レビュー
「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」。京アニの全力に心が揺さぶられる
2020年9月22日 00:00
「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」がついに公開された。2018年のTVシリーズ、2019年に劇場公開された「外伝-永遠と自動手記人形-」に続く最終章となっている。公開2日目の舞台挨拶ライブビューイング上映を観てきて、まず率直な感想を述べると、この劇場版は「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」という1人の女性の生涯が描ききられた、シリーズのフィナーレを飾るに相応しい作品だった。
舞台挨拶では、石立太一監督がまず「制作中は、この作品が完成させられるかも分からず、公開を迎えた今も夢のようで、観客の皆さんの顔を見て少しずつ実感が湧いてきた」とし、「(京都アニメーション)全てのスタッフが本当に頑張ってくれた作品であると思っている」と述べた。また、京都アニメーションの作品の中で、制作期間が最長になったことも伝えられた。
ヴァイオレット・エヴァーガーデンシリーズをおさらいすると、幼い頃から戦場で戦い、心を育む機会が与えられず、人の感情がわからなかった元少女兵のヴァイオレットが、自分を受け入れてくれた上官・ギルベルト少佐が残した「心から、愛してる」の意味が分からなかった…… そんな彼女が相手の言葉から本意をすくい上げて手紙を代筆する「自動手記人形(ドール)」の仕事を通じて人の心と触れあい、自分自身にも感情があることを知っていく物語。
最初は相手の言った言葉をそのまま報告書のように書き上げて依頼者を傷つけてしまったりと失敗続きだったが、自動手記人形を育成する学校やその同級生兄妹の心を結ぶ手紙をきっかけに、オペラの歌詞、劇作家の台本、王女の公開恋文などを手掛けるまでに成長。人の感情や、人々の繋がりを理解したヴァイオレットは過去の戦場における自分の行ないに悩みながらも自分の意思で立ち上がり、TVシリーズの最後には『「愛してる」も少しはわかるのです』で締めくくられた。
TVシリーズの1年後と、さらにその3年後のエピソードが描かれた「外伝-永遠と自動手記人形-」では、ヴァイオレットが教育係として派遣されて出会った新たな友達・イザベラとの少ない時間ながら育まれた友情や、血の繋がらない姉妹・エイミーとテイラーの、手紙を通じ、時間を超えた愛情が映し出された。
劇場版では、このTVシリーズや外伝の出来事を通じてヴァイオレットが成長してきたことはもちろん、ヴァイオレットが自動手記人形の仕事を通じて人々に与えてきた影響のすべてが作中にちりばめられており、石立監督が公開直前カウントダウンコメントに記した「一人の女性が生涯を通じて『あいしてる』という言葉、その感情に対して、真っ直ぐに生きた、その姿を描いた物語」という文章から想像できる枠を少し超え、それが未来にも繋がっていることが、様々な視点から描かれていた。
京アニクオリティの圧倒的な空気感に心を揺さぶられる
描かれる街並みや、空、木々、海など自然の風景、風や水の描写など、その繊細でダイナミックな映像は従来の作品と同じく、息をのむような出来映えで、この完成された京都アニメーションの作品を観ることができたというだけでも、外伝のときとは少し違う複雑な感情が胸に拡がっていったが、そんな、ちょっと引いた視点は開始すぐにできなくなり、「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」の世界に釘付けになった。
とくにTVシリーズ10話の出来事が全体的に色濃く表現されており、あの話をリアルタイムで観ていた際に涙でぐしゃぐしゃになった筆者は、劇場版開始10分で目頭が熱くなり、飲みものとマスクの替えを用意しなかったことを後悔した。
なんといっても、描かれる空気感が圧倒的だ。平和が訪れてから少し時が流れた日常のシーンは常にどこか明るくく暖かで、風で手紙が飛んでいくシーンもどこか爽やかに感じられる。戦時中のシーンはヴァイオレットの回想とそれ以外の回想では少しだけ印象が異なった。大雨が降るシーンの水滴の描写も凄まじく、ずぶ濡れになって室内に入ったシーンでは、濡れて張り付く服の不快感や湿っぽさ、まるで、その場に居るかのような心境にさせられる。
そうやって、劇中に引き込まれ、心が揺さぶられるのでどうしても引っ張られてしまう。正直なところ、筆者は「泣ける」と作品が推されるのはあまり好きではなく、できるのであれば泣かずに感動したい。「泣ける」というワードは、それだけ心に訴えかけられる作品だということを表現しているのは分かっているのだが、涙が出るとスクリーンがよく見えなくなってしまうし、感極まり過ぎて作品のメッセージを受け止められなかったり、それだけが先行してしまい「泣かせるのが目的の作品」と誤解されてしまったりするのも悔しい。だが、実際に涙が止めどなく流れてしまったのと、涙もろい人へのメッセージとして、「タオルの用意をして」と伝えたい。
TVシリーズでは、“現在”と、主にヴァイオレットによる戦時中の回想の“過去”との、2つの時間が交差しながら、「人々の心に戦争の傷が残された話」が展開されてきたが、それから4年の時が経った劇場版では、完成間近の電波塔や、電話の登場によって生活も変わり、「少しずつ立ち直った人々が未来の希望に向かって歩き始めた話」と、ヴァイオレットが影響を残した、さらにその先の“未来”の物語が展開されていく。
そんな人々が前を向き始めた中、ヴァイオレットは、ギルベルトのことを思い出しては、手紙を綴る日々を送る。心も身体も成長し、手紙の文面も初期の報告書のような内容からは打って変わって、自身の感情の籠もった文章を綴っている様子から、彼女の中で「変わったこと」と「変わらないもの」の対比が感じられる印象的なシーンだ。そんな彼女が成長したことを感じられる瞬間が様々な場面にちりばめられている。TVシリーズの10話では依頼人の娘・アンの前では涙をこらえきっていたが、今作では、依頼人の前で目尻を軽く拭う仕草をするなど、細かい演出が多いので注目して欲しい。
ギルベルトの兄・ディートフリートも数多くのシーンで登場する。自身の母親の月命日に墓の前で鉢合わせたヴァイオレットに対し「ギルベルトのことは忘れろ」と言い放つも、その後に自身も弟のことを忘れられないことを漏らして謝罪するなど、TVシリーズの最終話でもほんの少し覗かせていた彼の本心と不器用さなどがはっきりと描かれる。ラストを迎える頃には、彼に対する印象はガラリと変わっているだろう。
CH郵便社の面々ももちろん登場する。とくにヴァイオレットを間近で見てきた社長・ホッジンズは、出会ったばかり頃のヴァイオレットを思い出して今の姿と対比していたり、年頃の娘を持った父親のような感情でやきもきしていたりと、過保護化が進み、カトレアやベネディクトに突っ込まれている。掲げた夢に向かって邁進するアイリスやエリカにも注目だ。
今回もヴァイオレットはとある代筆の依頼を受ける。依頼人はユリスという少年で、入院している病院から電話をかけてくる。ヴァイオレットが出向くと、その依頼の内容は「自分の死後に、両親と幼い弟に手紙を届けて欲しい」というもの。当人達の前では素直になれない少年は、自分が居なくなった後に大切な家族3人が笑顔で生きていって欲しいと願っていた。
一方で、ベネディクトとホッジンズは宛先不明となった郵便物が保管されている倉庫を訪れ、今後の方針などを相談している折に、一通の手紙に気づく。そしてその手紙が物語を大きく動かしていく。
ユリスから依頼は、後にヴァイオレットに降りかかる重要なシーンで、彼女の自動手記人形の仕事に対する想いがどれほどのものであるかが示されるものになる。ああ、こんな部分も変わっていたんだなと気づくシーンが多く、やはりTVシリーズを観返してから劇場版を観ることで気づくシーンもたくさんあると思う。筆者もまだ気づいていないシーンがありそうなので、もう何度か落ち着いて観ようと思っている。
主題歌や挿入歌も注目ポイントで、TVシリーズのオープニングテーマ「Sincerely」から始まり、TVシリーズエンディングテーマで劇場版の挿入歌となった「みちしるべ」、劇場版の主題歌「WILL」、そして劇場版のエンディングテーマ「未来のひとへ」。序盤から目頭を熱くさせるシーンが多く、心も揺さぶられまくるのだが、泣いてる暇などない作品だ。
Netflixで「外伝-永遠と自動手記人形-」まで全エピソード配信中
上記の通り、今までの内容を全て見返しておくと楽しめる要素がたくさんちりばめられている劇場版「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」。公開日と同日の9月18日よりNetflixでは、昨年劇場公開された「ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝-永遠と自動手記人形-」の独占配信を開始しており、TVシリーズ全13話とBD/DVD 第4巻に収録された「Extra Episode」も含めて全てのエピソードが観られる。
細かいところではあるが劇場版では、ベネディクトのバイクや、台詞、劇中の写真などに、「外伝」や「Extra Episode」での出来事も示唆されているため、おさらいしてから観に行くとそういったシーンに気づいて楽しいだろう。
とくに「外伝」は、TVシリーズの後の出来事が描かれており、TVシリーズと今回の劇場版との中間のヴァイオレットが見られるほか、TVシリーズに登場した自動手記人形を養成する学校の同級生ルクリアとはまた違った雰囲気で、孤児というヴァイオレットと似た境遇を経験したのちに、良家の血を引いていることから引き取られ、女学校へ入学させられた少女 イザベラ・ヨークとの友達っぽい友情という、ヴァイオレットにとっての新しい経験が描かれる。
そもそもこの外伝、少し特殊な事情でヴァイオレットは自動手記人形ではなく、イザベラの教育係の侍女として女学校に派遣される。それを快く思っていなかったイザベラだが、ヴァイオレットの過去を知り、少しずつ心を開いて友達として接するようになっていった中で、血の繋がらない妹・テイラーの存在と、妹を守るために「エイミー・バートレット」という名前を捨てたことを明かす。そして、妹への想いを綴った手紙をヴァイオレットが代筆し、この手紙が紡ぐ物語が展開されていく。大きく分ければ前編で友情、後編で手紙が繋いだ姉妹の愛情が描かれている。
外伝もやはりその場の空気感とキャラクターの感情がひしひしと伝わってくる作品に仕上がっており、木々に囲まれた女学校や寮は澄んだ空気とともに、少し冷たい印象を与えてくる様子から、ヴァイオレットと仲良くなりながらも、自身の未来を悲観しているイザベラの心情が垣間見える。
一方で、イザベラとの件から数年が経過し、まだ幼いテイラーがCH郵便社を訪ねてくるパートは明るく、彼女の抱く希望が画面いっぱいにあふれているように感じられる。また、そんなテイラーのお世話をするヴァイオレットの様子から成長が感じられるのも外伝の魅力だ。是非、劇場版を観る前、もしくは観た後で2度目、3度目を観に行く前に、京都アニメーションが万全の状態で完成されたこの外伝も観て欲しい。
身近な人や大切な人に、伝えたいことを伝えられているか……
舞台挨拶の最後に石立監督は「この映画を観終わった後に、自分の身近な人、大切な人に伝えたいことを伝えられているのか、と思って貰える作品になってたらいいなと思っている」と述べていた。
確かに身近な人に「いつもありがとう」と伝えることは、少し気恥ずかしいところがあるけども、伝えられるうちに伝えておかないと後悔するという当たり前のことをしっかり意識させられる作品だった。
筆者にとって身近な人は両親や祖父母だなと思いつつ、想いを伝えたい相手となると、やはり作り手の存在が思い浮かぶ。文章として公開するのは少し気恥ずかしいし、この作品の関係者の方がこの記事を見てくれるかはわからないが、しっかりと感謝の言葉を綴りたい。
原作の暁佳奈さん、石立太一監督、キャラクターデザイン・総作画監督の高瀬亜貴子さん、脚本の吉田玲子さんたちをはじめとする京都アニメーションの皆さん、制作に関わったそのほかのスタジオや関係者の皆さん、キャストの皆さん、一ファンとして御礼申し上げます。素敵な作品に出会い、その最終章を見届けることができました。ありがとうございました。これからも応援しています。