小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第1031回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

MRグラスの急先鋒、「Nreal Air」を試す

Nreal Air

複雑なスマートディスプレイワールド

デジタルガジェット好きの皆さんなら、ここ最近「Nreal Air」という単語をよく目にするようになったのではないだろうか。サングラス型のスマートディスプレイで、価格的にも39,800円とそれほど高くないことから、いわゆる人柱勢がこぞって購入している、アレである。

筆者のところにもぜひ試してみて欲しいと、スマートフォンとセットで送られてきたので、早速使ってみているところだ。

こうした次世代ディスプレイを使った世界はまだまだ発展途上と言うこともあって、きちんと分類しておかないと一緒くたに語れない部分がある。よく聞く単語として、ARとVRがあるが、ここに来てMRも注目が集まっている。

AR(Augmented Reality)とは、現実のビューの上に情報をオーバーレイさせるもので、ドラゴンボールで言うところの「スカウター」である。これを現実で展開したのが、2013年のGoogle Glassであった。

VR(Virtual Reality)とは、現実のビューを遮断してバーチャルの世界へ没入するものである。有名なところではMeta社の「Meta Quest 2」、ソニーの「PlayStation VR」などがある。

MR(Mixed Reality)とは、現実のビューに混ぜて、バーチャルの構造物や情報などを表示するものだが、こう書くとARと何が違うのかがわかりにくい。MRの特徴は、現実世界の位置情報に沿ってオブジェクトを配置する。例えばテーブルの上に物体を投影すると、顔を動かしても仮装の物体はテーブルの上に固定されている。本当にそこにあるかのように配置できるわけだ。こう考えると、MRはARとVRの技術を組み合わせたものだということがわかる。有名なところでは、Microsoftの「HoloLens 2」がある。

表現する「世界」で3種類あるわけだが、それを縦軸とするならば、さらに横軸にディスプレイの動作タイプが加わる。スタンドアロン型、PC接続型、ゲーム機連動型、スマホ接続/スマホ内蔵型といったバリエーションがあり、それぞれに製品があるというわけだ。

今回ご紹介する「Nreal Air」は、PCやタブレット、スマートフォンと接続でき、動作モードを変更する事で、AR、VR、MRの3つに対応できる、汎用性の高いスマートグラスとなっている。日本では今のところ、KDDIもしくはNTTドコモの販売店およびオンラインショップで取り扱っている。

すでに多くのガジェット大好きライターのレビューも出ているところだが、一般人に近い筆者が使ってみた正直なところをお伝えしてみたい。

シンプルな構造

Nreal Airの開発元は、中国・北京に本社を持つNreal社で、設立は2017年というから、比較的新しい企業である。世界に300名以上のスタッフを抱えており、日本法人は2年前に設立されている。

Nreal Airは、外から見ると大型のサングラスのように見えるが、フレーム上部にディスプレイがある。ディスプレイ解像度は1,920×1,080/60pのフルHD解像度で、それをハーフミラーに反射させることで、現実のビューと映像がミックスして見えるようになっている。

内側にハーフミラー
天面にフルHD解像度のディスプレイがある

ハーフミラーはサングラス部の上から2/3を占めており、装着すると視界の上から2/3ぐらいのところにハーフミラーのエッジが見える。ハーフミラー越しに前方の風景が見えるわけだが、サングラス素通しの部分と比較すると、輝度は半分ぐらい落ちる事になる。

正面からみたところ

電源は内蔵しておらず、ツルの末端にあるUSB-C端子から映像入力と電源供給を行なう。これにより、約79gという軽量を実現している。

ツルの先端にUSB-Cケーブルを接続

ツルの部分、ちょうど耳の上あたりのところに、下向きにスピーカーのスリットが開いている。またツルの右側には、ディスプレイON/OFFスイッチと、輝度調整ボタンがある。

耳の部分にスピーカーを内蔵

メガネ部のブリッジ部分にセンサーがあり、これでグラスの着脱をセンシングしている。グラスと顔の距離が開きすぎると、外したとセンシングされて画面が消えてしまう。メガネ on メガネでテストする際には、注意が必要だ。

メガネのブリッジ部分に対物センサー

製品利用時には対応スマートフォンによるアクティベーションが必要だそうだが、今回は貸し出し機ゆえに、すでにアクティベーションが完了していた。公式動作確認機種以外であっても、「Display Port(Alternate mode)」対応端末であれば動作する可能性は高い。ただユーザーもそこそこ多いと思われるGoogleのPixelシリーズには非対応である。

フィッティングに関しては、長さの異なる3タイプのノーズパッドが付属する。またツルの角度も3段階に動かせるようになっている。

3種類のノーズパッドが付属

ヘッドマウントディスプレイも含め、こうしたメガネ型ディスプレイの課題は、元々メガネをかけている人はどうするのか、というところである。普段使いのメガネの上にディスプレイをかけるのは、まあ手で押さえておけばどうにかなるが、安定性という面では不満が残る。

多くのディスプレイでは、これを専用レンズフレームを用意する事で解決しようとしている。Nreal Airにも、強制レンズ用のサンプルフレームが付属しており、対応してくれるメガネ屋さんに持っていってこれに合わせて度付きレンズを付けてもらう事で、普段のメガネを外して装着できるようになる。あいにく専用レンズを作る時間はなかったので、今回はコンタクトレンズを装着してテストしている。

矯正視力用のサンプルフレームも付属
サンプルフレームを装着したところ

実はNreal Airには3タイプの製品がある。コンシューマ向けとして一般販売されているのが今回試用している「Nreal Air」だが、そのほかに企業・専門家向けの「Nreal Light」、開発者向けの「Nreal Enterprise Kit」がある。主な違いは同梱物の差だ。日本は特に3Dコンテンツの開発層が厚いということで、3種類全部が販売されているのは、世界でも日本だけだという。

単純な拡張モニターとして

本機は動作モードを変えることで、AR、VR、MRで使用できる。まずは一番汎用性が高いと思われる、現実世界に別情報を投影するだけのAR的な用途で使ってみよう。

元々構造的に表示と現実世界が半透明でミックスされるので、これは要するに本機を外部ディスプレイ扱いで使うだけである。もっともシンプルな使い方としては、パソコンに接続して外部ディスプレイとして使うという方法がある。

そこでM1 MacBook AirのUSB-C端子に直接接続してみた。「ディスプレイ」設定で拡張ディスプレイに設定すると、Nreal Airを2つ目のディスプレイとして使う事ができる。MacのディスプレイとNreal Airの画面を縦位置になるよう設定した。

USB-C端子に接続するだけで、外部モニターとして認識
ディスプレイを上下に配置

ちょうどオンラインでのプレスイベントがあったので、上画面にプレゼン動画、下画面にメモ用のエディタを表示させると、プレゼン動画を見ながら視線を落としてメモを取る、という使い方ができた。これは現実世界でプレスカンファレンスに出席しているのと、状況的には近い。

MacBook Air本体の13インチディスプレイだけでは、動画とエディタ画面を両方同時に並べるとそれぞれが小さくなりすぎて使いづらいが、これなら両画面ともに楽に展開できる。

ただ難点もある。Nreal Airの画面は頭の動きにくっついてくるので、頭がふらふら動くと動画も一緒にふらふらする。一方現実世界にあるMacBook Airのディスプレイは頭の動きと連動せずその場にあるので、そのズレが気になるところである。できれば頭が固定できるヘッドレストのある椅子で使いたいところだ。

もう1つ気になる点は、Nreal Air画面の向こう側に現実世界の風景が透けて見えるため、明るいところを見ていると映像のコントラストが下がるところである。一番高コントラストになるのは、真っ黒な壁を見ている時だが、そうそう真っ黒の壁もない。一番身近で大きな黒い壁といえば、電源OFFになっているテレビである。だがテレビに向かって投影するのも、なんだか本末転倒感がある。

Nreal Airの画面表示は、4m離れた想定で130インチ、6m離れた想定で201インチと説明されている。ただ目のフォーカスポイントからすれば、4mも離れた感じはしない。1.5m先に40インチといったところである。

単純にHD解像度の40インチディスプレイが目の前にあるので、PCの拡張ディスプレイとしては十分文字も読める。ただ頭の動きと合わせて文字が付いてくるのも良し悪しで、慣れるまでは「文字酔い」に注意すべきだろう。

スマートフォンと接続すれば、専用アプリ「Nebula」を利用して、動作モード選択ができる。「Nebula」をインストールすると、Androidの通知画面にモード変更用のウィジットが表示される。これを使って「サイドスクリーン」に切り替えると、スマートフォンの画面が視界の左側に表示される。

スマートフォン向けに提供されている専用アプリ「Nebula」
通知画面にモード変更用のウィジットが表示される

これが一番シンプルなAR的利用方法だろう。例えばGoogle Mapで地図を表示させつつ歩いて目的地まで行く、みたいな利用が可能だ。

サイドスクリーンでは空中左側にスマートフォン画面が表示される

VR・MR的に使ってみる

現実世界を遮断して、バーチャル世界に集中するのがVRだ。つまり元々の構造である、半透明で現実社会が見えるという構造を放棄することになる。このために、Nreal Airにはグラス表面にはめ込むシールドが付属している。

サングラス部分にフタをする「シールド」が付属

シールドを付けると前方が真っ暗になってしまうが、投影される映像は高コントラストになるため、視認性が格段に向上する。

VRコンテンツを楽しむためには、グラスのジャイロ情報を演算するためのソフトウェアのサポートが必要になる。現時点では、専用アプリ「Nebula」の「MRモード」を使う事になる。

MRモード内の画面

MRモードでは、ジャイロセンサーを使わず単に画像を表示するだけの「0DoF」モードと、ジャイロセンサーを使って、頭の向きと関係なく画面を一定位置にキープする「3DoF」モードが選択できる。基本的には「3DoF」モードを使う事になるが、それが「VR」であるか「MR」であるかは、シールドを使って外界を遮断するかどうかの違いと、使用するアプリケーションの違いという事になる。

MRモード表示中は、スマートフォンの画面がタップボタンになる。またボタン操作用のレーザーは、スマートフォン本体の向きをセンシングしている。スマホの先からレーザーが出ているようなイメージで操作を行なう。

MRモードで使用中のスマートフォン側の画面

ただ、現時点でNebulaでちゃんと動くVR・MRコンテンツはほとんどないのが現状だ。単にログインせずYouTubeを見るといったことはできるが、ログインが必要なアプリはほとんど動かない。

スマホ内のアプリもMRモード内に追加できるが……

Google系のサービスは、スマホ側ではすでにログイン済みなのだが、Nebula内に存在するGoogle系のアプリとはまた別になっているようで、ログイン情報が共有できない。従ってGoogle Mapを起動しても、画面は真っ黒のままである。おそらくログイン画面のポップアップ表示に失敗しているのではないかと思われる。

プリインストールされているアプリの中で、「Cycling」は動作するようだ。これはフィットネスバイクを使って運動する際に、実写のサイクリング風景を楽しめるというアプリのようだ。MRモード内の操作は動画記録できるので、このアプリと、Webブラウザの挙動を動画でご覧いただきたい。

NebulaのMRモードでの動作

現状MRモードで動くアプリがほぼないことから、VRおよびMRでコンテンツを楽しむには、まだ環境整備待ちという事になる。

現状でできる使い方としては、Air CastingモードでNetflixやAmazon Primeなどを起動し、バーチャルスクリーンでコンテンツを楽しむというところだろう。

今回はAmazon Primeで公開されている「Star Trek Picard」のシーズン2最終話を視聴してみた。HD解像度ではあるが、コントラストも解像感も十分にあり、大画面表示を堪能できた。音質面では、低域がほとんど出ないのは構造上仕方がないとしても、セリフの明瞭度は高く、劇中音楽や効果音の再現性は高い。

なにより79gという軽量さは、これまでゴーグル型しか経験がない身からすると、長尺映画観賞にも使いやすいと感じた。ただ昨今のメガネはそれほど高級モデルでなくてもすでに20gを切っている。そう考えると、メガネとまったく同じ使い勝手というところまではあともう少し、というところであろう。

総論

Nreal Airは、まだ肝心のMRコンテンツがほとんど動作しないにも関わらず、多くの人が購入しているガジェットである。その理由は、多くのデバイスに繋げられ、拡張ディスプレイとして利用できるからだ。

そして多くのユーザーが生まれたと言うことは、今後多くの「ハック」が生まれ、MRやVRを含め環境が急速に整備される可能性がある、というところも魅力となっている。

もちろんこの製品が最終形というわけではなく、今後も改良が進むだろうし、競合製品も登場するだろう。ただ現状の技術でここまで軽量化でき、明瞭度の高い表示とサウンドを実現できたこと、日本に法人があり、度付きインサートレンズを作ってくれる公式店もあるという点では、今のところ他にないリードを保っていると言える。

今後期待される分野としては、VRライブのオペレーター用ディスプレイといった用途があるのではないだろうか。VR画面を確認しながら、視線を下に降ろして手元のスイッチャーやミキサー、PC画面を確認するといったオペレーションに利用できる。もしかしたら一般のネット中継業務でも、モニターレスで運用できるようになるかもしれない。

本来のMRの用途を抜きにしても、実用性の高いディスプレイ装置である。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。