レビュー

11,000円で驚異の音場、Maestraudio渾身の第1弾「MA910S」を聴く

Maestraudioの第1弾イヤフォン「MA910S」。ガーラルブルー

以前からのポータブルオーディオファンだけでなく、最近では「完全ワイヤレスイヤフォンをあれこれ買っていたら、音質が気になり、有線のイヤフォンに興味を持った」なんて人もいるそうだ。

とはいえ、誰もが何万円とか何十万円もするイヤフォンをホイホイ買えるわけではない。「とりあえず1万円くらいで音が良いヤツが欲しい」というのが普通であり、それゆえ、1万円台という価格帯にはコストパフォーマンスに優れ、長く愛される“定番”イヤフォンが集まる事になる。

そんな激戦区とも言える1万円台の有線イヤフォンに、強力な新製品が登場した。Maestraudio(マエストローディオ)という新しいブランドの、第1弾モデル「MA910S」がそれだ。9月16日発売で、価格は11,000円と、かなりリーズナブルになっている。

Maestraudioって?

Maestraudioブランドロゴ

新しいブランドの第1弾モデルなのに、なぜ注目なのかというと、2つの理由がある。イヤフォンに詳しい人ならば、1万円以下の低価格で音の良いイヤフォンとして人気の「碧(SORA)」シリーズをご存知だろう。あれを手掛けているintime(アンティーム)が、そこで培った技術を使いながら、より高度にブラッシュアップしたイヤフォンを作るブランドとして新たに設立したのがMaestraudioというわけだ。

要するに、ハイコスパなイヤフォンを作る技術を持ったメンバーが、もう少し上のグレードのイヤフォンとして作り込んだのがMaestraudioのMA910Sとなる。これが要注目である1つ目の理由だ。

「MA910S」

もう1つは、“MA910Sの中身の面白さ”だ。価格を抑えたイヤフォンは、搭載するドライバーもダイナミック型1基だけなど、シンプルな事が多いが、MA910Sは違う。

まず、Maestraudio製品専用に開発/チューニングされた新開発の10mm径グラフェンコートダイナミックドライバーを搭載している。チューニングの方向としては、「臨場感を感じるために適した周波数特性の最適化」をするため、頭部伝達関数に注目して調整したそうだ。

この10mmユニットに加え、9mm径のツイーターも搭載している。だが、このツイーターが普通じゃない。なんと、アクティブではなく、パッシブ型セラミックコートツイーターなのだ。

「RST(Reactive Sympathetic Tweeter)」と名付けられたもので、これまで培ってきた圧電セラミックスによるセラミックサウンドテクノロジーを使って開発したとのこと。

MA910Sの内部。茶色のパーツが「RST」だ

intimeのイヤフォンでは、セラミックの耳に刺さる音を出さないために、外周部に垂直方向に支持するNi合金の振動板を採用するなどの工夫をした「Vertical Support Tweeter(VST)」を使っている。

このVSTは、20kHz以上の高音を非常に高い直進性を持って出力するため、ウーファーと組み合わせる時には、各ユニットをイヤフォンの中で同軸上に配置する必要があったそうだ。

しかし、MA910SのようなユニバーサルIEMタイプの筐体に使う場合は、その構造上、同軸上から外れても高音が効率的に前方に伝わるセラミックツイーターが必要になったという。

そこで開発されたのが前述のRSTだ。自分で動くアクティブのユニットではなく、ダイナミックドライバーからの音波を振動板に受けて、振動するパッシブタイプになる。このツイーターは、管楽器に多く使われている赤銅を振動板の基材として使用し、粒立ちの良い高音を得るために、その表面に独自の特殊なセラミックコートを施している。振動板の寸法や材質、支持方法により音質をコントロール出来るそうだ。

さらに前述の通り、指向性もVSTの68度から、RSTは132度に拡大。同軸上から音導管がズレていても、効率的に高音を伝えられるという。

MA910S内部のユニット配置

このRSTとダイナミックドライバーを組み合わせているのだが、RSTにマッチするようにダイナミックドライバーも最適化。磁気回路と振動板の設計を改めて行ない、VSTと組み合わせた時に最適な低域特性を再生できるようにしたという。

そしてRSTとダイナミックウーハーをシンプルに同軸上に配置。全域に渡り素直な再生能力が得られるようにしている。

筐体内の注目点はまだある。ハウジングの端に内蔵された小さなパーツだ。これは音響補正デバイス「HDSS」で、これを搭載することで、小型の樹脂筐体では実現が難しかった広いサウンドステージを実現したという。

それにしても、内蔵しているのは新しいユニットばかりで、開発には時間とコストもかかったと思うが、これだけ挑戦的な内容で11,000円に収めているのは素晴らしい。

インピーダンスは16Ω、感度は100dB。再生周波数特性は20Hz~40KHzだ。

ケーブルも凝っていて、シルバーコートOFCとOFCのハイブリッド。ケーブル長は1.2mで、入力は3.5mmだ。なお、ケーブルの着脱はできない。

イヤーピースには、シリコンゴムの軟度を僅かに下げたことで、優れたフィッティングと遮音性を実現するというオリジナルのイヤーピース「iSep01」を付属する。サイズはS/MS/M/L。本革コードリールやイヤーフックが付属する。

オリジナルのイヤーピース「iSep01」
シルバーコートOFCとOFCのハイブリッドケーブル
本革コードリールが付属する

音を聴いてみる

Astell&KernのDAP「KANN MAX」

試聴には、Astell&KernのDAP「KANN MAX」を使用。ハイレゾファイルや、Amazon Musicでのハイレゾ配信楽曲を聴いてみた。前述の通り、MA910Sのケーブルはステレオミニなのでアンバランス接続だ。

パッシブ型ツイーター・RSTによる高音はどんな感じだろう? と、ドキドキしながら「マイケル・ジャクソン/スリラー」を再生したのだが、音が出た途端、高音とか低音とかの前に、音場の広さに驚く。冒頭の「ギギギギ」とドアが鳴るSEから、コツコツという足音が奥の空間へと広がっていく様子、遠くで鳴り響く雷の音、狼の遠吠えが消えていく余韻などが、イヤフォンとは思えない広大な空間に展開。そこに広がる音も、SN比が良い。

これは明らかに、HDSS(High Definition Sound Standard)の効果だろう。HDSSはもともと、米TBI Audio Systemsが中心に提唱した技術で、先程の図にもあったように、ハウジング内にETL(Embedded Transmission Line)と呼ばれるモジュールを内蔵。これにより、ドライバの背面で発生する音の流れを、ETLが吸収・整流して、音の乱れを抑えつつ、臨場感もアップさせるというものだ。

音楽を絵画に例えるなら、音場の広さはキャンバスの大きさのようなもの。空間表現が立体的な音楽や、クラシックのオーケストラのようにスケール感のある音楽でもドラマチックに再生できる“下地”が、MA910Sにはあるというわけだ。

そして、そのキャンバスに描かれる音楽も非常にクオリティが高い。「イーグルス/ホテル・カリフォルニア」を再生すると、冒頭のアコースティックベースが「グォーン」と重く、深く、しっかりと沈み込む。10mmのダイナミック型ユニットによる量感豊かな低域で、さすがダイナミック型という迫力だ。

前述のHDSSや、ダイナミック型ユニットの振動板にグラフェンコートを施しているのが効いているのが、低域の分解能も高く、ベースの低音が団子状態にならず、弦がブルルと震えている様子がしっかりと見える。余分な響きを抑えたタイトな低域で、極めて上質だ。

ダイナミック型ユニットだけのイヤフォンで、これだけしっかりした低音を出すと、どうしても中高域が負けて、モコモコした音になりがちなのだが、MA910Sは中高域も非常にクリアで抜けが良く、こもるどころか開放的なサウンドだ。

例えばドン・ヘンリーのやや乾いた、線の細い高音や、シンバルの「チッチッチ」という細かく鋭い音が、生々しく迫ってくる。高級なBA(バランスドアーマチュア)イヤフォンの高域にも似ている。これが、パッシブ型ツイーター・RSTの効果なのだろう。

パッシブ型だからなのか、チューニングが上手いからなのかはわからないが、この高域と、ダイナミック型の中低域の繋がりも自然で、音色の違いなどもあまり感じず、全体として極めてナチュラルなサウンドになっている。これは、音色の違いが目立ちがちなBA+ダイナミック型のハイブリッドイヤフォンや、全体的に硬質な音になりやすいBA×複数台のイヤフォンとも違う仕上がりだ。

先程「クラシックのオーケストラもイケる」と書いたが、音場の広さを活かして、映画やアニメのサウンドトラックを聴くのも最高だ。「機動戦士ガンダムUC」のサントラから「UNICORN」を聴くと、重なるストリングスの1音1音を細かく描き分けつつ、大太鼓のドンドンという鋭くも重い低音が押し寄せ、それが一気に高まっていく展開が気持ち良すぎて昇天しそうになる。

続いて「MOBILE SUIT」という楽曲も聴いたが、深く沈む低音の波と、微細に描かれるアコースティックな楽器の質感描写が同居しており、情報量という名の“旨味の多い音の洪水”ドップリと浸れる。これぞまさに、オーディオ的な快楽だ。

今回はDAPの「KANN MAX」でドライブしており、イヤフォンの価格とはアンバランスだが、逆に言えば、KANN MAXのようにドライブ力の高いアンプで鳴らすと、「MA910Sはここまで実力を発揮できる」という証拠でもある。入門イヤフォン的にMA910Sを買って、組み合わせるDAPをどんどんステップアップしていく場合でも、そのステップアップに対応できる実力を持ったイヤフォンと言えるだろう。

1万円台の新定番イヤフォンに

良いところばかり書いてきたが、ぶっちゃけ音のクオリティの高さは驚きのレベルで、「ホントにこれが11,000円なの?」とプレスリリースを二度見するくらいのコストパフォーマンスの高さ。予備知識無しで聴いて「4万円です」とか言われても、「まぁそのくらいするよね」とか言ってしまいそうだ。

筐体はスケルトンで中のユニットがチラッと見えて、構造の面白さを確認できる良いデザインで、今回はカラーバリエーションの中からガーラルブルーを使っているが、クリアーミントの方はより中が見やすくなっているようだ。また、筐体自体も非常に軽量で、装着した時の負担も少ない。

一方で、気になるところがないわけではない。前述の通り、デザインやカラーに文句は無く、遠目で見ているとカッコ良いのだが、とても軽いので、実物に触れるとちょっと安っぽく感じる。

また、これだけ高音質なイヤフォンなので、「バランス駆動で鳴らしてみたら、どんな音になるのだろう」と気になる。価格が少しアップしても良いので、バランスケーブルバージョンか、ケーブル着脱可能バージョンも開発して欲しい。

逆に言えば、不満点はそのくらいだ。11,000円で、この音が手に入るなら文句はない。ナチュラルな音で、全体のバランスが良いため、多くの人にオススメできる。「ちょっと良いイヤフォンが欲しい」と思った時に、とりあえず聴いてみて欲しい。“1万円台の新たな定番イヤフォン”と言える完成度だ。

(協力:アユート)

山崎健太郎