ニュース

ローム、高音質オーディオ用DAC「MUS-IC(ミュージック)」を'19年夏出荷

 ロームは8日、ハイレゾ対応のオーディオ機器などへの搭載を想定したDAC「BD34301EKV」の開発を進めており、2019年夏に最初の製品サンプルを出荷すると発表した。これにあわせ、オーディオデバイスブランド「ROHM Musical Device“MUS-IC”(ミュージック)」も立ち上げ、このDACもMUS-ICのラインナップとして展開する予定。

開発中のDAC「BD34301EKV」を搭載した試聴機

 DAC「BD34301EKV」のサンプル価格などはまだ決定していないが、LSI本部 オーディオ・インフォテイメント LSI商品開発部の岡本成弘氏は「ESSさんのES9038や、旭化成エレクトロニクスさんのAK4497のようなトップエンドのDACチップと同じような価格帯への投入をイメージしている」という。

ROHM Musical Device“MUS-ICのロゴ

 同社はオーディオICの製品開発を50年続けており、そのノウハウをもとに、原音にかぎりなく近い音質を再現するという「音質設計技術」を確立。サウンドプロセッサICや、オーディオ用電源ICなど、音質にフォーカスした製品に投入してきた。その流れとして、高音質オーディオ向けのDACチップ開発に着手。2018年5月にはドイツのミュンヘンで開催されたオーディオ見本市で開発中DACの初公開も行ない、今回、具体的なリリース時期の発表と、最新の試作機を使ったデモを行なった。

中央が開発中のDAC「BD34301EKV」

 開発中のDAC「BD34301EKV」は2chの⊿Σタイプで、オーディオ製品で重要な特性である低雑音と低歪率で世界最高クラスを実現するほか、試聴評価を繰り返して音質に磨きをかけているという。

 音質面では「豊かな低音」、「伸びやかなボーカル」、「密度の高い空間表現」を高レベルで実現する事を目指しており、スペックはPCMが32bit/768kHzまで、DSDは22.4MHzまでのネイティブ再生が可能。低歪率はTHD+N -115dB、低ノイズはSN比131.6dBを実現。

 電流出力型で、フィルターはシャープロールオフ、スローロールオフをプリセットとして用意するほか、プログラマブル機能も搭載、FIRの係数をオーディオ機器開発メーカーが独自に書き込む事もできる。チップのパッケージはHTQFP64BV(12×12×1mm)で64ピン。

開発中DAC「BD34301EKV」の概要

 LSI本部 オーディオ・インフォテイメントLSI商品開発部 オーディオ開発課の佐藤陽亮氏は、「BD34301EKV」の特徴として、⊿Σ変調器(ノイズシェーピング)技術により、帯域内のノイズを高域にシフトし、帯域内ノイズを削減できるマルチビット出力型に注目。ビット数を上げる事で音の繊細さが向上する事を確認した事で、ロームが目指す音楽性の実現に最適なマルチビット出力型を選んだという。

LSI本部 オーディオ・インフォテイメントLSI商品開発部 オーディオ開発課の佐藤陽亮氏

 さらに、DACの出力型には電圧出力のスイッチトキャパシタ型と、電流セグメント型が存在する。それぞれにメリットとデメリットが存在するが、ロームでは、出力電流を多くとることで、信号レベルを大きくでき、高SN比が実現でき、DACの外にI/V変換回路を設ける電流セグメント型を選択。佐藤氏によれば、性能を上げやすく、オペアンプが外付けなので、I/V変換回路を含めて(オーディオメーカーの)設計自由度が高い事などが採用理由とのこと。

 なお、「BD34301EKV」は2chのDACチップだが、ステレオのオーディオ機器では、L/Rチャンネルそれぞれに個別の2ch DACを搭載するような使い方もある。そのため「BD34301EKV」にはステレオ動作モードに加え、モノラル動作モードも搭載している。

 音質を向上させる設計のテクニックも紹介。豊かな低音を実現するためには、電流セグメントのマッチング誤差を最小限に抑え、直線性を向上させる必要があるという。マッチング誤差の原因となる電源ラインの共通インピーダンスを下げるため、ICチップ内の電流セグメントの電源配線インピーダンスを極限まで小さくする設計を採用。その結果、低音の迫力と奥行きが向上、音域バランスも良くなったという。

 密度の高い空間表現を実現するためには、電流セグメントを動作させるクロック性能の向上に注力。クロック波形の立ち上がりをより急峻にすると共に、各電流セグメントに入るクロックタイミングを揃えた。臨場感と解像度の向上だけでなく、低域の量感もアップしたとのこと。

 「伸びやかなボーカル」は、細かい部分のこだわりが支えている。チップとリードフレームを結ぶボンディングワイヤーという細いワイヤーが存在するのだが、そのワイヤーの素材が音の表現力に影響する。そこで、金や銅など、異なる素材のワイヤーを用意して聴き比べ、金のワイヤーは弦楽器の弾く音に艶が出て表現力が豊かになるのに対し、銅は音の迫力は出るが、空間表現や楽器の輪郭が荒い、と判断。最終的に金のワイヤーを選択したという。

 さらに細かい部分では、ICをパッケージ内のチップにかかる“応力”にも注目。ICパッケージ、ウエハ製造方法の違いでチップにかかる応力が変わる事を特定し、生産の流れの中で応力の影響を低減するポイントを突き止め、そのポイントを調整して緩和。さらに、L/Rチャンネルでの応力影響を同一にするため、完全に左右対象のレイアウトとした。これにより、音の癖が減少し、自然なサウンドになったという。

 佐藤氏は、「(BD34301EKV)は2年ほど前から作っているが、何度もお客様(オーディオ機器メーカー)のところに足を運び、ご指導を頂き、それを反映させて今日がある。今後も評価をお願いして、その結果も反映させ、商品にしていきたい」と、2019年夏のサンプル出荷に向けて、さらに完成度を上げていく考えだ。

「垂直統合型生産」と「音質設計」がキモ

 単純にICチップを作るのではなく、その生産工程にもこだわりがある。各工程によって、音にどのような影響が出るのかを細かくチェック。それを28個のパラメータとして突き止め、そのパラメータを一つ一つ調整し、目指す音質を作り込んでいくのがロームの特徴であり、新たに立ち上げられるブランド「ROHM Musical Device“MUS-IC”」を支える部分でもある。

 このパラメータは例えば、回路設計で12個、ICレイアウトとフォトマスク製造で6個、ウエハプロセスで6個などとなっており、前述したボンディングワイヤーもパラメータの1つとなっている。

 つまり、音質を高めようとしても、そもそも「どこを変えると、音がどう変化するか?」がわかっていないと、どうする事もできない。そこで、“音に効くポイント”を各工程でピックアップし、そこで適切なパラメータを選びながら開発しているというわけだ。ロームではこれを「音質設計」と名付けている。

各工程によって、音にどのような影響が出るのかを28個のパラメータとして突き止めた「音質設計」

 さらにLSI商品開発部の岡本氏は、パラメータだけでなく、ロームが垂直統合型生産(IDM)を行なっている事も、高音質を支える重要な要素だという。

LSI商品開発部の岡本氏

 垂直統合型であるため、1つのICを開発するにあたり、開発メンバーが全工程を一貫して把握できる。つまり、メーカーからの意見などを製品に反映する際にも、その意見を各工程の担当者に伝えてやってもらう……のではなく、開発者担当者自身が各工程のパラメータの変更も含めて対応する。開発、製造、販売まで、「1人のエンジニアが一気通貫で担当する体制」(岡本氏)で作る事で、品質を高めているというわけだ。

 岡本氏は、「ロームの企業風土である“品質第一”、“音楽文化への貢献”、“垂直統合型生産”に加え、“音質設計技術”も合わせる事で開発され、ロームの音質責任者が自信を持って送り出す最高峰のオーディオICのみに使われるブランド」として、「ROHM Musical Device“MUS-IC”」を紹介。

 現在開発中のDACチップに加え、既に発売されている高音質オーディオ用電源IC「BD372xxシリーズ」、高音質サウンド・プロセッサIC「BD3470xシリーズ」、「BD34602FS-M」も、今後は同ブランドの製品として訴求。

 さらにDACに続く今後の開発予定として、高音質なオーディオアンプも予定しているという。

高音質なオーディオアンプも予定

音楽と関わりが深いローム

 発表会では、試作のDACを、アキュフェーズの純A級モノラルパワーアンプ「A-250」や、プリアンプ「C-2850」、スピーカーはTADの「TAD-CE1」、MBL Akustikgeräte GmbH & Co. KGの「mbl-121」などと組み合わせた試聴デモも実施。分解能が高く、色付けの少ないクリアなサウンドであると同時に、弦楽器や女性ボーカルも質感豊かに描写。特に低域の音圧の豊かさや、芯の通った力強さなどが印象的なサウンドだった。

試作DACの試聴も実施

 ロームは長年、音楽文化へも貢献しており、公益財団法人のローム ミュージック ファンデーションと共に、若い音楽家の育成やコンサートを支援。ロームシアター京都でのコンサートなども頻繁に行なっている。

 発表会に登壇した、オーディオ評論家の山之内正氏は、「CDのパッケージを裏返したり、コンサートのパンフレットの裏などに、よくロームのロゴを見かけて、目に馴染んでいた。また、私自身オーケストラをやっている関係で、プロの音楽家で、ローム ミュージック ファンデーションからの奨学金で留学したという人を何人も知っている。コンサートの録音にはお金もかかるが、ロームさんからの援助してもらったという話もよく耳にして、素晴らしい会社だなと感じていた」という。

オーディオ評論家の山之内正氏

 そんなロームが、高音質オーディオICを作るにあたり、山之内氏に助言を求め、サポートする形になったとのこと。山之内氏はロームの印象について、「オーディオメーカーの方と比べて、デバイスメーカーの方と話をする時は、あまり音楽の話はしない印象がある。回路構成の優位性や、数値の話などが多い。しかし、ロームのエンジニアの人達は、音楽について熱く語る人が多かった。そこにも感銘を受けて、お手伝い出来ることがあれば……と考えた」という。

 山之内氏は、「創業の頃から、音楽家を支える活動を行ない、私もそれを生の音楽として聴いてきた。そういう意味では、“ロームの音”にいろいろなところで接してきたんだなという再発見があった。そしていよいよ音楽用デバイスをという話で、期待せざるおえない。(開発中のDACは)後発となるが、後発には後発のメリットがある。左右対称の構成など、今のDACのトレンドを抑えており、日々精力的に音を追い込んでいる。これからスタートを切るところではあるが、大いに期待したい」とエールを贈った。