レビュー
“オートフォーカス”マイク「RAY」とは何か?驚きのAURA機能を試す
2024年10月24日 08:00
音声録音をとってもお手軽にする製品が、今年の4月に登場した。その名は「RAY」。プロも愛用するオーストリアの本格マイクメーカー・LEWITT(ルウィット)が手掛けた製品で、“音声のオートフォーカス”のような機能を搭載する事で、初心者でも簡単に理想の音をレコーディングできるというマイクだ。実際に試してみよう。
AV Watchをご覧の方にとって、マイクと言えば、USBマイクが身近な存在だろうか。オーディオインターフェースという“PCとマイクの間に挟む機材”が要らないので手軽であるし、年々そのクオリティや使い勝手も向上している。
一方で、サイドアドレス型のコンデンサーマイクは、本格的にボーカル・台詞・ナレーションを収録する方や、音質を追求する方が買う製品として、さながら別世界のマイクとして扱われてきたように思う。
RAYは、そんな「サイドアドレス型コンデンサーマイク=ガチ勢の機材」というイメージに風穴を開けるような、画期的な便利機能を搭載している。
RAYの画期的な機能“AURA”
RAYは、XLRケーブルで接続するコンデンサーマイクロフォン。ダイヤフラムは、筐体に対して横からの音を拾うように配置されている、いわゆるサイドアドレス型。指向性は単一指向性。周波数レンジは20~20kHz。外形寸法は138×52×36mm(縦×横×厚み)。重量は330g。付属品は、マグネット・ポップ・フィルター、ウインドスクリーン、ショックマウント、クッション付きマイクバッグ。実売価格は58,300円だ。
革新的な目玉機能を2つ紹介しよう。百聞は一見(一聴)にしかずということで、動画を用意した。
まず、AURA(オーラ)機能だ。AURAセンサーテクノロジーは、話者とマイクとの距離に応じて、自動でレベルとトーン(音色)を動的に適応させるという。具体的には、マイクに近接して発声しているときも、離れているときも、はたまたマイク前で動き回っても、均一なサウンドイメージで収録できる。例えるなら、ピントを自動で合わせるカメラのオートフォーカス機能がマイクに搭載された状態だ。ToF(Time of Flight)センサーベースのテクノロジーにより、5~100cmの範囲で常に最も近い対象物に焦点を合わせ、レベルとトーンを自動調整する。その測定頻度は、秒間5回となる。
この制御は、AURAセンサーからデータを受信するマイクロコンピューターによってリアルタイムで行なわれるものの、レベルとトーンの処理はすべてアナログ回路。つまり音声の信号は100%アナログ信号のままで、DSPの類いは一切使っていない。マイクの段階でデジタル処理なんて……と不安に思われる方は心配ご無用だ。
とはいえ、マイクとの距離と録り音の関係なんて考えたこともない、という方のためにもう少し解説しよう。これまでのマイクは、安定した録り音を確保するためには、マイクとの距離を一定に保つ必要があった。また、基本的にはマイクの正面から声を入れる(単一指向性の場合)ことが重要だ。マイクの特性として、近付けば音が大きくなって、近接効果で低音域は強調され、逆に離れれば音は小さく細くなっていく。声を発する人間が意図して、マイク距離を変えたり、声を入れる角度を変えたりする(オフマイクにする)場合を除き、この基本原則は当然のように配慮されてきた。決して不便なことではなく、マイクを使う上での常識と解釈してもいいと思う。ちなみに、ほとんどのUSBマイクでも、このような音の違いを実感することは可能だ。
しかし、LEWITTは違う。マイクの常識を根底から覆した。ボタン1つで理想の音を簡単に実現する機能=AURAを開発したのだ。マイクの正面にあるAURAボタンを押すと、摩訶不思議。マイクとの距離が遠くなっても近くなっても、声の聴こえ方が同じになる。何を言っているのかピンとこない方が大半だと思うので、まずは筆者が実践している動画をご覧いただきたい。
AURA機能のオン/オフで、大幅に聴こえ方が変わったことが一聴して実感いただけたと思う。本機能を活用すれば、マイク前で動いたとしても、安心して音声コンテンツの録音を行なうことができる。
ただし、マイクから離れるほど、マイク側は自動でレベルを上げるため、周りの環境がうるさいと、本来録りたくないノイズも相対的に大きくなることに注意が必要だ。エアコンを停めるなどの静音化を図るか、自分がマイクからなるべく離れないようにしよう。また、最も近い対象を発音源と認識するため、口元より前に手などを持っていくとセンサーが「発音源が近付いた」と認識してレベルやトーンを変えてしまうことは留意したい。
この動画は、事前にトーク番組を想定した録音レベル調整を行なっている。マイクの正面かつ適当なマイク距離の状態で喋り、適切なレベルで録れるようオーディオインターフェースのゲインを調節したものだ。ICレコーダーのようなリハーサル機能はないので、ここだけは一手間掛けてもらうことになる。詳細は省くが、トーク/歌/台詞/ナレーションとそれぞれにおいて、目的とする録り音のレベル、それに必要なゲインの上げ幅などは異なる。
2つ目は、AURAセンサーテクノロジーを使った自動MUTE、その名もMUTE by Distance機能だ。事前に設定した距離のしきい値を超えると(マイクから離れると)、自動的にミュートしてくれる。内部的には、信号を70dB減衰させて実質的なミュート状態にしているとのこと。
手順としては、LEDが点灯するまでMUTEボタンを長押しして、MUTEのインジケーターが点滅しはじめたらボタンから手を離す。5秒間の点滅の間にセンサーがマイクとユーザーの距離を測るので、「この辺りでミュートを切替えてほしい」という位置で静止する。MUTEの点滅が終わったら、設定したしきい値を示すLEDは赤色で点灯する。しきい値より遠くにいると赤色のバーで検出した距離を示しミュート状態を維持、しきい値より近くにいると白色のバーで検出した距離を示しミュートは解除される。MUTEのLEDは、ミュートの解除中は緑、ミュート中は赤色で点灯する。
解説より実践。設定から実演までの動画をご覧いただこう。
MUTE by Distance作動中のマイクを正面から捉えた動画も作成した。しきい値の設定を終えた状態で、手のひらを口元に見立て、ゆっくりと接近させていくところからスタート。画面に手が映り込んでほどなくして、ミュートが解除。いっぱいまで口元(手のひら)が近付いた表示になって、今度はゆっくりと離していく。しきい値より離れるとミュートが作動して、さらに距離が遠ざかっていることをLEDが示してくれる……という一連の流れを収めた。
WEB会議などで、自分が喋ってないときはミュートする――案外、多くの方がやっているはずだ。RAYがあれば、“「Alt+A」を押してzoomの音声をミュート”しなくても、自分が離れれば勝手にマイクがミュートしてくれる。ポッドキャストの収録では、自分が喋ってないとき、スッとマイクから離れれば、録り音は静かになり、後の編集も楽になる。生配信では、立ち上がって別のことをしたいシーンもあるだろう。RAYならミュート忘れも防止できる。他にも「距離を離せばミュート」が役立つシーンはありそうだ。
マイク本体に専用ミュートボタンを搭載したプロ用XLR接続のマイクとして、RAYは世界初の製品とのこと。自動で働くMUTE by Distanceではなく、MUTEボタンを押せば一般的なミュートも可能だ。ボタンを押したときに振動が録り音に小さく入ってしまうので、そこは留意されたい。
RAYのサウンドは?
革新的な機能を搭載したRAY。このマイクを作ったLEWITTは、オーストリアのウィーンに本社を置く2009年に誕生した新興マイクメーカーだ。日本上陸は2014年と、まだ10年しか経ってない。しかし、プロ用マイクブランドとしては、誰も知る知名度を獲得している。
AKGでプロジェクト・マネージャーとして活躍していた現LEWITT CEOのローマン・パーション(Roman Perschon)氏は、AKGを退職後、マイク製造工場の家に生まれたKen Yang氏とタッグを組んでLEWITTを立ち上げた。現在では、20を超える国籍の100名以上の従業員からなる国際的で多様性に富んだチームを有し、100万個を超えるマイクの販売実績を誇るまでに急成長を遂げた。
今回紹介したRAY以外にも、ユニークなマイクを作り出すことでも知られているLEWITT。
例を挙げると、逆極性も加えて全8種類もの指向性切替え機能を搭載したLCT 441 FLEX。真空管とFET(ソリッドステート)両方のサウンドを任意の比率でミックスし、電源兼リモコンユニットから出力できるLCT 940。真空管とFETそれぞれの回路を搭載し、真空管もしくは任意のミックス信号(MIX出力)とFETサウンド(FET出力)を別々に出力できるLCT 1040など、作り手の創造性を刺激するマイクがいくつも存在する。
筆者は、LCT 1040を試す機会があり、DAWに真空管100%の音と、FET 100%の音を同時録音して、後からミックスでバランス調整ができる特殊仕様にたまげた。真空管とソリッドステート、両方の回路が入っているだけでも注目なのに、それぞれを個別に出力でき、真空管サウンドは4種類から好みで切替えることも出来た。
RAYのサウンドは、LEWITTで最も売れたマイクであるLCT 440 PUREに限りなく近い。それもそのはず。アナログ回路はLCT 440 PUREをベースとし、1インチ・トゥルー・コンデンサー・スタジオ・カプセルも同様だ。LEWITTの特徴として、セルフノイズが小さいという点が挙げられる。マイク自体のノイズは、いくら収録環境を静かにしても、録り音に影響してしまう。それはS/Nの悪化として現れる。RAYは8dB (A)という低ノイズを達成しており、LCT 440 PUREの7dB (A)と同等にまで抑えた。
サウンドはLEWITTらしい明るく、メリハリのある音色。高域はややブライトだが、雑味や耳に痛いピークがある訳ではなく、絶妙なサウンドチューニングを感じる。中低域に芯がしっかりとあって、声のエッジが適度に立つ印象。高域の個性と合わせて、「何を喋っているのか聞き取りやすい音」になっていると思った。それは安価なマイクによくある、重心が高く声の外枠しか描写できないようなハリボテ的な音ではなく、適度に肉厚で実在感がありつつも、人の声が聴きやすいように仕上げられているサウンドだった。
前半で触れていなかった各部の特徴も見ていこう。ダイヤフラムの黄緑色のリングは、本機では一際目立つ。明るい黄緑はLEWITTのブランドカラーだろう。ぱっと見で目立つ色だが、オシャレなマイクは録られる方のテンションも高めるのでプラス要素であるし、ちょっとした話題の種にもなりそうだ。
LEDの近くにある2つの黒い楕円はAURAセンサーだ。AURAとMUTEのボタンは、面積も十分で、どの方向からでも押しやすい。両方のボタンを3秒間長押しすると誤操作防止のロックができる。
重量は、LCT 440 PUREと比べて20gしか重くなっていない。センサーや制御するマイコンなどを搭載してこの軽量ボディはLEWITTの技術力の高さを思わせる。マイクが重いと、安価なマイクスタンドでは固定が難しかったりするのでありがたい。関連して48Vのファントム電源のみでAURAテクノロジーを実現させたのもすごいと思う。高度な機能を最小限の電力、つまり外部電源なしで動作させることは、開発で最も難しい課題だったそうだ。
ショックマウントとマグネット・ポップ・フィルターはセットで役立つアイテム。ご覧の通り、マイク正面以外はグルッとガードされている安心度の高い設計になっている。マイクは逆さまでもセッティングできるので、マイクケーブルを下に垂らしたくないシーンでも使いやすい。マグネット・ポップ・フィルターはショックマウントに磁石でピタッとくっ付く。これはLEWITTでは恒例となった仕様だ。吹き(口から出る空気が録り音に乗って「ボフッ」などのノイズとなる現象)防止に取り付けるポップフィルターは、唾などの飛沫がダイヤフラムに直撃することも防いでくれる大事なアクセサリー。サードパーティー製を別途用意しなくてもいいのは助かる。マイク周りもスッキリだ。
ただ、この一定角度でポップフィルターをショックマウントに取り付けるという機構が不便なケースもあると筆者は感じた。ポップフィルターはショックマウントに対して、固定の角度で取り付けとなる。
それはつまり、マイク本体が一定の角度でショックマウントに取り付けられていないとポップフィルターの意味が無くなってしまうことを意味している。結果として、マイクをショックマウントに取り付けると、音を拾うダイヤフラムの向きを変更できなくなる。実際にマイクの角度を変えようとしても、マイク筐体がショックマウントにぶつかって動かせない。
セッティングを行なったことのない方にはイメージしにくいかもしれないが、マイクスタンドの種類や設置場所の都合によっては、マウントに固定したままマイク自身を回転させて、ダイヤフラムの向きを口元に向けて微調整したいこともある。欲を言えば、ショックマウントのスタンド側の付け根部分が(ネジを緩めるなどして)左右45度ずつくらい可動してくれれば使いやすかった。
LCT 440 PUREは筆者のマイクライブラリにもあるので、音質比較を実施してみる。はたして、同等の音質をRAYは実現しているのだろうか。場所は、リビングではなく宅内スタジオの収録ブース。マイクプリアンプはISA Two、オーディオインターフェースはDiscrete 8 Pro Synergy Core、外部クロックにCG-1000を使用した。
収録時点のフォーマットは、48kHz/32bit-floatのモノラル。48kHz/24bitのWAVステレオで書き出したのち、VEGAS Pro 17で字幕や写真を入れて動画へ。音声トラックは、-1dBFSでノーマライズのみを行なった。MP4動画ファイルの書き出しに当たり、音声トラックはAACに変換されるが、ビットレートは384kbpsステレオに設定している。
LCT 440 PUREとRAYが交互に入れ替わり、最後にAURAの効果を確認する流れでまとめた。中身は台本無しのフリートークだ。なるべく同じマイク距離、同じ収録レベルになるように配慮したが、何分素人の話者でエンジニアと同一人物(単独作業)のため、レコーディングはなかなかに苦労した。最終的にラウドネスメーターで測ったとき、LCT 440 PUREが大きく録れていたため、3dBFSほどレベルを下げて1本のオーディオファイルに書き出している。収録時点でもRAYはマイクプリのゲインを上げないと、(ヘッドフォンに返ってくるモニターは)LCT 440 PUREと同じ音量感にはならなかった。ちなみに感度においては、RAYが22.6 mV/Pa、LCT 440 PUREは27.4 mV/Paと、一定音圧に対してRAYの出力信号が小さめになっている。
元音源のWAVでRAYとLCT 440 PUREを聴き比べたところ、そっくりと言って差し支えないほどの音質を実現していた。録音したときは、返ってくる音のレベルもRAYはわずかに小さかったこともあって、印象が違ったように記憶しているが、改めて聴感上のボリュームを揃えて並べてみると、どっちがどっちの音かの判別は困難だ。筆者の耳では、違いを明確に言語化できるほど感じ取ることはできない。センサーや制御回路なども搭載しながら、純度や鮮度感が変わっていないのは見事と言うほかない。男性の喋り声という狭い枠の比較ではあるが、S/Nが明らかに悪くなったり、音色が変わってしまったり、トランジェントの表現が変わるということもなさそうに思えた。
AURAを適用した場合の音質はどうだろう。動画でお見せしたテイクに比べて、設備やアクセサリー類もグレードアップしているため、より厳密に検証できる音声になった。弊スタジオのブースは簡易防音で吸音材を貼り付けているだけの部屋だが、リビングに比べて距離を取ったときの音の変質が軽減されている。ヘッドフォンで聴くと分かり易いが、口元が離れると、相対的に部屋の響きが聴こえてくるようになる。吸音に配慮した収録ブースとはいえ大きく距離を取ると、どうしても部屋鳴りが相対的に聴こえてしまう。レベルを自動調節するので余計目立つのは致し方ない。
それとAURAによるトーンとレベルの自動調整は、一定音量と声の存在感で聴きやすい反面、ちょっと詰まったような音になった。空気感や立体感のような要素もダウンしている。繊細な表現をレコーディングしたいときは、AURAは避けた方が無難だろう。声の強弱や、音量の大小といった表現を丸めてしまうからだ。
勘違いしてほしくないのは、AURAは決してコンプレッサーやリミッター的な動作はしていないという点。あくまで距離によって変わってしまうレベルと音色をリアルタイムに変えているだけだ。音声信号は100%アナログ回路で処理されるため、レイテンシーも起こらないから生配信でも安心。レコーディングでも、ヘッドフォンに返ってくる音がAURAによってさらに遅れることもない。
RAYは、マイクと自分の間の距離が変わっても、自動で声を整えてくれる画期的なマイクとして歴史に名を刻むことになるかもしれない。生配信やポッドキャスティング、ビデオ会議のマイクとして特に親和性が高く、わずらわしいマイクワークから解放される夢のような一本であることは筆者も強く実感した。世界的な大ヒットモデルLCT 440 PUREと同等のクオリティを、革新的な機能付で手に入れられると思えば、コスパも良いではないか。