップするだけである。正弦波によるトーンが、高周波から低周波まで音量を段階を分けて再生される。聞こえている場合は画面をタッチして、聞こえなくなったら画面から指を離すという動作を繰り返すことで、ユーザーの耳の特性を測っている。

周波数ごとに聞こえ具合を測定していく

筆者の場合、残念ながら全部の周波数と音量でトーンが聞こえてしまうので、せっかくのHearIDも結果がフラットのままになってしまった。わざと聞こえないフリをしてみたところ、ちゃんと聞こえない周波数のあたりを持ち上げてくれるようだ。

全部聞こえてしまうので、特性がフラットに
聞こえ方に違いがあると、それに合わせてカーブを作ってくれる

ただ、筆者のような例はそれほど珍しくないのではないか。周囲のノイズ量もあるので、あんまり小さい音量だと単にノイズにマスキングされて聞こえない可能性も出てくるが、もうすこし精緻に測定しないと、結果がゼロという方は相当出てくるのではないかと思われる。

HearID以外にも、22種類のイコライザーがプリセットされている。デフォルトでは「おすすめ」となっており、特性としては「フラット」の印象はそのままに、低音を強めに出しているようだ。またサウンドに立体感(奥行き)が感じられる。一方「クラシック」や「ロック」では中高域特性が工夫され、華やかで前面に張って出る音となるが、立体感は後退する。表情がかなり大きく変わるプリセットばかりなので、カメレオン的に「化ける」楽しさがある。

大きく表情が変わる22種類のEQ

一方で、ユーザーがマニュアルでいじれるイコライザーは搭載されていない。また、各プリセットの周波数特性も見た目で確認する事ができないが、さすがにそれはマニアック過ぎるということなのかもしれない。

今回はデフォルトである「おすすめ」で試聴してみたが、やや大人しめの落ち着いたサウンドながら、低音に芯があり、密度の濃いサウンドに仕上がっている。楽器の定位もしっかりしており、このあたりは同軸スピーカーの恩恵だろう。

Noble Audio初の完全ワイヤレス

Noble Audioと言えば、カスタムイヤフォンからユニバーサルタイプまで手掛ける、高級ブランドとして知られるところだ。創立者であるジョン・モールトン博士は聴覚学者・聴覚専門医であり、音響工学的なアプローチのみならず、医学的見地からの製品開発が可能な、数少ないメーカーの一つである。

ただ、上位モデルの値段はかなりのものだ。ワイヤード型の新作である「Noble Audio KHAN」は、実売約294,800円。なかなかイヤフォンに30万円が出せる人は少ないだろう。そんな同社が初めて手がけた完全ワイヤレスの「FALCON」が店頭予想価格16,800円前後なのだから、それだけでうっかり買ってしまいそうである。もっとも同社はワイヤードでも2万円以下の製品をラインナップしており、高級モデルばかりを作っているわけではないことは申し添えておこう。

イヤフォンは、本体部が浅い円柱に近い形状で、ボディ全体としては小さくできている。そこから耳の挿入部がニューッと延びる、独特の形状である。本体にはボタンがないように見えるが、実はブルーのフェイスプレート部全体がボタンになっており、再生停止/再開やスキップなどができる。今のところコントロール用のソフトウェアがないので、ボタン機能割り当ての変更などはできないが、今後アプリも提供されるという。

Noble Audio初の完全ワイヤレス「FALCON」
挿入部が長い独特の形状

ドライバは、新開発だという「Dual-layered Carbon Driver(D.L.C.Driver)」。ドライバーの樹脂層の上にカーボンファイバー層を重ねた特殊な二層構造を持つといい、グラフェンドライバーと比べて歪みを1/2に低減した。

グラフェンは、ダイヤモンド以上の硬度を持つと言われている炭素素材で、低価格ハイレゾ対応イヤフォンの振動板のコーティングによく使用される。業界で最初に採用したのは、日立マクセルのハイレゾ対応イヤフォン「Graphene(グラフェン)」で、2016年の事である。

こうした特殊構造素材となると値段も上がるところだが、低価格で提供されるのはありがたいところだ。ただ「FALCON」自体は対応コーデックがSBC/AAC/aptXなので、ハイレゾ再生に対応するわけではない。

ボディは水没にも耐えるIPX7対応設計。再生は最長10時間で、ケース充電も含めて40時間再生が可能だ。ペアリングはQualcommのTrueWireless Stereo Plusに対応しているが、非対応スマホと組み合わせた場合は、電源を入れるごとにバッテリー残量が多いほうがマスターとなり、片減りを減らすという。このあたりの機能は、以前レビューしたNUARL「NT01AX」でもすでに搭載されていた。

ボディもそうだがケースも非常にコンパクトで軽量に出来ている。ケースへの収納も、やはり磁石で引き寄せるスタイルだ。充電端子は背面にあり、こちらもUSB-C端子となっている。

ケースもコンパクト
こちらも磁石で引き込まれるタイプ

さすがのNoble Audio、サウンドに抜かりなし

では早速聴いてみよう。設定アプリがないので本当にただ繋いで聴くだけしかできないが、コンパクトなボディにしては下からえぐり上げてくるような低音に驚く。低音はやや丸い印象だが、中域に浸食してこないため、全体的に音がすっきりと整理整頓されており、「音と音の隙間」も十分に表現されている。EQ設定をしない素の状態でこの仕上がりとは、さすがとしか言いようがない。

筆者はロック系の音楽を好むが、昨今はCDクオリティでの音源配信も増えており、リマスターされた過去音源をこれで聴くと、サウンドのみずみずしさに驚かされる。これは価格以上に楽しめるイヤフォンだ。年内に登場予定のアプリでは、現在使っているコーデックや、イヤフォン本体ボタンの機能変更、イコライザー機能、OTAによるファームウェアアップデート機能などが追加されるそうで、今から楽しみである。

イヤーチップはePro audio製「Horn-Shaped Tips」が採用されており、3サイズが付属する。高さを抑えたホーン型ノズルで、先端が細くなったボディ形状と相まって、かなり耳奥まで入る。シングルドライバながらこの低音の出は、耳奥まで十分に音を届ける設計にも秘密がありそうだ。

ePro audio製「Horn-Shaped Tips」が付属
3サイズが用意されている

本機は特にノイズキャンセリング機能は搭載していないが、耳奥まで入る構造からか、遮音性はかなり高い。カフェでのパソコン仕事など、没入が必要な際の長時間利用イヤフォンとしても使えるだろう。

ほぼ唯一とも言える欠点は、見た目に高級感がない事だ。人間工学的には正しい形状なのだろうが、デザイン的な要素がほとんどなく、ボディやフェイスプレートの素材も安っぽいのが残念である。

総論

今回はリーズナブルに入手できて音質的に満足できる2モデルを選んだわけだが、奇しくも双方今月発売されたばかりの新製品である。

完全ワイヤレスの弱点は、音切れとバッテリーの片減りだが、どちらもTrueWireless Stereo Plusに対応しており、これに対応するスマホと組み合わせるなら、音切れにはかなり強いはずだ。今回の試聴はiPhone XRで行なったため、AACで片側接続だが、それでも試用中に音切れは起こらなかった。

オーディオ的には、ハイレゾによるストリーミングも始まっており、完全ワイヤレスの次のフェーズはハイレゾ対応ということになるだろうが、全体が底上げされる格好でAAC/aptXクラスでも十分に高音質と呼べるイヤフォンがリーズナブルに続々と登場してくるのは、嬉しい悲鳴である。

最近は秋の夜長に懐かしの80年代ロックを聴き通しているところだが、そのお伴にこの両者は最適であろう。もうずいぶんイヤフォンも買い換えてないな、という方こそ、「最近はこの価格帯でこの音」という進化を体感していただきたいところである。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。