レビュー

持ち歩くB&Wスピーカー、Hi-Fiワイヤレスヘッドフォン「Px7 S2」を聴く

Bowers & Wilkinsのアクティブノイズキャンセリング搭載Bluetoothヘッドフォン「Px7 S2」ブルーモデル

スマホからイヤフォン端子がなくなって久しい。有線ヘッドフォンに取って代わり、数多のBluetoothヘッドフォンが登場。今や誰もが持つアイテムとなった。

マーケットが成熟し、製品の多様化と深化が進む中、特に進化が著しいのがハイクラスのBluetoothヘッドフォン。ソニー、オーディオテクニカ、ゼンハイザー、ボーズなど名だたるブランドが、機能や音質、外観などに磨きをかけたモデルを投入し、しのぎを削っている。そんな激戦区に、真打ちと呼べそうなモデルが登場した。Bowers & Wilkinsのアクティブノイズキャンセリング搭載「Px7 S2」(オープンプライス/実売5万円台後半)である。

デザインはより洗練され、音質もハイエンドスピーカー「800シリーズ」のエンジニアが監修して大幅に強化されているという。その実力をチェックしていこう。

B&Wらしさを持ちつつ、エレガントなデザインに進化

Px7 S2は、2019年秋に登場して高い評価を得たアクティブノイズキャンセリング搭載BTヘッドフォン「PX7」の後継モデルだ。型番に「S2」とあるので、Px7 S2はPX7のマイナーバージョンアップ版でしょ? とつい思ってしまうが、実はドライバーや内部構造を含めてほぼ全てが刷新された、“メジャーアップデートモデル”となる。

左がPX7、右が新モデルPx7 S2

そのため、外観はパッと見ではよく似ているが、じっくり見比べると、ハウジングの形状が変わっていることに気づく。Px7 S2ではハウジング側面の真ん中にある「Bowers & Wilkins」のロゴが奢られたオーバル部分が一段高く、エッジの効いたエレガントなデザインに仕上がっているのだ。

この形状は、同ブランドが2010年に発売した初のヘッドフォン「P5」のハウジングに採用された意匠に近い。しかし、本機が大幅刷新されたモデルだということを踏まえると、原点回帰というよりは、ブランドのアイデンティティを大切にしながら各部のシャープさや高級感を追求した結果、再び行き着いたと考えるのが自然だ。

「Px7 S2」のカラーバリエーションはブラック、ブルー、グレーの3色。写真はブラック
グレー

人工皮革製のイヤーパッドは、PX7と比べて明らかに厚く大きくなった。内部に低反発フォームが入っており非常に柔らかいこともあり、より多くの人の耳に合うようになり、サイズも大きいので、耳が中に収まりやすくなった。

筆者は普段メガネをかけており、ヘッドフォンを使うと耳や側頭部が痛くなりやすいのだが、Px7 S2ではメガネをかけたままヘッドフォンを装着しても、“つる”への圧迫感が不思議なほどに少ない。側圧自体も痛くなりにくくズレもしない絶妙な加減で、実際に3~4時間程度連続でリスニングをしても、耳や側頭部が痛くなることはなかった。

イヤーパッドの比較。左がPX7、右がPx7 S2。Px7 S2の方が分厚く、大きい
大きくなったので、耳をすっぽりと収めやすくなった

ヘッドバンドは、ハウジングに合わせてシャープでメリハリのある形になった。従来機がファブリックとクッションを覆う人工皮革をシームレスに組み合わせた形状なのに対し、Px7 S2では表面のファブリック部がフラットになり、その内側にクッション入りの人工皮革が付いている。頭頂部のフィット感はよく、装着したまま歩いてもズレなかった。

ヘッドバンドもシャープなデザインに

ハウジング外周の後頭部側に操作用の物理ボタンがある。右ハウジングは「電源/ペアリング」「再生/停止」「ボリューム」が、左ハウジングには「クイックアクションボタン」がそれぞれある。クイックアクションボタンは、ANCの切り替えと音声アシスタントを排他で割り当てられる機能で、後述の「Bowers & Wilkins Music アプリ」から設定変更できる。

B&W高級スピーカーのノウハウをヘッドフォンに活用

「第4世代800 Series Diamond」(803 D4)

内部構造に目を向けてみよう。音質を司る内部構造を語る上で欠かせないのが、B&Wのハイエンドスピーカー「800シリーズ」を手掛けたエンジニアの存在だ。Px7 S2の開発を監修し、随所にプレミアムスピーカーの着想が取り入れられているという。

それを象徴するのが、専用設計のドライバーユニットだ。従来機と同じくサイズは40mm径で、振動板の素材にバイオセルロースを採用する。エッジ部分は、スピーカーと同じ構造である“フリーエッジ”で、振動板全体がスムーズに振幅するため、歪みが極めて少なく、空間表現に優れる。エッジが固定され、外周がほとんど振幅しないドライバーと比べると、振動板全面が振幅するため、動かす空気の量が増えて、音量がアップする効果もある。

進化点としては、ボイスコイルの筒部分の素材が、従来のコーティングしたパルプから、新モデルではカプトンに変更され、軽量化しつつ剛性がアップ。磁気回路も強力になった。これにより、レスポンスが高速化した。

さらに、ボイスコイルの大きさも15mmから20mmへと拡大。振動板の外周と中心点のちょうど中間あたりを動かすことで、振動板のたわみが減り、音の歪みを低減している。

ドライバーユニットは、耳に対して角度を付けて設置されている。こうすることで、振動板の前側と後ろ側で耳の穴までの距離が等しくなり、フォーカス感と立体的な空間の再現力が向上する工夫だ。

角度をつけている事は従来機と同じだが、Px7 S2ではドライバーやハウジング形状を変更した事で、従来機よりも内部スペースに余裕が生まれ、この角度が12度から15.4度にアップした。これが「よりナチュラルで臨場感の豊かなサウンドステージ」の獲得につながっているという。

ドライバーユニットが、耳に対して角度をつけて搭載されている

BluetoothのコーデックはSBC、AAC、aptXに加えて高音質伝送に対応するaptX HD、aptX Adaptiveをサポートする。

なお、Bluetoothは最新のVer 5.2に準拠。このVer 5.2は、Bluetoothオーディオの転換点となるバージョンで、新規格「LE Audio」をサポートする。LE Audioは、従来のプロファイルとは異なる新しい音声コーデックと伝送方式を用い、高音質と低遅延を実現するもの。長らく使われてきたBluetoothオーディオを「再定義する」規格と位置づけられ、その仕様が7月半ばに決まったばかり。Px7 S2がLE Audioに対応するかは、現時点では未定だそうだが、可能性はあるので、こちらにも期待したいところだ。

付属のケーブルを使い、3.5mmステレオミニ端子での有線接続機能やUSB DAC機能(最大48kHz/24bit)を搭載。USB DACは右ハウジングのUSB-C端子経由でPCやスマホと接続し、充電しながら高音質再生ができる。

アナログ接続や、PC/スマホとのデジタル接続も可能だ

バッテリーも大容量で、フル充電すれば連続で約30時間も再生できる。また、15分の充電で最大7時間の再生が可能な急速充電にも対応しており、「うっかり充電し忘れた」なんてことも気にしないですむ。

ナチュラルなノイズキャンセリングは中低域のノイズに強い

Px7 S2は、従来機と同様にアクティブノイズキャンセリング機能(ANC)を備えている。ひたすらNC性能を追求するというよりも、音質を重視し、「音楽性をいささかも損なうことなく不要なノイズのみを高い精度で取り除く」ため、独自に開発したノイズキャンセリング・テクノロジーを採用しているそうだ。このあたりはオーディオメーカーらしい考え方だ。

ANC用に搭載するマイクは、片側あたり内側と外側に各1個の合計2個、左右合わせて4個を活用。外側のマイクで騒音を集音、内側のマイクでハウジング内部でドライバーが出力する音を拾う。

これとは別に、2個の通話用マイクを装備。こちらはビームフォーミングと通話音声用のノイズキャンセリング処理に使い、高品位な声を相手に届けるという。

早速Px7 S2を装着してANCを試してみる。組み合わせたスマホはAndroid端末の「Google Pixel 6」。Px7 S2はAndroid端末と簡単にペアリングできる「Fast Pair」に対応するので、電源をオンにするとスマホに接続を促すガイダンスが表示される。ここで「接続」をタップするだけでペアリングが完了する。

「Fast Pair」対応なので、電源をオンにするとスマホに接続を促すガイダンスが表示される

ANCの切替えや音質調整は「Bowers & Wilkins Music アプリ」から行なう。ペアリング後に本アプリを起動すると自動で製品を検出し、接続ガイダンスが表示される。画面の指示に従って電源ボタンを操作し、しばらく待てばOK。スムーズかつ簡単にセットアップできた。ちょっと前まで手動ペアリングが当たり前だったことを思うと隔世の感がある。

アプリの製品から本機を選ぶと設定画面に切り替わる。ここから設定出来るのはANCやパススルーを切り替える「環境コントロール」のほか「音質調整」「接続デバイスの優先設定」「クイックアクションボタンの割当て」など。音質調整では「高音」「低音」をそれぞれ±6dB調整可能だ。

アプリのメニュー画面
ANCやパススルーを切り替える「環境コントロール」、「音質調整」も可能だ

Px7 S2のNC効果は、極めてナチュラル。閉塞感は皆無で、スッと周囲の音を消し去ってくれる。楽曲再生中にANCとパススルーを切替えても音質への影響はごくわずか。ANCオフにすると音を鳴らしていない時に遠いところにある壁が無くなり、やや低域の彫りが浅くなるような感覚はあるが、再生している中高域への変化はほとんど感じられない。

“安定したリスニングが第一”で、ANCのオン/オフでそれが左右されてはいけないという考えなのだろう。まさに「音楽性をいささかも損なうことなく不要なノイズのみを高い精度で取り除く」という謳い文句を体現している。

街中で使ってみたところ、ANCが不得意な極端な高域は消しきれないが、中域を中心にやや高域から低域まで、例えば通り過ぎる車のノイズや電車内での騒音は見事に消し去ってくれる。

また、ANCは自分を中心に前面から側面にかけては効きが強力だが、背面側、とりわけ頭の真後ろはやや外音が聞こえる。そのためか、ANCが働いているのにもかかわらず、周囲の気配を感じられた。後ろから来る自転車にも気が付くことができ、街中でもキョロキョロせずに使えそうだ。

人が多い街中や駅ではパススルーが活躍する。オンにすると聴いている楽曲のボリュームはそのままに、取り込んだ外音も出力される。パススルーを活かすなら、オンと当時に楽曲のボリュームをやや下げるのがポイント。取り込んだ外音のボリュームがほぼ実音のため、話しかけられた声やアナウンスを聞き分けやすくなる。

ポータブルオーディオは持ち歩いて外で使ってこそ。実用十分なANCは外で使うのに相性が良く、大いに評価できる。

高級スピーカーのようなHi-Fiサウンドが広い音場に響き渡る

試聴機はANCのチェックと同様にGoogleのPixel6を使い、「Amazon Music」で楽曲を再生した。普段の利用を想定してANCはオンにしている。なお、今回はAmazon Musicのアプリで再生しているが、「Bowers & Wilkins Music アプリ」からの音楽再生にも、今年後半のアップデートで対応予定だという。

Px7 S2のサウンドは、Bluetoothヘッドフォンとは思えないほどクリア。高解像度で音の立ち上がりが適度に早く密度感はあるのだが、それが過度ではない。音数が多い場面でもすっきりと音が整理されている。音場空間は広大で、天井も壁も感じられない。大音量でも超高域でも歪みなく、余裕綽々に描いてくれる。従来モデルのPX7でもクリアで音場は広いが、本機と比べるとやや低域が強めだったり、天井に高さが感じられたりする。Px7 S2のサウンドは、まるで高級Hi-Fiスピーカーで聴いているようにリッチで聴きやすい。音質の面では従来モデルから“別物”と思えるほどに向上していると断言できる。

星野源の「喜劇」は、グルーブ感に富んだリズムパートとローズピアノのレトロチック音色が重なり、どこか即興音楽のようにめまぐるしくメロディパートが入れ替わる。例えば、低域が強調されていたり、高域が煌びやかだったりすると、特定のパートばかりが耳に残りやすいが、Px7 S2では音のバランスは驚くほどフラット。いずれのパートも楽曲の素の部分をしっかりと描き分けている。Bluetoothヘッドフォンは高級価格帯であっても、ほとんどのモデルでやや低域を強調したり高域が煌びやかだったりと何らかのチューニングが施されているが、本機はそれが一切ない。これは希有なことだ。

宇多田ヒカルの「PINK BLOOD」は、タイトで複雑なリズムパートと浮遊感あるボーカルが魅力のR&Bナンバー。サビではボーカルと左右を行き来するコーラスが絡み合う。音の定位が少しでも曖昧だとこの音の揺らぎ感が気持ち悪く聴こえやすい。その点、Px7 S2は定位が的確で揺らぐ音が左右から脳を刺激する。まるで音の波の中に自分が漂っているようで心地よい。

ジャズの定番曲、ビル・エヴァンス・トリオの「My Foolish Heart」は、冒頭のゆったり入るピアノとシンバルを聴いてすぐに鳥肌が立ってしまった。まるで、目の前で演奏を聴いているかと思うほど、音が生々しく臨場感に溢れていたのだ。音場は極めて広く、天井も壁も感じられない。暗騒音のノイズも皆無だ。その中で、穏やかながらも熱量高く演奏が繰り広げられている。ウッドベースの弾いた弦が振幅している感覚や箱が共鳴する様子、ドラムのブラシワークのタッチなど高級スピーカーでも表現が難しい繊細な音を描いている。見方を変えれば、モニターライクで原音に忠実な再生といえるが、決して機械的ではなく、聴く人の心を刺激してくれるのだ。

ここまで聴いて確信は持っていたが、やはりクラシック音楽との相性も抜群だ。カラヤン指揮、ウィーン・フィル演奏の「ドヴォルザーク:交響曲第9番 新世界より」では、冒頭から迫力あるストリングスが波のように迫ってくる。金管楽器の高域は美しく伸びるが、解像度が高く密度があるため刺さるような鋭さはない。フォルティッシモでは、瑞々しく力強い音が空間に拡がる。音数やダイナミックレンジが広いクラシック音楽を、ここまで的確に表現できるBluetoothヘッドフォンを筆者は他に知らない。

貴重な“Hi-Fi指向のBluetoothヘッドフォン”

昨今、Bluetoothヘッドフォンはテレワークでも広く利用されている。最後にZoomを使ってWebミーティングでの通話音質をチェックした。Px7 S2はマルチポイント接続に対応しており、スマホとPCを2台同時に接続してシームレスに使える。手動でPCとペアリングすると「2nd Device Connected」とアナウンスがあり、スマホと同時に接続が完了する。再生機器の優先順位は後から音が流れた方となる。

例えば、スマホで再生中にPC1台で伝送が始まると、スマホの再生が停止し、PCのみの音声が流れるといった具合だ。気になる音質は楽曲同様に相手の声がクリアで極めて聞きやすい。相手にこちらの声を確認してもらったところ、これまでとは比較にならないほど明瞭だったそうだ。2時間程度の会議であったが、双方とも聞き返す頻度が大幅に減ったため、ストレスなく終了した。

Px7 S2が属する高級Bluetoothヘッドフォン帯は、競合製品が非常に多い。その中で敢えてライバルとして挙げるならソニーやボーズの製品だろう。筆者の主観で恐縮だが、ソニーもボーズも強力なANC性能を武器に、ヘッドフォンという枠の中で解像度やキレを高めて音質を向上させている印象だ。

これに対し、Px7 S2はピュアオーディオの音作りをヘッドフォンに転用したHi-Fiサウンドが持ち味。「持ち歩ける高級スピーカー」といっても過言ではない。どちらも高音質なのは間違い無いが、音作りの考え方や表現のベクトルは全く異なっている。これまで選択肢が少なかった“Hi-Fi指向のBluetoothヘッドフォン”を探している方にはPx7 S2が最良の選択肢と言えるだろう。

なお、Bowers & WilkinsはPx7 S2の上位となるフラッグシップモデル「Px8」の発売も予定しているそうだ。「リファレンスレベルの製品として一切の制約を設けることなく開発が行なわれた」とのことで、発売は今年の後半だという。こちらも大いに楽しみである。

(協力:ディーアンドエムホールディングス)

草野 晃輔

本業はHR系専門サイトの制作マネージャー。その傍らで、過去にPC誌の編集記者、オーディオ&ビジュアル雑誌&Webの編集部で培った経験を活かしてライター活動も行なう。ヘッドフォン、イヤフォン、スマホといったガジェット系から、PCオーディオ、ピュアオーディオ、ビジュアル系機器までデジタル、アナログ問わず幅広くフォローする。自宅ではもっぱらアナログレコード派。最近は、アナログ盤でアニソン、ゲームソングを聴くのが楽しみ。