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“HDMIの音”を革新したマランツ「MODEL 40n」は、麻倉家の巨大スピーカーを鳴らせるか!?

マランツのプリメインアンプ「MODEL 40n」

マランツのプリメインアンプ「MODEL 40n」(286,000円)は以前、川崎のD&Mの試聴室で聴いた音がとても印象的だった。編集長とその話になって、「試聴室の音には感心したね」と話したら、「それなら、先生のご自宅で聴いてみませんか」とのお誘い。それは面白い。試聴室ではB&Wの「705 S2」と「800 D3」を上手く鳴らしていたが、うちのJBL「Project K2 S9500」(発売当初1台220万円以上)は、どうか。なかなか手強いスピーカーだが、太刀打ちできるのか。

HDMIサウンドの印象を変えたアンプ「MODEL 40n」

インプレッションに入る前に、本アンプについて再度、述べよう。

マランツは、「プリメインアンプにHDMI端子を」のトレンドセッターだ。

かつてHDMIは“音質が悪い”として、ピュアオーディオシーンでは忌み嫌われていた。加えて音声信号と同居する映像信号がS/Nやリニアリティに影響するため、いわゆる2チャンネルのピュアオーディオのサークル内に、HDMIは侵入御法度であった。当時のHDMIは、BDやDVDのプレーヤーとテレビ、AVアンプの間を結ぶ「オーディオ・ビジュアル専用インターフェイス」だった。

ところが、そんなHDMIにピュア側から初めて目を付けたのが、マランツだった。まずミドルクラスのプリメインアンプ「NR1200」にHDMI端子を採用。サラウンドまではいかずに、2チャンネルで、テレビ画面とスピーカーとのペアで、映画や音楽を視るユーザーが増えてきた現状を捉え、しっかりとしたハイファイアンプにHDMI端子を付加したらどうかという実験的な試みだったが、蓋を開けたら、予想外のヒット。そのハイグレードモデルがMODEL 40nなのだ。

マランツ試聴室で、テレビからのARC・HDMI経由の音を聴いた時、正直、驚いた。そもそもHDMIの音質に問題がある以上に、テレビ経由でさらに音質が劣化するのが当たり前であるのだが、意外に音が良かったのである。

その理由が「①基本音質の磨き上げ」、「②ARC・HDMIの音質改善」だ。

ピュア・アンプとしての磨き上げは、まさにマランツ流。「強力な電源回路」、「独自のHDAM回路による低歪みのフルディスクリートプリアンプ」、「パワー部も瞬時電流供給能力が高いパラレルプッシュプル型のフルディスクリート」などの基本的な音質対策を施した。

さらに、テレビからのHDMIに対しては、できうる限りの対策を行なった。

テレビからHDMI経由でリターンするリニアPCMの音声信号は、なかなかのくせもので、テレビ内部でのノイズの混入により、そのまま使っていてはとてもハイファイにはならない。そこで電源強化、低ノイズ化、接続経路のローインピーダンス化などを徹底した。CECコントロール信号と音声信号を分離し、ノイズ混入を避けたことは工夫だ。

HDMI ARC音声の高音質化するため、コントロール信号だけをHDMIインターフェースに入力、音声信号(SPDIF)は直接DIR(セレクター)に伝送するようにして、劣化を防止している
デジタル回路を細長いシールドケースに収める事で、ノイズなどの影響がアナログアンプ回路に伝わらない対策もしている

K2 S9500を飼い馴らすのはたいへん

マランツ試聴室で聴いたスピーカーは普及型のB&W「705 S2」とハイクラスの「800 D3」。いずれのスピーカーでも、そのキャラクターに沿いながら、しっかりと安定した音調を再生させるMODEL 40nの駆動力に感心したのであった。705 S2では音が芯を持ち、音が確実に押し出される。低域の量感と剛性感、中域の鮮鋭感も印象的だった。一方、800 D3では力感を基準にしながらも、ひじょうに繊細で、グラテーションが緻密、そしてディテールまで丁寧に再現する音であった。

その時、分かったのは、本アンプはスピーカーの持ち味を活かし、そのキャラクターに沿ったリッチなサウンドを聴かせる能力があるということだった。

では1989年に導入してから、もう34年にもなる、ウチのJBL Project K2 S9500は、どう鳴るか。

JBL「Project K2 S9500」

K2 S9500は、JBLの最高製品開発「プロジェクト」の第4弾製品だ。JBLの内部資料によると、プロジェクトとは「オーディオのテクノロジーと科学技術を最高度に発揮し、マテリアルとエンジニアリングの革新を牽引する開発」である。

第1弾の1954年に発表された「ハーツフィールド」は後続のプロジェクト同様に、コンプレッション・ドライバーを採用した2ウェイの高能率システムで、LP時代のリファレンスだった。1989年に登場した第4のプロジェクトがK2 S9500だ。38センチのウーファー2発+コンブレッションドライバーの構造……いわゆるバーチカルツインで、総合的な音像がセンターのコンブレッションドライバーの位置に凝縮される。

しかし、K2 S9500を飼い馴らす(鳴らす)のはたいへんだった。

この超弩級スピーカーは只者じゃない。私の経験でも古今東西、鳴らしにくいものの筆頭と言ってもいい。当代随一という名アンプを持ってきても、期待通りには、嬉しく鳴ってくれないことが多かった。フォーカスがボケていたり、密度が薄かったりで、K2 S9500の本来の音とは、ほど遠い。最終的には、ZAIKAの「845プッシュプルアンプ」を入手し、K2 S9500のもの凄い音の世界観を十分に堪能できるようになった。それが、30年ほど前のことだ。アンプにとって、実に手強いスピーカーなのだ。

なかなか良いぞ、このアンプ

では、MODEL 40nと結び早速、再生してみよう。私のシステムでは、845プッシュプルアンプとスピーカーは、トリプルワイヤリングで結ばれているので、その端子をMODEL 40nに差し込む。

まずCDプレーヤーで再生する。プレーヤーはLINNのかつてのリファレンス「CD-12」。長い間故障していたが最近、直し、ピックアップも新調。情報量の多さと音楽性は、今の時代でも天下一品だ。

再生するのは私が制作した、もしくは何らかの関係があるSACD(といっても、CDプレーヤーだから、ハイブリッドのCDレイヤー再生)とCDだ。その内容を知悉し、私の脳裏にはリファレンスとしてその音がしっかり刻まれている音源である。

まず、UAレコード合同会社の最新リリース。「情家みえ・エトレーヌ」SACD。「エトレーヌ」は2017年に代々木スタジオで録音した作品。これまでCD、LPで発売していたが、SACDは今回が初めて。録音時には、CD用としてのPROTOOLSのハイレゾデジタルと共に、LP用にテープでアナログ記録していた。テープ幅2インチ、76センチ/秒、24トラックにて、アナログ黄金時代のビンテージテープレコーダー、スチューダー「A-800」で録音した。今回のSACDは、このLP用のピュアアナログプロセスを元に制作している。

まず、これまでのCDから聴く。冒頭のアコースティック・ベースの低音が雄大で、輪郭がくっきりし、弾力感がある。K2 S9500はアンプによっては、低音の質が鈍く、切れ味も悪くなるが、MODEL 40nはしっかりと、良質な低音を奏でているではないか。ヴォーカルも良い。しなやかで、艶やかなヴォーカル。気持ち良く、心地好く、艶々と快速に進行する。特に中域の爽やかな響きと、ピアノの優しく、クリヤーな音色が印象的だ。

間奏の山本剛のピアノのタッチには、鋭さと同時に優しさも同居する。その弾みもいい感じだ。ここまでで、MODEL 40nの駆動力は、K2 S9500を鳴らす力があることが分かった。

では新リリースのSACDはどうか(といっても、CDレイヤーだが)。うーん、これも良い。つまりデジタル由来のCDとは異なる、音調の表現が豊かなのだ。もともとの2インチテープ、76センチ/秒というもともとの録音の素晴らしさが、MODEL 40n + K2 S9500の音から、生々しく伝わってくるのである。スムーズで粒子の飛翔が優しいのは、まさにアナログ由来ならではの質感だ。

低音の弾みと締まりが良く、ヴォーカルはデジタルのCDより圧倒的に繊細で、透明だ。ピアノの響きがよりグロッシーになり、ヴォーカルには気持ちが籠もり、歌と音楽の内実がさらに充実してきた。ピアノソロの部分では、待ってましたという感じで、まさに天馬を駆けるとの表現がぴったりの、躍動感に溢れた快適なピアニズムだ。

デジタルとアナログの収録の違いはこれほどのものかと私も驚いた。アナログ的な音の濃厚さと階調感、ヴォーカルの持つ芳しい香りが麗しい。マランツの試聴室では、スピーカーの違いを巧みに聴かせる術に感心したが、うちでの試聴では、デジタル由来、アナログ由来の違いを見事に表現していた。

パワーアンプ部には、パラレルプッシュプル型のフルディスクリートアンプを採用。マランツがこだわる瞬時電流供給能力を向上させ、スピーカーから求められる電流を、瞬間的に送り出せるようにしている

次ぎにUAレコード合同会社の第2弾CD、小川理子のジャズピアノ集「バリューション」からガーシュウイン「オー・レディ・ビ・グッド」。冒頭のピアノソロが深い。しなやかで、美しいピアノのヴァースはマイナーが音に潤いと、暖かさを与えている。コーラスに入っての、スウィング全開の弾力感とスピード感も快感だ。小川の特長であるアクセントの強靭さと、その弾け具合が愉しい。スタインウエイのフルコンサートらしい、ゴージャス感、色彩感はMODEL 40n+K2 S9500のコンビで十分に堪能できた。なかなか良いぞ、このアンプ。

3曲目は、オーケストラ。昨年からたいへんな話題になっているショルティ/ウィーン・フィルの「ワーグナー:楽劇ニーベルングの指輪」から第二夜「ワルキューレ」第三幕への前奏曲「ワルキューレの騎行」だ。1960年代に史上初の全曲スタジオ録音という快挙を成し遂げ歌手、オーケストラ、演奏、全てにおいて、DECCAレーベルの総力を結集した史上最高のクラシック作品だ。

ウィーンのゾフィエンザールでの録音において、ステレオ音場の描写性を最大限に活かし、ワーグナーの脚本に沿った登場人物の位置関係を音場の中で緻密に演出したことで当時、たいへんな話題を呼んだ。それは歌だけがクローズアップされ、オーケストラは背後に隠れる当時の通常オペラ録音スタイルと、まったく違った革新だった。オリジナルマスターテープからリニアPCMを経て制作されたSACDを再生してみよう(CDレイヤー)。今年前半に、プレスやユーザー対象の試聴会のMCをさせていただいたという縁からのフューチャーだ。

これも実に説得力のある音だ。60年代、特別な響きを持っていた時代のウィーン・フィルの馥郁たる香り、柔らかさと艶やかさと、熱き空気感がK2から伝わってきた。金管が勁く、しかも柔らかいのである。ワルキューレの叫びの金色の輝き、第2のワルキューレの奥行き感もクリヤーに分かる。ワルキューレ達の叫びとティンパニの絡みが濃密だ。

音場は2チャンネルなのに奥行きが深い。プロデューサーのカルショーが意図した舞台上の動きも左右、奥行きが実に明瞭に聴き取れる。1965年の録音が、これほど鮮明で高質感であること自体驚きだが、MODEL 40n + K2 S9500は、その音的な価値と音楽的な価値を、2チャンネルのステレオの世界で十分に、再現してくれた。

断言しよう。MODEL 40nにはK2 S9500を鳴らす力が備わっていることが分かった。

品格を感じるHDMIのサウンド

ではテレビからのARC経由のHDMIを聴こう。UHD BDで映画「ラ・ラ・ランド」だ。

パナソニックのリファレンス録再機、DMR-ZR1で再生し、シャープの8Kテレビ、 8T-C85DX1経由のHDMIを入力した。まずチャプター1のロサンゼルスのフリーウエイでの群舞と大合唱シーン「アナザー・デイ・オブ・サン」。

HDMI、特にARCは音質的な問題があるのが常識だとすると、この音は常識外に、しっかりとしている。音に芯があり、安定した展開だ。ヴォーカルがクリヤーに伸び、輪郭感が明確。大合唱でも歪み感が少なく、音調がスムーズだ。チャプター5のエマ・ストーンとライアン・ゴズリングのデュエットによる「ア・ラヴリー・ナイト」もハイクオリティだ。特に声の質感の良さが、キャラクターを生々しく表現している。

ARCの問題に対してしっかりと対策したというだけはある、品格の高さが聴けた。もちろんSACDで確認したMODEL 40n + K2 S9500のコンビネーションの基調音も大いに効いている。

見渡してみれば、今や2チャンネルアンプやネットワーク・プレーヤーにHDMIを搭載するのがトレンドになった観があるが、その流れをつくったのは、間違いなくマランツである。今回、SACDの評価で触れた2チャンネルの基本的な高音質と、HDMI入力を高次元でバランスさせた音づくりの技は、HDMI ARC対応コンポーネントが群雄割拠の時代にあって、燦然と輝いている。

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表