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“オーディオの楽しさ”詰め込んだDAP、Astell&Kern「PD20」。個人最適化、アンプモード/電流調整で音を追求

Astell&Kern「PD20」

イヤフォンやDAPなど、音質や機能面でも進化を続けるポータブルオーディオ機器。完全ワイヤレスイヤフォンでは、ユーザーの耳に最適化したサウンドへと補正して再生する「個人最適化」機能が、そしてDAPでは、より趣味性が強く、ユーザーの好みのサウンドへ調整する機能が増えている。

そんな昨今のトレンドを網羅しつつ、さらに高みを目指したようなDAP「PD20」(330,000円)が、Astell&Kernブランドから登場した。

結論から言うと、このPD20、AKのDAPとして非常に音が良いのはもちろんだが、とにかく使っていて“楽しい”。「趣味のオーディオはこうでなくっちゃ」と、ニヤニヤしてしまうDAPに仕上がっている。

有線イヤフォンでもユーザーに最適なサウンドを再生

PD20の特徴を見ていこう。

PD20のパッケージと内部

まず、DAPの基本的な部分として、アルミニウムの筐体に、6インチのフルHDディスプレイを搭載。PCM 768KHz/32bit、DSD 512のネイティブ再生が可能で、ストレージは256GB、最大2TBまでのカードが増設できるmicroSDスロットも備えている。

ヘッドフォン出力は3.5mmと4.4mmバランスで、3.5mmは光デジタル出力兼用。USB DAC機能も備えるなど、最近のAK DAPとして様々な機能を備えている。

筐体はアルミ製
ヘッドフォン出力は3.5mmと4.4mmバランスで、3.5mmは光デジタル出力兼用

音質で重要なDACチップは非常にリッチな構成で、ESS製「ES9027PRO」を4基も搭載したクアッド仕様。4つのDACを独立して動作させることで、チャンネル間の干渉を抑え、歪のないクリーンな音を追求した。

主要回路を一体化したサウンドソリューション「TERATON ALPHA」も活用しており、電源ノイズ除去、効率的な電源管理、歪みの少ない増幅といった部分にもこだわっている。

最近のAK DAPの定番機能であるESA(Enhanced Signal Alignment)も搭載する。内部システムを通過する際に、オーディオ信号が、その周波数によって同時に到達せず、わずかな遅延が生じる“群遅延”を改善するためのもの。周波数信号をより均一に整列させ、周波数歪みを最小限に抑え、明瞭度と純度を向上させている。

そして、PD20最大の特徴と言えるのが、ユーザーの聴覚に合わせた再生を行なう、「パーソナルサウンド」機能だ。

個人最適化機能は、完全ワイヤレスイヤフォンにおいて、スマホのアプリと組み合わせて実現している製品が多い。しかし、PD20は有線イヤフォンが使えるDAPであり、この機能を備えているのがユニークなポイントだ。

「パーソナルサウンド」機能も搭載する

機能の開発は、個人最適化機能で知られるAudiodoと共同開発された。このパーソナルサウンド機能には、音楽再生中の画面に表示されているアイコンをタップするか、天面左側のサウンドマスターホイールを長押しするとアクセスできる。

サウンドマスターホイール
パーソナルサウンド機能を使うためには、聴力測定が必要

ユーザーの耳に最適な補正を行なうために、まずは聴力の測定が必要になる。ここで面白い&感心するのは、この聴力測定に使うイヤフォンが、PD20に付属している事。

聴力測定に使うイヤフォンを付属している

測定は、左右の耳それぞれに向けて、周波数が異なる音が流れる。それが聞こえるかどうかをタップしていくのだが、その時に、例えば低い音が出ないイヤフォンを使ってしまうと、正しい測定ができない。そうならないように、測定専用イヤフォンが付属しているわけだ。

理屈はわかるが、そのために専用イヤフォンをDAPのオマケにつけてしまうというのは、豪快な話だ。逆に言えば、PD20はそれだけ、パーソナルサウンド機能に本気で取り組んだDAPだと言える。

静かな環境で、実際に付属イヤフォンを使って聴力測定をしてみたが、左右の耳へ、周波数の異なるテストトーンが流れる。大きな音から徐々に小さな音へと変化していくので、その音が聞こえるか、聞こえないかをYes/Noで回答していく。作業としては簡単だ。⼿間はかかるものの、⼊⼿したDAPが、⾃分に最適化されると思うと楽しくなってくる。

測定中の画面

測定が終了すると、ユーザーの耳にあわせ、どのような補正をするかをグラフで表示してくれ、その補正データをプロファイルとして名前をつけて保存できる。他の人の補正データを保存する事も可能だ。最適化の結果、音がどう変化するかは、後述する。

補正データをプロファイルとして保存できる

これとは別に、Audiodoイコライザーも備えており、タップで自由に調整できる。さらに、前述のサウンドマスターホイールを短く押し込むと、Bass/Mid/Trebleの各帯域を、-8.0dBから+8.0dBまでの範囲、160段階で微調整できる。

これだけ豊富な補正、調整ができるDAPというのは珍しいが、専用のホイールまで搭載し、補正機能にアクセスしやすくなっているのも特徴と言えるだろう。

Audiodoイコライザー
Bass/Mid/Trebleの各帯域を、-8.0dBから+8.0dBまでの範囲、160段階で微調整できる

理想の音を追求できるトリプルアンプアーキテクチャー

PD20にはさらに、マニアックで面白い機能が2つ搭載されている。

1つは、内蔵ヘッドフォンアンプにおいて、Class AB、Class A、Hybridと、3つのアンプクラスを切り替えられる「トリプルアンプアーキテクチャー」だ。各モードの説明は以下の通りだ。

・Class ABモード  ※デフォルト
増幅時に優れたバランスと効率性を兼ね備え、安定したダイナミクスと明瞭なディテールを提供する

・Class Aモード
増幅時の信号の歪みを最小限に抑え、豊かで密度の高いサウンドを実現し、滑らかでアナログのような質感を生み出す

・Hybridモード
Class Aの洗練された質感とClass ABの効率性やパワーを融合させ、新たな次元のサウンドバランスを実現する独自のモード

側面に、トリプルアンプアーキテクチャーの切り替え用スライドスイッチを備えている

スピーカー用のアンプも含め、アンプにはA級、B級、AB級、D級などのクラス分けがある。詳細は省くが、“トランジスタの動作点”をどこに置くか? という範囲の違いで、AとかBとかクラス分けをしている(D級は除く)。簡単に言えば、増幅素子の特性の中でも一番“美味しい”直線部分を使うのがA級、その手前の立ち上がり部分を使うのがB級……というようなクラス分けだ。

アイドリング電流の違いによって違いが出てくるため、車を運転する人には“エンジンのアイドリング時の回転数”をイメージすると近いだろう。

一般的に「A級は信号の歪みが少ないが、効率は悪く、発熱が大きい」、「B級は歪みが少し増えるが、効率はA級より良い」などとされ、入力信号が小さい時はバイアスを上げ、大きい時には下げて効率を高めた、AB級(A級とB級のいいとこどり)というクラスもある。

PD20は、このモードから、Aモード、ABモード、そしてその2つを融合させた「hybridモード」を用意し、側面のスライドスイッチで切り替えられるようにしてある。モードによって音が変化するので、その変化をユーザーが楽しめるわけだ。

ここで終わりではない。さらに、Class AモードとHybridモードを選んでいる時は、アンプの動作電流を以下の3段階で調整できる「Class A Current」という機能を搭載している。

アンプ電流を調整すると、出力制御だけではなく、アンプのエネルギー密度と駆動特性を精密に微調整でき、イヤフォンやヘッドフォンの特性に合わせて音質をさらに磨き上げられるそうだ。

・High
出力を最大限に引き出し、広大なサウンドステージと爆発的なダイナミクスを実現。高インピーダンスのヘッドフォンでも、揺るぎない力強さと、開放感あふれる安定した音質で駆動。

・Mid
音の密度と解像度の最適なバランスを提供。ボーカルの質感を守りつつ、長時間のリスニングでも耳に心地よい、バランスの取れたサウンドで駆動。

・Low
繊細かつ精密な電流制御により、バックグラウンドノイズを抑制し、音の純度を高める。高感度IEMに最適で、微細なニュアンスや細部まで鮮明に再現する。

このように、ユーザーの耳に最適化な再生をするだけでなく、そこからさらに、より好みのサウンド、所有しているイヤフォン/ヘッドフォンに最適なサウンドへと調整する機能も豊富に用意している。「こんなことがしたい」というユーザーの想いを、全部叶えられるDAPと言えるかもしれない。

パーソナルサウンドで音はどう変わるのか

では、PD20を聴いてみよう。ハイレゾファイルや、ハイレゾ配信のQobuzアプリをインストール。イヤフォンはqdc「WHITE TIGER」や、カスタムIEMの「Hybrid Folk-C」、さらにfinal「S3000 + Brise Works MIKAGE(ケーブル)」も使った。

まず気になるのは、パーソナルサウンドの効果だ。

パーソナルサウンド測定をする前に、PD20の音を聴いてみると、AKらしい、極めてワイドレンジで、色付けのないサウンドが流れ出す。低域から高域までバランス良く出ているだけでなく、クアッドDACらしくSN比や分解能もバツグンだ。

「ジャック・ジョンソン/ベター・トゥゲザー」のギターが、ゾクっとするほどクリアで、弦の微細な動きだけでなく、指がすべる「キュッ」というかすかな音も聴き取れる。

この状態でも完成度の高いDAPであるとわかるが、パーソナルサウンドをONにすると、グッと音に深みが増す。アコースティックギターの音では、ギターのボディで増幅された低い音がしっかり下まで伸びて聞こえるようになるほか、コントラストが深まる事で、1つ1つの音がより聞き取りやすくなる。

「低音が派手にドコドコ鳴る」とか「高域が綺羅びやかになる」といった、装飾的な変化ではない。自分の聴き取る能力がアップし、音楽をより深く味わえるようになったような感覚なので、パーソナルサウンドをONした音の方が好ましく感じる。

また、ONにした状態でも、特定の帯域がマスキングされたり、情報量が落ちたような感覚はまったくないため、「これならパーソナルサウンドを常時ONで使いたい」と思わせてくれる。

試聴に使っているイヤフォン×3台は、普段から愛用しているものだが、パーソナルサウンドをONにすることで、ベースの低域の細かな描写など、「お前、こんな音も出せたのか」という発見がある。使い慣れたイヤフォン/ヘッドフォンの真価を発揮させる機能としても有用だ。

お楽しみはここから。トリプルアンプアーキテクチャーを使う

ヘッドフォンアンプのモードをClass AB、Class A、Hybridと切り替えるトリプルアンプアーキテクチャーも使ってみたが、これが最高に面白くて悩ましい。

3モードの音の違いを、ザックリ表現すると「Class A:SN比がバツグンで、繊細な美音」、「Class AB:パワフルでダイナミックなサウンド」、「Hybrid:Class AとClass ABを混ぜた音」となる。

「Hybridがイイトコドリなら、Hybridモード一択じゃないの?」と思われるかもしれないが、実際に聴き比べると、そう単純な話ではなく、実に悩ましいのだ。

例えば、神尾真由子「バッハ:パルティータ 第1番」のヴァイオリンの響きが広がっていく様子や、「手嶌葵/明日への手紙」のボーカルの表現などを聴く時は、Class Aモードが最高にマッチする。音場の奥行きの深さ、音が無い部分の静けさがありつつ、ナチュラルな描写がアコースティックな楽器や人の声の温度をしっかりと伝えてくれる。

「いやぁClass Aモード最高だわ、これしかないわ」という気分になるのだが、「米津玄師/KICK BACK」のような激しい楽曲を再生すると、Class ABのエネルギッシュなサウンドがドハマリする。地を這うようなベースの咆哮、ギターの鮮烈な描写は、Class ABモードの方が間違いなくマッチするのだ。

では、「クラシックやジャズならClass A」、「ロックなどはClass AB」という使い分けになるかと言えば、そう簡単でもない。例えば、モントリオール交響楽団による「死の舞踏~魔物たちの真夜中のパーティ」から「サン=サーンス:死の舞踏 作品40」を聴くと、クラシックらしい、ホールの広大さ、奥行きの深さ、各楽器を描き分ける分解能が必要であると同時に、洪水のように押し寄せる中低域のパワフルさも欲しくなる。そんな時は、Hybridモードがしっくりくる。

このように、ジャンルというよりも、楽曲によってClass AB、Class A、Hybridと、最適なモードを探すのがとにかく楽しい。切り替え用として、側面に専用のスライドスイッチを設けたのは、PD20の開発者からの「曲によってガンガン切り替えて、気に入るモードを見つけて!」というメッセージなのだろう。そう感じられるほど、このモード切り替えは楽しい。

さらに、Class AとHybridで選べる、3段階のアンプ動作電流調整「Class A Current」も見逃せない。

例えば、先ほどClass Aを「繊細な美音」と書いたが、Class Aモードの状態で、動作電流「Low」を選ぶと、その静かさ、微細さ、質感の描写といった特徴が、最高潮に達する。逆に「High」を選ぶと、Class Aらしい繊細さを持ったまま、中低域にパワフルさが加わり、“熱い音”になる。

要するに、トリプルアンプアーキテクチャーでClass AB、Class A、Hybridから好みのモードを1つ選びつつ、Class AとHybridを選んでいる場合は、さらにそこからClass A Currentで3段階、隠し味を追加できるような感覚だ。これはマニアックだが、使い出のある機能だ。

人によって好みは様々だと思うが、個人的には、女性ボーカルやジャズなどを聴く事が多いので、Class Aを選ぶことが多かったが、その状態で、曲によって動作電流「Low」と「Mid」を切り替えるという調整することが多かった。

Audiodoの「オーディオスフィア」機能

音場に関しては、ステレオ音源を仮想的な3次元サウンドフィールドへと拡張して、空間サウンドとして聴かせてくれる、Audiodoの「オーディオスフィア」機能も搭載している。

効果は「Subtle(繊細)」、「Balanced(バランス)」、「Immersive(没入)」、「Echoic(響き)」の4つ。Subtleは、広がる範囲自体は控えめで、ステレオ音場の補完的なイメージ。Balancedは、Subtleから一歩広がり、音楽を聴いている部屋が広くなったような感覚。

Immersiveはホールのような広大さ、Echoicは大型ホールにいるようなサウンドになる。クラシックや、ロックのライブ音源などを聴く時は、オーディオスフィアを活用すると臨場感が高まるだろう。

音楽制作のツールや、据え置きプレーヤーとしても

前述の通り、PD20はUSB DAC機能も搭載しているので、パソコンとUSB接続し、PCの音をPD20からヘッドフォンで聴いたり、アクティブスピーカーに接続するといった使い方も可能だ。

さらにPD20は、「SP4000」や「PD10」が対応している、XLR出力を備えたドッキング型クレードル「AK CRADLE」を使うこともできる。PD20を、ハイレゾ音楽プレーヤー、ネットワークオーディオプレーヤーとして使い、XLR出力で、ピュアオーディオのアンプやスピーカーと組み合わせられる。

XLR出力を備えたドッキング型クレードル「AK CRADLE」と組み合わせられる

DTM用のアクティブ・モニタースピーカーでは、XLR入力を備えた製品が多いので、それらとも組み合わせられる。パーソナルサウンド機能やサウンドマスターホイールを活用し、プロが音をチェックするツールとして、PD20を使うというのもアリだろう。

完全ワイヤレスイヤフォンのサウンドが、アプリを用いてユーザーに最適化され、イコライザーで音の調整もしやすく進化する一方で、DAP+有線イヤフォンは、そのトレンドに乗り遅れた印象があった。

だが、PD20はその遅れを一気に挽回しつつ、トリプルアンプアーキテクチャー、Class A Currentといった、イコライザーとも違う、単体DAPでしか実現できない方向で、音をカスタムする楽しさと効果を体験させてくれた。

メーカーが完成させたサウンドを聴くことも大事だが、自分が好む音を細かく追求し、その音でお気に入りの楽曲を味わう……そんな、オーディオ趣味の根源的な魅力を、再確認させてくれる。PD20は、進化の末にたどり着いた、新しいDAPのカタチを体現している。

山崎健太郎