レビュー

理想的“じゃない”部屋で良い音を、自動補正YPAOで2ch再生を変えるヤマハのアンプ「R-N803」

 オーディオ機器のパンフレットや専門誌を開くと、広くてオシャレな部屋にアンプとスピーカーが置かれ、リクライニングチェアで優雅に音楽を楽しむ写真が……。だが、自室を見回すと、狭い部屋はモノであふれ、そもそも2chスピーカーのちょうど真ん中に椅子を置く事すらままならない……なんて人も多いのではないか。オーディオ機器の性能と同じくらい、部屋の音響環境やセッティングは大切なものだが、「わかっちゃいるけどどうにもならない」のが実情だ。

理想的“じゃない”部屋で良い音を、自動補正YPAOで2ch再生を変えるヤマハのアンプ「R-N803」 自動音質補正「YPAO」を搭載したネットワークプレーヤー搭載2chアンプ「R-N803」
自動音質補正「YPAO」を搭載したネットワークプレーヤー搭載2chアンプ「R-N803」

 一方で、AVアンプを使ったホームシアターでは、マイクで部屋の音響環境を測定し、それを踏まえた補正をし、理想的なサウンドを再生するという“自動音場補正技術”が当たり前になっている。そこで疑問が頭をよぎる「なんで2chのオーディオで、自動音場補正技術が入った製品が無いの?」。

 そう思っていたら、ホントに登場した。ヤマハから8月下旬に発売された「R-N803」というアンプだ。2chアンプにネットワークプレーヤー機能、さらにAVアンプで高い実績を誇る視聴環境最適化システムYPAO(Yamaha Parametric Room Acoustic Optimizer)を搭載。結論から言うと、まるで“2chピュアオーディオのありかた”そのものに挑戦するような要注目製品に仕上がっている。

多機能な2chアンプ

 YPAOの効果や体験の前に、「R-N803」がどんな製品かおさらいしておこう。定格出力120W×2ch(6Ω)、最大出力170W/ch(6Ω)のアンプで、DACも搭載。DSDネイティブ再生をサポートするESSの「SABRE9006AS」を採用している。

 IEEE 802.11b/g/nの無線LANと、Ethernet端子も搭載。ネットワークオーディオプレーヤー機能も備え、192kHz/24bitまでのWAV/FLAC/AIFF、96kHz/24bitまでのApple Losslessに加え、5.6MHzまでのDSDもダイレクト再生できる。USBメモリに保存したハイレゾ音楽ファイルの再生も可能だ。

理想的“じゃない”部屋で良い音を、自動補正YPAOで2ch再生を変えるヤマハのアンプ「R-N803」 ブックシェルフスピーカーと組み合わせたところ
ブックシェルフスピーカーと組み合わせたところ

 さらに、独自のネットワーク再生機能「MusicCast」をサポートし、iOS/Android用アプリ「MusicCast CONTROLLER」から音楽再生や各種操作が可能。インターネットラジオの受信もでき、radiko.jpもサポート。Spotify Connectにも対応している。

 Bluetoothの送受信もサポート。AirPlayも利用できる。

理想的“じゃない”部屋で良い音を、自動補正YPAOで2ch再生を変えるヤマハのアンプ「R-N803」 背面
背面

 入力端子はアナログRCA×5、光デジタル×2、同軸デジタル×2を搭載。CDプレーヤーを繋いだり、テレビやゲーム機と光デジタルで繋いで、映画やゲームのサウンドを本格的に再生するといった使い方もありだろう。アナログ入力にはPhono(MM)入力も1系統含まれているので、再評価されているレコードプレーヤーと繋ぐのも良い。

 サブウーファ出力も備え、2.1chスピーカーを繋げられるほか、スピーカーターミナルもA、B、2系統備えているので、バイワイヤリング接続や、2組の2chスピーカーを切り替えて使う事もできる。

 価格は110,000円。通販サイトなどを見ると10万円を切っているお店も多く、ピュアな2chアンプとしては購入しやすい。搭載している機能も含めて考えると、かなりお買い得な印象だ。

実は長い歴史があるステレオレシーバー

 話は少し巻き戻るが、ヤマハは2015年に「R-N602」(64,800円)という、ネットワークオーディオプレーヤー機能やDACを内蔵した2chアンプを発売した。それが好評だったため、今年の8月に「R-N803」(11万円)、「R-N303」(49,000円)という新機種を追加。ラインナップを拡充し、上位モデルの「R-N803」に「YPAO」が入った……という経緯がある。日本で暮らしていると、このジャンルの製品は急に登場したように感じるが、N803の商品企画を担当した音響事業統括部 AV事業推進部 AV商品企画グループの熊澤進氏によれば、実は意外なほど長い歴史があるという。

理想的“じゃない”部屋で良い音を、自動補正YPAOで2ch再生を変えるヤマハのアンプ「R-N803」 音響事業統括部 AV事業推進部 AV商品企画グループの熊澤進氏
音響事業統括部 AV事業推進部 AV商品企画グループの熊澤進氏

 「ネットワークプレーヤーではなく、AM/FMチューナですが、2chアンプとチューナが一体化している製品は、特にヨーロッパで長い歴史があり、'70年代から存在します。例えばドイツでは、朝起きると、FMで音楽を流し、それを聴きながらコーヒーを飲んで新聞を読み、交通情報を聞く……というライフスタイルが一般的でした。そのため、ヤマハの製品でも、ヨーロッパでは手軽に高音質にラジオが楽しめる“ステレオレシーバー”が強かったのです」。

 日本では、朝起きてテレビの情報番組を見る人が多いと思うが、ドイツではあまりテレビは見ないそうだ。また、トーク番組が多い日本のラジオに対して、ドイツのラジオは比較的トークが少なく、音楽を流すのがメイン……という違いも影響しているのかもしれない。

 いずれにせよ、海外市場、特にヨーロッパ向けに、ヤマハはステレオレシーバーを現在に至るまで積極的に開発・投入してきたという背景がある。そして現在、インターネットを使った定額制音楽配信の登場により、ストリーミングで大量の音楽を楽しむという文化が日本でも定着しつつある。その流れを受けて、日本市場でも受け入れられるのではと、投入された“現代のステレオレシーバー”が2015年の「R-N602」だったというわけだ。

 「N602は、発売当初品切れ状態になるほど反響がありました。AVアンプもありますが、ハイレゾとネットワーク再生が楽しめ、アンプは2chでいいという人達に、幅広く受け入れていただけたようです。ピュアの2chアンプは、極限まで音楽性を追求する軸として存在し、今後も挑戦していきますが、それとは別に、ネットワークを使ってすぐに音楽にアクセスでき、音楽配信もネットラジオもハイレゾも、シンプルかつハイクオリティに楽しみたいというニーズが日本市場にもあるなというのは実感できました」。

 「そこで、YPAOなどの我々の強みをさらに活かし、付加価値をアップさせ、さらにアンプのクオリティもN602よりも高めたのが今回のR-N803です。下のモデルとなるR-N303は、よりお求めやすい価格で提案する製品です。Bluetoothスピーカーが市場に沢山登場していて、良い製品も沢山ありますが、そのカテゴリでは頑張っても出せない音の世界というのはあります。それを手軽に楽しんでいただくといのがR-N303のコンセプトです」(熊澤氏)。

理想的“じゃない”部屋で良い音を、自動補正YPAOで2ch再生を変えるヤマハのアンプ「R-N803」 R-N303
R-N303

YPAOとは何か

 では、N803最大の特徴であるYPAOについて見ていこう。AVアンプに詳しい人にとってはお馴染みの機能だが、AVアンプに興味が無いと「名前は聞いた事あるけど詳しくは知らない」という人も多いかもしれない。

 簡単に言えば、「オーディオ的にイマイチな部屋とセッティングでも、ちゃんとした音にしてくれる機能」だ。アンプに付属する測定用マイクを、いつも座っている場所に設置。スピーカーからテスト用の音を出し、それが部屋の中でどのように反響するかなどの音響特性や、接続したスピーカーの性能を含む総合的な再生環境を測定。その結果に応じて、音質を補正する。

理想的“じゃない”部屋で良い音を、自動補正YPAOで2ch再生を変えるヤマハのアンプ「R-N803」 YPAO
YPAO
理想的“じゃない”部屋で良い音を、自動補正YPAOで2ch再生を変えるヤマハのアンプ「R-N803」 測定用のマイク
測定用のマイク

 測定・補正内容は細かい。部屋の形状だけでなく、壁の材質、スピーカーの性能や設置場所などによって生じる再生音質の違いもマイクで測定。設置されたスピーカーの場所などで変化するが、それらの要因も補正する。

 スピーカーから出た音が、壁や天井、テレビなどの物体に反射すると、低音がぼやけたり、音像がキッチリシャープにまとまらず、滲んだりする。こうした“初期反射音”を積極的に制御する「YPAO-R.S.C.(Reflected Sound Control)」も、このYPAOに含まれた技術だ。

 さらに「YPAOボリューム」という技術も入っている。これは、音量と連動して低音域、高音域のバランスを自動的に調整するものだ。小さな音で聴くと、低音の迫力が不足したりするが、そうした事が起こらないように、どんな音量でもバランス良く聴こえるよう補正してくれる機能というわけだ。

 ただ、商品設計開発を担当した、音響開発統括部AV開発部 電気グループの中津川昌宏氏によれば、AVアンプのYPAOを、そのままN803に入れた……という単純な話ではないようだ。

理想的“じゃない”部屋で良い音を、自動補正YPAOで2ch再生を変えるヤマハのアンプ「R-N803」 音響開発統括部AV開発部 電気グループの中津川昌宏氏
音響開発統括部AV開発部 電気グループの中津川昌宏氏

 「N803にYPAOを投入するにあたっては、DSPのエンジニアが、2chアンプ用にパラメータのチューニングをすべてやり直しています。AVアンプでは音場プログラムなどがいろいろありますが、2chの場合はそれらが無いので、ある意味シンプルなんです。ですので、余裕が生まれたプロセッシングのパワーを、2chでより良いものになるよう活用し、チューニングしました。AVアンプの上位モデル、4桁型番のモデルと同じパフォーマンスの処理をやっています」(中津川氏)。

 具体的にN803には、「YPAO プレシジョンEQ」が採用されている。これは、高性能なDSPチップを使い、超高精度な64bitイコライザ処理を行なうことで、音質面での劣化を抑えながら、正確な補正処理を行なうというものだ。

理想的“じゃない”部屋で良い音を、自動補正YPAOで2ch再生を変えるヤマハのアンプ「R-N803」 YPAO プレシジョンEQ
YPAO プレシジョンEQ

 この技術は、28万円のAVプリアンプ最上位モデル「CX-A5100」に搭載された「YPAO High Precision EQ」の流れを組むもので、どちらも64bitで処理するのだが、処理し終えたデータをDACに入力する際、「YPAO High Precision EQ」は64bitデータを32bitにしてDAC入力、「YPAO プレシジョンEQ」は24bitにしてから入力している。違いはあるがその程度だ。

 この64bit処理のYPAOは非常に強力だ。以前、CX-A5100を試聴した際、YPAOの64bit補正処理を通した音と、通さないピュアダイレクトの音を聴き比べたのだが、YPAOをONにしても、音の情報量や鮮度が落ちた感覚がまったく無く、むしろ部屋の悪影響を補正して再生してくれるので、低域の細かな音の聴き取りやすさや、音場の空間表現がアップ。その結果、“YPAOの補正処理を通した音の方が、むしろピュアダイレクトっぽい生々しい音に聴こえる”という摩訶不思議な体験をした。この効果は市場でも話題となり、その後に登場するヤマハのAVアンプ新機種に続々と投入されているのは、AV Watch読者ならご存知だろう。つまり、N803にも“あの64bit処理”が、今度は2chに最適な形で入っているわけだ。

 「DSPのエンジニアは普段AVアンプ向けに、映画や音楽の映像ソフトなどを聴きながら開発をしていますが、音楽好きが多いので、2chのN803向けのチューニングもノリノリでやってくれました(笑)。趣味のノリで2chの音をとことん追求してくれたので、予定よりも音はかなりグレードアップしています」(中津川氏)。

理想的“じゃない”部屋で良い音を、自動補正YPAOで2ch再生を変えるヤマハのアンプ「R-N803」

音がイマイチな環境をYPAOで補正するとスゴイ

 ではYPAOの効果を体験してみよう。まずはリビングを想定し、ブックシェルフスピーカーの間にテレビを設置。当然ながら、テレビの反射も音に影響する。ただ、試聴した部屋自体は音響チューニングを行なっており、一般的なリビングよりも音への悪影響が少ない環境だ。逆に言えば、そのような部屋でもYPAOの効果が出るかを試すテストでもある。

理想的“じゃない”部屋で良い音を、自動補正YPAOで2ch再生を変えるヤマハのアンプ「R-N803」 リビングを想定し、テレビのある環境でチェック
リビングを想定し、テレビのある環境でチェック

 YPAOの測定を行ない、アプリから詳細をチェックすると、さっそく補正部分がわかる。例えばスピーカーの音量が右チャンネルだけ0.5dBアップしている。左右スピーカーからの音量が、測定位置で同じに聴こえるように調整されているので、YPAOを使わない場合は“右チャンネルスピーカーからの音が届きにくく、ちょっと弱く聴こえる環境”というわけだ。もちろん部屋のちょうど真ん中で測定しているのだが、左右の壁の厚さの違いなどからこういう事が起こるのだろう。こんな厳密な調整を、人間の耳でやるのは至難の業だろう。それがいとも簡単にできてしまう。

理想的“じゃない”部屋で良い音を、自動補正YPAOで2ch再生を変えるヤマハのアンプ「R-N803」 スピーカーの音量が右チャンネルだけ0.5dBアップしている
スピーカーの音量が右チャンネルだけ0.5dBアップしている

 音楽を再生しながら、このYPAOの補正をONにした状態と、そうしたDSP処理をスルーしたピュアダイレクトモードの音を聴き比べてみる。まずピュアダイレクトの音だが、極めてワイドレンジで色付けが少なく、クリアなサウンドだ。かといって無味乾燥ではなく、低域のドライブ力もしっかりしており、腰の座った安定感と音圧の豊かさもキチッと出ている。

 パワーアンプブロックには、出力素子として合計8個のバイポーラ型パワートランジスタを、左右4個搭載。並列プッシュプル構造となっているが、左右対称レイアウトで搭載し、信号伝送距離も最小限に抑えたという。トランジェントが良く、ハイスピードで低域のキレも良い。ハイレゾを再生すると、情報量の多さがよくわかる。

 ピュアダイレクトの音をしばらく聴いて、YPAOをONにすると、思わずニヤけてしまう。YPAOをONにしても、ボーカル音像の口が開閉する動きや、声の質感など、生々しい描写がほとんど変化せず、情報量が低下したように聴こえないのだ。

 それでありながら、音場の奥行きがグッと広がり、見通しの良いステージが展開。そこに浮かぶボーカルや楽器の音像もよりクリアで、輪郭がビシッとシャープになり、立体感がアップする。そのため、よりリアルで生々しく“そこに歌手がいる感”が強くなる。“DSP通したのにピュアダイレクトよりピュアダイレクトっぽい音になる”これぞまさに64bit処理のYPAOらしい魔法のような現象で、前述したAVプリ「CX-A5100」を試聴した時の興奮が蘇ってくる。一度この違いを聴き比べると、DSP補正にマイナスイメージを持っている人も、考え方が変わると思う。

 次に、もっと“音の悪い”環境で聴いてみよう。机に小型スピーカーと共に設置。書斎などで、ノートパソコンなどと組み合わせたイメージで配置してみた。極力、背後の壁からスピーカーまで距離をとってはいるが、それでもスピーカーまわりの空間は先程よりも大幅に狭くなる。さらにこの環境は、左側の壁は遠いのに、右側の壁はすぐ近くにあるという変則的なもの。音の反響ももちろん右と左で変わっているはずだ。さらに壁には突起まである。

理想的“じゃない”部屋で良い音を、自動補正YPAOで2ch再生を変えるヤマハのアンプ「R-N803」 デスクトップをイメージして設置
デスクトップをイメージして設置
理想的“じゃない”部屋で良い音を、自動補正YPAOで2ch再生を変えるヤマハのアンプ「R-N803」 右側には壁が
右側には壁が
理想的“じゃない”部屋で良い音を、自動補正YPAOで2ch再生を変えるヤマハのアンプ「R-N803」 柱にも突起が
柱にも突起が

 YPAOで補正せず、置いたままでサウンドをチェック。すると、左右スピーカーの中央に、音像が展開するのだが、それがモコモコと団子のようにくっついて、音の構造がぜんぜんわからない。音場も狭く、テーブルの上でわだかまっているような状態だ。テレビを置いた先程の広い空間とはまるで音が違い、改めて、音響環境の大切さを通過する。

 ではこの机セッティングで、YPAOをONにしてみよう。すると、中央にモコモコかたまっていた音像が、フワッと広がり、音像と音像の間に距離がうまれ、からまりがほどけ、一気に見通しが良くなる。音場が左右に広がり、左右スピーカーのさらに外側まで展開する。

 さらにスゴイのは奥行きだ。補正前は、背後の壁に音がぶつかり、リスナーに戻ってきているのがわかり、それが中央のモコモコ音像をさらに汚していたのだが、YPAOをONにすると、グンと音場の奥行きが深くなる。まるで背後の壁がバタンと奥に倒れて無くなったかのようだ。空間が広く、三次元的になることで、そこに浮かぶ音像も三次元的な配置となり、どこにどの楽器がいるのかわかりやすくなる。その結果、音楽がより楽しくなってくる。

理想的“じゃない”部屋で良い音を、自動補正YPAOで2ch再生を変えるヤマハのアンプ「R-N803」 アプリでYPAOをON/OFFしながら聴き比べる
アプリでYPAOをON/OFFしながら聴き比べる

 なお、N803はスピーカー出力をAとBの2系統備えているが、熊澤氏によれば、AとBそれぞれに違うYPAOの補正情報を保存できるそうだ。つまり、2chスピーカーを2組用意して、1組みはテレビ用に、もう1組みは、同じ部屋にあるパソコン机用に……といった使い分けをして、それぞれの環境向けに、YPAOの補正を個別に保持できる、というわけだ。もちろん、2つの環境がいらない場合は、対応スピーカーをバイワイヤリング接続で鳴らすという使い方も可能だ。

「ピュアオーディオアンプにDSPを入れる」という事

 ピュアオーディオの世界は、ソースの情報量を極力落とさず、伝送・増幅し、スピーカーから鳴らす事にこだわっている。それが“オーディオの常識”だとすると、アンプにDSPを入れて、信号を補正するというのはかなり挑戦的な製品だ。

 もちろんピュアオーディオでも、例えばアキュフェーズのデジタル・ヴォイシング・イコライザーのように、ハイエンドな機器で音を追求する人達が、さらに理想の音を求めて補正をするという製品は幾つか存在するが、N803のように、10万円前後の価格帯で、しかもマイクで測定して自動補正するアンプというのはインパクトがある。逆に言えば、アンプにDSPを搭載する事で、音が悪くなるのではと、抵抗を感じる人もいるはずだ。

 熊澤氏も「おっしゃる通り、ピュアオーディオではマイコンを乗せる事すら“どうなのよ”という雰囲気はあります」と笑う。だが同時に、「我々もS3000シリーズをハイエンドとしてピュア・アナログを突き詰めていますが、それとは違うもう1つの提案として、N803にDSPを入れる事に迷いはありませんでした」という。

 「私はAVアンプの音質チューニングにも関わって来ましたが、AVアンプのDSPや自動補正の技術が毎年着実に進化していくのを、まさに横で見ていました。ある意味、Hi-Fiのアナログアンプがここまでの音を出したら、AVアンプも負けないぞと、競い合ってきたような感じです。特にデジタル技術の進歩は凄まじく、例えばアナログボリュームのダイナミックレンジを、デジタル処理が超えるような世界になっています。そうした意味でも、Hi-FiアンプにDSPの投入はまったく躊躇はありませんでした。また、AVアンプには9chなど、多数のアンプを搭載しなければならないという宿命があります。DSPを搭載した2chアンプの方が、実現しやすい世界というのもあるのではと考えたのです」(熊澤氏)

 「開発陣の中でも、Hi-FiにDSP入れちゃうの? と戸惑う人もいました」と笑うのは中津川氏。「DSPを入れると、アナログ部とデジタルの割合は、だいたい半々になるイメージなのですが、それをどう融合させていくのかが、開発の一番のテーマでした」という。

理想的“じゃない”部屋で良い音を、自動補正YPAOで2ch再生を変えるヤマハのアンプ「R-N803」

 「DSPを入れるとデジタルノイズは増加します。それをどこまで抑えられるかを、デジタルとアナログ回路の配置や、電源のグランドなどで追求していきます。回路を近付け過ぎると影響が出て、どこにリターンを戻すかでも変わってきます。基板やパーツのレイアウトは、開発ステージが進んでしまうと戻って修正できませんので、最初のレイアウトが肝心です。レイアウトも、AVアンプと比べると、2chアンプでは内部スペースに余裕があるので自由度が高いという特徴があります。ただ、デジタル/アナログを離しすぎてもインピーダンスが上がってしまうので、今までのノウハウを活かして最適な設計に仕上げました」(中津川氏)。

 DACはESSの「SABRE9006AS」を使っているが、情報量が多く、表現力もあるDACだ。「それを目一杯引き出すための構成を、電源も含めて採用しました。アナログアンプ部分のベースはA-S801というモデルですが、DSPを入れても、A-S801を超えるような音を目指して開発しました。A-S801は、高い評価をいただく一方で、“真面目な音だね”という感想も耳にしました。ですのでN803はでは“聴いていて楽しい音”も目指しました。これはAVアンプも含めた、ヤマハのアンプ全体のテーマでもあります」(中津川氏)。

 音に大きく効いたパーツとしては、レッグ(インシュレータ)もそうですね。AVアンプの新モデルで採用している、アンチレゾナンスレッグを採用しました。直線と曲線状の補強を組み合わて、強度と制振性を高めたものですが、これに変えると情報量が増え、音場も驚くほど変わります。その効果を踏まえた上で、音作りをしていきました」(中津川氏)。

 デジタルとアナログが共存するアンプの開発では、デジタルの音とアナログの音の違いにも注意する必要がある。熊澤氏は「YPAOなどの機能以前に、デジタル入力とアナログ入力の音に差が無い事が、グランドやレイアウトの設計がしっかりしている証拠でもある」と語る。

 「デジタルとアナログの、音質の差が無い状態で音を追い込んでいけば、例えばYPAOのようなデジタルの機能をONにしたら、音の方向性がガラッと変わって違和感を覚えてしまう……という事は起きません。もし音色が変わってしまったら、それは基礎設計からダメだという事。ヤマハでは例えば電源ノイズがどのくらいあるかも、測定を高精度に行ない、ノイズが多ければその原因を突き止め、対策をするというノウハウと手法の積み重ねがあります。感性による判断も大切ですが、それだけで判断せず測定での評価もする。“設計技法”、“測定”、そして“感性”この3つで常にサークルを作りながら開発を進めます」(熊澤氏)

 デジタルとアナログの融合、そしてDSPによる補正。難易度の高い開発だからこそ、耳で聴く判断と、測定による判断、それらを踏まえて対策していくノウハウが求められる。そうした下地があるからこそ、N803のような新しい発想の製品に挑めるという事なのだろう。

理想的“じゃない”部屋で良い音を、自動補正YPAOで2ch再生を変えるヤマハのアンプ「R-N803」 フロントパネルデザインは、オーソドックスなピュアオーディオアンプのそれだ
フロントパネルデザインは、オーソドックスなピュアオーディオアンプのそれだ
理想的“じゃない”部屋で良い音を、自動補正YPAOで2ch再生を変えるヤマハのアンプ「R-N803」 付属のリモコン
付属のリモコン

ピュアオーディオの新たなスタート地点

 熊澤氏は、完成したN803を聴き「狙いを越えたという手応えがあります。2chだから、マルチチャンネルだからに関係なく、ルームアコースティックは重要で、その対策をする効果と価値は絶対にあるという想いが、確信に変わりました。あらためて聴いてみて、ウチのYPAOスゲェなと思いました」と笑う。

 中津川氏も、音質チューニングで、ドイツに持ち込んだ時の事を振り返る。「ドイツにはライブな部屋が多くて、音が反響しやすいのでYPAOの補正効果がわかりやすいのです。そこで現地の人に聴かせると、皆感激してくれて“アメイジング!”“エクセレント!!”と握手を求められるくらいでした(笑)。その時に、手前味噌ですが、自信が確信に変わりましたね」。

理想的“じゃない”部屋で良い音を、自動補正YPAOで2ch再生を変えるヤマハのアンプ「R-N803」

 吸音材や調音パネルなどを使って、部屋の音響環境を整え、持っているアンプやスピーカーの音が、より良く聴こえるようにチューニングしていくのは、オーディオという趣味の楽しさの1つだ。それゆえ、DSPによる自動補正は“邪道”と感じるオーディオファンもいるかもしれない。

 だが、誰しもが自由に機器のセッティングを変えたり、いろんな対策グッズを置いたりできるわけではない。例えそれができたとしても、的確な対策が自分でできるか? というハードルも存在する。また、“そうした対策は面倒”と感じ、それでも“自分の部屋で良い音を楽しみたい”と思う人も確実にいるはずだ。

 自動て音響環境を整えてくれる2chアンプは、言い換えれば、“開発者が頷いて完成させた音”に近いサウンドを、どんな部屋に設置しても聴かせてくれるアンプだ。これは、オーディオに詳しくない人にとって、この上なく心強いものだと言える。また、そこをスタート地点とし、そこからセッティングやアクセサリでユーザー好みの音に追求するのだって、立派なオーディオの楽しみ方の1つだ。

 AVアンプで従来から実現していた機能ではあるが、そもそもAVアンプとシアタースピーカーを揃えるのは、コストや部屋のスペース的に大変だ。2chシステムで気軽にYPAOの効果を、多くの人が体験できるようになるのは極めて意義深い。ピュアオーディオの新たなスタート地点になる可能性を秘めたアンプと言っても、過言ではないだろう。

理想的“じゃない”部屋で良い音を、自動補正YPAOで2ch再生を変えるヤマハのアンプ「R-N803」

 (協力:ヤマハ)

山崎健太郎