レビュー

注目の開放型モニター、ゼンハイザー「HD490 PRO」とソニー「MDR-MV1」編集部で聴いてみた

ソニー「MDR-MV1」(左)、ゼンハイザー「HD490 PRO」(右)

ゼンハイザーより登場したプロ向けの開放型モニターヘッドフォン「HD490 PRO」。開放型のモニターヘッドフォンと言えば、昨年5月に登場したソニーの「MDR-MV1」が記憶に新しいところ。そしてこの2機種はバランス駆動にも対応しているところも共通のポイントだ。

HD490 Proは後日発売を予定している純正のバランスケーブルを用いることでバランス駆動に対応。MDR-MV1はソニー推奨ではないが、4.4mmバランスケーブル「MUC-S12NB1」を使用してバランス駆動できる。プロ用のモニターヘッドフォンとしながら、音楽的に楽しむことができる音質、コンシューマー向けにも販路を展開しており、手に取りやすい機種であるなど、共通点が多く、まさにライバル機種というイメージがある。

今回、ゼンハイザーよりバランスケーブルのサンプルをお借りできたので、AV Watch編集部員4人で両機種をバランス駆動で試聴してみた。

HD490 PROとMDR-MV1の特徴

  • HD490 PRO 66,000円
  • MDR-MV1 実売59,000円前後

両機種とも、プロの仕事道具としての堅牢性や軽量性に特化したヘッドフォンで、重量(ケーブル含まず)はHD490 PROが260g、MDR-MV1は約223g。言い方は悪いかもしれないが、どちらも5万円を超える価格に見合った高級感は皆無と言える外観をしている。

どちらも高級感のある外観ではなく、いかにも「仕事道具」な感じ

一方で、その軽さとイヤーパッド、ヘッドバンド、側圧などによる装着感は、長時間の作業を前提として設計していることから両機種ともに良好。使い勝手に特化したヘッドフォンとなっている。接続部、可動部も無音でスムーズに動き、手に触れて使うことで作りの良いヘッドフォンであることが理解できる。

HD490 PROの特長は、音の傾向を変化させる2種類のイヤーパッド。温かみのある音と遠近感を生み出すとするベロア素材のプロデュース用と、フラットでニュートラルなサウンドを再生するファブリック素材のミキシング用のイヤーパッドが付属していること。開発の際に数千人規模の調査を実施し、ユーザーの細やかなニーズに応じるための対応だという。

ベロア素材のプロデュース用イヤーパッド
ファブリック素材のミキシング用イヤーパッド

また、両イヤーパッドともにメガネをかけていても快適な装着感と密閉性を実現するゼンハイザーの特許技術が採用されているほか、洗濯も可能。そのほか、左右どちらにもケーブルが接続可能な仕様や、左のアーム部に点字を配置しているなど、使い勝手にこだわった設計となっている。

周波数特性は5Hz~36kHz。インピーダンスは130Ω。音圧感度は105dB SPL(1kHz/1Vrms)、96dB SPL(1kHz/1mW)。

3mケーブルやヘッドフォンケースなどが付属する「HD490 PRO Plus」(77,000円)も用意している。ちなみに、ゼンハイザーはプロユースとコンシューマー向けで会社が分かれたこともあり、プロユースのヘッドフォンではこのHD490 PROは最上位機となっている。

MDR-MV1の特徴は、立体的な空間表現を得意としているところ。360 Reality Audioなどの空間オーディオに対応した楽曲を、ミュージシャンが音の定位までチェックしながら、自宅でも作れるように開発されたのが同機種。

ユニットは専用開発の40mm径。5Hz~80kHzまでの広帯域再生が可能。モニターヘッドフォンとして長期間安定的に製品を供給できるよう、振動板の素材にはあえて希少な素材は使っていないという。

音圧感度は100dB/mW。インピーダンスは24Ω(1kHz)。最大入力は1,500mW。

編集部員4人で試聴

試聴には主に、Astell&Kernのポータブルオーディオプレーヤー「A&ultima SP3000」と、FIIOのヘッドフォンアンプ「Q7」を使用しているほか、全員共通で「カタオモイ-From THE FIRST TAKE/Aimer」を必ず試聴している。

HD490 PRO

編集長 山崎の感想

まずはベロアのイヤーパッドで「カタオモイ-From THE FIRST TAKE/Aimer」を聴く。後述するソニー「MDR-MV1」と比べると、HD490 PROの方がボーカルの音像は少し遠く感じる。ステージから一歩引いた場所で聴いている感覚だ。

低域の膨らみは控えめで、モニターらしくタイト寄りな描写ではあるが、キレキレにソリッドというわけではない。ゆったりとした余韻や、野太い音も感じられる。緊張感を強いるモニターヘッドフォンではなく、聴いていてホッとする面もある、リスニングにも使えるサウンドだ。

「ダイアナ・クラール/月とてもなく」のアコースティックベースも、ベースの筐体で増幅された響きが肉厚に聴き取れて気持ちが良い。それでいて、低域が膨らみ過ぎて不明瞭になる事はなく、締めるところは締める気持ちの良いタイトさは維持されている。

特筆すべきは中高域の質感の良さ。「カタオモイ」の声や、「月とてもなく」のベースの響きでよくわかるが、人の声の生々しさ、湿度、木の響きの優しさみたいなものが、HD490 PROでは伝わってくる。

対して、MDR-MV1の中高域はドライで、キレ味優先。解像感という面では良いのだが、人の声や楽器が安っぽく、軽く聴こえてしまう印象だ、小さなノイズなど、粗を探す目的としてはMDR-MV1の方が便利かもしれないが、音の自然さで言えばHD490 PROの方が優れていると感じる。

「カタオモイ」のピアノも、HD490 PROで聴く方が美音に聴こえる。前述の通り、音像はソニーのMDR-MV1よりも遠く感じるが、そのせいか、楽器やボーカルの音像はよく聴こえるのだが、その背後に広がる空間が若干見えにくい。

面白いのは、ファブリックのパッドに交換すると、音がかなり変わる事だ。簡単に言えば、よりモニターヘッドフォンライクな、MDR-MV1に似た方向に変化。「月とてもなく」のベースがタイトになると共に、沈み込みの深さがより深くなったように感じる。

「米津玄師/KICK BACK」を聴くと、ベースラインにゴリゴリ感が増し、頭蓋骨を揺するような激しさも味わえる。ただ、高域がキツくなるような事はなく、質感描写の豊かさは維持されているので、「激しさとしなやかさ」が同居したサウンドに感じる。

ボーカルや楽器の音が近くなり、ダイレクト感も増す。ベロアのパッドで感じられた「ふわっと感」「ゆったり感」が無くなり、「ハイスピード」「むき出しサウンド」になる印象。しかし、ファブリックパッドに変更した後の音も、MDR-MV1ほどカリカリシャープではない。それが違いであり、HD490 PROの魅力なのだと感じる。

編集部 阿部の感想

フラットな特性と、開放型ならではの抜けと音の広がりが特徴的なモデルだ。

MV1を聞いた直後に「カタオモイ-From THE FIRST TAKE/Aimer」を再生すると、平坦な音で解像感も甘いと感じたが、レファレンスの「月とてもなく/ダイアナ・クラール」などを聞くと、艶のあるボーカルや弦の響き、ピアノのアタックなどの様々な情報が表出し、ソースを忠実に再現するヘッドフォンなのだと気が付いた。

同じ“モニターヘッドフォン”というカテゴライズでも、MV1は一音一音を丹念に聞き込む用途、HD490 PROは音楽全体の仕上がりを俯瞰して確認する用途に合っていると思った。

プロデュース用のベロアと、ミキシング用のファブリックでイヤーパッド素材が2種用意されており、後者に変えると多少音がクリアに聞こえるものの、個人的には、原音忠実志向な基本傾向は変わらなかった。

編集部 酒井の感想

HD490 PRO(ベロアイヤーパッド)で「カタオモイ-From THE FIRST TAKE/Aimer」を聴くと、ボーカルが浮かび上がったようなクッキリとした解像感で耳に飛び込んでくる。その後ろで流れるピアノの旋律もとても繊細で、弦の振動している様子が聴き取れるのではないかと思うほどの描写力の高さだった。低音については、もう少し迫力があったほうが個人的には好みだが、それでも音楽を楽しむには十分な量感を味わえた。

最近よく聴いている「真夏の恋/小田和正」でも、ボーカルや細かい音の描写力は変わらないが、後述するソニー「MDR-MV1」と比べると、少し音の広がりは狭く感じられ、“凝縮感”が強く感じられた。

ちなみに、イヤーパッドをファブリック地のものに変えて「カタオモイ-From THE FIRST TAKE/Aimer」を聴いてみると、それまでやや物足りなさを感じていた低音に迫力が出てきて、より音楽を心地よく楽しめるような印象に変化する。またギターの反響音・残響感も少し強まった印象だった。

編集部 野澤の感想

聴く楽曲によって違いはあるものの、2種類のイヤーパッドで結構印象が大きく変わる。ベロアの方では、低域の量感がしっかりとあり、楽器の音の余韻が程よく混ざる、長時間でもゆったりと心地良く聴ける音になっている。

「カタオモイ-From THE FIRST TAKE/Aimer」を聴いてみると、ギターの響きやAimerの歌声が柔らかく広がるので、モニターヘッドフォンにしては少し解像感が甘めな印象があるのだが、「Midnight Mission/Midnight Grand Orchestra」では、出だしのバイオリンの音や、星街すいせいの芯のあるボーカルがくっきりと聴こえるので、楽器の音や声の特徴がわかりやすいと感じた。

これがファブリック素材の方になると、低域の量感が控えめに、タイトになることで沈み込む様子が鮮明になり、解像感も全体的に上がって、音のひとつひとつがしっかりと鮮明になる。「カタオモイ-From THE FIRST TAKE/Aimer」も、ベロアのときの甘めな印象が消え、音ごとのレイヤー分けされているようなパッキリとした音に、より仕事道具としてのモニターヘッドフォンらしさが増す。ミキシングは未経験なのだが、動画編集のときに使いやすそうだと思った。

MDR-MV1

編集長 山崎の感想

空間表現が得意なモニターヘッドフォンだが、HD490 PROと「カタオモイ」で聴き比べると、むしろMDR-MV1の方がボーカルの音像は近く感じる。ただ、注意して聴くと、声の響きが背後に広がっていく様子がハッキリと聴き取れる事に気付く。開放型らしい、音場の広大さと、直接音のダイレクトさが同居したようなサウンドだ。

低域に余分な響きが少なく、モニターらしいサウンド。低域はハイスピードでキレがありつつ、タイト。「ダイアナ・クラール/月とてもなく」のアコースティックベースも、膨らみを抑えつつ「ズンズン」と低く沈み、低音に重量感がある。

「米津玄師/KICK BACK」を聴くと、最高に気持ちが良い。タイトな低域を活かし、ベースラインが手に取るように見える。ある種の快感を覚える音だ。

一方で、中高域はドライで硬質な描写。解像感、クリアさは素晴らしいが、人の声や楽器の音が硬く、ナチュラルさが足りない。分析的に音楽を聴くモニターヘッドフォンとしては使いやすそうだが、リスニングにも使おうと考えると、ちょっとキツさを感じる音。リラックスして音楽に浸るというよりも、身構えて「さぁ細かく聴くぞ」という姿勢に適したヘッドフォンだ。

編集部 阿部の感想

一聴して頭に浮かんだ言葉は「パッキパキ」。HD490 PROと比べ、MV1が持つ解像感・音像定位の精度の高さが余計に際立つ。

ボーカルは、耳元で歌っているかの如く高密度かつ明瞭で、唇の動きや息遣いが目に浮かぶほどにリアルだ。楽器の音もクリアで高域から低域までレンジが広く、サウンドステージのどの場所に何がどれくらいの量感で配置されているのかが、しっかりと把握できる。小さく細かい音も鮮明に拾い上げる、さながら分解能に優れた超高感度センサーみたいなヘッドフォン、とでも言ったらよいだろうか。

音楽リスニングにも使えないわけではないが、個人的には音の鮮度や精鋭感が高すぎてしまい数曲の試聴でお腹は一杯……正直、聴き疲れる音だった。一音一音を正確に把握する必要がある用途には最適と思う。

編集部 酒井の感想

MDR-MV1で「カタオモイ-From THE FIRST TAKE/Aimer」を聴くと、Aimerの歌声が“キンキン”とした少しピーキーな音色で聴こえてくる。特にサ行の歌声は耳に刺さるような鋭さだった。曲中に差し込まれているフィンガースナップの音もゼンハイザーでは感じなかった鋭さを感じた。

一方で、低域の量感はゼンハイザーと比べると、より沈み込みが多い印象で、低域に関してはMDR-MV1のほうが好みに近い印象だった。

同じく「真夏の恋/小田和正」を聴いてみると、ゼンハイザーよりも音の響きが印象的。ボーカルや楽器のサウンドにリバーブ感が強く、ホールで演奏を聴いているかのような音の広がりを感じられる。「カタオモイ-From THE FIRST TAKE/Aimer」ではピーキーだったボーカルも、こちらでは耳に刺さるような印象も薄れたので、個人的には男性ボーカルを聴きたいヘッドフォンだなと感じた。

編集部 野澤の感想

全体的にスッキリハッキリとした解像感の高さと、低域の量感の良さが両立されていて、低域が響くのに沈み込みもしっかりと見えて、細かい音の聴き分けもできる、情報量が非常に多い音が印象的。

音量を上げるにつれて、音の発生源も近づいてくる感覚があり、試聴時の音量(FIIO Q7 Ultra High Geinで70あたり)だと「カタオモイ-From THE FIRST TAKE/Aimer」のAimerのボーカルが目の前から聴こえる感覚。周囲に拡散していく様子は広いので、目の前にスピーカーを置いて聴いているようなイメージに近い。

ボリュームを同条件で40くらいまで落とすと、発生源もデスクトップオーディオのようなイメージになり、本体の軽さも相まって、ヘッドフォンをしていない感覚になるため、そういった意味での装着時の快適さも併せ持っている印象。甲乙を付けるのは難しいが、個人的な好みはMDR-MV1が優勢だった。

AV Watch編集部