レビュー
ソニー新モニターヘッドフォン「MV1」編集部4人で聴いた
2023年6月8日 08:00
ソニーから、注目のモニターヘッドフォン「MDR-MV1」(実売59,000円前後)が発売された。どのようなサウンドなのか、改めて編集部員4人で聴いてみたので、クロスレビューをお届けする。
また、MDR-MV1だけでなく、各自が愛用しているヘッドフォンも持ち寄り、それらを互いに試聴した。結果的にモニターヘッドフォンも多く集まったので、ヘッドフォン選びの参考になれば幸いだ。なお、既に販売が終了した製品も含まれているので、その点はご注意いただきたい。
なお、MDR-MV1の詳細や、ファーストインプレッション、ソニーの定番モニター「MDR-CD900ST」との比較試聴、個人最適化サービス「360 Virtual Mixing Environment」については、過去の記事を参照して欲しい。
編集部に集まったヘッドフォンは以下の5機種。試聴には主に、Astell&Kernのポータブルオーディオプレーヤー「A&ultima SP3000」などを使っている。
- ソニー「MDR-MV1」(実売59,000円前後)
- オーディオテクニカ ATH-R70x (直販39,468円)
- フォステクス RPKIT50RP (直販33,000円)※完成品ではなく自作キット
- AKG K812 (実売13万円前後)
- beyerdynamic T 90 (実売50,000円前後)
ソニー MDR-MV1
ソニーのモニターヘッドフォンは、プロの現場で使われる定番かつ伝説的な「MDR-CD900ST」や、“CD900STの新世代機”としてハイレゾにも対応した「MDR-M1ST」が知られている。
新モデル「MDR-MV1」は、ハウジングがオープンバック型で、立体的な空間表現を得意としているのが特徴。360 Reality Audioなどの空間オーディオに対応した楽曲を、ミュージシャンが音の定位までチェックしながら、自宅でも作れるように開発されたモニターヘッドフォンでもある。
ドライバーユニットの前面と背面をつなぐ開口部を広く設ける事で、音響レジスターによる通気のコントロールを最適化。不要な空間共鳴を排除し、色付けの少ない自然で充実した低音域が再生できるという。
ユニットは専用開発の40mm径。5Hz~80kHzまでの広帯域再生が可能で、背面開放型ハウジングに適した振動板形状とコルゲーションを採用。コルゲーションエッジ部に、直線のヒダを入れているのだが、その形状を見直し、開放型でも低歪になるよう、振動板が激しく動いた場合でも物理的な歪みを抑えられるようになった。
なお、モニターヘッドフォンとして長期間安定的に製品を供給できるよう、振動板の素材にはあえて希少な素材は使っていない。
余談だが、MDR-CD900STとMDR-M1STはプロ向けとしてソニーミュージックソリューションズから販売されており、無償修理期間も設けられていない。MDR-MV1はグローバルでの販売も想定し、通常のコンシューマー向けヘッドフォンと同じ、ソニーマーケティングからの販売。1年間のメーカー保証もついているなど、プロ向けモニターヘッドフォンだが、一般ユーザーも買いやすくなっている。
音圧感度は100dB/mW。インピーダンスは24Ω(1kHzにて)。最大入力は1,500mW。ケーブルは着脱可能でバランス駆動も可能だ。ソニー推奨の組み合わせではないが、編集部でソニーの4.4mmバランスケーブル「MUC-S12NB1」を接続したところ、キチンとバランス駆動できたので、試聴にはこの組み合わせを使っている。
ヘッドフォン自体の軽さ、ハウジングの存在を感じさせない音の広がりという面では後述するオーデク「ATH-R70x」とよく似ている。持ち比べると、各パーツが繊細で頼りない印象のATH-R70xに対し、MDR-MV1の方がちょっと雑に扱っても大丈夫そうな剛性の高さを感じる。装着感の良さも、ソニー MDR-MV1の方が好みだ。
トランジェントの良さが素晴らしく、「ダイアナ・クラール/月とてもなく」のベースのキレがバツグンだ。スピード感はATH-R70xと甲乙つけがたい。1つ1つの音の力強さ、コントラストの深さなどはMDR-MV1の方が上。一番違うのが低域で、MV1は非常に肉厚で迫力のある低域が出る。開放的でハイスピードなヘッドフォンなのに、これだけパワフルな低域も出せるというのは驚きだ。
逆に、中低域がパワフルなので、一聴すると音の広がる範囲はATH-R70xの方が広く、MDR-MV1の方が狭く感じる。ただ、それはあくまで“出音のパワフルさ”から受ける錯覚で、MDR-MV1も音の響きが伝搬していく様子に注意すると、音が広がる範囲自体は負けないほど広い。
音のコントラストがとにかく深く、音像が見やすく、定位がわかりやすい。“定位のわかりやすさ”で言えば、今回比較の5機種でトップ。まさに空間オーディオ製作向けという実力だ。
音の色付けも少なく、あたたかい音はあたたかく、金属質な音は金属質に描写する。空間オーディオ製作向けではあるが、前述のように低域の迫力もあり、美味しい音が味わえるので、リスニング用としても充分使える。多くの人にオススメできるヘッドフォンだ。
耳と頭部を包むつけ心地の良さ、223gの軽量設計、チープさを感じさせないデザインなど、総合バランスでは今回ナンバーワン。ケーブル交換も容易で、イヤーパッドもユーザー自身で交換可能と長く遊べそう。定番機CD900STなどと異なり、1年間のメーカー保証がついているのも安心材料。
4.4mmのバランス接続。音量は95。音源に含まれる微小な音も漏らさない、高解像なサウンドが白眉。高域の伸びも秀逸だが、低域も開放型とは感じないくらいにパワフル。ボーカルも耳元で囁いているかの如く、きっちりと再現する。ハイレゾ対応モニターヘッドフォン「MDR-M1ST」は何だったのか? と感じるほど、サウンドは別モノ。是非個人プロファイルデータを適用させて、空間オーディオ専用ヘッドフォンとして利用したい。
いわゆる「モニターヘッドフォン」と聞いて想像する音よりも、低域が強調されている印象。「ダイアナ・クラール/月とてもなく」では、イントロのベースからキレが良く、しっかりと沈み込む。それでいて爪弾かれた弦が跳ねる音さえも表現されている。ボーカルの口が開閉する様子も如実に聴き取れるが、thの発音などが少し耳に刺さるような印象だった。
最近ヘビロテしている「FictionJunction/Parade」を試聴。この楽曲はボーカルが4人おり、その4人が時には主旋律、時にはコーラスとポジションを入れ替えながら展開されていく。そこにギターやベース、ドラムなどに加え、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの音も乗ってくるため、とにかく音数が多いのが特徴。
MDR-MV1でこの楽曲を聴くと、ステージも広く、見通しがいいため、各ボーカリストの声はもちろん、その後ろのヴァイオリンやチェロの音など、聴きたい音にフォーカスして楽しむことができる。
また、やはりドラムやベースなど、低音のキレが印象的だが、ボーカルの力強さも負けておらず、低域にボーカルが埋もれて聴こえにくいということはなかった。個人的には、「少し低域が強調され過ぎかな」と思う部分もあるが、全体的なバランスは良く、好印象。ヘッドフォン自体が軽く、装着感にも不満はなかった。
今回集まったヘッドフォンの中で「モニターヘッドフォン」として魅力的に感じたのが後述ATH-R70xと、このMDR-MV1。着けた時の軽さと音の拡がりやはほぼほぼ同等。こちらも「挟まれている」と感じないちょうど良い塩梅の側圧で、ヘッドフォンを着けっぱなしでの長時間作業も楽にこなせそう。
一番の違いは低域で、ATH-R70xは沈み込みの深さやベースの弦の響きまでを鮮明に見せてくるのに対して、MDR-MV1は低域の量感もしっかりと感じられ、ボーカルの声には厚みも感じられる。「GHOST/星街すいせい」の出だしのベースの重低音からギターやドラム、シンセが加わって弾けるように広がっていく様子はメリハリが良く、「バスタイムプラネタリウム/HACHI」の間奏では水中に居るような感覚がしっかりと味わえる。
しばらく聴いてみて、このヘッドフォン欲しいな、と思った次第。別売かつソニー推奨の組み合わせではないが、ソニーの4.4mmバランスケーブル「MUC-S12NB1」でバランス接続できるのもありがたい。悩ましいのは決して安くない価格だけ。
オーディオテクニカ ATH-R70x【編集部 野澤愛用】
オーディオテクニカのプロ用モニターヘッドフォンとして初めて、オープンエア型を採用。オープン型専用に新開発されたユニットは45mm径で、高磁力マグネットと純鉄製磁気回路を採用している。
カーボン繊維入り合成樹脂材を採用し、剛性を向上。ハウジングにはハニカムアルミニウムパンチングメッシュを採用している。通気性の良いイヤーパッドと、新3D方式ウイングサポートを採用。ケーブルを除いた重量は約210g。
出力音圧レベルは98dB/mW、再生周波数帯域は5Hz~40kHz、最大入力は1,000mW。インピーダンス470Ω。
ケーブルは着脱可能で、バヨネット式のロック機構も備えている。今回はバランスケーブルを用意できなかったので、付属のアンバランスケーブルを使って試聴している。
手に持つと驚く軽さ。装着してもヘッドフォンが存在していないかのような軽さだ。サウンドも、外観イメージそのままで、とにかく開放的でハイスピード。音場も広大で、ハウジングがまったく存在しないかのように、「ダイアナ・クラール/月とてもなく」のボーカルがどこまでも広がる。
トランジェントも素晴らしく、無音の状態からスッと音が出て、スッと消えていく様子がリアル。分解能もトップクラスで、アコースティックベースの弦が震える様子の細かさも素晴らしい。
音色もナチュラルで、アコースティックな楽器や人の声がリアルで、余計な響きは乗らない。
これだけハイスピードで繊細な音だと、低域が弱いのでは? と心配するのだが、このヘッドフォンは当てはまらない。「米津玄師/KICK BACK」を聴くと、ベースは驚くほど低く沈み、ベースラインの野太さも感じさせる。超細かくて繊細な音も、激しい音も両方OKとは恐れ入る。あらゆる音、あらゆる描写を聴き取れるので自分の耳の能力が上がった気にもなる。
モニターヘッドフォンのお手本、優等生と言っていいほど完成度が高い。一方で、このヘッドフォン独特の個性というのは存在しない。“個性が無いのが個性”という感じだろうか。そのため「惚れて買う」というより「必要だから買う」ツールとしてのモニターヘッドフォンという印象も受ける。
ヘッドバンドに手をかけて持ち上げると、「音出るの?」と疑ってしまうほどにボディがとにかく軽い。通気性の高いイヤーパッド、そして頭部のしなやかなヘッドパッドとも相まって、アタマに乗せているストレスは皆無。これなら長時間の作業でも快適に利用できそうだ。
3.5mmのステレオミニ接続で試聴。音量は120。サウンドは、全帯域をありのまま再現したフラット系。レンジは広く、高域も十分に伸びている。ピアノのアタック音もナチュラルで、一音一音が鮮明かつ音像がクリア。淡泊すぎる印象も受けるが、モニター用途として使うなら好適な1台。
一番印象的だったのは、その軽さ。装着感も同様で、着けているのを忘れそうになるほど。MDR-MV1とは対照的に「モニターヘッドフォン」と聞いて想像するとおりのスッキリとしたサウンドなので、なにか作業をしながら“ながら聴き”するにはピッタリな1台に感じられた。
サウンドも開放的で、音場も広いが、低域の表現力も十分。「ダイアナ・クラール/月とてもなく」では、イントロのベースがズンッとしっかりと沈み込んでくれる。ただ、MV1で聴き取れた弦がブルブルと震えるような細かな表現力はもう一歩……といった印象だった。
「FictionJunction/Parade」では、今回聴き比べた4機種のなかでは、ボーカルの解像感がいまひとつで、2~3枚ベールが掛かったようなサウンドに感じられた。
210gという軽さとずれ落ちない程度に支えてくれる弱めながら最適な側圧、ヘッドフォンをつけていることを忘れてしまいそうになる開放的な音の拡がり、なにより人の声や楽器の音が、生で聴いているように自然に聴こえることがこのヘッドフォンの気に入っている点。
音楽を聴くときはボーカルの声の良さをメインに楽しんでいることもあり、味付けがなく忠実にフラットを突き詰めたようなリアルで自然な音を出してくれるという点に魅力を感じている。
解像感、分離感も良く、使い方としては特殊かもしれないが、YouTubeの動画や配信を5、6個同時に開いていても、音が潰れずに全て聴き取れるところも重宝している。
フォステクス RPKIT50【編集長山崎愛用】
フォステクスと言えば、独自開発のRP(Regular Phase)テクノロジー採用した、伝統の平面駆動型振動板ユニットや、それを採用したヘッドフォンがお馴染みだが、そんなヘッドフォンをユーザーが自作できる組み立てキットが「RPKIT50」だ。
以前、小寺信良氏の連載「週刊 Electric Zooma!」で自作レポートを掲載したヘッドフォンでもあるが、Zooma!の担当編集・山崎が「俺も作ってみたい」と作り、現在も愛用中なのが今回のヘッドフォン。
組み立てる途中で、音質調整用パーツの貼り付け位置や、ダンパーやイヤーパッドの交換で好みの音にチューニングできるのが特徴。山崎仕様のRPKIT50は「RPユニットの繊細さと中低域の程度な迫力の“バランスの良さ”を狙ったチューニング」だそうだ。
再生周波数帯域は15~35kHz、インピーダンスは50Ω。感度は89~92dB/mW。最大入力 は3,000mW。重量はケーブル含まずで約385g。
RP平面駆動型振動板ユニットを使ったヘッドフォンは、駆動力のあるアンプでドライブしないと低域がしっかり出ないのが難点だが、逆に言うと、アンプの駆動力を試すテスト用ヘッドフォンとして使えるため、日常的に愛用している。
キットと聞くと面倒に感じるかもしれないが、ヘッドフォンの構造を勉強しつつ、好みの音にへのチューニング方法も学べるので、教材としても優れている。チューニングの方向性としては、平面駆動型の素のサウンドは解像度寄りで、アッサリ風味なので、中低域のパワフルさが出るように調整した。結果として、モニターとしても使えつつ、音楽も楽しめるヘッドフォンになったのではと思っている。
「ダイアナ・クラール/月とてもなく」は、ボーカルの分解能が非常に高いのと同時に、ベースの低域や、声が奥の方へ広がっていく様子も超微細に描写。聴こえる音の解像度が全て高いのがRP平面駆動型振動板ユニットらしいところ。「米津玄師/KICK BACK」のような音の数が多い楽曲も、あらゆる音がクッキリと聴き取れて気持ちが良い。
開放型ではなく、密閉寄りにチューニングしているため、音がどこまでも広がる感じではなく、ハウジングの存在は感じる。ただ、遠くに広がる音が細かく聴こえるので、あまり閉塞感は感じない
一方で、ソニー MDR-MV1やオーテク ATH-R70xと比べると重いヘッドフォンで、デザインは良く言えば“無骨”だが、悪く言うと“大げさ”な感じ。長時間快適に使えるかというと、前述の2機種の方が優れているだろう。
まるでアンテナのように突き出たスライダーと、角ばったハウジング部が目を惹く1台。無骨なデザインは好みが分かれそうではあるが、長いスライダーのおかげでフィッティング調整のレンジは随一。頭部がワイド・耳の位置がアンダー目な筆者でも、耳の周囲までイヤーパッドがしっかりと優しく包んでくれた。
2.5mmのバランス接続。音量は120。低中域を豊かに表現しながら、女性ボーカルの唇の動きまで見えてくるような高解像も兼ね備えたサウンド。輪郭も明確で、ピアノの音にも艶を感じる。はんだごてでの作業が難所だが、それさえクリアすれば、コストパフォーマンスは優秀。
MDR-MV1と比べると、低域の沈み込みが抑え気味で、大人しくクセのないサウンドに感じられた。「ダイアナ・クラール/月とてもなく」イントロのベースはズンッと身体に響くような迫力はないが、一方で、ボーカルの表現力はMDR-MV1を上回っており、声が響いていく様子や、歌い出し直前にスッと息を吸うブレスの音に艶めかしさが感じられた。
「FictionJunction/Parade」でもMV1と比べると低域が抑えめなので、全体的にすっきりとした聴き心地。各帯域のバランスが良く、見通しもいいので、4声のハーモニーはもちろん、ヴァイオリンなど各楽器にフォーカスしながら聴くといった楽しみ方ができた。
サウンド面に大きな不満はなかったが、個人的に不満を感じたのは装着感。MDR-MV1と比べるとヘッドフォン自体が重く、イヤーパッドもクッション性があまりなく、長時間装着し続けるのは難しく感じられた。
他の4機種と比べて、音の鳴っている場所が少し遠くに居る、1歩引いているような聴こえ方に感じたのが第一印象。けれども聴きとりにくいという訳ではなく、低域の量感と高域の抜けが心地良く、少し離れて聴こえるのでゆったり聴きたい心地良い聴こえかたという印象が強い。
鳴らしにくいため、音量を上げようとしてしまうが、そうすると若干高域が擦れるので、控えめな音量でBGM的に音楽を楽しむのが良さそう。
解像感も良く、隅々まで聴こえるので、動画編集などの作業にも合いそうだが、若干本体が重いのが難点。
AKG K812【編集部 阿部愛用】
AKGモニターヘッドフォンのフラッグシップかつオープンエア型として開発された。大口径53mmのドライバと、磁束密度1.5T(テスラ)の磁気回路を搭載する。銅被膜アルミニウムを使用した2層構造のボイスコイルは、軽量かつ強磁力の磁気回路と相まって過渡特性を大幅に改善。
再生帯域は5Hz~54kHz。振動板には複合材を使用し、ダンピング性能を向上しながら分割振動を抑制。中心部に筒状のパーツを近接させたエアフロー・ドーム構造を設け、ハウジングへ抜ける空気の流れを制御して歪みを抑えている。
感度は96dB SPL/mW、インピーダンスは36Ω。
イヤーパッドの形状が独特で、耳の裏側に接する面積を増やした立体構造と、接地面の形状を保持する3Dスローリテンション技術を採用。頭部側面への圧迫を軽減しながら密着できる。素材はプロテインレザーで、イヤーパッド内部の湿度を適度に保つという。
ボディは、耐久性に優れたアルミダイキャストで、防錆効果をもつアルマイト処理を施している。ケーブルは着脱式で、LEMOコネクタを採用。今回はアンバランスで試聴している。
開放型なので、音場は広い。ただ、ハウジングで音が反響した音が耳に入ってくる。“ハウジングが存在しないように聴こえる”ソニー MDR-MV1やオーテク ATH-R70xと比べると、ちょっと時代的な古さを感じるのが正直なところ。「ダイアナ・クラール/月とてもなく」のボーカル音像も、頭の中心に寄りがちだ。
しかし、開放型によくある“音の線が細すぎる”感じが無く、低域も肉厚で聴いていてとにかく気持ちが良い。
前述のハウジングの反響音を、逆に味方につけたようなサウンドで、そこはかとなく甘い響きが高域に乗っている。モニターヘッドフォンというと、カリカリシャープで、硬質なサウンドを連想しがちだが、K812は繊細な描写と甘い響きが組み合わさり、シルキーな“美音”と言っていい。
そのため、女性ボーカルなどが非常に美味しく聴ける。音楽を楽しむヘッドフォンとしては、今回5機種でナンバーワンだろう。ただ、分析的なモニターヘッドフォンとしては、 MDR-MV1やATH-R70xの方が優れていると感じる。
4年ほど前から愛用している、マイベスト。「バンド幅の調整が狭く、もう少しだけイヤーパッドを下げたい」と感じていること以外、不満はゼロ。メッシュ加工されたパッド部やパッドのプロテインレザーもフィット感バツグン。ハウジング部からさりげなく見える青色のドライバーもお気に入り。
3.5mmのステレオミニ接続で試聴。音量は120。ヘッドフォン試聴とは思えない、圧倒的な音場の広さが本機の醍醐味。クラシックを再生すると、まるでホールにいるかのような音の響きと抜けの良さが味わえる。各楽器の音像定位も極めて明瞭で、ボーカルの声も生々しい。音楽を気持ちよく、美しく再現する一品。
今回の4機種のなかで、装着感と音質は一番好み。編集部・酒井は少し耳が大きめなので、イヤーカップやイヤーパッドが大きくないと、ヘッドフォンに耳が当たってしまい、すぐに痛みを感じてしまうのだが、K812はイヤーカップが大きく、イヤーパッドのクッション性も高いので、一切ストレスを感じることなく装着できた。
音質についても、低域にしっかりとした量感があり、聴きやすい。「ダイアナ・クラール/月とてもなく」ではベースの弦の揺らぎもしっかりと感じられた。ボーカルの音像は、MDR-MV1やATH-R70xと比べるとかなり近く、迫力十分。それでいて音場が極端に狭いわけでない。ただ「th」などの音が少し刺さるような感覚があった。
女性ボーカルとの相性はバツグンで、「FictionJunction/Parade」では、4人の声が解像感高く、スッと広がっていく。複数人の声が重なるハーモニーの聴き応えは、今回の4台のなかでは断トツだった。
今回聴いたヘッドフォンの中で一番心地良く聴けたのがK812。低域から高域までバランス良く、ボーカルの声はクリアに聴こえるが、モニターヘッドフォンとして見ると解像感はそこまで高くなくて全体的に少し甘い感覚で、そこに心地良さがあるイメージ。
開放型なのだが、着けてみるとハウジングの存在感があり、密閉型のヘッドフォンを着けているような感覚。音場の広さもMDR-MV1やATH-R70xよりも狭めで、音場の広めな密閉型で聴いているような感覚になる。
ソファーに身体を預けてぼーっと聴きたくなるような、音楽をのんびりじっくり楽しみたくなる音で、動画の編集や通話などに使いたいかと問われると、ちょっと違うかも、という印象。
beyerdynamic T 90【編集部 酒井愛用】
beyerdynamic独自のテスラテクノロジーを採用したオープン型ヘッドフォン。1テスラ(=10,000ガウス)を超える強力な磁束密度を実現し、高いドライブ能力を生み出す技術で、再生周波数帯域は5Hz~40kHz、歪率は0.05%以下。
マイクロベロアとマイクロファイバーで作られたヘッドバンドとイヤーパッドを採用。絹のような装着感が特徴で、長時間のリスニングも快適にできるという。
インピーダンスは250Ω、感度は102dB。ケーブルは3mのストレートで、プラグはステレオミニ。ステレオ標準変換アダプタが付属する。今回はステレオミニで試聴している。重量は350g(本体のみ)/430g(ケーブル含む)。
このヘッドフォンも開放型だが、ハウジングの存在が無いような、音場がどこまでも広がる……というほどではなく、ハウジングの反響を感じ、音場にも制限がある。そういった部分で少し古さを感じるのは事実だ。
最大の特徴は中高域の鋭さ。ちょっと金属質な響きが乗っているほか、音像のエッジが立ったカリカリなサウンドで、女性ボーカルのサ行が刺さる事もある。ただ、聴いていると、この“ギリギリを攻める”ようなサウンドが気持ちよく、病みつきになる。独特の魅力があるヘッドフォンだ。
低域には量感があるが、中高域ほどソリッドな描写ではなく、若干モコモコする。そういった意味では、モニター風というよりもドンシャリサウンドと言えるバランス配分だろう。
「米津玄師/KICK BACK」などの迫力のあるロックを聴くと、カリカリな中高域と、音圧豊かな低音が刺激的な音で楽しめる。ただ、モニターヘッドフォンとしてニュートラルな音なのか、色付けのない音なのかと言われると、やや疑問だ。アコースティックギターの音も、弦の金属質な描写はアリだが、木の響きまでが金属っぽい音になってしまう。
シルバーアルミとハウジング部のブラウンカラーが、ダンディーな雰囲気を醸し出すべイヤー高級機。ケーブル込みで430gは比較モデルの中では重量級の部類だが、ヘッドバンドやイヤーパッド部の素材は肌さわりがよく、側圧も適量。実際に装着すると、数字ほどの重さは感じない。
3.5mmのステレオミニ接続で試聴。音量は120。抜けのよい澄んだ中高域と響きの豊かさが特徴的。低域は程よくタイトで、そこまでゴリゴリとした主張は感じない。しっかりと馬力あるアンプと組み合わせて聞くのも面白そう。
学生時代に「初めてのオープン型、初めての高級ヘッドフォン」として貯金して購入した1台。ヴァイオリンのソロパートや、女性ボーカルの高域がエッジの立った、極端に言えば“ギンギンした”サウンドで再生されるのが好みで購入した。
購入してから10年近く立っているので、ヘッドバンドのベロアはすっかり劣化してしまっているが、イヤーパッドのクッション力は変わっておらず、長時間装着していても、あまりストレスを感じにくい。ただ側圧は少し強め。
サウンド面は、エッジの効いた中高域を求めてしまった分、全体的にどの帯域も“キンキン”としたサウンドに聴こえてしまうのが、個人的にも弱点に感じているところ。例えば「ダイアナ・クラール/月とてもなく」イントロのベースは、MDR-MV1と聴き比べると、ウッドの柔らかさ、温かみは感じられず、金属っぽい、冷たいサウンドになりがち。また低域の表現についても、沈み込むような迫力はなかなか感じにくい。
どんな楽曲でもソツなく再生できる優等生的な1台ではないが、「この曲の、この高域を、とにかく突き刺すように鳴らしてくれ」といったピンポイントな好みにドハマりする1台だと改めて感じられた。
今回の試聴で一番尖った音がするヘッドフォンというのが第一印象。普段の感覚で好きな曲を聴いてみると、女性ボーカルはサ行で擦れる音が目立ち、低域がぐいぐい来るので、全く別の曲を聴いている感覚に。
「アイドル/YOASOBI」や「KICK BACK/米津玄師」のような楽曲は、低域がゴリゴリと迫ってきて、高域の擦れる音もそこまで気にならなくなるので、合う曲にはバッチリハマる。
装着感はしっかりとホールドされて少しキツいかなと感じる。自分の好みとは対極に位置するようなヘッドフォンだが、じっくり聴いてみて新鮮な感覚を味わえた。