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安価なコンポやサウンドバーでケーブルの違いはわかる? AudioQuest「Boom Box Demo」を体験

オーディ・ビジュアル製品は高価なものも多く、なかなか手が出ないもの。ケーブルやアクセサリーを変えて音の変化を楽しむという行為も、マニアックなイメージがある。だが、1980年に「20ドルで買える感動」と「安価なシステムで音の変化を体験する事が重要」という理念を持ったメーカーが生まれた。AudioQuestというケーブルメーカーだ。

「20ドルで買える感動」とは何か?そして、実際に「安価なシステムでも、ケーブルを変えると音の変化が体験できるのか?」を、実際に体験してみた。

ガレージから始まったAudioQuest

話は1976年に遡る。当時、米国ではスピーカーメーカーとしてお馴染みのPolk Audioが、日本製のケーブルを「コブラ・ケーブル」という商品名で米国市場で販売。「オーディオケーブル」という存在自体が、注目されるようになる。

1978年、オーディオ機器の販売をしていて、オーディオにおける「良質なケーブルを使うメリット」を自分で体験していたビル・ロウ氏が、自分でオーディオケーブルを作ろうと考えた。

オーディオ機器の販売をしていたビル・ロウ氏

後にモンスター・ケーブルを創設するノエル・リー氏に、スピーカーケーブルを特注。ビル氏自ら、ガレージでケーブルの端にプラグを取り付け、最初のスピーカーケーブルを完成させた。

このケーブルは評判となり、はじめは自分の店だけで販売していたが、1980年の末には、南カリフォルニアの42軒の小売店、デンバーでも1軒で販売するようになった。当時のオーディオ業界では、ユーザーが20ドルを出して「これはすごい!」と喜んでくれる製品カテゴリーはケーブルのみ。ビル氏は1980年、AudioQuestの創業を決意する。

翌1981年1月に、AudioQuestは初めて米国で開催されるCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)に参加。大きな反響があり、その1カ月後にはヨーロッパ、日本を含むアジア、米国のほとんどの州でAudioQuestの製品が販売されるようになる。

その後、2004年には、ケーブルに電池を搭載。信号導体には働きかけをしないが、信号導体の周囲の絶縁体を安定させ、結果として信号導体も安定した状態に導くという誘電バイアスシステム「DBS(ダイエレクトリックバイアスシステム)」を発明。

誘電バイアスシステム「DBS」
「DBS」の進化を紹介した展示

ワイヤレスネットワークや携帯電話などの普及により、高周波ノイズが生活の中に充満するようになった2008年には、それらへの対策としてノイズ消散システム「NDS」も開発するなど、オーディオケーブル界で常に注目を集めるブランドに成長。オーディオ/ビジュアルファンの中でも、AudioQuestのケーブルを使ったことがある人は多いだろう。

余談だが、同社のケーブルは“硬い”ことで知られている。

なぜ硬いのか?それは、ビル氏が、あるスピーカーメーカーのデモに参加した事がキッカケだ。デモでは、有名ブランドの3mケーブルを使用。次に、8mのビルオリジナルケーブルを繋いで音を出したところ、聴衆が音に関心したという。

そこでビル氏は、同じケーブルで、より短い3mのものを車に取りに戻り、3mのケーブルでも再生した。しかし、3mのケーブルは、8mのものと比べ、あまり良い音は出なかった。

「ケーブルは短い方が良いはずなのに」と頭を抱えたビル氏。8mと3mのケーブルの違いを徹底的に調べたが、内部構造は全く同じ。唯一の違いは、透明な被覆の“硬さ”のみ。8mは硬めの被覆だったが、3mの被覆は取り回しをしやすくするために柔らかい被覆を使っていたそうだ。

この体験で、ケーブルにおける“機械的安定性の重要性”に気がついたビル氏。以降、AudioQuestのケーブルは硬くなったという。

現在のビル・ロウ氏

安価なシステムでもケーブルによる音の変化を体験するBoom Box Demo

“硬さ”のエピソードは、“理論は体験から生まれる”事例だ。「本当に優れているとわかるのは、理論が優れていることを知るのではなく、実際に経験することによってわかる」を信条としたAudioQuestは、Boom Box Demoを考え出す。

これは、“違いがわかるためには高価な機器が必要だ”という考えを捨て、あえて安価なシステムを使い、ケーブルを変える事による音の違いを体験してもらうもの。高い機器を購入しなくても、お金をかけずに改善効果が得られる。つまり、前述の「20ドルで買える感動」の体験デモというわけだ(現在では20ドルではなくなっているが)。

さっそく体験してみよう。

Boom Box Demoの環境

用意されたのは、ハイエンドコンポ……ではなく、一体型CDレシーバーのデノン「RCD-N12」(110,000円)と、スピーカーのDALI「OBERON 1」(ペア74,800円)という、どちらもエントリークラスの組み合わせ。しかも、コンポとスピーカーを設置したのは会議室によくある長机。専用ルームや強固なスタンドなどが無い、普通の環境でも、違いがあることを体験して欲しいというわけだ。

デモの内容はスピーカーケーブルの比較。最初は12AWGと太めの他社ケーブルを使い、2番目に「Rocket 11」(3m/56,100円)という14AWG細めのケーブルに交換。3番目に「Rocket 88.2」(3m/229,900円)という13AWGのケーブルを試聴。最後に「Robin Hood ZERO」(3m/306,900円)という15AWGのケーブルに交換する。

他社のケーブルで女性デュオを聴いた後で、「Rocket 11」(3m/56,100円)に交換する。AudioQuestのスピーカーケーブルとしては最も安価なモデルだが、確かに音が変わる。

音のコントラストが深くなり、それによって、女性ボーカルの歌い出しの「スッ」と息を吸い込む吐息などが、より生々しく聴こえる。音が無い部分もより静かになっており、クリアでスッキリした音だ。低域の沈み込みもより深くなる。

「Rocket 11」

「Rocket 88.2」(3m/229,900円)に交換すると、Rocket 11と変化の方向は同じなのだが、さらに女性の声の高域が気持ちよく伸びるようになる。その気持ちよさにつられて、聴いていると勝手に視線が上方に上がっていく。

「Rocket 88.2」

「Robin Hood ZERO」(3m/306,900円)に交換すると、今度はボーカルの声の余韻が広がる空間が、もっと奥へと広がっていくように聴こえる。奥の壁が、数メートル後ろに下がったような感覚で、それに伴い、手前に定位しているボーカルや楽器の音像が、より立体的に見えてくる。また、耳の性能が上がったかのように、より細かな音まで聴き取れる。

全部あわせても20万円を切るオーディオシステムに、3mで306,900円のケーブルを組み合わせるというのは現実的ではないが、“エントリーシステムを、適当に設置した環境でも、ケーブルによる音の違いを体験できる”というのは確かに実感できる。

「Rocket 11」と「Rocket 88.2」の断面図

同時に、エントリーのRocket 11(3m/56,100円)でも、かなりの音質アップが体験できた事も印象的だ。確かにより高価なケーブルの方が音はより凄いのだが、Rocket 11でも大きなジャンプアップが体験できる。また、価格が上のモデルに変えた時に、突然音色が全然違うものになったりしないのも好印象だ。つまり、綺麗に同じ方向の階段を上がっていくかのように音もランクアップしているので、安心感がある。

D&Mの狩野徹也氏によれば、AudioQuestケーブルの基礎には「単線、方向性、ノイズ消散、導体クオリティ」の4つがあるという。

一般的な、ランダムに束ねた撚線構造の場合、迷走電流が発生し、それが音のにじみにつながるとする。AudioQuestでは単線にこだわり、低価格なRocket 11でも半撚り銅単線(LGC)を採用している。細身の導体に、一定の強度をかけながら曲げる事で、迷走電流が発生しにくく、歪やにじみを抑えられるのが特徴だという。

赤い導体に注目。ランダムに束ねられた撚線構造では迷走電流が発生しやすく半単線構造ではそれが防げるという

これが、より上位のRocket 88.2やRobin Hood ZEROになると、高純度銅単線(PSC+)を導体に採用し、DBSも追加されるなど、AudioQuestのこだわりがより反映されたものになっていく。

また、狩野氏によれば、AudioQuestは多額の投資を行ない、米国アーバインとオランダの倉庫に、ケーブルに高電圧をかけるバーンイン装置を導入。音楽信号よりも強い電圧を72時間かけることで、エージング作業が不要な、「ケースを開けた時に、既に一定レベル以上の“慣らし”が終わっている状態」にしているとのこと。この装置は、米国でも他にはNASAと米軍にしかないそうだ。

バーンイン装置

安価なサウンドバーでも違いがわかる

先ほどはスピーカーケーブルの違いを体験するデモだったが、HDMIケーブルによる違いを体験するデモもある。デノンのサウンドバー「DHT-S218」を用意し、BDプレーヤーと接続するHDMIケーブルを変更し、音の違いを聴くというものだ。

デノンのサウンドバー「DHT-S218」
AudioQuestのHDMIケーブル

比較で用意されたHDMIケーブルは3本で、DHT-S218付属のHDMIケーブルと、「Cinnamon48」(1m/17,600円)、そしてハイエンドの「Dragon48」(1m/353,100円)だ。

Cinnamon48

DHT-S218をピュアモードにして「グレイテスト・ショーマン」の「This Is Me」のシーンで聴き比べたが、これも確かに違いを感じる。

付属HDMIケーブルでは「DHT-S218はやっぱり素直な音だな」くらいの感想だったのだが、Cinnamon48に切り替えると、歌の合間の息継ぎや、ダンスシーンの「ザザッ」という足音など、聴き取れる音の数が増え、臨場感がアップ。背景の音もより静かになり、全体的に透き通るような音になる。

Dragon48

Dragon48に変更すると、笑ってしまうほど変わる。微細な音がより増加するだけでなく、高域がよりナチュラルで人の声が生々しくなる。低域の深みも増し、コントラストも深くなるため、音楽のビートやダンスに合わせて、思わず体が揺れてしまった。

手に届きやすいケーブルを作るため、スケールメリットを活かす

このように、AudioQuestは、数万円のものから、上は500万円を超えるような超高級ケーブルまで幅広くラインナップしているのも特徴だ。その上で、AudioQuestは「多くの消費者にとってのハイエンドケーブルは、AudioQuestのエントリーモデルだ」とも言う。

「機器に付属していたケーブルを使う代わりに、ケーブルに初めてお金を支払い、ケーブが違いをもたらすことを初めて受け入れ、ケーブルに40ドル~50ドル費やす価値がある」と実感した時点で、それは、その人にとってのハイエンドケーブルと言える。「ハイエンドは特定の価格や性能レベルを表すものではなく、ケーブルが適度な価格で、大きな改善をもたらすものだと受け入れる事」(AudioQuestは)だというのだ。

多くの人にとって、手に届きやすい価格で良いケーブルを作るための工夫もある。「(AudioQuestはケーブルメーカーとして)企業規模が最大であり、それによる最高のスケールメリットがある」というのだ。要するに、世界的に展開するメーカーとして、多くのケーブルを作るため、素材を仕入れる時なども大量に購入することで価格を抑えられる。こうしたスケールメリットを、ケーブルの価格に反映できるわけだ。「例えば、(HDMIケーブルの)Pearl48のようなケーブルを、競合他社が再製造しようとすると、おそらく小売価格は5~10倍になってしまうでしょう」とのこと。

「安さを追求して、最も低価格なケーブルを作ろうとしているわけではありません。入手しやすい価格帯で、最高の性能を持つケーブルを作ろうとしています。新製品の設計するたび、何種類ものサンプルを作り、その中から価格と性能のバランスが最も良いと思われるものを選んでいます」(AudioQuest)。

45周年記念イベントで来日した、AudioQuestのアダム氏、スコット氏

プロはAudioQuestのケーブルをどう評価しているのか

D&Mのシニアサウンドマスター・澤田龍一氏

D&M、当時の日本マランツが、AudioQuestの取り扱いを開始したのは2003年。D&Mのシニアサウンドマスター・澤田龍一氏は、当時を振り返り、「2002年にビルさんが日本に来られた。その時に『ケーブルというのは必要悪だ。機器同士を直接接続するのが理想だが、それができないのでケーブルを使う。それによって情報やエネルギーの欠損が生じるが、それが以下に少ないかが理想のケーブルとなる。つまり“音の良くなるケーブルというのは、ありえない”』と語っていた。私も同意見だった」という。

ケーブルは、信号にできるだけダメージを与えない事が大事だと語るビル氏

澤田氏によれば、当時の市場には「“音の良くなるケーブル”と称するものはあったが、それらは特異なキャラクターがあったり、接続したアンプの動作を不安定にするようなケーブルも存在し、それによって音が変わるという事もあった」という。

「我々はアンプを作っているので、アンプの動作を不安定にするような、負荷のかかるケーブルを使うわけにもいかない。その点で、AudioQuestのケーブルは、構造的にも電気安定性でも極めてリーズナブルな特性を持っていたため、扱うことを決めました」とのこと。

澤田氏はさらにユニークなエピソードとして、ケーブルを使ってみたいのでサンプルを送って欲しいとAudioQuestに頼んだところ、「普通はトップエンドのケーブルを持って来ますが、ビルさんはミドルやエントリーのケーブルを持ってきた。決してケチだという事ではなく、彼が言うには、『理想を追求した最上位モデルではなく、リーズナブルなケーブルにこそ、“どこを捨てて、どこを残すのか”というエンジニアのセンスが光る』」と、語っていたそうだ。

D&Mでは、AudioQuestのケーブルを扱うだけでなく、マランツやデノンの製品を開発する際の、試聴室でもAudioQuestのケーブルを使っている。これは、各ブランドのサウンドマスターが、試聴の結果、自ら選んだ結果だという。

マランツのサウンドマスター尾形好宣氏は、「会社に入る前から色々なケーブルを試したり、自作をしたりして、ケーブルで音が変わる経験をしてきました。AudioQuestの特徴は、ニュートラルに近くて癖がない事。(製品開発時に、試作機の)音の評価をする時にも、癖がないので使いやすい。製品の本質を見極めるために、優れたケーブルだと思う」と評価。

マランツのサウンドマスター尾形好宣氏

デノンのサウンドマスター山内慎一氏も、「長い事AudioQuestのケーブルを使っています。決して嫌々使っているのではなく、自分で気に入ったものを中心に使っています。AudioQuestの良いところは、製品のグレードやケーブルの種類が違っても、(サウンドの)世界観に、共通したものが常に見いだせるところです。例えば、フォーカス感、前後感、奥行き感の表現が細密なところが、共通する部分です。これはアナログケーブルだけでなく、HDMIなどのデジタルケーブルにまで、同じテイストが盛り込まれている。そこが気に入って使っている理由ですね」と語った。

デノンのサウンドマスター山内慎一氏
B&Wの試聴室でも、AudioQuestのケーブルが使われているそうだ

なお、AudioQuestのケーブルは7月1日から、ラインナップの整理と値上げが予定されている。為替、大幅な金属パーツの原材料費の上昇、加えて海上運賃の大幅な高騰が原因だ。詳細は以下のスライドを参照して欲しいが、主にスピーカーケーブルのラインナップが見直されるほか、上位モデルでは新製品も予定されている。また、プラグの単品販売が6月末で終了となる。6月30日までは、全製品が従来通りの価格で販売されるそうだ。

山崎健太郎