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スポーツは無料配信でも市場拡大する? 毎日新聞とスポーツブルの目指す形

 動画配信プラットフォームを展開するブライトコーブ(Brightcove)は6日、動画に特化したカンファレンス「PLAY Tokyo 2018」を開催。そのセッションのなかで、「スポーツ動画ビジネス最前線」と題し、注目が高まるスポーツ映像配信と、収益化に向けた取り組みなどを紹介した。ゲストスピーカーは毎日新聞社のデジタルメディア局 石川直人ディレクターと、映像配信の「SPORTS BULL(スポーツブル)」を展開する運動通信社の黒飛功二郎社長。

左から毎日新聞社のデジタルメディア局 石川直人ディレクター、運動通信社の黒飛功二郎社長、ブライトコーブの山崎一正氏

 PLAY Tokyo 2018は、テレビ局や映像配信事業者のほか、マーケティングに動画を活用する企業などをゲストスピーカーとして迎え、動画に関連する最新トレンドやテクノロジー、活用例などを紹介するイベント。クラウド映像配信プラットフォームを手掛けるAkamaiや、クラウド名刺管理サービスのSansanなども参加している。

 「スポーツ動画ビジネス最前線」のセッションは、スポーツ映像配信と収益化をテーマにしたもので、春の選抜高校野球を配信する「センバツLIVE!」をMBSとともに展開する毎日新聞と、夏の甲子園やインターハイ(全国高等学校総合体育大会)などを配信するSPORTS BULLによるそれぞれの取り組みや、収益化の方向性、今後目指す形などが語られた。司会はブライトコーブの山崎一正氏が務めた。

スポーツ動画ビジネス最前線
ブライトコーブの山崎一正氏

 毎日新聞社の石川氏は、3月にライブ配信した「センバツLIVE!」や、7月13日に開幕する「第89回 都市対抗野球」の配信のような大型コンテンツだけでなく、4月に行なわれた第19回全国高校女子硬式野球選抜大会を「女子センバツLIVE!」で、中学~大学生の空手道選手権を「空手LIVE!」で配信。2020年の東京オリンピックでは空手が正式種目になることもあり、新聞社が関わる様々なスポーツについて、将来を見据えながら配信を積極的に進めている現状を紹介した。

高校野球の「センバツLIVE!」
都市対抗野球大会は7月13日開幕
空手LIVE!

 運動通信社の黒飛功二郎氏は、夏の高校野球のライブ配信事業「バーチャル甲子園」をプロデュースするなど、多くのスポーツインターネットサービスの立ち上げに携わり、スポーツのインターネットメディア事業に特化した運動通信社を設立。'16年11月より開始したSPORTS BULLで「バーチャル高校野球」や、全国高体連公式インターハイ応援サイト「インハイ.tv」などと連携し、様々なスポーツを無料で配信しているのが特徴。ニュース記事や速報・データ配信なども行なっている。

スポーツブルの特徴
運動通信社の黒飛功二郎社長

 現在の収益化の例としては、年間スポンサーとの契約による一社提供の番組を展開。三井不動産提供で、伊達公子や川﨑宗則、清水希容といったアスリートのドキュメンタリー「CRAZY ATHLETES」のほか、トヨタ自動車やauなどが提供する番組も用意する。

 スポーツを「見る」だけでなく、実際のプレイへつなげるサービスも展開。その一つとして、ロシアワールドカップでも活躍した本田圭佑がCEOとして8月に立ち上げるスポーツマッチング「Now Do」をスポーツブルが共同運営。上達したいアマチュアや学生などの選手が、教えてくれるトレーナーをサイト上で見つけ、場所や値段を決めるマッチングサービスとなっている。

本田圭佑CEOとスポーツブルが立ち上げるスポーツマッチング「Now Do」

スポーツ動画配信の可能性

 スポーツブルの特徴として“DAZNとの違い”を質問されるという黒飛氏は、スポーツ動画配信の可能性について「映像ビジネスでは“権利を買う仕分けはある程度終わった”という意見も聞かれるが、全くそうは思っていない。テレビで見たことのある有名な競技はそうだが、アマチュアや学生の試合は、ネットで配信できる試合数が10%を切る。「甲子園はアマチュアのキラーコンテンツとして注目度は高いが、男子の夏だけで4,000試合あり、今年は頑張って(地方大会の)配信数を709試合まで増やせたが、良い環境とされる高校野球ですら、20%も配信できていない。権利ビジネスはもちろん大事だが、まだ映像化されてもネットに出てもいない、ローカルでは見られるが全国では見られないスポーツが残っている。2020年をきっかけに、ようやくスポーツ動画のマーケットが動き出すという感覚」とした。

人気コンテンツである高校野球。それでも多くの試合を配信できていないという

 石川氏は、「動画広告は、単価も高いこともあって広告業界的にも注目されている。広告を見せるのが難しい世の中にはなっている中、スポーツは広告主から見ても、見てもらいやすい」と説明。「通常のコンテンツの中に置いてある広告よりも、ライブ中の(動画の前に流す)プレロール、(途中で流す)ミッドロールも、効果が高い。究極に近い形としては、サッカーの(欧州)チャンピオンズリーグで、試合の直前に国歌とともににスポンサー名が出てくると、その企業と一緒に盛り上がっているという状況を作りやすい。まだ試行錯誤していく必要はあるが、動画広告によって新しいコンテンツを開拓するという意味でも可能性は広がっている」とした。

既存のアドネットワーク以外の広告フォーマットも

 マーケット拡大のためのポイントとして、石川氏は、配信コストや制作コストの現状について言及。「ブライトコーブさんとお付き合いして数年となるが、配信コストは、当初よりもかなり圧縮されている。それに比べると制作のコストを下げるのは課題」と説明。同社による制作の工夫としては、女子センバツLIVE! の映像を紹介し、3台のカメラ(バックライト、一塁側、全体)だけでも、クオリティの高い映像になるという例を説明。「従来は女子野球でこれをペイするのは見合わないとされていたが、パートナーと協力することで、コストを圧縮できることが分かった」とした。

女子センバツLIVE!

 テクノロジーの活用などでコスト削減に取り組む点について黒飛氏も同意。その一方で、スポーツブルとしては「既存のアドネットワークをなるべくやめたいと思っている」との意向も示した。

 黒飛氏は「カッコいいコンテンツを作っても、そのすぐ下に似つかわしくない広告が出るケースがインターネット上にはあふれている。人手をかけずに効率よく広告を回すには大事なツールだし、アドテク全般を否定しないが、スポーツに関して言えば、『見たい人と、それに寄り添える広告主、価値を高められるクリエイティブ』を目指したい」とした。

 今後の取り組みとしては「既存のアドネットワークと違う広告フォーマットを自分たちで作り、収益化することで、コンテンツに還元し、できるだけ多くの試合を見せていく。コアな人も見ていて耐えられるクオリティで配信するのがビジネスの一つのポイント」とした。

 石川氏は、センバツの広告でのトライアルとして、MBSと協力して制作したCMを紹介。高校球児のユニフォームを洗濯をするときによく泥が落ちるという広告とのことで、「魅力的な仕上がりになった。コンテンツに寄り添うクリエイティブをやりたいと思っているので、(アドテクなどの)データは、それがちゃんと見られたかという検証材料として使いたい」とした。

スポーツブルは大学スポーツ注力へ。広告の新たな形も?

 黒飛氏はこれからのスポーツブルの取り組みとして、「スポーツを見るだけではなく“する”、“支える”ことに生活者が関わる仕組みを作るのが次のステップ。オフライン環境でもスポーツブルというブランドで何ができるか。もっと気楽にスポーツに触れる環境を作りたい」とした。

 直近の施策としては、高校以外の学生スポーツへの注力も説明。「大学スポーツをどう盛り上げていくか、何ができるかを下期に発表するようなスピード感で立ち上げる」とした。

 石川氏は「新聞社は高校野球だけでなく、ラグビーや市民マラソン、少年野球など様々なスポーツの試合を主催、後援しているが、その人たちの活躍する姿を届けるのは難しかった。従来スポーツの見せ方はテレビのように“最大公約数”で、(見たい)人が多くないと見せられなかったが、インターネットはインタラクティブで、データなども見せやすい。広告商品設計としては、今は動画広告というテレビ的なフォーマットだが、そうではない見せ方として、中継映像の中に程よい感じでスポンサーが見えていたら『スポンサーも応援してくれている』ような視点になるのでは。スポーツに関わる人がハッピーになれて、収益化もできれば、マーケットも広がる。そんなお手伝いができれば」とした。