麻倉怜士の大閻魔帳
第61回
パナソニック新有機ELテレビは「表現の幅が違う」。'25年の有機EL開発競争
2025年2月6日 08:00
1月7日からアメリカ・ラスベガスで開催された「CES 2025」。今年も現地を取材した麻倉怜士氏が実際に体験してきたもののなから、気になった製品や技術、ブースについて紹介する。今回は有機ELテレビやAI関連について。
――今年もどうぞよろしくお願いいたします。今年のCESは例年以上にハードが少ない印象がありましたが、実際に現地を取材した麻倉さんの印象はいかがでしょうか?
麻倉:全体を総括すると3つ印象的な要素がありました。1番目はご指摘のようにやはり物、ハードがすごく少なかった。
これまで、CESで新しいフォーマットが発表され、それに対応したハードが出て、ソフトが出るという循環がありました。以前のCESには新製品の取引、ディーラーとの商談の場という側面もありましたが、そういったものは影を潜めていますね。
例えばテレビ。ソニーはもう3年くらい前からCESで新製品を発表しなくなりました。去年はLGが透明テレビを数多く展開して話題になりましたし、サムスンもマイクロLEDテレビに大きなスペースを割いていて、こちらも印象的でした。
しかし、今年は2社ともそういったハード、技術を誇示するような新製品は皆無でした。
そんななか、今年特に頑張っているなと感じたのはパナソニックです。北米市場で有機ELテレビのフラッグシップモデル「Z95B」を売り出すので、ブース展示でも大きな面積が割かれていました。
パナソニックはこの10年くらい、CESでテレビの展示はほとんどなく、SDGsなどをメインにしたブース展開でしたが、今年はテレビやカメラなど、アメリカ市場で売り出す製品の展示が多かったですね。
LGとサムスンがブースで製品展示をしていない理由について関係者に聞くと、これは中国勢を警戒してのことだそう。新製品をブースに置いておくと、中国勢の技術者が大挙してやってきて、新製品の寸法などを全部測っていってしまう。「これはたまらん」と、今年からはブースには置かないことにしたのです。
もちろんCESブースに置いていないだけで、新製品自体はあります。それらは入場者をディーラーやメディアに限定できる別会場で展示しているのです。新製品を見せたいという意志はあるものの、特に韓国メーカーにとっては中国勢の影がひたひたと迫ってきている印象ですね。
逆に言えば、中国勢はとてもテレビ志向が強い。TCLもハイセンスも、テレビの技術に関する話題は多かったです。例えばハイセンスのウリは、“フルカラーLEDバックライト”。LEDバックライトは基本的には青色発光ですが、ハイセンスはフルカラー、つまりRGBでバックライトを作っているのです。
日本メーカーは、ソニーに代表されるようにエンターテインメント寄りの展示、韓国メーカーはAI中心の展示、中国メーカーはテレビ技術中心の展示と、ハードの展示がほとんどないという、従来のCESとは違う方向性について、ひとつのこたえが出てきたように思います。
2番目は、やはりAIです。掛け声ももちろんですが、AIを具体的なシステムに入れているという展示も多かった。パナソニックはAIを活用してビジネスの変革を推進するという企業成長イニシアチブ「Panasonic Go」を発表しました。これには2035年までにAIを活用したハードやソフト、ソリューション事業の売上比率を約30%まで高めるという目標が含まれています。
パナソニックはもうひとつ、AIを活用したサービスとして「Umi」も発表しました。これは、例えば「明日は家族みんなでどこに行こう」や「どこからローンを借りるべきか」など、アメリカの家庭のさまざまな問題・課題にAIが応えてくれる「デジタルファミリーウェルネスサービス」というもの。こういった具体的なシステムがいろいろなところで発表されていましたね。
3番目は人の戻り具合。CESにも人が戻ってきていて、日本人もそれなりに多かった。また韓国人がすごく増えてきたなと思います。各国のスタートアップ企業が集まる「Eureka Park」エリアは韓国の人たちが多かったです。
一方で、中国人はあまり多くなく、いまひとつ伸びていないなという印象です。これは米中関係も影響してのことだと思いますがね。
――なるほど。では、さっそく具体的に印象的だったモノ・コトについて聞かせてください。まずはやはり「Z95B」に代表されるテレビ、そして有機EL開発競争の最前線が気になるところです。
麻倉:パナソニックは、去年の有機ELテレビ最上位モデルが「Z95A」で、今年は「Z95B」という型番になっていますが、個人的には「Z100」でも良かったのではないかと思う仕上がりでした。それくらい去年モデルが大きく進化しています。明るさも違うし、表現の幅も違います。クリアな、ピュアな印象でパフォーマンスがかなり上がっていると感じましたよ。
パフォーマンスが向上した要因のひとつは、LGの最新有機ELパネルがあります。パネル自体が、またとても良くなりました。LGディスプレイの最新技術「4スタック・原色発光パネル」が採用されているのです。
この連載では何度も紹介していますが、LGディスプレイの有機ELパネルはWOLED方式です。有機EL層を白色に発光させて、その白色をカラーフィルターを使って赤・緑・青のRGBにしています。今回4スタック化されたのは、この有機ELパネルを白く発光させるためのレイヤー部分です。
この有機EL層は複数の原色や補色を重ねて発光させることで白色を作り出しています。その構造は2013~14年の第1世代がブルーとイエロー/グリーンの2層、2015年からの第2世代がブルー、イエロー/グリーン、ブルーの3層構造でした。その後、イエロー/グリーンにレッドも加わっています。
そして2025年の最新パネルでは、レッド、ブルー、グリーン、ブルーの4層になりました。これまでの3層は原色と補色の混合でしたが、今回の4層はすべて原色になったのです。
さらに、グリーンとブルーに輝度を高めるための“ターボ素材”である重水素も投入されていて、2024年のMETA2パネルから33%輝度がアップ。去年のパネルがピーク輝度3,000nitsだったのに対し、今年はピーク輝度4,000nitsに到達しています。
また、これまでのカラーフィルターはRGBだけでは輝度が足りなかったので、輝度を上げる目的でW(ホワイト)も足されていました。ただ、Wがあることで色が薄くなったり、色再現性が狭まるといった弊害も生まれていました。
今回は有機EL層で原色のみを使って白色を作り出しているので、そこからカラーフィルターで色を分解しても、従来よりもピュアな色が取り出せています。また輝度向上目的のWについても、ある程度の輝度までは使わないという制御も入っている。つまり、700~1,000nits前後まではRGBだけで発光して、それ以上の輝度が必要になったらWを足す、という形ですね。
これにより、これまでのパネルよりも色再現性が格段に良くなっています。彩度が高く、透明感がありつつ、ピュアな印象を受ける明るい色合いになっていました。
また、Z95Bでは放熱構造も改良されています。背面のサブウーファーが筐体上段に移動していて、これによって大きな対流が生まれるようになり、排気効率が改善されたのです。パネル輝度が上がれば、当然発熱も増えますが、これをうまく処理できている。
このZ95Bと昨年モデルZ95Aを比較視聴しました。原色を多く含んだ映像をチェックしてみると色の違いがすごくよく出ていて、緑という色が持っているハツラツさもあるし、赤の妖艶さも出てきていました。Z95Bは白もいいですね、すごくピュアな印象でした。
――対するサムスン陣営の最新パネルはどうでしたか?
麻倉:実は最近のLGとサムスンによる有機ELパネル開発競争は、やっていることは違うものの、出てくる成果は同じです。今年は両社ともピーク輝度4,000nitsに到達しました。しかし、平均輝度、全面輝度はサムスンのほうが高いのではないかと思います。
有機ELパネルの開発テーマは「発光層の材料開発」と「アルゴリズム(信号処理)」が1年おきに入れ替わります。'23年は青色発光層に新材料「OLED HyperEfficient EL」が投入されて光源効率がアップしました。
'24年はアルゴリズム改良のターンで、信号処理による強力な画質向上を目指して、「Quantnun Enhancer」という画像ICが投じられ、ここでピーク輝度3,000nitsを達成しています。
そして'25年はもう一度材料開発のターン。新材料「OLED HyperEfficient EL3.0」を採用し、光源効率を向上させ、ピーク輝度4000nitsを実現したのです。
サムスンのQD-OLEDのメリットは高輝度に加え、RGB発光による、高い色純度です。加法混色のRGB発光では、各色の輝度が合計された値が、白の輝度となる。つまり赤輝度+緑輝度+青輝度が白輝度となります。各色そのものが明るいから、基本的に彩度が高く、色再現が良い。「2025 QD-OLED」の各色輝度は発表されていませんが、RGB合計で約4000nitsになるはずですね。
とはいえ、QD-OLEDパネル採用各社に目を向けると、ソニーは去年から有機ELではなくミニLEDに力を入れていて、最新のQD-OLEDパネルは採用していません。となると、サムスンの自社ブランドと去年から採用を始めたシャープ、この2社による“2S体制”とでも呼べる状況です。
そんなサムスン自身も、テレビで有機ELを猛プッシュするというより、むしろPCモニター市場で力を入れていくつもりです。色の再現性が高いので、医療用や工業用などでよく採用されているそうですよ。
またサムスンによれば解像度を上げていく方向性だそう。去年の27型は110ppiでしたが、今年の27型は160ppiまで画素密度を高めてきている。そして来年以降、なるべく早い段階で220ppiにするそう。これは8Kも超える解像度です。
なぜ、こんな高解像度化ができるかというと、QD-OLEDの量子ドットフィルターを製造するインクジェット印刷工程で、ターゲットを精細化することができたから。歩留まりもキープしつつ、すごく精細に作ることができたそう。
先程も述べましたが、QD-OLEDのメリットと言えば、RGB発光で色再現性が良いこと。去年のCESブースではソニーのマスターモニターと色味が同じだとPRしていましたが、今年は「ネット通販するとき、PCモニターで見た家具の色と、実際に届いた家具の色が違ったら困るでしょう? サムスンのモニターなら、実際の家具と同じ色で表示しますよ」と、とても分かりやすいPRをしていたのが印象的でした。
ちなみにサムスンディスプレイが投入を示唆した220ppiという画素密度は8Kを超える密度ですので、それに対応する規格も必要。ということで、ここで鍵となるのはCES 2025で新たに発表された「HDMI 2.2」です。
HDMI 2.2は16Kまで対応する規格。16Kとなるとさすがに圧縮が入りますが、12Kで240fpsなら非圧縮で伝送できます。HDMI 2.1の発表されたのが2017年で、このHDMI 2.1で8Kに対応、HDMI 2.2でついに16Kに到達するのです。
しかし、16Kともなると民生用での展開はなかなか難しい。業務用の超高精細ディスプレイや、高精細な大画面サイネージといったものが出てくるのではないでしょうか。
インフラが用意されないと、その先のハードもアプリケーションも出てこないわけだから、今の時点で考えるとオーバースペックのように思えるかもしれませんが、このタイミングでHDMI 2.2が提案されたことはとても重要です。
――「Z95B」の国内登場も含め、今年の有機EL戦線も楽しみなところです。続いて、「具体的なシステムに入れているという展示も多かった」というAIについても聞かせてください。
麻倉:サムスンはテレビでの活用例も含めて、AIを訴求していました。スローガンは「Home AI」。洗濯機や冷蔵庫など家電製品をAIで結ぶ形です。
Home AIでは、Galaxyスマートフォンなどに搭載されているAIアシスタント「Bixby」が司令塔的な役割を果たしていて、例えばスマホの文字表示を大きくしている人が、冷蔵庫に搭載されているディスプレイの前に来たら、その文字が自動で大きく表示されているなど、「Aの機器で何かを変えると、BやCの機器でもその変更が自動適用される」といった具合ですね。
テレビでのAI活用については、ふたつありました。一つは生成AI壁紙。「風景が好き」「人物画が好き」など、ユーザーが好みを伝えると、AIがそれに沿った画像を自動生成してくれる。また、サムスンは以前から美術館と提携しているので、例えば「オルセー美術館に所蔵されている、この作品はどうですか?」といったサジェストもしてくれます。
もうひとつの活用が音声翻訳です。まずAIで音声を分離して、声だけを抽出します。その音声がもし英語だったら、それを韓国語音声にAIで自動変換するのです。
そして興味深かったのがTVS REGZA。あいまいな表現の会話でもテレビ操作やコンテンツ検索ができる「生成AIボイスナビゲーター」を搭載してきました。
同社取締役副社長の石橋泰博氏に話を聞いたところ、これまではテレビが一方的に提案してくるものをユーザーが受け取っていましたが、これからはもっとユーザーがアクティブになって、テレビがそれを聞いて応えるというものを作りたかったそう。
テレビにおける生成AIの取り込み方はさまざまですが、大きなもののひとつがサーチ(検索)です。例えば「今ちょうど30分くらい時間があるから、その間に観られるものない?」と聞くと、テレビ側が「アニメのご紹介です。話題沸騰中の新作アニメ、続きを観たいアニメ」と返事。会話を繰り返し、ターゲットを絞っていく。コンテンツが決まったら、その関連作品も選んでくれます。
石橋氏によれば「これまでは定型の言葉でないとサーチや操作ができませんでした。今回は普通の会話や曖昧な言葉でも、会話が成立します。見たいコンテンツが溜まっていくと、テレビがその好みを蓄積し、より正確なサーチができるようになります。さらに、視聴者がリラックスしているのか、焦っている状態なのか、また朝なのか夜なのか、季節は夏なのか冬なのかでも、見たい内容が変わってきますので、それらのデータも組み合わせて、その時に最適なおすすめを提供します。テレビがユーザーの顔色を見て、冴えない時は元気づけるコンテンツを探してきて推奨するイメージですね」とのことでした。
テレビのAI活用では、音声分離も面白い。ソニーはすでにBRAVIA 9で音声分離を盛り込んでいますが、サムスンも先程の音声翻訳のために分離機能を投じてきました。DTSも2024年夏に発表した「DTS Clear Dialogue」という音声分離プログラムを各社に売り込むためにブースを構えていましたね。
製品としてはREGZAに音声分離が搭載されました。分かりやすい利用例としてはサッカーやラグビーの試合中継。得点してスタジアムの歓声が大きくて、実況の声が聞きにくいという場合に、音声分離を適用すると、音声と会場の環境音が分離されて、それぞれのボリュームを調整できるようになるのです。
こういった音声・音源分離としては、ソニーのXperia向けに提供されている「Music Pro」という有料サービスがあります。アプリで収録した弾き語りの音声データをクラウドで処理して、「ソニーミュージックが監修したスタジオクオリティの音質にアップコンバートできる」というものです。
ただ、遅延を考えると同じ音声・音源分離でも、テレビではクラウドを経由させることはできないので、内蔵のプアなCPUとメモリを使って、なんとか高速処理しなくてはならない。REGZAも3年の歳月をかけて開発を進めて、1秒のディレイで処理できるところまでは来たのですが、スポーツ中継などを考えるとこれでもまだ遅い。ここは「もっと頑張ります」とのことです。
また、DTSのブースでツール・ド・フランスの実況音声を分離したというデモを観たのですが、歓声の中にある実況の声としてはバランスがよく聞こえるのに、音声分離をかけて実況だけ取り出すと、すごくハイあがりの強調された声に感じられました。
つまり、もともとの送出段階で声が聴き取りやすいようにエッジを立たせる処理がされているのではないかと思うのです。それを受け手側でただ分離してしまうと、変な声になってしまう。
同じことはREGZAのスタッフも指摘していて、やはり声だけ取り出すと不自然になる。だから、どれだけ環境音を残すのか、音声が歪んでいるような箇所を、どううまく処理するのかが、これからのポイントになっていきそうです。