小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第999回
ヘッドフォンを自作!? 音が激変して面白い、FOSTEX「RPKIT50」
2021年9月1日 08:00
今年の夏休みの工作シリーズ
FOSTEXと言えばスピーカーユニットを幅広く揃え、自作スピーカー派には欠かせないメーカーだが、ヘッドフォン・イヤフォンに関してはプロユースのモデルも輩出している。同社は1974年に、日本初の平面駆動型ヘッドフォンとなる「T50」を発売。現在でもRPシリーズとして、独自の平面駆動方式ヘッドフォンをラインナップしている。
そんなRPシリーズの「T50RP」は2007年発売で、モニターヘッドフォンとしてデビューしたが、物足りないとして改造して使う人が多かったようだ。その後2015年にリニューアルモデル「T50RP mk3n」が登場、さらに2017年には「T50RPmk3g」と、ハウジングを木製に変更しバランス接続も可能にした「T60RP」と言うモデルが出ている。
そして今回、このRP50シリーズを自分で組み立て、チューニングもできるというキットが発売された。同社公式サイトFOSTEX CUSTOMのみで発売中の、「RPKIT50」がそれである。価格は33,000円。「T50RPmk3g」の希望小売価格が22,000円、「T60RP」が32,000円であることを考えると、同シリーズとしては一番高いことになる。だがT60RPで対応したバランス接続にも対応しているので、価格的には納得できるところだ。
夏休みの工作シリーズとしては8月中に1日間に合わなかったが、ヘッドフォン自作キットというのはなかなか珍しい。どんなカスタマイズが可能なのだろうか。では早速作ってみよう。
誰でも作れるキット
自作キットといえども、ベースとなるハウジング部分はすでに組み立て済みで、そこにスピーカーユニットを埋め込んでいく作業がメインとなる。使用するのは精密ドライバ(+)とピンセット、はんだごてだけ。半田付けはスピーカーユニットのプラスマイナス端子にリード線をくっつけるだけなので、それほど大したことはない。
半完成キットということで、箱自体は普通のヘッドフォンの箱と同様のサイズ。開けるとシリーズ最大のポイントであるRPユニットが出てくる。RPとはRegular Phase(全面駆動型)の略。反発する強力な磁石で平面の振動板を挟み込むという構造で、コンデンサスピーカーのように高い電圧をかけなくても平面駆動できるという、独特な方式のユニットだ。
中身としては、半完成のヘッドフォンと、RPユニット、交換用イヤーパッド、ケーブルの他は、ほとんどが吸音材である。ヘッドフォン全体の設計はRP50シリーズとほぼ同じで、特徴的なオレンジの差し色がないのが残念だ。
ではまず、このエンクロージャ内部に吸音材を貼るところからスタートだ。
エンクロージャの下半分に、スリットが空いている部分がある。ここに貼り付けるパーツの違いで、チューニングが可能だ。何も貼らなければオープン仕様となり、不織布を貼ればセミオープンのスタンダード仕様、塞いでしまえばクローズド仕様となる。今回は組み上がった音を聞いてからどうするか判断したいので、まずは標準仕様で組み立ててみる。パーツは全てねじ止めなので、開けて張り替えるなどの作業は簡単だ。
続いてRPユニットを取り付けるバッフル版に吸音材を貼る作業である。ここが一番時間がかかるところだ。というのも、小さい四角の吸音材を一個一個ピンセットで摘んで貼り付けるという作業で、片側に40個ぐらい貼り付ける必要がある。
こんな小さくパーツを分けなくても、と思わなくもないが、細かく分けて貼ることに意味があるのだろう。これを左右2個やるわけで、ここだけで30分ぐらいかかる。根を詰めるとだんだん悲しくなってくるので、音楽でもかけながら気軽に取り組みたい。
このバッフル板に対して、RPユニットをねじ止めしていく。吸音材を張った側が、ユニット背面になる。背後に抜ける音を吸収するのが、この吸音材の役目ということになる。
続いて唯一の半田付けポイントである、内部のケーブルとの配線だ。半田はすでにスピーカー側に盛ってあるので、それを溶かしてくっつけるだけだ。
続いてバッフル板をヘッドフォン側に取り付けるわけだが、ここにもチューニングポイントがある。RPユニットの背面は白いパーツで塞がれているが、一部だけ穴が空いている。この穴をダンパーで塞ぐかとうかで、低音の出方が変わるという。ここでは取り付けないのが標準仕様だそうなので、最初は塞がないで組み立ててみる。
最後にイヤーパッドの取り付けだが、その前にまたチューニングポイントがある。バッフル用にもダンパーが2種類あり、ここでも調整が可能だ。ダンパーは見た目には全く区別がつかないが、つまんでみると若干硬さが違う。低密度と高密度の2タイプがあり、標準仕様は低密度だそうである。
イヤーパッドも2種類あるが、これは耳あたりの違いだけでなく、ここでもチューニングが可能だという。合皮イヤパッドが標準だそうだ。
標準仕様は素直でクセのないサウンド
さて組み立てが終わったが、写真を撮りながら進めたので、トータルで2時間ぐらいかかっただろうか。普通に作業すれば、1時間ぐらいで組み立てできるだろう。
さて、一旦は標準仕様で組み立ててみたが、ここまでのスペックをご紹介しておこう。完成後のインピーダンスは50Ω、感度は89~92dB/mW。最大入力は3,000mWで、重量は約385gである。
- 標準仕様
合皮イヤパッド
バッフル用チューニングダンパー:低密度
ユニット用チューニングダンパー:なし
ハウジング用チューニングシート:不織布
インピーダンス50Ωは、平均的なヘッドフォンよりも高めだ。従って普通にスマートフォン等のイヤフォンジャックに挿しただけでは、あまり大音量は期待できないだろう。手持ちのGoogle Pixel 4a(5G)に繋いでみたが、ボリューム最大で「まあまあ普通かな」ぐらいの音量にしかならなかった。ちゃんと聴くなら、別途DAC兼ヘッドフォンアンプやポータブルアンプが欲しいところである。
最大入力も3,000mWと、これもかなり高い。RPユニットの特徴にもなるが、誤って大電流が流れた場合にも壊れにくいというメリットがある。制作現場のモニターイヤフォンとして使われる理由は、特性のフラットさだけでなく、こうした耐久性の強さもあるだろう。
接続ケーブルは2本同梱されており、一つは通常の3.5mmステレオミニジャック。もう一つは2.5mmのバランス接続用ジャックだ。今回はウォークマン A100シリーズに直結でテストするので、通常の3.5mmステレオミニジャックのケーブルを使用する。
まずは標準仕様で聴いてみるが、音の方は実に素直で、味付けのないサウンドである。平面駆動ということで、STAXのようなコンデンサー型のような涼やかな高音を期待されるかもしれないが、平面駆動ならなんでもあんな音になるわけではなく、聴いた感じはよくチューニングされた4cm径ぐらいのダイナミック型のような音である。特に中音域の濁りのない表現力が優れており、ボーカルのディテールが楽しめるユニットだ。ちなみに標準仕様の状態では、T50RPmk3およびT60RPに近い音質という事である。
しかしダイナミック型ならかなり高価なユニットでないと出せない音を、こんな薄型ユニットで出せるのだから、RP方式というのはなかなか優れた方法だと言える。デザイン重視で設計すれば、スタイリッシュなオンイヤー薄型ヘッドフォンもできるのではないだろうか。
チューニングポイントは4箇所
では実際にチューニングすることでどれぐらい音が変わるのか、試してみたい。まずはイヤーパッドからだ。本機の付属イヤパッドによるチューニングは、以下のようになっている。
- 合皮イヤーパッド:標準仕様
- ベロアイヤーパッド:中域ダンピング
今回もまた本誌読者にはすっかりおなじみになったサザン音響の「SAMREC Type2500S」、通称「サムレック君」にご登場いただく。サムレック君に音を聴いてもらい、それを録音して音質を比較しようというわけだ。今回サンプル音源に使用するのは、フリー音源提供サイト「DAVA-SYNDROME」で公開中の、「Flehmann」氏による「With You」の一節だ。
イヤーパッドは消耗品であり、劣化したら交換するパーツだ。また季節によって、合皮とベロアとを付け替えるという人もいるだろう。イヤーパッドだけでそんなに音が変わるのかな、と思いつつ、まずは合皮イヤーパッド、ベロアイヤーパッドの違いをお聴きいただく。
正直そんなに違いはわからないかも、と思ったのだが、聴いてみると全然違う。「合皮」のバランスの良さに対して、「ベロア」では確かに中域が引っ込み、ドンシャリ傾向の音になるのがわかる。付属のベロアパッドはかなり厚みがあるため、ユニットと耳に距離ができるという面もあるだろう。またベロアパッドは内側に細かい穴が空いており、ここにかなりの吸音効果があるのかもしれない。
続いて2つ目のチューニングポイントは、バッフル板に貼るチューニングダンパーの違いである。イヤパッドは合皮に戻し、このチューニングダンパーだけの違いを聴き比べてみる。
- 低密度:標準仕様
- 高密度:低域ブースト
このチューニングダンパーはユニットの周りを囲っているだけで、音の放出軸と関係ない。正直そんなに違いはわからないかも、と思ったのだが、聴いてみると全然違う。
説明書によれば、高密度ダンパーは「低域ブースト」と一言書いてあるだけだが、ベース音周りの音がすっきり整理され、より輪郭がはっきりする印象だ。バッフル板の穴を塞いでいるわけでもなし、何がどう効いてこうなるのか筆者には説明できないが、この音の変化は小さくない。
続いて3つ目のチューニングポイント、RPユニットの背面にある穴にチューニングダンパーを入れるかどうか、の違いを聞き比べてみる。ヘッドフォンは改めて標準状態に戻し、ここだけを変えている。
- ダンパーなし:標準状態
- ダンパーあり:低域ダンピング
背面の穴といっても、大部分はすでに塞がれており、1辺5mmぐらいの穴をスポンジ状のもので塞ぐだけである。正直そんなに違いはわからないかも、と思ったのだが、聴いてみると全然違う。
小さな穴を埋めただけで、低域がかなり丸く押さえ込まれているのがわかる。完全に塞いでいる訳ではなく、空気の抜けはあるものの、音としては殺しているといった状態だろう。
4つ目のチューニングポイントは、ハウジング部の穴のふさぎ方の違いである。例によって一旦標準チューニングに戻し、今度は3タイプの聴き比べだ。標準のセミオープン、クローズド、オープンの3タイプを聴いてみる。
- 不織布:標準(セミオープン)仕様
- PET:クローズド仕様/300~800Hz感度変化
- なし:オープン仕様/低域ブースト
ハウジングのオープンとクローズを切り替える方法としては、以前ソニーが「MDR -D777SLというモデルで実装したことがある。発売は2006年のことで、今から15年前だが、あまりこの方法論は一般に認知されていない。ということはやっぱり正直そんなに違いはわからないかも、と思ったのだが、聴いてみると全然違う。
PET素材で完全に塞いだ場合、低域は減衰するが、低域にちょっとクセのある面白い音になる。これはこれで魅力がある音だ。一方オープンにすると、ゴリゴリに元気のいい低音が出てくる。開放感はあるが、ここまで低音が出ると他の部分をマスクしてしまうので、リスニング用としては面白いが、モニタースピーカーとしては使いづらい。
総論
メーカーのヘッドフォン設計者にお話を伺う機会も多いが、改めてたった一つパーツを変えるだけで、かなり音がチューニングできることが確認できた。元々1台のヘッドフォンとは思えない、振り幅の広さである。
あとはこれらのチューニングバーツを組み合わせて、自分なりの音を作っていけばいいわけだ。ネジを付けたり外したりが面倒ではあるものの、ああでもないこうでもないと改造する楽しみがある。
一つのパーツを取り替えて聞き直すまでにある程度時間がかかると、前に聴いた音を忘れてしまうので、比較はなかなか難しいと思う。なのでこの記事の録音を参考にしつつ、違いを比べてみるとより楽しいだろう。なおハウジング用のマスキングシートは3セットずつ付属しているので、3回まで心変わり可能である。
最終的に筆者が落ち着いたチューニングは、
- 合皮イヤパッド
バッフル用チューニングダンパー:高密度
ユニット用チューニングダンパー:なし
ハウジング用チューニングシート:不織布
という組み合わせになった。標準仕様との違いはバッフル用チューニングダンパーだけだが、標準のキレの良さをキープしつつ、ちょっとだけ低域にアクセントを加えた格好である。今回は高音域をチューニングできる要素があまりなかったが、低域と中域をダンピングさせれば結果的に高音寄りになる。
また標準にはない改造方法なども、今後誰かがトライしてくるかもしれない。「いじるオーディオ」がなかなか手軽に楽しめなくなった昨今、ヘッドフォンの改造は手軽にできて効果が大きいのが魅力だ。
この夏、何かやり残した感のある方は、ぜひトライしてみて欲しい。