レビュー

待望の高音質サブスク配信「mora qualitas」。実力と今後への期待

昨年末にハイレゾ対応ストリーミング音楽配信「mora qualitas(モーラ クオリタス)」を告知していたソニー・ミュージックエンタテインメントが、ついに同サービスをローンチした。正式サービス開始は11月25日で、執筆時点では無料先行体験という扱いだが、Macで2週間じっくり試用してみたので、その感想をお伝えしたい。

mora qualitasのアプリ(Mac版)

アプリの特徴と、高音質再生へのアプローチ

mora qualitasの使用感やクオリティについて語る前に、アプリの構造について解説しておこう。将来のデザイン変更/リニューアル、機能の拡張に関わる部分であり、長期的にはサービスの質に影響してくるからだ。以下、ソニー・ミュージックエンタテインメント mora qualitas事業グループ 黒澤拓氏との質疑応答を交えつつ、アプリの実像に迫ってみたい。

mora qualitasのWindows版アプリ

まず、我らエンドユーザーが目にするのは「スタンドアロンで動作するWebアプリの画面」と考えればわかりやすい。アプリにはWebサーバーが内包されており、HTMLやJavaScriptで記述されたコンテンツを表示する。それだけにオープンソースの技術が多く採用され、WindowsやmacOSなど特定のOSに依存しにくいつくりとなっている。「Windows/macOS版ともコードベースは共通で機能的に差異はない」(黒澤氏)とのことで、今後アプリの機能拡張/メンテナンスを行なう場合でも有利に働くはずだ。

表示がWebベースということは、情報面での柔軟性を意味する。既報のとおり、mora qualitasでは「Napster」を運営する米Rhapsodyの配信プラットフォームを採用しており、アーティストのバイオグラフィ項で確認した限りではNapster上の情報そのまま。その気になれば、Wikipediaなど他サービスの情報を表示することも造作ないはずだが、本稿執筆時点で見た限りではそうしていないようだ。

利用登録後、最初に好みのジャンルを選ぶと、それに沿った楽曲がオススメされる
起動するつど「PICK-UP」としておすすめアーティストが表示される

Mac版の再生エンジンには「SFBAudioEngine」が採用されている。このエンジンは、WAVやFLAC、AACなどロッシー/ロスレスを問わず多様なデコーダと連携できるほか、メタデータも扱える。Macでの動作に関していえば、Core Audio(macOSのサウンドシステム)と直接やり取りを行なうため、音質的なアプローチとしてはオーソドックスなものといえるだろう。

楽曲のストリーミングについては、「再生中または次に再生する予定の曲を先読みしている」(黒澤氏)そうで、先読みの様子は曲名下に表示されるプログレスバーの動きでわかる。フォーマットはFLAC、サーバー側で保有するデータがそのまま(無変換で)プログレッシブダウンロードされるが、PCの外へ持ち出すことはできない。本稿執筆時点ではオフライン再生機能(曲を暗号化のうえ端末にキャッシュする機能)は実装されていなかったが、今後に期待だ。

再生中の画面。画面右の「ミキサー」タブにこれから再生される曲が表示される

音声の出力先は、設定画面で指定できる。Mac版の場合、システム/Core Audioに認識されたデバイスを「オーディオ出力デバイス」欄で設定できるようになっており、内蔵スピーカー/ヘッドフォンジャック以外を利用する場合はここで指定する。

設定のポイントは「排他モード」。Core Audioでは「Hog Mode」と呼ばれるオーディオ再生に特化した動作モードのことで、これをmora qualitasで有効にしている間は他のアプリやシステムプロセスにオーディオ出力を妨げられない。システム標準のサウンドデバイス(内蔵スピーカーやヘッドフォンジャック)では、排他モード有効時に再生しても「EXCLUSIVE」と表示されないのですぐにわかる。これについては「音質にこだわるサービスとして開発最初期から必須機能と認識していた」(黒澤氏)とのことで、有効にしたうえで利用したい。

設定画面。出力先のオーディオデバイスと排他モードのON/OFFを行なう
ハイレゾ再生中は「EXCLUSIVE」の文字が現れる

検索機能など使用感をチェック。気になる音質は?

mora qualitasの使いかたは、音楽プレーヤーとしては比較的オーソドックスな部類に入る。アルバム名や曲名、アーティスト名で検索し、再生して気に入ったらライブラリかプレイリストに追加するというもので、起動直後に「CLOSE-UP」というアーティスト紹介的なまとめ記事が表示されるものの、特定のアーティストを推してくるような要素は少ない。お気に入りや再生履歴など、機能的には“至って普通”だ。

定番iTunesとの比較でいえば、「ミキサー」の存在が目新しく感じられるかもしれない。ミキサーといってもオーディオトラックをまとめる機能ではなく、MPDやAudirvanaでいうところの(再生)キューであり、これから再生される予定の曲が登録されるスペースだ。画面右端にタブとして表示されるが、iTunesライクに聴きたい向きには非表示にしてもいいだろう。

ライブラリやプレイリストへ登録するときには、曲やアルバムにマウスオーバーすると現れる「…」ボタンをクリックし、現れた「ライブラリに追加」や「プレイリストに追加」を選択する、という流れが操作の基本だ。ドラッグ&ドロップもできないことはないが、ミキサータブへの登録やプレイリスト内の並べ替えなどに限定されており、アーティストのページを表示しているときにアルバムを(画面左端の)ライブラリ項目やプレイリスト項目へドラッグ&ドロップしても何も起こらない。直感的な操作、というわけにはいかないようだ。

ドラッグ&ドロップよりもクリック&アクションが操作の基本だ

ジャンルや年代で分類された曲を選び配信する「ラジオ」は、無料先行体験期間中ということもあるのだろうか、少々寂しい状況だ。豊富なジャンルがあり、J-POPやアニソンなど需要のありそうな項目が表示されてはいるものの、曲がないものが少なからず存在する。

ラジオにはジャンルや年代で分類されたステーションが用意されている

検索機能も気になるところ。画面左上の検索バーはインクリメンタルサーチ(入力した文字に応じて検索結果が更新される)に対応しているのだが、ややレスポンスが鈍い。Enterキーで確定して検索を即実行するという使いかたには対応していないうえ、検索結果はクリックしないとそのページに遷移できなかった。PC用アプリなのだから、Command-Lで検索バーに移動するとか、TABキーを押すたびにクリック対象を切り替えるとか...Command-[←]で前のページへ戻ることはできるのに。キーボードに応じた操作にもうひと工夫ほしいところだ。

検索はインクリメンタルサーチで行われる。「スティ」まで入力したところ、「スティング」や「スティーブ・○○」が候補に表示された

肝心のサウンドクオリティはといえば、44.1kHz/16bitのCD品質から最大96kHz/24bitのHD品質、ファイルフォーマットは(キャッシュ時に暗号化処理されるが)FLACそのものということで、ロッシー音源のみを配信するストリーミングサービスとは一線を画す。情報量が多く、それだけに、組み合わせるUSB DAC(兼ヘッドフォンアンプ)は良いものを使いたい。今回の試聴はスティック型の「Spectra X」でヘッドフォンリスニングとしたが、コンポにつなぎスピーカー出力を試したくなる余裕がある。

今回の試聴環境。USB DACはスティック型の「Spectra X」、ヘッドフォンはAKG「K371-Y3」

おもに実効速度下り40Mbps以上のWi-Fi環境を利用したところ(mora qualitasの推奨ネットワーク速度は下り10Mbps以上)、再生速度よりバッファ速度が上回るかぎり音途切れもなく、ストリーミング再生であることを意識させない。任意のタイミングで選曲すると再バッファにより少々待たされるが、ギャップレス再生に対応しているため、ミキサーに登録しておけばPink Floyd「狂気」のように連続した曲もつなぎ目を気にせず楽しめる。

勝負はスマートフォンアプリで

操作性に戸惑いつつも試用を進めていると、あることに気がついた。mora qualitasでは、アルバムごとにサンプリング周波数/ビット深度が統一されているのだ。

当たり前のことと思うかもしれないが、先日スタートしたAmazon Music HDはCD品質とHD品質の曲が混在するアルバムが珍しくない。たとえば、The Doobie Brothersのアルバムの多くは44.1kHz/16bitの曲と、192kHz/24bitの曲が入り混じり(ベスト盤/コンピレーション盤との兼ね合いだろうか? )、通して聴くと“音質の境目”がハッキリわかるという、別の意味で楽しめる状況になっている。この質的一貫性という点では、mora qualitasに軍配が挙がる。

一方で、あるテーマに従い選曲されたプレイリストを楽しめる「おすすめ」コーナーは、品揃えの一環として用意されたのだろうが、やや物足りない。「90s Pop」や「アニソンジャズ」といった気になるプレイリストが用意されているものの、機械的というか統計的というか、人の気配があまりしないのだ。これはmora qualitasに限ったことではないが、選者の存在を感じさせてこそのリコメンド機能だと思う。

mora qualitasが「おすすめ」する曲を再生可能

未知の楽曲との出会いについても、もっとフォローしてほしい。「おすすめ」に掲載されていた「アニソンジャズ」を何気なくクリックしたところ(筆者はふだんアニソンを聴かない)、そこでピックアップされていた「はじめてのチュウ」のジャズアレンジ版が気に入ってしまい、「プラチナ・ジャズ - アニメ・ヒット・セッションズ」というアルバムにたどり着いたのだが、アルバムタイトル以外にまったく情報がない。

コンピレーションアルバムだけに仕方ない部分もあるが、「おすすめ」するからには参考になるサイトのURLを貼るなど、リスナーに生じた好奇心を救う仕掛けがほしい。後発だからできるきめ細やかさはあっていいはずだ。

やや厳しめのトーンにはなってしまったが、それもこれも本命のスマートフォンアプリに期待を寄せるからこそ。グループ会社のソニーから「ストリーミング」と銘打ったAndroid OSベースのウォークマンが発売されたのだから、そこに対応しないことには始まらない(もちろんビットパーフェクト再生に対応したうえで)。

無料先行体験開始時点での品揃えは400~500万曲、うちハイレゾ楽曲は30万曲程度と多いとはいえないが、スマートフォン/DAP対応を万全の体制で果たせばヘッドフォンリスナーにアピールすることは確か。その意味で、勝負はこれからなのだ。

海上 忍

IT/AVコラムニスト。UNIX系OSやスマートフォンに関する連載・著作多数。テクニカルな記事を手がける一方、エントリ層向けの柔らかいコラムも好み執筆する。オーディオ&ビジュアル方面では、OSおよびWeb開発方面の情報収集力を活かした製品プラットフォームの動向分析や、BluetoothやDLNAといったワイヤレス分野の取材が得意。2012年よりAV機器アワード「VGP」審査員。