レビュー
音楽好きのための完全ワイヤレス、ゼンハイザー「MOMENTUM TRUE WIRELESS 2」
2020年4月15日 08:30
TWSの音質は置き去りにされてきた
左右独立で無線接続をするトゥルーワイヤレスイヤフォン(TWS)が売れに売れている。先日発表されたGfKの調査によると、2019年度はヘッドフォン/ヘッドセットの全出荷数に対して、TWSだけで16%を占めるという。前年が8%だったそうだから倍増だ。カウンターポイント・テクノロジー・マーケット・リサーチによると、2020年までにTWSは全世界で1億2,900万台が出荷される見通しだという。
メーカーにとっては“稼ぎ頭”なこのジャンルだが、僕のようなオーディオ好きとしてはかなり複雑な気分だ。というのも、これまで2ケタでは収まらないTWSを聴いてきたが、正直なところ、自分で“欲しい!”と思えるモデルが片手で数えるほどしかなかったのだ。“音が良い”と言われるモデルも少なからず存在するが「TWSとしては」という但し書き付きで、有線イヤフォンと比べると、どうしてもノイズが乗ったり、音の情報量が乏しかったり、不自然な強調感が気になったりしたのだ。
ぶっちゃけ「利便性を優先させるために、音質には目をつむる」という印象をTWSに持っていたのだ。
「音質にこだわらないなら、ほかをあたってください」
そんな状況が少しずつ変わり始めたのは、これまで“高音質”とされてきたAACより情報量がもう1段増えたaptXコーデックが、TWSにも搭載され始めてからだろうか。設計の熟成によるエネルギー効率の上昇や、これに伴ったアンプへの供給電力底上げなども、音質改善の理由に挙げられるだろう。
昨年末に秋葉原で開かれた「ポタフェス」でもTWSを聴きまくったが、“音楽”を聴かせてくれるものが出始めていると感じた。そんな中、4月16日から発売されるのが、今回取り上げるゼンハイザーの「MOMENTUM TRUE WIRELESS 2」だ。価格はオープンプライスで、店頭予想価格は36,300円前後だ。
フリッツ・ゼンハイザー博士が興したこの世界的音響機器メーカーについて、今更説明は不要だろう。スタジオマイク分野でも世界中のプロの現場を中心に幅広い支持を受けており、ライブ会場や音楽番組でも同社のロゴがついたマイクをよく見かける。
民生用機器においては、700万円の超弩級ヘッドフォンシステム「HE-1」を筆頭に、音楽に対して真摯な音作りを続けており、製品を通して伝わるその姿勢が長年に渡ってオーディオ愛好家の支持を受けてきた。「HD 600」や「IE 80」などのヘッドフォン・イヤフォンを愛用している読者も多いのではないだろうか。かく言う僕も、かつてダイナミックイヤフォン「IE 8」で、ポータブルオーディオ趣味の世界の扉を開いた一人だ。
流石のゼンハイザー、2018年に登場した旧モデル「MOMENTUM TRUE WIRELESS」も、キチンと音作りされた製品だと感じていたが、新作「MOMENTUM TRUE WIRELESS 2」はもう1段魅力を増してきた。あくまで主役は音質で、同社はその音に絶対の自信を見せており、日本のマーケティング陣営は「音質にこだわらないなら、ほかをあたってください」と豪語している。その自慢のサウンドを味わってみよう。
“音楽体験優先のノイズキャンセリング”が最大のトピック
MOMENTUM TRUE WIRELESS 2最大の進化ポイントは、外側のマイク音声のみを活用してノイズを低減するフィードフォワード方式のアクティブノイズキャンセリング(NC)機能を搭載したことだ。他社製品では、内側にもマイクを仕込んだフィードバックも組み合わせた、強力なハイブリッドノイズキャンセリングシステムを搭載するモデルもある。だが、強力すぎるNCは、気圧の低い部屋にいるようなキーンとした感覚に襲われる事がある。ゼンハイザーはこれを“音楽体験上で排除すべき要素”と捉え、あえてNCの効きだけを追求しすぎないフィードフォワード方式を選択した。
同社はこれによって“音楽再生時の自然さ”を獲得したとしており、NC機能のON/OFFで、聴感上の音質が変わることはほとんど無いと胸を張る。こういった細かいところにも、音楽最優先の姿勢が見て取れる。
その他の変更点としては、カラバリにホワイトが追加されたことが挙げられる。布張りケースのカラーリングも若干濃いめに変更され、ロゴが黒から白になった。
また、筐体は従来モデル「MOMENTUM True Wireless」と比べ、2mmの小型化を実現した。筐体内側の耳に当たる部分を2mm削り、装着時の圧迫感を軽減したという。ただ、全体のデザインとしては旧モデルと変わらない。並べればサイズの違いでわかるが、個別にパッと見て、新旧モデルを判別するのは難しいだろう。
対応コーデックはSBC/AAC/aptXで、旧モデルで対応していたaptX LLは非対応となったので注意したい。ケースの充電端子はUSB-Cで、駆動時間はイヤフォン単体で最大7時間、ケースとの併用で最大28時間の連続再生を確保している。その他の詳細についてはニュース記事を参照して欲しい。
音楽への誠実さを感じさせる、ジェントルなサウンド
音を聴いてまずわかるのが、音楽を阻害するような、明らかな音の欠落やノイズが聴こえないという事だ。これはMOMENTUM TRUE WIRELESS 2に限らないが、他社も含め、昨年辺りのTWS製品から進化を感じる部分で、不快なノイズが減り、接続安定性も高まっている。
特にaptX接続時の音が良い。そもそもaptXの圧縮方法は「聴こえていない音は出さなくてもいいよね、データ量も電力消費も減るし」という考え方のAACやMP3とは根本的に異なる。そういう細かい音を削らない事で、増幅をかけても音楽としての破綻を回避しているのだ。個人的には、このラインを超える事で、“TWSもオーディオ趣味的に聴ける”と感じている。
MOMENTUM TRUE WIRELESS 2の音の傾向は、全体的に大人な調子だ。有線イヤフォンと比べると情報量は低下するが、その情報をかなり効率よく配分しており、それでいて嫌な強調がない。この点が凄く好印象だ。
また、声を大にして言いたいのが、新モデル最大のトピックであるNC効果が絶大だということ。明らかに騒音が減っていて音楽の見通しが良くなる。旧モデルを聴いた直後に、新モデルを聴くと、音楽が透明に感じられる。響きもちゃんと聴こえるため、TWSが苦手とする、空間的広がりの不足が結構解消される。この透明さを手に入れる為だけでも、旧モデルユーザーが新機種に買い換える価値アリだ。
サウンド全体の傾向としては、コシの強さや、ごく僅かな高音の強調感など、傾向としては基本的に従来モデルを踏襲している。しかし、NC効果で細部がより聴こえるためか、新モデルの方が丁寧かつ上品なサウンドと感じる。
また、前述の通り、NC機能は音楽体験優先のフィードフォワード方式。耳にツンとくるような違和感はほとんど無く、それゆえ音の鳴り方が変質することもないので、音楽の邪魔をしていない。
「イーグルス/ホテルカリフォルニア」を再生すると、従来のTWSでは感じられなかった肉厚サウンドが楽しめる。ただ鳴っているだけではなく、低音が“しなやかに”響くのだ。この音の厚さがゼンハイザーブランドの一貫したサウンド的特徴、いわばシグネチャーサウンドであり、この点をしっかりと押さえているという事にブランドとしての誠実さを感じる。
一方で、スネアやギターの撥弦音など、高音は対照的にカリッとしている。ヴォーカルはしっかり中央に陣取ってなかなか存在感がある。定位感も良好だ。
ただ、有線イヤフォンと比べると、やはり全体的に少々均質的だ。立体感などはさらなる進化を期待したい。アウトロのエレキギターにも、もっとギラッとした感じが欲しいと感じる。こうした鳴りっぷりに、TWSの限界を感じる部分はある。
しかし、MOMENTUM TRUE WIRELESS 2はTWSの中ではかなりメリハリが効いており、ちゃんと音楽的な抑揚もついている。鳴るべき所がちゃんと鳴り、抑えるべき所はちゃんと抑える。音がゴチャゴチャしておらず、キチンと整理されているので、各楽器をしっかりと聴き分けられる。それゆえ演奏中の主役が誰なのかがちゃんと判り、それでいて音楽全体のバランスが崩壊しない。音楽を聴く上で、非常に重要なポイントだ。
ジャズの金字塔、ビル・エヴァンス・トリオの「Waltz for Debby」では、冒頭のダブルベースにボリューミーとまでは言えないながらも、ピチカートの良好な弾み感・マルカート感がある。ピアノは少し遠目でささやいている感じで、穏やかで抑え気味。イントロ明けのスネアが小気味良く、リズムの刻み方がスタッと整っていて上々だ。こういった点から、トリオセッション全体が実に軽やかに楽しめる。
欲を言えば、ビル・エヴァンスのピアノにはもっと色気が欲しい。空間的な広がりやグルーヴ感など、音楽的な生命力のアップが、今後のTWS音質では重要になってくるだろう。
ヒラリー・ハーンによる「バッハ:ヴァイオリン協奏曲」で、クラシックもチェック。響きの質で、音楽の表情を描き分けるクラシック音楽は、情報量が不足しがちなTWSが苦手とするジャンルだ。
しかし、MOMENTUM TRUE WIRELESS 2では冒頭「ド・ミ・ソ」のトゥッティ3音は若干ざわついているが、全体的に速いパッセージに誤魔化しが少なく、頑張って細部を出して、演奏のニュアンスをちゃんと伝えようという姿勢が伺える。これはとても印象的だ。この細部の頑張りは、クラシックのように音数が多い楽曲で効果を発揮する。
パートは塊で聴こえるが、弦楽セクションは複数音が合奏として鳴っている事がちゃんと判る。ヴァイオリンの音が僅かにキンキン気味だが、決して下品ではない、安心できる落ち着いたトーンだ。チェンバロには存在感があって、音楽のリズムがよく出ている。
ちゃんと音楽を聴きたい人のためのTWS
オーディオに接する時、主役は常に音楽であり、音楽を聴く人の感動であってほしいと思っているが、MOMENTUM TRUE WIRELESS 2の音に接すると、ゼンハイザーの願う音楽体験のカタチが小さな躯体に詰まっているように感じた。
TWSという製品の特性上、小さな筐体に、アンテナやバッテリーも搭載しなければならない厳しい制約がある。その中で、可能な限り音楽の世界を深堀りし、表現しようとしている。音楽に対するそういう真面目で誠実な姿勢が、NC機能など至るところから音として聴かれたのが嬉しい。
「音質にこだわらないなら、ほかをあたってください」というメッセージは、挑発的と受け止められるかもしれない。それでも音楽が本当に好きで、従来のTWSに満足できない人がMOMENTUM TRUE WIRELESS 2の音を耳にすれば、必ずその真意が理解できるだろう。現代の音楽環境に対して、真摯に向き合ったドイツの良心に最大限の敬意を払いたい。音楽好きのための完全ワイヤレスと言える製品だ。