ミニレビュー

ソニー新モニターヘッドフォン「MDR-MV1」と、伝説の「CD900ST」聴き比べた

ソニーの開放型モニターヘッドフォン「MDR-MV1」

ソニーから11日、注目のモニターヘッドフォン「MDR-MV1」が発表された。開放型で空間描写能力が高いのが特徴。詳細はニュース記事を参照していただきたい。ここでは、モニターヘッドフォンの定番モデル「MDR-CD900ST」や、その次世代モデル「MDR-M1ST」とMDR-MV1を比較試聴したので、その印象をレポートする。

なお、MDR-MV1は5月12日に発売で、価格はオープンプライス。店頭予想価格は59,000円前後。MDR-CD900STが実売16,000円程度、MDR-M1STが実売35,000円程度であるため、MDR-MV1の方が高価なモニターヘッドフォンとなる。

ただし、MDR-CD900STとMDR-M1STはソニーミュージックソリューションズから販売されるプロ機であるため、無償修理期間が無い。MDR-MV1はグローバルでの販売も想定し、ソニーマーケティングからの販売となり、1年間のメーカー保証がついている。

左から「MDR-M1ST」、「MDR-CD900ST」

360 Reality Audioの音源を聴いてみる

比較試聴の前に、MDR-MV1は360 Reality Audio(360RA)などの空間オーディオの楽曲制作時にも使えるヘッドフォンとして、音場空間の描写能力を高められているという。そこで、実際に360RAの音源を試聴した。

自分の頭を中心に、音像がグルグルと周囲を回るような楽曲を聴くと、MDR-MV1の空間再現能力の高さがわかる。

通常のヘッドフォンでは、左右や前方の音像移動はわかりやすいものの、音像が背後に移動すると、途端に位置がわかりにくくなる。しかし、MDR-MV1では音が反時計回りに左→左斜め後ろ→真後ろ→右斜め後ろ→右と移動していく様子が、かなりハッキリ聴き取れる。

もちろん、スピーカーを周囲に設置したサラウンドと比べると“背後の音像と自分との距離”は、MDR-MV1でも“近い”。しかし、他のヘッドフォンでは「音像が後ろに行ったのか、前に行ったのかわからない」ほど移動感があやふやになるが、MDR-MV1ではキッチリと「いま、耳の後ろい移動した」「首の後ろのほうに音がある」というのが知覚でき、音像が途中でワープするような事もない。

MDR-CD900ST、MDR-M1STと聴き比べてみる

では、MDR-CD900ST、MDR-M1STと比較してみよう。まず、発売が最も古いMDR-CD900STから聴き、その次にMDR-M1ST、そして最新のMDR-MV1を聴く。3機種の最もわかりやすい違いはハウジングで、MDR-CD900STとMDR-M1STが密閉型だが、MDR-MV1は背面開放型になっている。

右がMDR-CD900ST

MDR-CD900STの音については、「音楽のアラが目立ちやすい」「分解能が高く、細かい音が聴き取りやすい」といった評価が一般的だ。実物に聴いてみると、確かにその通りで、音の輪郭が非常にシャープだ。

ボーカルやギターなどの音像は薄めで、低域も情報として出てはいるが、量感はあまり出ない。その代わりに、低い音の中までシャープに描かれ、どんな音で構成されているのかがわかりやすい。確かに“分析的”な描写のモニターヘッドフォンだ。

無味乾燥で、ギスギスした音……とまではいかないが、細かな一音、一音と対峙するかのような、緊張感のある音だ。「聴いていてリラックスする」とか「響きの良さにホッとする」みたいな音ではない。ただ、質感や音の響きも控えめながら描写はされているので、「味のない料理を食べている」ような気分ではない。

描写の細かさという面では、今聴いても素晴らしい性能だ。ただ、気になるのは音色の描き分けがあまりできておらず、全体に“紙っぽい響き”が薄く乗っている。最近のヘッドフォンの振動板は、内部損失の大きい素材を追求し、振動板固有の音を抑えているものが多いが、そうしたヘッドフォンと比べると、少し音に“古さ”を感じる。

右がMDR-M1ST

MDR-M1STにチェンジすると、CD900STで感じた不満が解消される。紙っぽい響きは無く、ギターはギターの音、人の声はリアルな人の声として、音色や響きの色がちゃんと描きわけられる。

音色だけでなく、低域もパワフルになる。CD900STではあまり感じられなかった、低音の「ズシン」と沈む深さや、低音のカタマリが押し寄せるような量感の豊かさがM1STではしっかり感じられるようになる。ただ、ボワボワ不必要に膨らむ低音ではなく、タイトさを維持しているところがモニターヘッドフォンらしい。

CD900STは、ハウジングが“薄い”ので、音があまり広がらないのかな? と思われるかもしれないが、実際に聴いてみると、その逆で音場はかなり広い。決して“狭苦しい音”ではない。

M1STもこの特徴を踏襲しており、閉塞感は少なく、密閉型ながら気持ちの良い音の広がりが楽しめる。

簡単にまとめると、MDR-CD900STは「道具としてのモニターヘッドフォンを追求した音」で、MDR-M1STは「音色がより自然になった進化系モニターヘッドフォン。低域もしっかり出るので“普通のヘッドフォン”として音楽を楽しむ時にも使いやすい」という感じだ。

MDR-MV1

で、いよいよMDR-MV1なのだが、これが凄い。

先程「密閉型ながら音場が広い」とCD900ST、M1STについて書いたが、MV1はガチの背面開放型なので「こりゃ反則だよ」と言いたくなるほど、さらに比較にならないほど音場が広い。ヘッドフォンの外の現実世界まで音が広がるので、ピアノの響きなど、音の余韻がスーッと遠くまで伸びて消えていく様子がわかる。

ここまでは「まあ開放型だからな」という話だが、驚くのは、開放型であっても非常にパワフル、かつソリッドな低域が出る事だ。開放型はどうしても低域の量感が不足しがちだが、MV1ではその不安があまり無い。M1STにも匹敵する豊かな低域だ。

そして、低域から高域まで、驚くほど音がハイスピードだ。SN比が良いので、音楽がはじまる前の無音の空間から、ピアノやボーカルの音が立ち上がる時のトランジェントが素晴らしい。ズバッと音が出る立ち上がりだけでなく、その音がスッと消える瞬間もハイスピードなので、余分な音で音楽が濁らない。

一言で表現すると“キレのある音”だが、ダイナミック型でここまでキレのあるヘッドフォンは、あまり聴いたことがない。こうした音は、軽量な振動板がキッチリ正確に動かないと出せない。おそらく、コルゲーションエッジの形状を工夫したり、ユニットの背面に音響負荷ダクトを直結して、振動板の動作を最適化するといった技術が活きているのだろう。

音色も自然なので、ギターの木の響きや、人の声のリアルさなども良く描きわけられている。

MDR-MV1の開発が“360RAの楽曲を制作するためのモニターヘッドフォン”としてスタートしているので、何か特殊なヘッドフォンのようにも見えてしまうが、試聴すると、360RAどうこう以前に「超実力派の開放型モニターヘッドフォン」として作られているのがわかる。音楽制作をしたい人はもちろんだが、音楽リスニング用として使ってもバツグンに良い。オーディオファンも要注目のヘッドフォンだ。

山崎健太郎