レビュー

2万円を切る衝撃の‘匠の音’、Maestraudioついにリケーブル対応「MA910SR」

左からMA910S、MA910SB、MA910SR

「1万円くらいで、いい感じの(有線)イヤフォン教えて」と言われたら、とっさに思いつくのがMaestraudio(マエストローディオ)の「MA910S」だ。以前レビューしたのだが、約1万円という価格が信じられないほど本格的なサウンドでぶったまげた。

MA910Sのクリアーミント

そんなMA910S、接続は3.5mmプラグでリケーブルできないのだが、派生モデルとして、今年4月に4.4mmバランスケーブルを採用しチューニングをバランス接続用に再調整した「MA910SB」(13,200円)が発売された。

MA910SBアクアブルー、スモークグレー

そして、ついに“リケーブル対応”モデルが登場。その名も「MA910SR」。6月24日発売で、価格は19,800円と、MA910S(3.5mmモデル)、MA910SB(4.4mmモデル)と比べると高価にはなっているが、それでも手に取りやすい価格を維持しているのが嬉しい。

MA910SR

これらをまとめると、以下の3モデルが展開する事になる。

  • 「MA910S」11,000円
    (3.5mmアンバランス ケーブル着脱不可)
  • 「MA910SB」13,200円
    (4.4mmバランス&リチューニング ケーブル着脱不可)
  • 「MA910SR」19,800円
    (3.5mmアンバランス Pentaconn earでケーブル着脱可能)

ここまでだと「へぇ、ケーブル着脱できるようになったんだ」で話が終わりだ。ただ、ちょっと待ってほしい。

3機種を見比べてみると……。

右端がMA910SR

なんかリケーブル対応のMA910SRだけ、見た目ぜんぜんちがくね?

実は、MA910SRは単にリケーブル対応になっただけでなく、ハウジングのフェイスプレートに金属のプレートを採用。高級感が大幅にアップしただけでなく、音を聴いてみると“もはや別物じゃん!”と驚くほどの違いがあった。

そもそもMaestraudioとは

試聴する前に、ベースモデルとなるMA910Sの特徴もおさらいしよう。理由は簡単、搭載するユニットなど、基本的な仕様は3機種で共通しているからだ。

MA910S

そもそも、新しいブランドのイヤフォンなのに、突然注目モデルになっているのには、大きな理由がある。その理由は“Maestraudioというブランド”そのものにある。

AV Watch読者なら、1万円以下の低価格で音の良いイヤフォンとして人気のある「碧(SORA)」シリーズを手掛けるintime(アンティーム)をご存知だろう。そのintimeが、培った技術を活用し、より高度にブラッシュアップした耳掛け型のIEMを作るブランドとして新たに設立したのがMaestraudioなのだ。

つまり、もともと低価格で高音質なイヤフォン作りに定評のある開発者達が、さらなる高みを目指して作ったのが、第1弾モデルのMA910Sだったわけだ。

そのため、MA910Sの中身は、低価格でも非常に凝っている。

ユニットは、Maestraudio製品専用に開発/チューニングされた10mm径のグラフェンコートダイナミックドライバーと、9mm径のツイーターを搭載している。この時点でちょっと珍しいが、さらにこのツイーターが、アクティブではなく、パッシブ型のセラミックコートツイーターになっている。

「RST(Reactive Sympathetic Tweeter)」と呼ばれるもので、まさにintimeが培ってきた圧電セラミックスによるセラミックサウンドテクノロジーを駆使して作られている。

もともとintimeは、Vertical Support Tweeter(VST)というセラミックのツイーターを使っている。このVSTは、セラミック特有の“耳に刺さる音”を出さないために、外周部に垂直方向に支持するNi合金の振動板を採用するなどの工夫を施したもの。

性能は高いが、20kHz以上の高音を非常に高い直進性を持って出力するため、ウーファーと組み合わせて使う時には、各ユニットをイヤフォンの中で同軸上に配置する必要があったという。

しかし、MA910SのようなユニバーサルIEMタイプの筐体では、構造的にそれが難しい。そこで、同軸上から外れても高音が効率的に前方に伝わるセラミックツイーターを新たに開発したのが、RSTというわけだ。この結果、指向性はVSTの68度から、RSTでは132度に拡大されている。

RSTは前述の通り、自分で動くアクティブのユニットではなく、ダイナミックドライバーからの音波を振動板に受けて振動するパッシブタイプ。振動板の素材には、管楽器に多く使われている赤銅を使っており、粒立ちの良い高音を得るため、表面に特殊なセラミックコートを施している。

ここまででも面白いが、さらにハウジング内には小さなパーツも内蔵している。音響補正デバイス「HDSS」で、これを搭載することで、小型の樹脂筐体では実現が難しい広いサウンドステージを実現している。

改めて中身をチェックすると、約1万円のイヤフォンと思えないほど、多くの技術やパーツが投入されていることがわかる。

中身をよく見ると、大きな10mm径のグラフェンコートダイナミックドライバーとは別に、銀色パーツが見える。これがHDSSだ
MA910Sの入力プラグは3.5mmステレオミニ

4.4mmバランスケーブルの「MA910SB」

MA910SB

MA910SBのユニット構成などは、前述のMA910Sと同じ。4.4mmバランスプラグへの変更しているのだが、それに伴い、音もリチューニングされているので「単にケーブルを4.4mmにしただけ」ではないのがポイントだ。

4.4mmバランスプラグを採用している

リケーブル対応の「MA910SR」

MA910SR

MA910SRの特徴は2つ。1つはモデル名に「R」があるように、Pentaconn earコネクタを採用し、リケーブルできる事。もう1つは、金属製フェイスプレートを採用している事だ。

Pentaconn earを選択したのは、「機械的な接続の信頼性が安定している事」と「通常のMMCXと比較して接点抵抗を1/10以下に抑えられるため」だという。リケーブルができる事で、様々なケーブルに交換して音の変化を楽しめるようになるわけだが、「接点抵抗が低いことは、各種ケーブルの特性をお楽しみ頂く上で重要な設計要件」だったという。

ケーブルの入力端子は3.5mmステレオミニ

金属製フェイスプレートを採用したのは、FEM(有限要素法)による解析が関連している。これは、構造物を細かく分割しつつ、コンピューター上に再現。強度や振動といった特性を調べるもの。Maestraudioでは、イヤフォンに使う各種部材の特性をFEMで細かく解析しているそうだ。

その結果、ダイナミックドライバーの背面から出た音が、背面のフェイスプレートに衝突し小さな振動を引き起こし、その振動がより早く全筐体に伝わることで多くの情報量を持った音が得られる事がわかったという。

ヘアライン仕上げのアルミ製プレートをフェイスプレートにした

そこで、フェイスプレートにヘアライン仕上げのアルミ製プレートを使うと、使っていないMA910Sに比べて、MA910SRの方がフェイスプレートから筐体内部を伝わる音の情報量が圧倒的に多くなったそうだ。つまり、外観の高級感をアップさせるためだけでなく、音質的にも優れているからアルミ製プレートを使っているわけだ。その効果は後ほど聴いてみよう。

付属するケーブルは、MA910Sと同様に高純度OFCと銀コートOFCを組み合わせたハイブリッドケーブル。イヤーピースは、同社定番のiSep01というものを使っている。カラフルかつ装着性も良いのが特徴だ。

iSep01

音の違いをチェック:3.5mm「MA910S」

MA910S

まずは全てのベースとなる3.5mm接続「MA910S」を聴いてみよう。組み合わせるDAPは、Astell&Kern「A&norma SR35」だ。

Astell&Kern「A&norma SR35」

ジャズボーカルの「ダイアナ・クラール/月とてもなく」を再生すると、冒頭のピアノやアコースティックベースから、MA910Sがタダモノでない事がわかる。それらの音が、クリアかつニュートラルなサウンドで描写されるのだが、音の響きが広がっていく空間自体がメチャクチャ広い。

これは音響補正デバイス、HDSSの効果だろう。続いて入ってくるボーカルも、声の響きが気持ちよく広がるのだが、レコーディング環境によるものなのか、その響きが少し左に寄っている様子までよく分かる。

音自体の分解能も高く、ピアノの音が1つ1つ細かく描写されるので、それを演奏している指の動きまで目に浮かぶようだ。ベースの音は肉厚で、深く沈むのだが、その迫力だけでなく、弦がブルブルと震える様子や、その弦が当たるビチッビチッという小さく鋭い音までハッキリ聴き取れる。

「Aimer/カタオモイ - From THE FIRST TAKE」も、音場の広さ、SN比の良さ、クリアさが素晴らしいのだが、サビの部分のハンドクラップの音の細かさ、リアルさに「こんな音が入ってたんだ」と驚いてしまう。

ベースの低域は深く沈み、量感もたっぷり感られるのは10mm径のグラフェンコートダイナミックドライバーならでは。そして、中高域の目が覚めるようなシャープで微細な描写は、9mm径の圧電セラミックスRSTの効果。2つのユニットそれぞれが、得意とする部分を持ち寄ってMA910Sのサウンドが完成している。改めて聴いても、約1万円という価格が信じられないクオリティだ。

音の違いをチェック:4.4mm「MA910SB」

MA910SB

4.4mmバランス接続のMA910SBに切り替えると、音の違いは予想よりも大きい。音色がニュートラルで、全体のバランスが優れているところはMA910Sと同じなのだが、MA910Sの“良さ”を、すべての面で1歩先に進んだのだMA910SBと言える。

まず、バランス接続になった事で、音場やそこに存在する音像の立体感がアップ。ダイアナ・クラールの声の響きも、MA910SBの方がより遠くの余韻まで聴き取れる。これも、音場がより広く感じられる理由だろう。

「月とてもなく」のベースやボーカルも、音像が肉厚になり、リアリティが増す。かといって、フォーカスが甘い音になったわけではない。むしろ、サウンドの立体感が増した事で、細かな描写はMA910Sよりも聴き取りやすい。

一方で、音色はナチュラルなままなのだが、微細な音の描写力が向上した事で、音色の傾向はややクールになったと感じる。

「MA910Sのケーブルが変わっただけでしょ?」と思われがちだが、音質はかなり向上している。もし4.4mmバランス出力を備えたDAPや、スティク型DACアンプなどを持っているのなら、MA910SBを選ぶべきだろう。

音の違いをチェック:「MA910SR」

ではいよいよ新機種MA910SRを聴いてみよう。

MA910SR

ぶっちゃけ「金属フェイスプレートを追加したくらいで、そんなに音が変わるのかな?」と思っていたのだが、MA910S → MA910SB → MA910SRと切り替えた瞬間に、思わず笑ってしまうほど、まったく音が違う。MA910S → MA910SBは「同じイヤフォンの音が前進した」イメージだが、「MA910SB → MA910SR」の違いは「まったく別のイヤフォン」と言えるほど違う。

MA910SRのサウンドを簡単に表現すると「ダイレクトでクリア」だ。

金属プレートの追加で筐体の剛性がアップし、2つの異なる素材を組み合わせた事で、“筐体の響き”が大きく抑えられ、様々な音がよりクリアに聴き取れる。ダイアナ・クラールのライブステージに、もっと近づいて、かぶりつきで聴いているかのように、聴き取れる情報量がアップする。

「Aimer/カタオモイ - From THE FIRST TAKE」でも、音が広がり、スッと消えた瞬間の、音がない“無音の空間”に、しっかり音が無い。変な日本語だが、ようするに“静かな場所がしっかり静か”で、余計な音が存在しない。そのキッチリ静かな空間から、スッとAimerの声が立ち上がる瞬間がハッキリ見える。

音色も、よりナチュラルになった。樹脂筐体の響きが消えたため、ダイアナ・クラールのウォームな声はちゃんとウォームに、ギターの弦の金属質で硬い音はちゃんと金属質な音に描き分けられている。1つ1つの音に余計な響きがまとわりつかず、よりダイレクトに耳に届く。まるで、演奏に使われているベースやピアノといった楽器の値段が、アップして、より音の良い楽器に交換したかのようだ。

この進化は、“中低域のキレの良さ”にも現れており、「米津玄師/KICK BACK」のベースラインが、前の2モデルよりも鮮烈に描写される。このキレの良い音は、聴いていてやみつきになりそうだ。

左からA&norma SR35、ウォークマン「NW-A300」

A&norma SR35だけでなく、ウォークマン「NW-A300」でも聴いてみた。NW-A300のサウンドは、SR35と比べて全体的に線が細く、中低域の馬力は控えめ。パワフルさよりも、繊細さ、しなやかさに寄せたサウンドになる。A&norma SR35の方が、低域がドッシリと沈み、全体的にメリハリがあり、シャキッとしたサウンドだ。

こうしたDAP自体の音の違いが、ニュートラルなサウンドのMA910SRで聴くとよくわかる。MA910SRはどちらかというと、モニターヘッドフォンのような音の傾向と言えるだろう。

ここで、3.5mmのMA910Sに戻ると、コントラストがやや浅くなり、ウォームな響きが増えたように感じる。

左からMA910S、MA910SR

それぞれの魅力を使い分けたい3モデル

聴き終えて「どれが一番いいのか?」を考えたのだが、これが結構難しい。

左からMA910SR、MA910S、MA910SB

音のニュートラルさ、ダイレクトさ、解像度などで言えば、やはり「MA910SR」がトップだろう。モニターヘッドフォンのように、音をありのまま伝える方向での実力の高さを感じる。ただ、それゆえ、音像がやや近く感じ、描写も分析的だ。

一方で、MA910SとMA910SBは、筐体の響きを逆に活用して音作りされている印象で、ややウォームなのだが、それが聴いていてホッとするし、ある種のまとまりの良さを感じさせる。

理想を言えば、ハイレゾ音源を細かく聴き込みたいという時はMA910SR、仕事で疲れてアコースティックな曲をゆったり聴きたい時にはMA910S/MA910SB……というように、曲やシーンに合わせて使い分けたくなる。

ただ、MA910SRはケーブル交換ができるので、違うケーブルを使うとまた、サウンドも変化するだろう。そうした“音を変化させる楽しさ”“自分好みにカスタマイズできる伸び代”も含めて考えると、予算が許すならMA910SRを選ぶといいだろう。

いずれにせよ、11,000円~19,800円という手の届きやすい価格の中で、いずれも完成度の高い3モデルが揃った。改めて“有線イヤフォンの音の良さ”と“ポータブルオーディオの楽しさ”を味わわせてくれる、ハイコスパなラインナップの完成だ。

(協力:アユート)

山崎健太郎