レビュー

装着するモニタースピーカーB&W「Px8」。無線でもUSBでも“圧巻サウンド”

Px8

「革新とは、単なる方法ではなくて、新しい世界観を意味する」。マネジメントの概念を生み出し、現代経営学の礎を築いたピーター・ドラッガーの名言だが、Bowers & Wilkinsが今秋発売したノイズキャンセリング搭載ワイヤレスヘッドフォンの最上位「Px8」を聴いた時、真っ先にこの言葉が思い浮かんだ。

Px8は、Bowers & Wilkinsが今年7月に発売した「Px7 S2」(実売5万円台後半)と並行して開発が進められた上位モデルだ。店頭予想価格は117,700円前後。ハイクラスのBTヘッドフォンには5万円前後のモデルが多いため、価格だけを見るとけっこう高価に感じる。しかし、実際にPx8の実力に触れたことで、筆者の中のヘッドフォンの価値観は新しいものに書き換えられ「むしろ安いかも」と思ってしまった。

持ち歩くB&Wスピーカー、Hi-Fiワイヤレスヘッドフォン「Px7 S2」を聴く

今年7月に発売された「Px7 S2」

新開発カーボン製ドライバー採用、まるで小型モニタースピーカー

左からPx7 S2、Px8

先ほど触れたようにPx8とPx7 S2は同時期に開発された。しかし、コンセプトは大きく異なり、Px7 S2が「ワイヤレスで一番良いモデル」を指向したのに対して、Px8は「ワイヤレスで最高はもちろん、ワイヤードとも戦えるモデル」を目指している。ゆえに「リファレンスレベルの製品として一切の制約を設けることなく開発が行なわれた」のだという。

その一つが、新開発されたドライバーだ。

左がPx7 S2に搭載するドライバー、右がPx8用に設計された40mmカーボンコーン・ドライブユニット

Px8は、専用設計の40mmカーボンコーン・ドライブユニットを採用する。これは、Bowers & Wilkinsのハイクラススピーカー「700シリーズ」のカーボンドーム・ツイーターに着想を得たもので、振動板に硬くて軽いカーボン素材を用いている。「超高速レスポンスと周波数レンジ全体にわたって極めて低い歪みを両立させた比類のない振動板」とのことで、そのパフォーマンスは、「Px7 S2が達成した高い水準をさらに上回る解像度、ディテール、リニアリティを実現」したという。

実際にカーボンコーン・ドライブユニットとPx7 S2に搭載するドライバーを見比べてみると、違いは歴然。Px7 S2のドライバーは、振動板を押すとペコッとへこむほどの硬さなのに対し、カーボンコーン・ドライブユニットは指で押しても形が一切変わらず、周囲のエッジ部分が動く。まさに、ハイクラスのスピーカーをコンパクトにしたようだ。

このカーボンコーン・ドライブユニットは、単にヘッドフォンに取り付けるのではなく、Px7 S2と同じく耳との距離が一定に保たれるよう角度を付けて設置されており、没入感のあるサウンドステージを実現するという。

ユニットが、角度をつけて設置されているのがわかる

さらに、信号処理をつかさどるDSPには、Px7 S2で採用され既に髙評価を得ている「アクティブ・ノイズキャンセリング・ワイヤレス・プラットフォーム」を搭載しており、「かつてないほどにアーティストの意図する真の音『True Sound』に迫る、より魅力的で自然な音楽体験を提供する」とアピールしている。音質については、後でゆっくり聴き比べるとしよう。

アクティブ・ノイズキャンセリング・ワイヤレス・プラットフォームの恩恵は、多彩な伝送のサポートにも及ぶ。BluetoothコーデックはSBCやAACに加え、aptX Adaptiveをサポート。ワイヤレスでも48kHz/24bitまでの音質に対応する。

本機の開発コンセプトである「ワイヤードとも戦えるモデル」においてキーとなるのが、USB DAC機能だろう。付属のUSB-CケーブルでPCとUSB接続し、充電しながら48kHz/24bitまでのサウンドを伝送できる。

3.5mmステレオミニ端子用のケーブルも付属しており、Bluetooth非対応の機器とも有線接続可能だ。このワイヤードでの使い勝手と音質も、しっかり確かめたい。

PCなどと接続するためのUSB-Cケーブルと、ステレオミニのアナログ音声ケーブルも付属
ステレオミニケーブルでDAPと接続しているところ

“長時間使える”事も使い勝手の良さにつながる重要なポイント。1回の充電で30時間も再生でき、うっかり充電をし忘れた場合も15分の急速充電で7時間の再生できる。当たり前と思われるかも知れないが、本機はこういった使い勝手の部分でも一切妥協していない。

Bowers & Wilkins Music アプリ

Px7 S2と同様に「Bowers & Wilkins Music アプリ」に対応する。このアプリがPx8のリリースに合わせてアップデートされた。設定や操作、イコライザー調整のほか、本機に直接、音楽サブスクサービスからストリーミング再生できるようになった。ただし、日本で対応するサービスはDeezer(日本では未対応だがTIDALとQubuzも利用可能)のみ。今後日本で対応するサービスの追加に期待したい。

アプリではノイズキャンセリングや外音取り込みの変更や、音の調整も可能だ

スペックでは測れない魅力。使うほどに高い質感や使いやすさを実感

本機は「一切の制約を設けることなく開発が行なわれた」というが、それは音質面ばかりではない。Px8の実機を手にすると、随所にこの考えが及んでいるのがよくわかる。

オーバル型のハウジング中央に「Bowers & Wilkins」のロゴをあしらったデザインこそPx7 S2と同じだが、Px8ではそのエッジ部にダイヤモンドカットが施され、しゃれていながら落ち着いた雰囲気。また、Px7 S2ではハウジングやヘッドバンドの素材がファブリックなのに対し、Px8ではナッパ・レザーを用いている。このレザーはしっとりと肌触りが良く、手にした時によく馴染む。見た目はもちろん、さわり心地も上質だ。

ハウジング中央に「Bowers & Wilkins」のロゴをあしらったデザイン
ヘッドバンドなどにナッパ・レザーを採用

アーム部は堅牢で軽量なアルミニウム・ダイキャストを採用しており、光を控えめに反射するアルマイト処理の質感も高い。仕上げには、黒がベースの「ブラック・レザー」とベージュを基調とした「タン・レザー」の2種類があり、どちらも所有欲をくすぐるエレガントなデザインに仕上がっている。

軽量なアルミニウム・ダイキャストを使ったアーム部分
ベージュを基調とした「タン・レザー」もラインナップ
黒がベースの「ブラック・レザー」と「タン・レザー」の2色展開

ハウジングには操作用にクリック感のある物理ボタンを備える。右ハウジングは「電源/ペアリング」「再生/停止」「ボリューム」、左ハウジングには「クイックアクションボタン」を配置。ハイクラスのBTヘッドフォンには、タッチ操作に対応するモデルもあるが、操作感があいまいになりやすい点は否めない。これからの季節、外で手袋をするケースが増えても、物理ボタンなら確実に操作できる。

ハウジングにはクリック感のある物理ボタンを配置。手探りでも操作できる

右ハウジング前側に2つスリットがあるが、その中に入っているのが通話用マイク。左ハウジングの右後ろにあるパンチング穴の中がノイズキャンセリング用のマイクだ。ハウジング内側にもドライブユニットの出力音を捉えるマイクが左右1個ずつあり、合計6個の高性能マイクを備える。ノイズ除去しつつクリアなサウンドと音声を届けるのに万全の構成だ。

柔らかいイヤーパッド

ANCを試そうとPx8を装着する。柔らかいイヤーパッドが側頭部を優しく支える。頭頂部の支持もしっかりしており、密着感が高い。それゆえ、重さが320gあるのだが、もっと軽く感じられた。

装着イメージ

室内でのANCの効き具合は、極めて自然で強力なもの。完全に騒音をシャットアウトするというよりは、中域を中心に音楽を聴くのに不要なノイズを消し去るという方向性だ。周囲の話し声がわずかに残ったとしても、小音量でも音楽を再生すれば全く気にならなくなる。

特筆すべきは、オン/オフを切替えても再生中の楽曲の音質がほとんど変化しない事。音質がガラッと変わるヘッドフォンでは、「音が悪くなるからANC ONでしか使えない」なんて事もあるが、Px8でそんな心配は無用だ。ANCを強力にして、音への影響が大きくなるよりも、音質を最優先し作っているのがわかる。

屋外で使うと、大通りを走る車のエンジン音や電車内の騒音の大部分が消える。風切り音もゼロとまではいかないが、かなり少なくなる。

試すうちに、ノイズキャンセリングの有効範囲が視界の範囲に近いことに気づいた。前面は強力にカットするが、背面は気配がわかる程度に音が聞こえる印象。とはいえ、不自然に感じられるレベルの差があるわけではない。外音を取り込むパススルーも自然で、さりげなく周囲の音を聞こえやすくしてくれる。

ワイヤレス最高レベルの高精細サウンド

いよいよPx8のサウンドを確かめていこう。GoogleのPixel6とペアリングし、ANCはオンの状態で「Amazon Music」から楽曲を再生した。コーデックはaptX HDで、Amazon Music HDの楽曲をメインに聴いている。

一聴してわかるのが、歪が非常に少なく、フラットでバランスの良いサウンドであること。豊富な情報量と高い解像感から、音の密度が高く音像表現に厚みがある。繊細な表現も巧みで、時に音の粒子がぎゅっと締まったり、ほろほろとほどけたりと曲に合わせて表情を豊かに変える。

back number「アイラブユー」のイントロは、最初はピアノのみ。次にギターが加わり、さらにドラムとベースがプラスされて、といった具合で2小節ごとに楽器が増えていく。広い音場と高密度なサウンドの相乗効果で、楽器が増える度に音がグンとぶ厚くなる。全体的に大きな波のように音が迫るが、各楽器のディテールにフォーカスすると一音一音が手に取るようにわかる。この部分だけで、Px8がずば抜けた表現力を有しているとわかる。ボーカルは声の質感も生々しく、エネルギーに溢れる。それでいて伸びやかで聴いていて気持ちがいい。

藤井風の「きらり」では、リズムを刻む低域が高密度かつ立体的。決して低域が増強されているということはないのだが、低域の下の方まで丁寧に描いているため、ぎゅっと詰まりながらも弾力のある音がズンズンと体を刺激する。Bluetooth接続でここまで繊細なのにピッチが太いベースラインを聴いたことがない。

女性ボーカルはAdoの「新時代」を聴いた。冒頭の独唱は艶やかで力強い声をなめらかに描く。一瞬声が裏返る部分が数か所あるのだが、描写が丁寧でしっかりと表情の変化がわかる。あえてピッチをずらして歌う部分は、少しでも歪むと違和感が出てしまう。これを本機は寸分違わず的確に再現し、作り手が狙った音をそのまま聴き手に届けてくれる。

音場も広く、天井や壁を一切感じない。ホールで奏でられるクラシックであっても、電子音ばかりのEDMであっても、作り手が意図した音場を無理なく再現してくれる。思わず数万円クラスの有線ヘッドフォンで聴いているのかと錯覚するほどで、本当にBluetooth接続なのかと疑うレベルだ。

Px7 S2

Px7 S2のサウンドとどう違うのか気になり、Bluetooth接続で聴き比べた。こちらもコーデックはaptX HDを使用。Px7 S2の音を一言にまとめると「軽快なサウンド」。中高域がブライトでボーカルやギターが映える。ロックやボップスとの相性は抜群だ。

Px7 S2を最初に聴いたとき、その明瞭感から「リッチでHiFiスピーカーのよう」だと感じた。今もその印象は変わらないが、Px8を聴いてしまうと、音の解像度や密度はPx8が上回る。

Px7 S2が自宅で気軽に音楽を楽しむ高級スピーカーだとすると、Px8はプロが音楽に向き合うスタジオモニターといった感覚。仮にどちらかを選ぶ場合、音質面での優劣はつけにくく、聴いてみて「どちらが好みか」で選ぶのが賢明だ。

USB DACの威力は絶大。音の熱量がぐっと高まる

Px8とパソコンをUSB接続

Px8のもう一つの魅力であるUSB DACの実力はどれほどのものだろうか。付属のUSB-CケーブルでMacBook Airと接続した。

楽曲は、「Amazon Music」アプリで再生する。USB接続時は48kHz/24bitまでの伝送となるが、そのサウンドは驚異的だ。ワイヤレス時と比べ、SN比が高まり、解像度が数段上がる。音像表現もより明瞭かつ分厚くなり、楽曲の熱量が高まっている。

Adoの「新時代」は、音像がいっそうクリアになる。ボーカルは肉付きが増しつつも、音の芯まで見通せる。余韻の描写も丁寧で、楽器によって音がふわっと消えたり、スッと消えたりする様子も聴きわけられる。力強さも増しており、イヤーカップの中の空気が震えていると感じられるほど。Bluetooth接続より二回りほどスケールが大きいサウンドといえよう。

スケールの大きさはクラシックで際立つ。

ケルテス指揮、ウィーン・フィル演奏の「ドヴォルザーク:交響曲第9番 新世界より」では、オーケストラの旋律が重厚だ。それが重々しく感じられないのは、音の立ち上がりが早く描写が丁寧だからだろう。ホールの音場表現も巧みで、ピアニッシモからフォルティッシモまで音がスムーズに空間を駆け抜ける。つい音量を上げて音楽と向き合いたくなる。

プロが音楽と対峙する際に使う、モニタースピーカーさながらのクオリティだ。Bluetooth接続の音が良かっただけに、同程度か少しいい音を有線接続でも聴けると考えていたのだが、その期待をいい意味で裏切られた。有線によるUSB DACによるサウンドは別物だったのだ。

ちなみに、昨今増えているオンライン会議でも使ってみた。USB DACの高音質は素晴らしかったが、USB接続でできるのは聴くことだけ。マイクはPCに付属したものか、別途用意する必要がある。Bluetooth接続では、聴くことも話すこともPx8で完結する。ソースの音質を考えると、オンライン会議ではワイヤレスで便利に使うのも手だ。また、Px8はマルチポイントに対応して、2台の機器と接続できるので、スマホとPC同時に接続しておき、スマホから音楽を聴き、PCで会議の時はそのままPCでと、便利に使うこともできる。

高級有線ヘッドフォンに負けない音を、手軽なワイヤレスで

昨今、ハイエンド指向が高まり、有線では30万円、50万円などの高級ヘッドフォンが多数登場しているが、どれも大柄で、外で使うのは現実的ではない。また、外でも楽しみたいとなれば、有線ヘッドフォンとは別に、ワイヤレスヘッドフォンも欲しくなるだろう。

その点、Px8は実売約117,700円だが、数十万円する有線高級ヘッドフォンに決して引けを取らない音質でありつつ、コンパクトで持ち運びしやすく、かつワイヤレスでも使えるというプラスの魅力がある。冒頭「むしろ安いかも」と感じたのは、これが理由。本機が1台あれば、外でも家でも、充実のモニターサウンドを味わえるのだ。

ちなみに、Bowers & Wilkinsは英国のメーカーだが、英国を代表するスパイ映画「007」シリーズとの限定コラボモデル「Px8 007 Edition」(実売145,200円前後)も12月16日に国内150台限定で発売されるそうだ。ボンドが初めてスクリーンに登場した際に身に纏っていたディナージャケットにインスピレーションを得たミッドナイトブルー仕上げで、随所に007ロゴを配しており、かなりカッコいい。Px8が気になる人は、こちらも要チェックだ。

限定コラボモデル「Px8 007 Edition」

(協力:ディーアンドエムホールディングス)

草野 晃輔

本業はHR系専門サイトの制作マネージャー。その傍らで、過去にPC誌の編集記者、オーディオ&ビジュアル雑誌&Webの編集部で培った経験を活かしてライター活動も行なう。ヘッドフォン、イヤフォン、スマホといったガジェット系から、PCオーディオ、ピュアオーディオ、ビジュアル系機器までデジタル、アナログ問わず幅広くフォローする。自宅ではもっぱらアナログレコード派。最近は、アナログ盤でアニソン、ゲームソングを聴くのが楽しみ。