レビュー
若手社員が生み出した、テクニクス初のワイヤレスアクティブスピーカー「SC-CX700」を聴いた
2024年10月25日 07:00
Technicsブランド初のワイヤレスアクティブスピーカー「SC-CX700」が10月下旬に発売される。小型ながらアンプやHDMI ARCを内蔵し、フォノイコライザーも内蔵。Amazon Music、Spotifyなどのストリーミングサービスにも対応する注目機だ。発売に先駆け、体験会にて試聴したのでファーストインプレッションをお届けする。
価格は352,000円(ペア)。カラーはテラコッタブラウン、チャコールブラックを用意する。
スピーカーと電気回路を完全に独立
一般的なワイヤレススピーカーは、筐体の中にアンプやネットワーク再生などの電気回路のブロックを内蔵したり、背面にネジ止めするといった製品が多いが、そうした場合、スピーカーの振動が電気回路に伝わり、音に影響を及ぼす場合がある。
そこでTechnicsでは、スピーカー部と、アンプや電気回路、スピーカーユニットを完全に独立させたセパレート構造の「Acoustic Solitude Construction」を採用。スピーカーボックスは厚いMDF材により完全に密閉。その背後に、隙間を開けつつ、アンプボックスを配置している。商品開発部の奥田忠義CTOによれば、間に空気層があることで、振動を遮断。振動の影響のない信号処理、信号増幅を実現しているという。
さらに、通常のコンポーネントオーディオとは異なり、アンプとスピーカーが一体化している事を活かした、新しい信号処理技術「MBDC(Model Based Diaphragm Control)」も投入した。
スピーカーの振動板は振幅して音を出すが、磁気回路の中心にボイスコイルがあり、端をエッジで支える構造をしているため、ストロークが増えると理想的な振幅ができなくなり、高調波歪みが増加するという問題がある。特に、振動板が小さい場合は、大型スピーカーと比べてより大きなストロークを必要とするため、高調波歪みの影響が現れやすい。
そこで、信号をスピーカーに入力した時に、どのように振動板がストロークするかを精密に測定。そこから、数学的にモデルを作成。そのデータをDSPに入力し、歪を含んだ実スピーカーの逆特性モデルを作り、補正信号を作成。それを音楽信号に適用する事で、理想的な音を出すようにユニットを動かすのがMBDCだという。
なお、このMBDCの補正は常時ONになっており、ユーザーがOFFにする事はできない。効果としては、「低歪みでクリアな低音と、高調波による中高域への干渉が少ないリアルなサウンドステージを実現できる」という。
ユニットは同軸2ウェイで、1.9cmツイーターと15cmウーファーを組み合わせている。新開発のリングツイーターが特徴で、従来のドーム型と比べて軽量で音の立ち上がりと収束が速いほか、中央にリニアフェーズイコライザーを配置する事で、理想的な波面を形成。さらに、ツイーター振動板からバッフル面まで、障害物の無い形状にする事で、滑らかなサウンドも追求している。
この同軸ユニットは、フロントバッフルに固定するのではなく、エンクロージャー内部にスピーカーマウント用バッフルを内蔵し、そこに固定している。ユニットの重心位置で固定する事で、振動時のユニットのブレを抑える「重心マウント構造」という工夫だ。
エンクロージャーの構造としてはフロントバスレフだが、内部にも工夫がある。通常のスピーカーは、エンクロージャー内部で発生する定在波を吸収するために吸音材を入れるが、SC-CX700は一切吸音材を入れていないという。
その代わりに、エンクロージャー内部の圧力分布を解析。圧力が最も低い場所にポートの開口位置が来るように調整している。
「ボックスの中で発生する定在波を除去するために吸音材を入れるが、そうすると吸音してほしくない音も吸音してしまう。そこで、シミュレーションに基づいて定在波が一番小さいとこにポートを配置した。こうすると、ボックス内に定在波あるが、定在波が外に出ない。外に出ないので、取り除く必要が無く、吸音材レスを実現できた」(奥田忠義CTO)という。
アンプ部は、Technicsのデジタルオーディオ技術を投入したフルデジタルアンプ「JENO Engine」を、左右のスピーカーそれぞれに独立して搭載。ジッター成分の影響を抑え、左右の再生音の変質が生じない忠実度の高い信号伝送・増幅を追求した。
さらに、デジタルチャンネルデバイダーでウーファーとツイーターの帯域を分割することで、パッシブネットワークを使わずに、スピーカーをダイレクトに駆動している。つまりモノラルのマルチアンプ構成になっている。
他にも、相互干渉を抑えるために電源回路とパワーアンプ回路、信号処理回路を分離した構成にしたり、パワーアンプ回路と信号回路、それぞれに独立した電源を搭載するなど、これまで培ってきたスピーカー、アンプ、信号処理の技術に加え、単品コンポーネント同様の設計思想や新技術を組み込むことで、Technicsが考える理想のワイヤレススピーカーを実現したという。
ネットワーク音楽配信も再生でき、Roon Ready(アップデートが必要になる場合あり)のほか、Amazon Music、Spotify Connect、Deezer、インターネットラジオにも対応。10月24日に正式ローンチしたQobuzについても、「具体的にいつとは言えないが、前向きには対応するよう進めている」(奥田忠義CTO)とのこと。
Wi-Fi内蔵、Bluetooth/AirPlayにも対応しており、スマートフォン/タブレットの音楽のワイヤレス再生や、PC、NASに保存したハイレゾ音源などのネットワーク経由の再生も行なえる。
なお、HDMI ARCやフォノイコライザーは片方のスピーカーにのみ搭載だが、アンプや電源は左右のスピーカーに搭載しており、左右スピーカーをワイヤレスで接続することも可能(ただしどちらも電源ケーブルの接続は必要)。ワイヤレス接続の場合は、96kHz/24bitでの伝送となる。付属のスピーカーケーブルケーブル(P/S LINKケーブル)を使って接続すると、192kHz/24bitでの伝送となる。
HDMI ARCも装備し、テレビで表示している映画などのサウンドも高音質に再生可能。HDMIの伝送負荷を下げるために、ネットワークアンプ「SU-GX70」と同様に、信号がオール0になる映像を480p YCbCrで伝送。さらに、通常の機器ではARC音声信号をHDMI LSIに入力するが、それをバイパスし、DIR(デジタルオーディオインターフェースレシーバー)に直接入力する事で、ジッターを低減している。
MM型カートリッジに対応したフォノイコライザーアンプも内蔵しているため、アナログレコードプレーヤーと直接接続し、手軽にレコード再生できるのも特徴。このフォノイコライザー開発には、SL-1500Cで培った技術も活用されている。
マイクも搭載し、設置場所に合わせて最適な音質に調整する「Space Tune」も利用可能。より高精度な測定をする場合は、iOS向けのアプリ「Technics Audio Center」(無料)を使い、スマホのマイクを使って測定・補正ができる。
外形寸法/重量は、プライマリースピーカーが201×276×313mm/約9.1㎏、セカンダリースピーカーが201×272×313mm/約8.9㎏。エンクロージャーの仕上げには、旭化成のスエード調の人工皮革「Dinamica(ディナミカ)」を採用し、デザイン性を高めている。
音を聴いた
SC-CX700のサウンドをチェックした。まず、音楽ファイルをネットワーク経由で再生。「ジェニファー・ウォーンズ/And So it Goes」を聴いてみる。なお、試聴は左右スピーカーをワイヤレス接続で行なっている。
再生がスタートしてすぐにわかるのは、小型ブックシェルフスピーカーならではの広大な音場だ。スピーカーの左右の空間に音が広がるだけでなく、奥や、天井や床といった上下にも音場が広がり、前方から音に包みこまれるような感覚が味わえる。この音場の広大さは、ブックシェルフかつ、同軸ユニットを採用している効果もあるだろう。
一聴してわかるのは、非常に高解像度で純度の高いサウンドだという事。1つ1つの音の輪郭が極めてシャープで、余計な付帯音が感じられない。前述の、ユニットの振幅を最適化する信号処理技術のMBDCが効果を発揮しているようだ。情報量も多く、信号の伝達経路を最短にできるアクティブスピーカーの利点を実感できる。左右スピーカー間をワイヤレス接続にすると、96kHz/24bitでの伝送となるが、それを感じさせないサウンドだ。
また、音の立ち上がりと収束が極めてハイスピードであるため、非常にキレのあるサウンドが楽しめる。搭載しているJENO Engineの駆動力の高さによるものだろう。
ブックシェルフスピーカーであるため、当然地鳴りのような低音は出ない。一方で、ハイスピードでキレのある中低域はしっかり出ているため、全体で聴くと、低域が不足しているという感じは受けない。低域から高域までキレのある描写は、聴いていて統一感があり、気持ちが良い。
音色はややクール。女性ボーカルでも、口が開閉する様子を克明に描くようなソリッドさがある。ライブ音源では、拍手の音が鋭く、やや耳に刺さる印象もあるが、このあたりはエージングによっても変わってきそうだ。
なお、前述のMBDCはユーザーがON/OFFできないが、今回特別にON/OFFでの切り替えも試聴した。楽曲は「リッキー・リー・ジョーンズ/ダット・デア」だ。
OFFの状態で聴くと、余分な響きが増加。音像の輪郭もボワッとして、散漫な印象になる。ONにすると、音の輪郭から付帯音が消え、輪郭もビシッとシャープになる。解像度だけでなく、コントラストも深くなり、音像に立体感も生まれる。低域もより下まで伸びているように感じられるなど、効果の大きさに驚いた。
SC-CX700にはMM型カートリッジに対応したフォノイコライザーアンプも内蔵されている。SL-1500Cと接続して、アナログレコードの音も聴いてみた。楽曲は「メロディー・ガルド―/Se Voce Me Ama」と「玉置浩二ベスト/メロディー(2015年の故郷楽団CONCERT TOUR 2015の旭川市公会堂で収録されたライブ音源)」。
先程の音楽ファイル再生では、シャープでクリアな印象だが、アナログレコードを聴くと、全体的に音が柔らかくなり、それまでの“情報量を逃さず聴き取る”という姿勢から、自然と“ゆったり音楽に身を任せる”姿勢になる。コンパクトなスピーカーならではの音場の広さが、レコードのサウンドとマッチしている。
それでいて、フォーカスが甘い、眠い音になるわけではないため、「レコードの溝に中にこんな音も入っていたのか」という驚きも感じられる。SL-1500Cと組み合わせると、トータルで50万円を切るシステムとなるが、ターンテーブルとSC-CX700を接続するだけの省スペースなシステムで、アナログからハイレゾの醍醐味が味わえる魅力的な組み合わせと言えるだろう。
「Technicsが培ってきた技術を凝縮した」
Technicsブランド事業推進室の小川理子室長は、SC-CX700について「Technicsが培ってきた技術を凝縮し、次世代に届ける、新しいHi-Fiオーディオ」と紹介。
ストリーミング配信の売り上げが2014年度比で、売上13倍以上、アナログレコードも復権し、生産枚数が2014年度比で6倍以上になるなど、音楽を楽しむ環境は変化しているが、そうした状況の中で、「次の世代の新しいHi-Fiはどんなものになるのだろう?」というテーマで、Technicsの中の20代、30代を中心とした若手の社員が集まり、「自分達が欲しいHi-Fiオーディオを考えるプロジェクト」から生まれたのが、このSC-CX700だという。
小川室長は「若い人の中では、“2本のスピーカーで聴く”という経験すらしたことがない人がいる。我々の時代は、学校でステレオスピーカーで良い音楽を聴かせてもらった経験があるが、そうした機会が今は少なくなっている。これではいけない、オーディオメーカーとして私達がやらなければいけないという使命感もある」と語る。
また、オーディオ趣味は依然として男性が大半で、女性が少ない事にも触れ、「音楽は男女どちらも楽しんでいるし、楽器の演奏を楽しむ人はむしろ女性の方が多い。良いオーディオ機器で音楽を聴くというのが、どれだけ素晴らしい経験になるのか、それを広めていくと共に、次の世代へと受け継いでいきたい」と語り、そのための1つの製品として、SC-CX700をアピールした。